・地球温暖化の科学


【目次】

(1) 地球温暖化問題をどう捉えるか?

(2) 温室効果ガスとは?

(3) 繰り返される温暖化と寒冷化

(4) 全球凍結イベントとは?

(5) ミランコビッチ・サイクルとは?

(6) エアロゾルと地球温暖化

(7) 地球温暖化の誤謬


(1) 地球温暖化問題をどう捉えるか?

 近年の気候変化や温室効果ガスの削減に関する議論に登場する「地球温暖化現象」と呼ばれる言葉は、大気中の二酸化炭素CO2やメタンCH4などの温室効果ガスが、人間活動の影響で増加することによって新たな温室効果が発生し、地表付近の気温が全球規模で上昇する現象のことを指します。「このような現象が地球規模で果たして起こっているのか?」、「どれくらいの気温上昇をもたらすのか?」といった疑問は、誰もが抱く重要なものです。科学界でも、1827年のジョセフ・フーリエの「二酸化炭素による地球温暖化仮説」や、1900年前後のスヴァンテ・アレニウスとクヌート・オングストロームの「気温上昇の大きさに関する議論」など、200年近くの歴史があります。現在でも様々な議論があり、懐疑論に至っては、「地球温暖化という現象は起こっていない」と主張するものまであります。

 

.1  現在の地球は、過去1,300年の間で最も暖かくなっている

 

 19世紀から始まった科学的な気温の観測を基に統計が取られていますが、地球の平均気温は過去100年間で0.74℃上昇しており、長期的に上昇傾向にあることは「疑う余地がない」と評価されています。最初に私の立場をはっきりさせておくと、私は「地球温暖化は確かに起こっているし、温室効果ガスの排出量増加は地球温暖化を加速させると思うが、温室効果ガスの排出量削減を規定する京都議定書やパリ協定の効果には懐疑的である」です。なぜなら、人間活動によって排出される二酸化炭素CO2の排出量は、地球全体でたったの2%に過ぎないからです。残りの98%は、火山活動や土壌有機物が腐敗するときなどに排出される、自然由来のものです。イギリスの経済学者であるニコラス・スターンは、毎年世界のGDP1.5%――2019年の数値で言えば13,000億ドル――をこの問題に取り組むために費やすべきだと提案しています。この2%という数値を、1.9%とか1.8%に減らすのに、私たちはどれだけの費用を投じなければならないのでしょうか?そして、その費用に見合う便益を、私たちは得ることができるのでしょうか?

201761日、「米国第一主義」を政権運営の柱に据えたアメリカ大統領のドナルド・トランプは、「中国、ロシア、インドは何も貢献しないのに、米国は何十億ドルも払う不公平な協定だ」として、アメリカがパリ協定から離脱することを表明しました。さらに、「地球温暖化はウソ」と言ってのけ、オバマ前大統領が地球温暖化を口実に停止した、カナダからテキサス州までの数千kmに達する石油パイプラインの建設計画を再開させました。温室効果ガスである二酸化炭素CO2の排出量を削減しようとするなら、どうしても経済活動を縮小せざるを得ません。経済活動と地球温暖化は、トレードオフの関係にあります。経済活動が縮小することのデメリットと地球温暖化によるデメリットを天秤にかけ、トランプは地球温暖化によるデメリットの方が、アメリカにとっては許容しやすいと考えたのでしょう。

 

.2  パリ協定の離脱を表明するドナルド・トランプ

 

 近年、他国でも、地球温暖化問題に関する様相が変わってきているところがあります。そのきっかけになっていることの1つが、1970年代後半から2000年代前半の気候変動に関する有名な予測の大半が間違いだったことです。その最も代表的な事象は、1978年の「2020年の二酸化炭素CO2濃度が660ppm(当時の倍)になる」でしょう。2021年の世界平均濃度は415ppm(0.0415%)で、確かに近代では増加傾向にありますが、1970年代の予測よりは増加していません。その他、マイアミ・ヘラルド紙の1986921日の記事によると、アメリカ環境局は1986年に「2020年までにフロリダでは海面が2フィート(60 cm)も上昇する」と予測しましたが、実際には1960年から2020年までの間に46インチ(1015 cm)上昇しただけで、これは想定よりもはるかに低いものでした。2000年にイギリス気象庁のデヴィット・パーカーは、「イギリスの子供は近い将来、雪はインターネットの中でしか体験することができなくなる」とインディペンデント紙に寄稿しています。ところがイギリスでは、2010年と2020年に交通が麻痺するほどの大雪が降りました。2006年には、アメリカ副大統領だったアル・ゴアが「キリマンジャロ山の雪の消失」を予言しますが、これも間違いでした。雪はまだ残っているし、あの気候変動の大騒ぎは一体何だったのかという疑問が、各所から湧いてきているのです。

