・第14族元素(炭素族元素)


(1)14族元素

周期表において、第14族に属する炭素C, ケイ素Si, ゲルマニウムGe, スズSn, Pbなどの元素を、総称して炭素族元素といいます。炭素族元素の原子は、最外殻電子配置がns2np2である元素(n=2,3,4・・・)です。炭素族元素では、共有結合性化合物になる炭素Cと金属である鉛Pbとの間の元素は、両者の性質を兼ね揃えつつ、周期が大きくなるにつれて、金属的な性質が増大していきます。

共有結合性化合物になる炭素Cとケイ素Siでは、炭素Cは、その単体が鎖構造として長く連なる性質を示すのに対して、ケイ素Siは、その単体よりも、むしろ酸化物の方が鎖構造として長く連なる性質が強いです。この炭素Cの性質は、多様な炭素骨格を形成し、膨大な有機化合物を形成する要因の1つとなっています。一方で、ケイ素Siの酸化物の性質は、多様な岩石の特性となって現れ、工業的にはケイ素樹脂として利用されています。

また、スズSnや鉛Pbは、精錬しやすい鉱石として産出することから、古くから金属資源として人類に活用されてきました。一方で、ゲルマニウムGeは、地殻中に広く分布し、有用な鉱石もないことから、利用されるようになったのは20世紀に入ってからです。

 

(2)炭素

炭素(carbon)の単体としては、互いに同素体の関係にある、ダイヤモンド(diamond)と黒鉛(graphite)が知られています。これらは、常温常圧で存在する固体ですが、炭素原子の結合の仕方と結晶構造が異なるため、両者の性質には、多くの相違点が現れます。例えば、ダイヤモンドの理想的な結晶は無色透明ですが、黒鉛は灰黒色です。 ダイヤモンドでは、各炭素原子はsp3混成軌道を作り、混成軌道の性質である正四面体の対称性を保ちながら、互いに共有結合で結びついて、等方的なダイヤモンド構造の結晶を形成します。一方で、黒鉛では、各炭素原子はsp2混成軌道と1つのp軌道を形成して、他の炭素原子と共有結合をします。この結果、平面の正六角形が繋がって、無限に広がった2次元構造(ハニカム構造という)が形成され、重なり合った層間は、弱いファンデルワールス力によって結びつけられた、異方性の強い構造となります。

 

.1  ダイヤモンドと黒鉛の主な性質

 

ダイヤモンドと黒鉛の性質の顕著な差は、機械的性質や電気的性質に見ることができます。ダイヤモンドは、最も硬い物質の1つとして知られ、モース硬度が10の標準物質となっています。一方で、黒鉛は、層間の結合がファンデルワールス力なので比較的弱く、モース硬度は12です。また、ダイヤモンドが優れた電気絶縁体であるのに対して、黒鉛は高い電気伝導性を示します。特に、黒鉛の各層の面内では、p軌道にあるπ電子の重なりが大きいので、電気伝導率は高く、その温度依存性は金属的です。各層の面に垂直な方向では、π電子の重なりが小さいので、電気伝導率は1/104 まで小さくなりますが、半導体的な振る舞いを示します。

また、黒鉛から人工的にダイヤモンドを合成する技術は、1880年頃から取り組まれ、1953年には、スウェーデンで最初の再現可能な高温高圧合成法が確立し、現在では、年間1億カラット以上が生産されています。さらに、1990年代後半には、炭素原子を含む爆薬を使用し、爆轟(気体の熱膨張の速度が音速を超え、衝撃波を伴う燃焼のこと)による高温と高圧によって、人工ダイヤモンドを合成する技術が開発されました。いずれの方法も、高温高圧で黒鉛を強力に圧縮することで、炭素原子をsp2混成からsp3混成へと変換させているのです。このようにして合成された人工ダイヤモンドは、工作機械や切削道具として工業的に用いられる他、不純物が少なく透明な人工ダイヤモンドは、宝石としても利用されています。

人工ダイヤモンドの製造技術は日々進歩しており、かなり内包物の少ない、透明度の高いものができるようになってきています。そこで、最近では「メモリアル・ダイヤモンド」というものを販売する会社も出てきました。これは、亡くなった方の遺灰や遺骨から抽出した炭素で、ダイヤモンドを作ってくれるサービズです。0.2カラットのもので、40万円ぐらいから作製が可能になっています。料金次第で、色やサイズなども選べるようです。

 

.1  人工ダイヤモンドは窒素N2などの不純物により黄色を呈することが多い

 

さらに、炭素Cの同素体として、フラーレン(fullerene)が知られています。この物質はC60の分子式を持ち、次の図.2に示すようなサッカーボールに似た構造を持つ、炭素原子のみからなる分子です。その構造は、炭素原子の六員環員環からなります。炭素原子60個からなるサッカーボール形のフラーレンの他に、C70, C74, C76, C78といった、高次フラーレンも知られています。

フラーレンは物理的には非常に安定ですが、化学的には比較的不安定であり、様々な試薬と反応させることができます。例えば、カリウムKとの化合物であるフラーレンK3C60は、臨界温度を19.3 Kに持つ超伝導体です。フラーレンは、医療や電子材料などの分野で応用が研究されており、フラーレンを発見したクロトーとスモーリー、カールらは、その功績によって、1996年度のノーベル化学賞を受賞しました。