 世間一般に浸透している「地球温暖化を止めるために二酸化炭素CO2の排出量を削減する作戦」は、一体どのような根拠に基づいているのか、ここで整理してみましょう。まず、@「地球の気温が今までになく上がり続けていること」が大前提にありますね。それから、A「その原因が二酸化炭素CO2にあること」があります。それから、B「地球温暖化が私たち人間や生態系にとって脅威であること」です。私たちは気付かぬうちに、この3つが確かなことであるということを前提として、話を進めているのです。よく考えてみると、この3つのうちどれか1つでも崩れてしまったら、作戦が瓦解してしまうことが分かります。私の地球温暖化に対する見解は、「@とAは正しいと思うが、Bの影響はそれほど深刻なものではない」というものです。

あとにも述べますが、現在の地球は、地球史の中では氷河時代の「間氷期」と呼ばれる時期にあり、またいつ「氷期」に突入してもおかしくない状態にあります。今は二酸化炭素CO2の排出量を削減して、必死に「地球を冷やそう」としていますが、氷期に突入して寒冷化が進んだら、今度は二酸化炭素CO2の排出量を増加させて、必死に「地球を暖めよう」とするのでしょうか?「地球温暖化の仕組みを理解すること」は確かに大切なことです。しかし、「地球の気候を人為的にコントロールしよう」と思ったり、「未来の地球の気候を予測しよう」と思ったりすることは、何だかおこがましいことをしている気が気でならないのです。一週間後の地球の気候もよく分からないのに、どうして未来の地球が温暖化していると分かるのでしょうか?

 地球温暖化を巡る国際会議が開かれ、国連は各国の気象学者たちによる「気候変動に関する政府間パネル」(IPCCIntergovernmental Panel on Climate Change)1988年に設置しました。それ以来、世界中の専門家たちが、地球温暖化の予測、影響、対策などを何十年も検証してきました。その結果として、多くの学術的知見を集約した第四次評価報告書(AR4)の中で、「2000年までの過去100年当たりで、0.74℃の速度で温暖化が起きており、現在それが加速している」と報告されています。また、その主な原因が、「人間活動によるものであることはほとんど疑いがない」と結論付けられています。それは、次のような点でまとめられています。

 

・大気中の二酸化炭素CO2、メタンCH4、一酸化炭素COの濃度が、産業革命以前より増加している

・これらの温室効果ガスの増加は、主に化石燃料の使用などの人間活動に原因がある

・これらの温室効果ガスが、顕著な温室効果を引き起こしている

・人間活動による温室効果ガスの増加を考慮したシミュレーション結果と考慮しない結果の差が、近年の気候変化を直接観測したデータが示す温暖化傾向と一致している

 

実は、「温室効果ガスの増加と温暖化」は、過去の地球史を見ればすでに繰り返し起こっていることなので、それ自体は特別な現象ではありません。それでは、地球温暖化の一体何が問題なのでしょうか?それは、私たちが生きている時代に、「人間社会」という高度に発達し、効率化した人工の仕組みがある点なのです。この仕組みの資産価値は、人間の立場から見れば莫大なもので、その資産に影響が出ると、大きな社会的混乱を引き起こすことにもなります。とはいえ、これは私たち人間の勝手な理屈です。「地球温暖化の仕組みを理解すること」と「地球温暖化をコントロールしたいかどうか」は別の問題で、後者は人間社会の意志の問題になります。しかし、変化の仕組みを理解しないと、正しく判断することができません。その意味で、地球温暖化という現象を正しく理解することは、人間社会にとって、非常に重要なことなのです。

地球史を紐解いてみれば、地球気候は非常にダイナミックに変動してきたことが分かります。しかしながら、ここが混乱の源にもなっています。「なぜ過去にあったような現象が、現在の地球温暖化問題の中で起こっていないといえるのか?」と考えられるからです。ここで、地質時代・先史時代の気候変動をも含んだ古気候学的な観点と気候変動をまとめてみましょう。

 

・過去1,300年間に絞ってみた場合、1980年以降の急激な温暖化以外に、穏やかな温暖期と穏やかな寒冷期が1回ずつあった

・約125,000年前では、現在よりも温暖だった。北極や南極の氷雪が減少し、それに対応するように海水面が46 mほど上昇したと考えられる。これは夏の高緯度における太陽放射の増大に起因していると考えられる

・過去100万年の期間では、約10万年の周期で暖候期と寒候期が繰り返された。しかし、それより前は4万年の周期で繰り返されていた

・さらに数億年の時間スケールで見れば、もっと大規模な温暖化が起こっていた。しかし、海が存在できなくなるほど暑くなることはなかった。むしろ、隕石衝突による激烈な環境変化や海洋無酸素イベント、全球凍結イベントなどの方が、生物の生存にとっては脅威だった

 

この観点から考えれば、現在の温暖化現象は、地球環境にとって特別なものではありません。現在よりも、もっと大きな温暖化は過去に起こっていますし、海水準の変化も大きかったのです。産業革命以降に起こっている温暖化傾向はせいぜい1℃程度であり、海水準の増加も20 cm程度にしかなりません。しかし、将来シナリオによる計算によれば、このまま人間活動による温室効果ガスが排出され続ければ、「50年以内に全球地表面平均気温は2℃以上の上昇を免れない」といわれています。IPCC第四次報告書によって、気候科学者が指摘しているところでは、適度な温暖化は、厳冬の緩和や作物の収穫量の増加など、人間社会に恩恵をもたらすことが多いですが、全球平均気温で2℃以上の温暖化は、雪氷の融解や干ばつの進行、熱帯化による被害の方が大きくなります。

前述したように、この変化は、数億年に渡る過去の気候変化からすれば小さなものです。この変化が問題なのかどうかは、私たち人間が勝手に判断しているに過ぎません。それをあたかも、「地球温暖化の原因は温室効果ガスではない」とか、「過去に数億年かけて起こった現象が、再び数十年程度の時間スケールで起こる」といった見解は、この問題の論点を大きく外したものであるといえます。現在までに、地球では様々な気候変動が生じてきましたが、それらは様々な時間スケールで生じているため、あれもこれも一緒くたにしてしまうことは、大きな誤解や混乱を招く恐れがあります。時間スケールの異なる現象は、基本的に異なる原因やメカニズムによって生じているので、それをしっかり区別することが重要です。

 

(2) 温室効果ガスとは?

 イギリスの物理学者であるジョン・チンダルは、水蒸気H2Oや二酸化炭素CO2、メタンCH4などの気体が、赤外線を吸収できることを発見しました。このような赤外線を吸収することのできる気体を、一般に「温室効果ガス」と呼びます。地球大気に含まれる温室効果ガスには、水蒸気H2Oや二酸化炭素CO2、メタンCH4の他、一酸化二窒素N2Oやフロンガスなどがあります。これらの温室効果ガスは、地球表面から放射される赤外線は吸収しますが、太陽から放射される可視光は吸収しにくいという性質があります。

 これまでの研究から、気温の上昇量は、二酸化炭素CO2の累積排出量にほぼ比例することが分かっています。1850年から2019年までに、人類はすでに約23,900tもの二酸化炭素CO2を排出しています。それによって平均気温が約1℃上昇しているという研究結果があります。

 

.3  人為起源の温室効果ガスの総排出量に占める種類別の割合(気象庁 地球温暖化ポータルサイトより引用)

 

18世紀後半の産業革命以降、大気中の二酸化炭素CO2の濃度は、化石燃料の消費、森林伐採などによる土地利用の変化、航空機の発達に伴う排気などにより、急速に増加しました。産業革命以前は280ppmという値でしたが、現在では415ppm(2021年観測データ)にまで増えています。産業革命以前に比べて、約48%も増加していることになり、氷床コアの分析を通して明らかになった、過去65万年間の二酸化炭素CO2の自然変動の範囲とされる「180300ppm」を大幅に上回っています。

なお、二酸化炭素CO2の濃度は、季節によって濃度には多少の変動があり、北半球が夏のときに低く、冬に高いことが知られています。そのため、二酸化炭素CO2の濃度を表すグラフは、次の図.4のようにギザギザとした形となります。この理由は、陸地の大半は北半球に存在するので、夏になって北半球の日射量が増加すれば、地球全体として光合成による二酸化炭素CO2の消費量が増加するからと考えられています。