現在、注目を集めているのは、フラーレンの内部の隙間に、ある種の金属元素を閉じ込めた内包フラーレンです。フラーレン内部にガドリニウムGdを閉じ込めたガドリニウム内包フラーレンは、放射線治療に利用できるのではないかと注目されています。内包フラーレンをマウスに注射すると、内包フラーレンは、ガン細胞に集まってきます。これは、ガン細胞が急激に成長するために隙間が多く、その隙間と内包フラーレンが、ちょうど合致するからです。ガドリニウム内包フラーレンを多く含んだガン細胞はMRIによって他の細胞との識別が容易になり、放射線治療の精度が向上すると考えられています。

 

.2  フラーレンはサッカーボールの形をした分子である

 

また、炭素Cの六員環が繋がって、微小な円柱状の分子を形成する場合もあります。円柱の両端は、五員環によって閉じた構造をしています。この分子は、カーボンナノチューブ(carbon nanotube)と呼ばれ、日本の化学者である飯島澄男が、1991年にフラーレンを合成している途中、アーク放電した炭素電極の陰極側の堆積物中から発見しました。その構造を、次の図.3に示します。カーボンナノチューブの特徴は、極めて細長いのに、恐ろしく強靭であることです。もし傷や欠陥のないカーボンナノチューブが作れたら、直径1 cmのロープで、1,200 tもの重量を吊り上げられる計算になるといいます。カーボンナノチューブは、理論上考えられる最強の素材といっても過言ではなく、将来宇宙エレベータを建造するときに、ケーブルの材料として使うことができるのではないかと期待されています。

宇宙エレベータは、宇宙空間への新たな進出手段として構想されているものです。地上から約36,000 kmの距離にある静止軌道まで伸びるロープに沿って、運搬機が上下することで、宇宙と地球間の物資を輸送できます。ケーブルの全長は約100,000 kmで、かつては必要な強度を持つ素材が存在しなかったために、宇宙エレベータはSF作品などの中で描かれる、概念的な存在でしかありませんでした。しかし、20世紀末になって、カーボンナノチューブが発見されたことにより、一気に現実味が帯びてきたのです。宇宙エレベータは、約200 km/hの速度でケーブルを上昇し、静止軌道までは約1週間かかります。現行のロケットでは、輸送コストが物資1 kg当たり100万円ほどかかりますが、宇宙エレベータでは、輸送コストは物資1 kg当たり1万円ぐらいにまで抑えられます。

宇宙エレベータの建設費用は1兆円から2兆円と見積もられていますが、新東名高速道路の建設費用が44千億円であることを考えると、このぐらいの金額は安いような気もします。実際にこの金額で建設することができるのならば、宇宙開発において低コストが望める他、様々な利点があると思うので、あっという間に利益を出すということは可能だと思います。現在、宇宙エレベータは、大林組が2050年の完成を目指して研究開発をしていますが、現在の技術では、カーボンナノチューブの長さを数mm程度にするのが限度であり、課題も多くあります。

さらに、カーボンナノチューブは、炭素原子の配列によって、よく電気を通す導電体にも、また半導体にもなりえます。後者を使えば、現在のシリコンを基本としたコンピュータよりもずっと低電力で、かつ1,000倍高速でも、正確に作動するものが作れるとされます。この他にも、太陽電池や自動車の部品など、様々な応用が考えられており、まさに夢の新素材といえます。

なお、カーボンナノチューブの欠点は、ほとんどの溶媒に全く溶けないということでしたが、2007年に九州大学の中嶋直敏が、意外なものに溶けることを発見しました。――それは、サントリー食品が販売している「伊右衛門 濃い目」です。緑茶には、カテキンが豊富に含まれており、カテキンは多数の芳香環とヒドロキシ基(-OH)を持ちます。すなわち、カテキンが界面活性剤のような役割をすることで、カーボンナノチューブは緑茶に分散するようになったと考えられています。

 

.3  カーボンナノチューブは同じ質量の鋼鉄と比較すると80倍の強度を持つ

 

それに加えて、黒鉛の一層に対応する、次の図.4のような物質はグラフィン(graphene)といいます。この物質は、理想的な2次元結晶であり、電子の移動度が極めて高く、電子物性には2次元系の特徴と考えられる特異な現象も見られることから、非常に注目されています。グラフィンの発見により、マンチェスター大学のガイムとノボセロフは、2010年のノーベル物理学賞を受賞しました。グラフィンは、セロハンテープ法によって、黒鉛の層を少しずつ剥がしていくことによって得られます。グラフィンの熱伝導率は、理論上あらゆる物質中で最大といわれており、平面内では、その強度はダイヤモンドをも上回ります。グラフィンは透明ですが、大きなシート1枚あれば、計算上では数kgの猫を吊るすことも可能であるといわれています。

 

.4  グラフィンは原子1個の厚さのsp2混成炭素原子のシートである

 

また、炭素Cの単体のうち、乱雑な構造を持ち、結晶構造を持たない石炭やコークス、木炭などを無定形炭素(密度1.82.1 g/cm3, 黒色)といいます。無定形炭素は、ダイヤモンドと黒鉛の2種類の状態が混雑した状態であり、木炭や活性炭などの一般的な炭は、これに不純物が含まれたものです。この種類には、工業的に重要な炭素繊維も含まれ、ポリアクリロニトリルを、無酸素状態で低温(200350)ならび高温(1,0002,000)で、段階的に熱分解することで製造します。炭素繊維は、重さは鉄Fe1/4であるのに、重量当たりの強さは10倍以上、硬さは7倍にも達します。このため、乗り物に使えば、安全性を高められる上に、燃費を大いに向上させることができます。最新鋭の航空機や宇宙船には、炭素繊維を主体とする複合材料が欠かせません。橋や建材にも広く用いられており、来るべき大災害から、多くの生命を守ってくれることでしょう。

 

.5  炭素繊維は工業的にはポリアクリロニトリルを熱分解して製造している

 

一酸化炭素COと二酸化炭素CO2は、いずれも有機化合物の燃焼によって発生する気体であり、燃焼反応において酸素O2の供給量が十分でないと、一酸化炭素COが生成します。この気体は、無色無臭であり、水には難溶です。また、人体には有毒で、体内に入ると、血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンと結合して、その機能を阻害します。一酸化炭素COは、酸素O2よりも、ヘモグロビン中の鉄(II)イオンFe2+ と約200倍も強く配位結合するので、一酸化炭素COと結合したヘモグロビンは、酸素O2と結合できなくなり、体組織が酸欠状態になるのです。一酸化炭素COは、有毒ガスの中でも特に毒性が強く、空気中に0.001%でも含まれていると、中毒を引き起こす恐れがあります。

また、一酸化炭素COは、高温では還元性が大きく、酸化物の還元剤として工業的に使用されます。

 

Fe2O3 + 3CO (高温) 2Fe + 3CO2

 

工業的には、一酸化炭素COは、水性ガスの反応によって得られます。水性ガスとは、例えば、コークスと水蒸気を1,000℃以上の高温で反応させて得られる気体のことで、一酸化炭素COと水素H2を主成分とした、混合気体のことです。ここから一酸化炭素COを分離して利用します。この反応は、工業的な水素H2の合成方法としても有用です(1族元素(アルカリ金属など)を参照)。また、実験室で一酸化炭素COを得るときは、ギ酸HCOOHに濃硫酸H2SO4を加えて加熱し、脱水して作ります。一酸化炭素COは、水に溶けにくいので、水上置換法で捕集します。

 

C + H2O (高温) CO + H2

HCOOH (濃硫酸+加熱) H2O + CO

 

気体の二酸化炭素CO2は、直線状の分子であり、固体状態の二酸化炭素CO2、一般的に「ドライアイス」と呼ばれます。「ドライアイス」という名前は、世界で初めて大量生産に成功したアメリカのドライアイス社が、固体の二酸化炭素CO2に「ドライアイス」という商品名を付けたことに由来します。ニューヨークで初めて大量生産に成功したのは1925年のことで、その当時に発売されたアイスクリームを融かさずに運搬するための冷却材として利用されました。ドライアイスは、常温常圧では液体にならず、-79℃で昇華して、直接気体になります。二酸化炭素CO2は、わずかに水に溶けて弱酸性を示します。なお、水溶液中では、次のような平衡が成立します。

 

CO2 + H2O H2CO3

H2CO3 H+ + HCO3-

HCO3- H+ + CO32-

 

ここで、H2CO3は炭酸と呼ばれ、通常は、水溶液中のみで存在します。炭酸H2CO3は舌を刺激し、食欲増進剤となり、また弱い殺菌剤にもなります。炭酸H2CO3は、胃から腸への流れを良くする作用があるといわれており、恐らくそのために、シャンパンは酔いが回るのが速いのでしょう。

また、炭酸風呂に入ると身体が温まりますが、これには科学的な理由があります。炭酸風呂に入ると、二酸化炭素CO2が皮膚を通して血液中へ吸収されます。その結果、身体が酸素O2不足だと勘違いし、体組織に酸素O2を送り届けようと血管を拡張し、血行が促進されるという訳です。

ちなみに、温泉には様々な種類がありますが、健康効果の科学的根拠が明確なのは、炭酸風呂だけです。1846年、日本の温泉療法に着目して、アメリカのバージニア州ピーターズバーグで、「身体をお湯で温めると病気が治る」という理論を元に、人体実験が行われました。実験を行ったのは、ウォルター・F・ジョーンズという博士です。ジョーンズ博士は、腸チフスと肺炎の患者を集め、裸にしてベットにうつ伏せにして縛り付け、4時間おきに背中に熱湯をかけるという、高度に訓練された変態以外には、苦痛以外のなにものでもない治療法を試してみました。結局、患者は一人も治らなかったそうで、日本の温泉療法は、原住民の迷信だということになりました。ジョーンズ博士は、一度でも日本の温泉を見たことがあったのでしょうか。日本の温泉観光地の名誉のために、小一時間ほど問い詰めたい気分です。

大気中の二酸化炭素CO2が溶けて、飽和状態になったときの水溶液のpH5.6です。この値は、酸性雨の基準値にもなっており、一般的に雨水のpH5.6以下であるときに、酸性雨と呼んでいます。酸性雨の原因は、化石燃料の燃焼や火山活動などにより発生する、硫黄酸化物SOxや窒素肥料由来の窒素酸化物NOxなどです。これらが、大気中の水H2Oや酸素O2と反応することによって、硫酸H2SO4や硝酸HNO3となり、雨水を通常よりも強い酸性にします。

 

.6  酸性雨によって枯れてしまった森林

 