 

.4  地球全体の二酸化炭素CO2の経年変化(気象庁 地球温暖化ポータルサイトより引用)

 

メタンCH4の場合は、主に化石燃料の消費、天然ガスの漏洩、ゴミの埋め立て、稲作や畜産などにより、産業革命以前の0.7ppmから1.9ppmに増加しました。しかし、最近は増加が頭打ちとなっています。一酸化二窒素N2Oも、肥料の使用や工業生産により、同様に0.27ppmから0.33ppmに増えています。ごく低濃度でも強い温室効果を持つフロンガスは、自然界には存在せず、すべて人間が工業的に作り出したものです。また、それぞれの温室効果ガスが持つ温室効果の大きさは、二酸化炭素CO21とすれば、100年間ではメタンCH425倍、一酸化二窒素N2O298倍、フロンガスが数十〜数万倍と、地球温暖化に与える影響はそれぞれで異なっています。

 

.5  地球全体のメタンCH4の経年変化(気象庁 地球温暖化ポータルサイトより引用)

 

 地球の気候の駆動源は太陽エネルギーであり、太陽から届いたエネルギーのうち、約3割は雲や地表面で反射されて、残りの7割が地球を暖めています。「温室効果」は、二酸化炭素CO2やメタンCH4などの温室効果ガスが、地表面から出た熱赤外線を吸収するために起こります。本来、地表面付近の熱は、宇宙空間に向かって熱赤外線の形で放熱されているのですが、温室効果ガスは熱赤外線を吸収することにより、熱が逃げるルートを効率よく塞いでいるのです。そのため、これらの気体は微量でも、極めて大きな温室効果をもたらすことになります。地球の大気は、1 m2当たりで約10 tあり、そのうち二酸化炭素CO2はたったの6 kgしかありません。それでも、二酸化炭素CO2は地表面から出た赤外線を、1 m2当たりで20 Wほど吸収します。これは、全球で1016 Wにもなります。赤道域から極域に、大気と海の運動によって運ばれるエネルギーは3×1015 Wほどですから、いかに温室効果ガスによる保温効果によって、大きなエネルギーを地球に閉じ込めているかが分かるでしょう。

これに比べて、窒素N2や酸素O2のような1種類の元素だけからなる二原子分子は、熱赤外線をほとんど吸収しません。大気の主成分である窒素N2や酸素O2は、このような吸収が弱いために、ある意味では地球は救われているといえます。もし大気の主成分ガスが顕著な光吸収を示していたら、地球気候は現在のものとは、全く異なった形に発展していたでしょう。

 

.6  大気の温室効果

 

 ちなみに、現在の二酸化炭素CO2濃度は0.0415%(415ppm)程度で、それによる温室効果は33℃ほどであると考えられています。すなわち、現在の地表平均気温は15℃なので、温室効果が全くない場合の予想気温は-18℃になります。地球環境の目の敵にされることが多い二酸化炭素CO2ですが、これが全くないと、地球は酷く寒冷な気候に置かれることになります。もし地球の大気から二酸化炭素CO2が失われたら、地球の表面は完全に凍り付き、高等な生物は存在することが不可能になるでしょう。

 それに、今から8,000万年ほど前の白亜紀では、二酸化炭素CO2濃度は、少なくとも0.1%(1,000ppm)以上であったことが判明しています。この頃の地球は、現在よりも1015℃も地表平均気温が高く、極域にあった氷床はすべて融け、現在よりもかなり高海水準であったと考えられています。実際、冷暖房の整ったオフィス・ビル内の空気には、白亜紀の地球の大気と同じくらいの二酸化炭素CO2が含まれています。冷暖房と換気のシステムの基準を決めたエンジニアたちが、それぐらいが人間にとって丁度良いと判断したからです。このことからも、二酸化炭素CO2は毒ではないし、二酸化炭素CO2を「地球にとっての毒」と考えているのは、人間の勝手な理屈です。

 

.7  恐竜が繁栄していた白亜紀は、温暖な気候と高海水準であったことが知られる

 