二酸化炭素CO2は、乾燥した空気の成分としては4番目に多く(0.04%)火星と金星の大気では、最も多い成分です。原始大気の二酸化炭素CO2は、地球で海ができたときに、それに溶け込んで大量に除去されました。原始時代の地球の大部分の二酸化炭素CO2は、今では炭酸塩の岩石として、地球上に存在しています。計算によれば、地球の岩石や大気、海の中に含まれる二酸化炭素CO2の質量の合計は、現在の金星の大気中に存在している二酸化炭素CO2の質量とほぼ同じです。もし地球がもう少し太陽に近かったら、地球表面の温度が高すぎて海はできず、二酸化炭素CO2が除去されずに、金星のような惑星になっていたことでしょう。

二酸化炭素CO2は毒ガスではありませんが、濃度によっては酸欠状態による窒息死を招きます。二酸化炭素CO2による死亡事故として恐らく最大のものに、1986年にカメルーンのニオス湖で起きた「ガス噴出災害」があります。一夜にして、湖から10 kmも離れた3つの村で1,800人を超す死者を出し、壊滅状態にした大災害です。爆発などの前触れはなく、突然、ニオス湖から発生したガスが雲のように広がって村を襲ったといいます。様々な「毒ガス」が想定されましたが、調査団の報告を見ると、どうやら二酸化炭素CO2が原因と考えられました。二酸化炭素CO2は空気よりかなり重いために、山の斜面を流れ、参観の低地にある3つの村に音もなく侵入して来たのでしょう。

工業的には、二酸化炭素CO2は、石油化学プラントなどから排出されたものを回収し、洗浄と精製を繰り返すことで生産されています。炭酸飲料水で使用する二酸化炭素CO2も、石油由来のものです。また、炭酸カルシウムCaCO3は、加熱すると熱分解して、二酸化炭素CO2を発生させます。この反応は、酸化カルシウムCaOの工業的製法としても利用されています。実験室的には、炭酸カルシウムCaCO3に希塩酸HClを加えるか、炭酸水素ナトリウムNaHCO3を加熱することで発生させます。

 

CaCO3 (加熱) CaO + CO2

CaCO3 + 2HCl → CaCl2 + H2O + CO2

2NaHCO3 (加熱) Na2CO3 + H2O + CO2

 

(3)ケイ素

ケイ素(silicon)は、岩石や鉱物の成分元素として、地殻中の約26%を占める元素であり、酸素Oに次いで多く含まれています。次の図.7に、地殻中に存在する元素の割合を質量パーセントで示します。この値は、火成岩の化学分析に基づいて推定されたものであり、これをクラーク数(Clarke number)といいます。天然では、ケイ素Siの単体は存在せず、酸化物やケイ酸塩鉱物として存在しています。これには、Si-O-Si結合の多様性を反映した、様々な鉱物が含まれています。しかしながら、生物との関わりは薄く、知られているのは、何種類かの海綿動物や藻類が、二酸化ケイ素SiO2の骨格として利用しているぐらいです。ただし、栄養素としての必要性は、あまりよく分かっていません。

 

.7  地殻中に含まれる元素の質量パーセント

 

ケイ素Siを基本構成元素とする生命体がSFに登場し始めたのは、化学者が「すべての元素の中でケイ素Siが最も炭素Cに似ている」と指摘してからのことです。地球上の生命体は、すべて炭素Cを中心として構成されていますが、これは炭素Cの持つ原子価が4価であり、多様な結合が可能であるからです。SFの世界においては、炭素Cと同族で、原子価が4価であり、生命体のようなものができうるのではないかという観点から、ケイ素Siが注目されてきました。「ケイ素Siを中心にできた身体は岩石っぽくなるのではないか」「原子量がかなり大きくなるから反応速度も格段に遅くなり、人間が見ていても生命活動していることに気が付かないくらいになる」「二酸化ケイ素SiO2を気体として放出するのならば、高温の惑星上で生活するに違いない」などの想像がなされてきました。

しかしながら、炭素-炭素結合と異なり、ケイ素-ケイ素結合は、ケイ素Siの原子半径が大きすぎるためにp軌道同士が離れてしまい、軌道の重なりが少なくなるので、安定なπ結合を形成することができないのです。つまり、ケイ素Siは、炭素Cと異なり、安定な二重結合や三重結合を形成することができないので、少なくとも地球と類似した環境の星では、ケイ素生物が存在するとは考えにくいのです。現実の生物の中にも、ケイ素Siを含むものはありますが、それらは二酸化ケイ素SiO2の形で、ガラス質の骨格や殻を持つのみで、生物学的な活性を持っている訳ではありません。

 

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.8  二酸化ケイ素SiO2の骨格を持つ海綿動物(画像はこちらからお借りしました)

 

もしケイ素生物がこの地球上に現れるとしたら、それはケイ素Siが分子鎖を作れるからではなく、半導体結晶を作れるからでしょう。半導体は、電気伝導性を周囲の電場や温度によって自由にコントロールすることができ、この性質は、今日の電子機械にとって、非常に重要な意味を持ちます。コンピュータで2進数が使われている理由は、半導体に「電気を流す」「電気を流さない」を表すのに、2進数がちょうどいいからです。コンピュータチップは、砂浜にもあるような二酸化ケイ素SiO2からスタートし、コークスを用いて電気炉で還元することで、最後には高純度ケイ素の、ほとんど完璧な単結晶になります。結晶性の単体は、灰色がかった金属光沢のあるダイヤモンド構造の共有結合結晶です。将来に人類の脅威になるのは、ケイ素生物ではなく、自我を持ったコンピュータかもしれません

ムーアの法則というコンピュータ製造業界で用いられる経験則によると、コンピュータのトランジスタの数は、1年半から2年毎に倍加しており、これは過去40年以上に渡って成立してきました。もしこのペースで、コンピュータが加速度的に性能を上げていけば、2045年には、「コンピュータが人間の知能を超えてしまう」といわれています。これは「2045年問題」といって、盛んに議論されていることです。2045年問題が本当に起きたら、サルが人間のことを理解することができないように、人間はコンピュータのことを理解することができなくなり、様々な問題が生じるだろうといわれています。コンピュータが、人間に代わって発明や知的労働を行うようになるのでしょうか?コンピュータが、人間を管理する世の中になるのでしょうか?それとも、自我を持ったコンピュータが、人間を滅ぼそうとするのでしょうか?この2045年問題の世界を扱った作品が、映画「マトリックス」や「ターミネーター」であり、この問題をどのように解決するかが、現在議論されているところです。

 

SiO2 + 2C (高温) Si + 2CO

 

ケイ素Siの化合物では、ケイ素Siはそのほとんどが正四面体の中心に位置し、その4つの頂点にある原子と結合した構造の化合物を作ります。オキソ酸としてオルトケイ酸H4SiO4がありますが、この分子には、1分子中に縮合しうるヒドロキシ基が4つあるため、非常に多くの縮合酸が考えられます。そして、各種酸の塩の集合体が、岩石なのです。これらは、地中のマグマが冷えたときに生じたものですが、そのときの圧力や温度、冷却速度、成分条件などによって、様々な塩や酸化物になります。次の図.9に、代表的なケイ酸及びケイ酸塩の構造を示します。

 

.9  代表的なケイ酸及びケイ酸塩の構造

 

二酸化ケイ素SiO2は、無水ケイ酸とも呼ばれ、ケイ素Siを中心とする正四面体構造が、酸素Oを介して無数に連なる共有結合結晶です。二酸化ケイ素SiO2は、主に石英として岩石中に存在し、大きな結晶の水晶や砂状のケイ砂としても産出します。ケイ砂は、セメントやガラスなどのケイ酸塩工業の原料となります。

セメントは、水を加えると水和や重合により硬化する無機材料のことで、石灰石CaCO3や粘土(主成分SiO2, Al2O3)、セッコウCaSO42H2Oなどの原料を加熱することで得られます。また、セメントに砂や砂利を混ぜて、強度を高めたものがコンクリートです。コンクリートは、圧縮には強いのですが、引っ張りには弱いため、一般的には鉄筋で補強して鉄筋コンクリートとして利用します。鉄筋コンクリートでは、内部が材料中の水酸化カルシウCa(OH)2により、常に塩基性で保たれているので、鉄Feが錆びにくくなるという利点もあります。しかし、空気中の二酸化炭素CO2などにより、コンクリートは次第に中和されていき、そのため強度が次第に低下していきます。鉄筋を保護していたコンクリートが劣化すると、内部の鉄筋も酸に腐食されやすくなります。

 

.10  鉄筋は圧縮には弱いものの引っ張りには強く、コンクリートの弱点を補っている

 

最もよく使われるガラスは、主成分を二酸化ケイ素SiO2とするケイ砂に、炭酸ナトリウムNa2CO3や炭酸カルシウムCaCO3などの原料を融解して得られるソーダ石灰ガラスです。ソーダ石灰ガラスは、窓ガラスや瓶などに使われます。ソーダ石灰ガラスは、ケイ素Siと酸素Oが作る立体構造の中に、ナトリウムイオンNa+ やカルシウムイオンCa2+ などが入り込み、構成粒子の配列が不規則となっているので、一定の融点を持ちません。このような物質を、一般的に非結晶(noncrystalline)あるいはアモルファス(amorphous)といいます。ソーダ石灰ガラスは、再度融解して成形できるので、飲料用の瓶などで、リサイクルが進められています。

また、高純度の二酸化ケイ素SiO2を高温で融解後、急冷してできるガラスは、石英ガラスと呼ばれ、これを繊維状にすると、光ファイバーになります。光ファイバーは、胃カメラなどの内視鏡や装飾品、光通信などに使われます。ケイ砂とホウ砂Na2B4O710H2Oを原料にしたホウケイ酸ガラスは、熱膨張率が通常のガラスの3分の1程度で、急激な温度変化に比較的強く、ビーカーやフラスコなどの実験器具に使われます。ホウケイ酸ガラスは、アメリカの世界最大級のガラス製品メーカーであるコーニング社の商標から、「パイレックス」と呼ばれることも多いです。原料にケイ砂と炭酸ナトリウムNa2CO3、酸化鉛(II) PbOを用いた鉛ガラスは、屈折率が大きく、光の分散度の小さいために、光学レンズに使われます。また、鉛ガラスは、X線の吸収能が大きいため、放射線遮蔽窓などにも使われます。

 

.11  光ファイバーは金属線で電気信号を送るのに比べ、極めて大量の情報をより速く伝達できる

 

二酸化ケイ素SiO2は、熱に強く、化学的にも安定ですが、フッ化水素HFやその水溶液のフッ化水素酸(フッ酸)とは反応し、それぞれフッ化ケイ素SiF4やヘキサフルオロケイ酸H2SiF6を生じて、溶けてしまいます。

 

SiO2 + 4HF → SiF4 + 2H2O

SiO2 + 6HF → H2SiF6 + 2H2O

 