 二酸化炭素CO2の排出量増加は、確かに地球温暖化を加速させます。私たちは、買い物に行くときにエコバッグを使ったり、家の冷暖房を少し節約したり、新車を買うときに環境に優しいハイブリットカーを選んだりして、二酸化炭素CO2の排出量を削減しようとしています。しかしながら、もしかしたら私たちが「戦うべき敵」は、二酸化炭素CO2ではないかもしれません。米カーネギー研究所地球生態部の気候科学者であるケン・カルデイラは、「二酸化炭素CO2濃度が現在の2倍になっても、地球が外部に放射するエネルギーの2%も捕捉しない」と指摘しています。温室効果ガスとして、二酸化炭素CO2はあまり効率が良くないのです。

さらに、大気中の二酸化炭素CO2には、経済学で言う「収穫逓減の法則」が働きます。これは、「独立変数を増加させると、それに伴って従属変数も増加していくが、ある点を過ぎると、独立変数の増加が従属変数の増加に結び付かなくなっていく」という法則です。つまり、大気中の二酸化炭素CO210t増えても、以前に放出された10tほどには、地球温暖化に影響を与えないということです。

 

.8  収穫逓減の法則

 

 また、二酸化炭素CO2濃度の増加が植物に与える影響を調べた研究によると、二酸化炭素CO2濃度の増加は、全体として植物に良い影響を与えることが分かっています。植物は、空気中から二酸化炭素CO2を集めて光合成を行っていますが、単純に二酸化炭素CO2濃度を2倍にすると、植物の成長は70%も高まるといいます。商業用の水栽培の温室で、二酸化炭素CO2濃度を高くしているのはこのためです。そういう温室では、二酸化炭素CO20.14%(1,400ppm)程度の濃度になっています。植物にとっては、二酸化炭素CO2は、現在の濃度0.0415%(415ppm)よりも高い方が良いのでしょう。

 

(3) 繰り返される温暖化と寒冷化

 地球史を通じて、温暖化と寒冷化は繰り返し生じてきました。その実態は、地層に記録されています。例えば、氷河作用によって形成される氷河性堆積物が地層に見られる時期は、寒冷期であったと判断できます。地形の起伏とは関係なく、広域に広がる氷河のことを「大陸氷河」または「氷床」といいます。氷床が存在したという証拠が見つかれば、当時の地球は寒冷環境であったと考えて良いでしょう。そのような寒冷期のことを「氷河時代」といいます。ちなみに、現在も南極やグリーンランドには、大陸規模の氷床が存在するので、地球史の中では氷河時代に区分されます。

 

.9  グリーンランドの氷床

 

 それでは、どのようなものが、「氷床の存在した証拠」と見なされるのでしょうか?氷床は、大陸上を大河のように流動し、様々なサイズの岩片を取り込み、海岸付近で分離して氷山となります。氷山は沖合に流されて、氷の融解とともに取り込んだ岩片を海底に落とします。このような岩片のことを「ドロップストーン」といいます。普通ならば、砂や泥が溜まっている海底の堆積物中に、突然大きな岩片が含まれているのはとても不思議なことです。それ故に、ドロップストーンが見つかれば、その堆積物が形成された時期には、近くに氷床に覆われた陸地があり、そこから氷山がやってきて、その岩片を落としていったのだと推定できるのです。他にも、氷河作用を受けた様々な特徴が地層に見られるかどうかを調べることによって、氷床の存在を判断します。

 

.10  ドロップストーンは氷河時代の証拠になる

 

 地球史における最も古い氷河時代は、今から約29億年前の「ポンゴラ氷河時代」で、そのあとに「原生代前期氷河時代」と「原生代後期氷河時代」を経て、顕生代の「オルビス紀後期氷河時代」と「ゴンドワナ氷河時代」、そして現在を含む「新生代後期氷河時代」と続きます。最近の1万年は、氷河時代の中でも比較的温暖な「間氷期」とされています。最後の氷期に当たる2万年前の気温は、今よりも510℃も低かったといいます。それ以外の時代は、極域にも氷床が存在しないほどの温暖期だったということになります。

 ただし、温暖期だとされているものの中には、まだその時代の確実な氷河性堆積物が発見されていないだけで、実は氷河時代であったという時代もあるかもしれません。実際に「氷河性堆積物であることが疑われるが、まだコンセンサスが得られていない」というものがいくつか知られています。多数の研究者によって、それが本当に氷河性堆積物であることのコンセンサスが得られない場合には、氷河時代とは認定されないのです。

 

.11  地球史における氷河時代

 

.11を見ると、地球史において氷河時代は繰り返し訪れていますが、原生代半ば(222000万〜73000万年前)には、約15億年に渡って温暖期が続いていたらしいことが分かります。顕生代(54200万年前以降)においては、頻繁に氷河時代が訪れていることを考えると、もし本当に約15億年間に渡って温暖期が維持されていたのだとしたら、とても不思議なことです。火山活動などの固体地球の活動が、現在とは異なるモードにあったとも考えられていますが、まだよく分かっていません。

 

(4) 全球凍結イベントとは?

原生代後期に当たる約65000万年前が、氾世界的な氷河時代であったことは、古くから知られていました。この時代の地層には、世界中どこでも氷河性堆積物が見られるのです。しかし、当時の気候がどのような状態にあったのかを調べるためには、当時の大陸配置に関する情報が必要です。なぜなら、大陸はプレートに載って移動してしまうからです。仮に当時すべての大陸が北極か南極に集まっていたとしたら、すべての大陸から氷河性堆積物が見つかっても、何ら不思議ではありません。

そこで、岩石に記録された過去の地磁気の情報を推定することによって、氷河性堆積物が形成された当時のその場所の緯度が詳しく調べられました。その結果、例えば現在の南オーストラリアは、この時代には赤道直下にあったことが明らかになったのです。当時、大陸は極域に集まっていたどころか、むしろ赤道域に集まっていたらしいことも明らかになってきました。温暖なはずの赤道域に集まっていた大陸が、なぜ氷床によって覆われていたのでしょうか?

極域にできた氷床が、寒冷化とともに低緯度側に拡大した場合を考えてみましょう。真っ白な氷は、太陽光の反射率が高いため、氷床の拡大によって、さらに地球が受け取る日射の総量が低下します。その結果、地球はさらに寒冷化し、氷床がさらに発達します。このような「正のフィードバック機構」のために、極域の氷床が2030°の低緯度まで大きく拡大すると、気候システムは急激に不安定となります。その結果、気候要素が大幅に変化する「気候ジャンプ」が引き起こされ、地球全体が真っ白な氷に覆われた「全球凍結状態」に陥ると考えられます。極域の氷床が低緯度まで発達するためには、おそらく数十万年以上の時間が必要ですが、気候ジャンプはわずか数百年程度で生じるといわれています。

 

.12  地球全体が完全に氷床や海氷に覆われた全球凍結状態のイメージ図

 

 それでは、なぜこのような気候変動が生じるのでしょうか?原因としては、大気中の二酸化炭素CO2濃度の大幅な低下など、大気の温室効果が失われたとしか考えられません。例えば、地球全体の火山活動の停滞などによって、大気中に二酸化炭素CO2がほとんど供給されなくなると、数十万年かけて地球は寒冷化し、ついには全球凍結状態に至ると考えられています。現実の地球では、大気や海洋の循環によって、低緯度の熱が効率的に中緯度に運ばれているため、このような不安定化は起こりにくいのですが、それでも二酸化炭素CO2濃度が大幅に低下すれば、全球凍結状態に陥ります。二酸化炭素CO2濃度が、現在の1/10程度(数十ppm)にまで低下すると、全球凍結が起きると考えられています。これは、もともと地球は太陽からの距離を考えると、温室効果が全くない場合の予想気温が-18℃になるからです。今から約67億年前の原生代後期においては、太陽光度が現在より6%程度低かったと考えられているため、二酸化炭素CO2濃度が現在と同程度(数百ppm)まで低下すれば、全球凍結が起きるはずです。ただし、原生代後期において、どのような理由で大気の温室効果が失われたのかについては、まだよく分かっていません。

 原生代後期で赤道域に氷床が存在していたことが事実であれば、理論的な考察に基づき、当時の地球は全球凍結状態であったという結論になります。これは、「スノーボールアース仮説」と名付けられています。全球凍結した地球は、全球が真っ白な氷で覆われるため、太陽光の反射率が極めて高くなり、太陽放射の6070%くらいを反射するようになります。その結果、地球の平均気温は-40℃にまで低下します。海水も表面から冷やされるため、厚さ1,000 mに渡って凍り付いてしまいます。重要な点は、このように極端な状態ではあっても、全球凍結状態は、地球の気候システムにおける「安定な状態の1つ」であり、「簡単には抜け出すことができない」ということです。