また、二酸化ケイ素SiO2は、酸性酸化物なので、塩基とも反応します。水酸化ナトリウムNaOHなどの強塩基の水溶液をガラス瓶で保存するときに、すり付きのガラス栓を使用すると、ガラス栓が瓶に固着して、開かなくなることがあります。この理由は、ガラスに含まれる二酸化ケイ素SiO2が、水酸化ナトリウムNaOHと反応して、溶けてしまうからです。特にすりガラスの部分は、微細な凹凸があって表面積が非常に大きくなっており、反応が進みやすくなっています。強塩基の水溶液をガラス瓶に保存する際には、ゴム栓などの塩基と反応しにくい素材の栓を選択しなければなりません。

二酸化ケイ素SiO2を、固体の水酸化ナトリウムNaOHや炭酸ナトリウムNa2CO3などと共に高温に加熱して融解させると、Si-O-Si結合が徐々に加水分解されて、メタケイ酸ナトリウムNa2SiO3などが生じます。メタケイ酸ナトリウムNa2SiO3は、粉末にすると水に溶けて、一部が加水分解し、水溶液中でアルカリ性を示します。

 

SiO2 + 2NaOH (高温) Na2SiO3 + H2O

SiO2 + Na2CO3 (高温) Na2SiO3 + CO2

Na2SiO3 + 2H2O H2SiO3 + 2NaOH

 

メタケイ酸ナトリウムNa2SiO3に水H2Oを加えて煮沸させると、徐々に一部が結合して、粘性の大きな液体の水ガラスになります。水ガラスに強酸を加えると、半透明ゲル状のメタケイ酸H2SiO3の沈殿が生じ、この沈殿を加熱して脱水すると、一部が縮合して、乾燥剤や吸着剤に使用されるシリカゲルになります。

シリカゲルは、化学式ではSiO2nH2O(0<n<1)で表され、ちょうどメタケイ酸H2SiO3とメタ二ケイ酸H2Si2O5の中間の構造になります。シリカゲルは、固体表面に微細な凹凸のある多孔質構造を持ち、質量の割に表面積が非常に大きく、固体表面にあるヒドロキシ基が水素結合により水分子を多く吸着するので、乾燥剤として利用されます。

 

Na2SiO3 + 2HCl → 2NaCl + H2SiO3

H2SiO3 (高温) SiO2nH2O + (1-n)H2O

 

シリカゲルには、塩化コバルト(II) CoCl2を配合させたものがあり、コバルト(II)イオンCo2+ により、乾燥時は青色、吸湿時は赤色になるので、これにより、水H2Oの吸着の程度を知ることができます。吸着反応は、発熱的であり可逆的でもあるので、吸湿したものを加熱などで乾燥させると、何度でも乾燥剤として使用できます。ただし、乾燥させるときに加熱しすぎると、脱水縮合が進行しすぎて、シリカゲルが劣化してしまう可能性があるので、注意が必要です。

 

CoCl2() + 6H2O → CoCl26H2O()

SiO2nH2O (高温) SiO2 + nH2O

 

(4)スズ

スズ(tin)の単体は、常温ではβスズと呼ばれる、比較的安定な銀白色の重金属です。しかし、極地方のような酷寒の環境においては、βスズは、徐々にαスズと呼ばれる灰色の非金属に転移します。αスズへの転移では、展性が失われ、同時に体積が増加するため、スズ製品には機械的な破壊が起こって、ボロボロになってしまいます。

この現象は、スズ製品の一部分から始まり、やがて製品全体に伝染するように広がるため、人間の伝染病に例えて、「スズペスト」と呼ばれます。ただし、通常スズ製品には、各種の不純物が混ざっているため、実際に反応が進むのは-10℃の低温領域からであり、-45℃で反応速度が最大となります。しかし、それでも1 mm進むのに、約500時間もかかるといわれています。かつて、ヨーロッパの長い冬にオルガンのパイプでこれが起こり、オルガンのパイプがボロボロになってしまいました。αスズとβスズは、互いに同素体の関係であり、転移は化学変化ではなく、物理的な結晶構造の変化です。

また、ナポレオンは、1812年に50万の大軍を率いてロシア遠征を企て、歴史的な大敗を喫しましたが、その原因の一つに、冬のロシアの極寒があげられます。気温は-40まで下がり、怒り狂った風が巨大な雪の竜巻を吹き上げ、部隊は氷に包まれました。生きてフランスに帰国できた兵士は、2万人に満たなかったといいます。そしてこのとき、フランス軍兵士の軍服に付いていたスズ製のボタンが、スズペストを起こして、ボロボロと朽ちたのです。これは、ロシア軍の妖術であるという噂と相まって、フランス軍兵士の士気を削ぎ、敗退を加速したといいます。この大戦は、ロシアの文豪トルストイが、著書である「戦争と平和」で書き尽くしています。ロシアの老元帥クトゥーゾフは、押し寄せるナポレオンの大軍を目の前にしても、何もしません。――「ロシアはロシアが守る」。冬になると、若いナポレオン率いる血気はやるフランス軍は、ロシアの極寒の前になす術もなく、敗退していきました。

さらに、1819年には、イギリスのフランクリン卿が、北極探検を行いましたが、これも歴史的な失敗となり、多くの隊員を餓えや寒さで失いました。この一因にあげられるのは、缶詰の蓋の溶接に用いたハンダの不備で、鉛Pbが溶け出し、隊員が鉛中毒となって、精神状態に悪影響を及ぼしたということです。しかし、それとともに、缶がスズペストを起こし、缶詰が予期した保存期間に耐えられなかったことを指摘する説もあります。

 

.12  右側は銀白色のβスズ、左側は灰色のαスズ(画像はこちらからお借りしました)

 

スズSnは、融点が低く(m.p.232)比較的無害な金属材料として、単体や合金の成分として、古くから広く用いられてきました。スズSnを含む合金としては、鉛Pbとの合金であるハンダ、銅Cuとの合金である青銅(ブロンズ)が代表的です。

青銅は茶色の艶のある金属ですが、錆びると緑青が出て青くなります。そのため、「青銅」といわれるのです。なお、青銅は茶色といいましたが、それはスズSnの含有量のせいであり、スズSnの割合を増やすと金色になり、もっと増やすと遂には白色になります。

スズSnの単体についても、適度な硬さがあり、加工も容易であるため、アルミニウムAlが安価に生産されるようになるまでは、食器などの日用品にも広く用いられてきました。かつては、スズSnは今よりもっと身近な金属だったのです。ブリキは、鉄板にスズSnをめっきしたものであり、全面を覆うことで、内部の鉄Feの酸化を防ぐことができ、はんだ付けも容易になります。ブリキは、缶詰や容器、玩具などに使われています。

 

.13  青銅は加工性に優れ、美術品などによく用いられる

 

スズSnは、第14族元素であるから、基底状態では5s25p2の電子配置を持っています。そこで、同じ第14族の炭素Cやケイ素Siと同様に、sp3混成軌道を作って、共有結合性の強い4価の状態を作ることができます。しかし、一方で、スズSn2個の価電子を失って、イオン結合性の強い2価の状態も作ることができます。スズSnでは、どちらかというと共有結合性の強い4価になる傾向が強いです。よって、塩化スズ(II)二水和物SnCl22H2Oには還元作用があり、有機化合物の還元剤や、分析試薬などとして用いられます。

 

SnCl2 + 2Cl- → SnCl4 + 2e-

 

スズSnは、両性元素であり、酸とも強塩基とも反応して、水素H2を発生させます。また、スズ(II)イオンSn2+ を含む水溶液に、硫化水素H2Sを加えると、硫化スズ(II) SnSの褐色沈殿が生成します。この沈殿は、強酸性条件でも溶けません。硫化スズ(II) SnSは、太陽光を吸収する能力が高く、太陽電池の材料として期待されています。

 

Sn + 4HCl → SnCl4(無色) + 2H2

Sn + 4H2O + 2NaOH → Na2[Sn(OH)6](無色) + 2H2

Sn2+ + H2S → 2H+ + SnS↓()

 

(5)

(lead)の単体は、比較的軟らかい青灰色の重金属です。紙などに摺り付けると、文字が書けるため、古代ローマ人は、羊皮紙に鉛製の尖筆で線や文字を書き、これが「鉛筆」の名称の起源となりました。低融点(m.p.328)で軟らかく、加工しやすく、高比重であり、比較的製錬が容易であることから、古代から鉛Pbは広く利用されてきました。

鉛製の水道管は、ベスビアス火山の噴火で有名なボンペイの遺跡からも発見されているように、意外に古い歴史を持っています。イタリアのローマでは、古代ローマ時代の鉛製の下水管が、今でも使われています。古代ローマ時代と同じタイプの下水管を使っているのではなく、2,000年前から同じ下水管をずっと使い続けているのです。鉛製の下水管の寿命は半永久的で、鉛Pbは下水管の材料としては理想的です。

ただし、鉛Pbには毒性があり、酵素のチオール基(-SH)に対する親和性が強く、種々の酵素に対する阻害活性があります。特に造血組織において、ヘモグロビン合成を阻害するために、貧血症状を起こすことが典型例です。そのため、近年では、鉛Pbの利用は避けられる傾向が強いです。鉛Pbによる急性中毒の症状は、嘔吐や腹痛などですが、慢性中毒では、貧血や食欲不振、高血圧、さらには精神に異常をきたすといわれています。皮膚は灰色に変色し、歯肉が青黒く腫れるのが特徴的です。また、血管や腸管を痙攣させることもあり、この症状を引き起こす鉛疝痛は、ギリシア時代から知られていました。神経が麻痺して、鉛毒脳症を起こすこともあります。

 

.14  古代ローマでは鉛製の尖筆を使っていた

 

古代ローマにおいては、蜂蜜以外に手に入る甘味料は少なかったため、酢酸菌などの作用により酸敗しかけたワインを、鉛製の鍋で煮ることによって得られる「サパ」と呼ばれるシロップが、甘味料として好んで作られていました。このシロップは、殺菌効果もあったことから、当時ワインの甘味付けや、果物の保存に一時的に使われていました。しかし、これには製造の過程で生じた酢酸鉛 (CH3COO)2Pbが多量に含まれており、「サパ」を添加したワインを好んでいた貴族たちの間で、鉛中毒者が続出したといわれています。

酢酸鉛(CH3COO)2Pbは水に溶けやすく、見た目も砂糖C12H22O11とそっくりで、「鉛糖」とも称されていますが、有毒な物質です。当時の人の遺骨を調べてみると、毛髪から高濃度の鉛Pbが検出されるといいます。ローマ人の平均寿命は20歳代前半に過ぎず、上流階級には不妊が多かったと聞きます。これには、「サパ」などによる、鉛Pbの毒性が影響しているのではないでしょうか。

この中毒が神経毒性を生じ、ローマ帝国の滅亡の一因になったという説さえあります。ローマ皇帝の中で、ネロのような異常性格者が出たのは、彼が鉛中毒になっていたから――と考えれば、納得できます。ネロは17歳で皇帝に就き、善政を強いてローマ市民に喜ばれながら、やがて人が変わったように残虐になり、遂にはローマを焼き払った張本人として歴史にその名を刻むことになりました。

かの大作曲家ベートーヴェンも、慢性の鉛中毒であった可能性があるといいます。2000年、アメリカのアルゴンヌ国立研究所が実際にベートーヴェンの遺髪を分析した結果、通常の100倍近い大量の鉛Pbを含んでいることが分かったのです。ベートーヴェンは、ワインの愛飲家として有名であり、晩年にベートーヴェンを苦しめた腹痛や神経系の不調からくる短気、難聴に悩まされた末の聴力喪失も、「サパ」による鉛中毒だったのでしょうか。

 

.15  偉大な作曲家であるベートーヴェンは鉛中毒に悩まされていた可能性がある

 

この他、狩猟で使われる散弾銃の鉛弾によって傷付いた野鳥や動物が、体内に残留した鉛弾によって、鉛中毒になる例があります。さらに、その鉛中毒になった野鳥や、その動物を餌とした肉食鳥が、鉛中毒になる可能性があります。近年では、鉛弾を使った散弾銃そのものの規制や、タングステンWなどの他の素材への転換も議論されています。

また、日本では、江戸時代から明治時代にかけて、鉛白を含むおしろいによる鉛中毒がありました。鉛白とは、炭酸鉛(II) PbCO3と水酸化鉛(II) Pb(OH)221混合物であり、紀元前4000年前のエジプトの時代から、装飾用顔料として使われていたといいます。おしろいには、焼いた牡蠣の殻や真珠、チョークなども用いられたことがありましたが、少量で広い面積を覆うことができ、輝く白さを示す鉛白より、優れたおしろいはありませんでした。しかし、有害な鉛化合物を顔に塗るのだから、人体にとって良いはずはありません。特に毎日厚化粧をする歌舞伎役者や遊女たちが、鉛中毒で命を落としていったことはよく知られています。現在では、鉛白は毒性があるために使用されず、安全な酸化亜鉛ZnOや二酸化チタンTiO2のおしろいが使用されます。

 

.16  おしろいに鉛白が使用されていた時代には、鉛中毒による死亡者が多かった

 

Pbは、両性元素なので、酸とも強塩基とも反応して、水素H2を発生させます。しかし、塩酸HClや硫酸H2SO4に対しては、水に溶けにくい塩化鉛(II) PbCl2や硫酸鉛(II) PbSO4の酸化被膜が金属表面を覆うので、難溶です。ただし、硝酸HNO3や酢酸CH3COOHとは、比較的反応しやすいです。鉛化合物は、塩化鉛(II) PbCl2や硫酸鉛(II) PbSO4、クロム酸鉛(II) PbCrO4、硫化鉛(II) PbSなど、水に難溶なものが多いですが、硝酸鉛(II) Pb(NO3)2や酢酸鉛(CH3COO)2Pbなどは、水によく溶けます。また、塩化鉛(II) PbCl2も、熱湯には溶解度が大きくなって、少しだけ溶けます。

 

Pb + 2HCl → PbCl2() + H2

Pb + H2SO4 → PbSO4() + H2

Pb + 2H2O + 2NaOH → Na2[Pb(OH)4](無色) + H2

 

Pbは、金属性が強いものの、第14族元素であるから、スズSnと同じような共有結合性の強い4価の状態を作ることができます。ただし、鉛Pbの場合は、スズSnと異なって、イオン結合性の強い2価の状態の方が安定です。よって、酸化鉛(IV) PbO2には、酸化作用があり、鉛蓄電池の正極として用いられます(電気化学(電池)を参照)

 

PbO2 + 4H+ + 2e- + SO42- → PbSO4 + 2H2O


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・参考文献

1) 齊藤烈/藤嶋昭/山本隆一/19名「化学」啓林館(2012年発行)

2) セオドア・グレイ「世界で一番美しい元素図巻」創元社(2011年発行)

3) 平尾一之/田中勝久/中平敦「無機化学」東京化学同人(2013年発行)

4) Peter W. Atkins/千原秀昭・稲葉章 訳「分子と人間」東京化学同人(1993年発行)

5) 船山信次「毒の科学-毒と人間のかかわり-」ナツメ社(2013年発行)

6) 鈴木勉「毒と薬【すべての毒は「薬」になる!?】」新星出版社(2015年発行)

7) 長沼毅「Dr.長沼の眠れないほど面白い科学のはなし」中経出版(2013年発行)

8) 佐藤健太郎「炭素文明論」新潮選書(2013年発行)

9) 佐藤健太郎「化学で「透明人間」になれますか?」光文社新書(2014年発行)

10) 左巻健男「面白くて眠れなくなる元素」PHP研究所 (2016年発行)

11) 齋藤勝裕「へんな金属すごい金属」技術評論社(2009年発行)

12) F・アッシュクロフト /矢葉野薫 訳「人間はどこまで耐えられるのか」河出書房新社(2008年発行)