 

.13  全球凍結状態では、地球の平均気温は-40℃にまで低下する

 

 それでは、地球は一体どうやって、このような状態から抜け出すことができたのでしょうか?これが大きな問題でした。地球が全球凍結状態に陥る可能性そのものは、1960年代から知られていたものの、実際にそのようなことは生じなかったと考えられてきたのです。それは、一度地球全体が凍結して、白い氷で覆われれば、以後は太陽光で溶けることはありえず、永遠にその状態から抜け出せないと考えられていたからです。しかし、スノーボールアース仮説では、「全球凍結状態から抜け出すことが可能である」とする考え方も示されました。それは、全球凍結状態においては、「通常の炭素循環が働かない」ということがカギを握っています。

 大気中の二酸化炭素CO2は、通常ならば、大陸の化学風化や生物の光合成によって消費されます。しかし、地表の水がすべて凍結してしまった状況においては、これらの消費プロセスが停止するため、火山活動によって大気に放出された二酸化炭素CO2は、消費されずにそのまま大気中に蓄積し続けるはずです。そして、二酸化炭素CO2が数百万年程度かけて、現在の数百倍に相当する濃度(0.1気圧程度)になると、赤道域の気温が氷の融点を上回るようになります。すると、気候システムは急激に不安定になり、再び気候ジャンプが生じて、地球を覆っていた氷はすべて融解します。これによって地球を覆っていた氷は、数百〜数千万年程度で、すべて融解すると考えられます。

 ここで注意したいのは、全球融解は気候ジャンプによって生じるため、大気中の二酸化炭素CO2レベルは、ほとんど低下しないということです。このため、全球凍結状態から抜け出した直後の大気中には、0.1気圧程度の二酸化炭素CO2が存在することになり、全球平均気温が60℃に達するような高温環境になります。つまり、全球凍結イベントとは、極端な寒冷化が生じるだけでなく、その後の極端な温暖化も伴うということです。全球平均気温の変化は、なんと100℃にも達します。

 

.14  火山活動によって大気中の二酸化炭素CO2が増加し、全球融解が引き起こされた

 

 全球凍結イベントは、低緯度に氷床が存在したという証拠から、約23億〜222000万年前、約7億3000万〜7億年前、約65000万〜63500万年前の少なくとも3回生じたらしいことが分かっています。全球凍結イベントの詳細はまだ解明されていませんが、少なくとも「地球史上最大規模の気候変動」だといえるでしょう。それは、地球上のすべての生物にとって必要不可欠な液体の水が、すべて凍結してしまうからです。全球凍結イベントが、当時の生物に与えた影響は計り知れません。地球環境の大変動は、生物の大絶滅をもたらしますが、他方で、それに続く跳躍的な生物進化を促す側面も併せ持ちます。

 凍結した地球で、生命はごく限られた場所に閉じ込められていたと想像されています。わずかに生き残った集団の中で、ある突然変異が起こると、小さな集団なので、遺伝子を交換する過程で、突然変異の遺伝子は集団内に行き渡ります。これを繰り返すことによって、息を潜めた小さな集団の中に、遺伝的な変異が蓄積していったと考えられています。そして、全球凍結イベントが終わり、地球が温暖化したときに、生命たちは蓄積した遺伝的変異を発揮して、自在に変化し、大いに進化していったのではないかと考えられています。生命は、最初の全球凍結イベントで真核生物となり、二度目の全球凍結イベントで多細胞生物へと進化していきました。

 

(5) ミランコビッチ・サイクルとは?

 現在は、地質学的に新生代の「第四紀」と呼ばれる時代で、氷河時代に分類されます。現在の地球は、温暖期だと思っている人もいるかもしれませんが、地球史においては、むしろ寒冷な時代に分類されるのです。ただし、現在は氷河時代における温暖モードである「間氷期」に相当します。もう一方の寒冷モードは「氷期」と呼ばれています。つまり、氷河時代の中で、氷河の発達した寒冷な氷期と、相対的に氷河が縮小した温暖な間氷期が、繰り返されている訳です。

 氷期と間氷期は、約10万年の周期で繰り返しています。その事実は、海底堆積物に含まれている「有孔虫」という生物の殻に含まれる、酸素原子の同位体比の分析結果から明らかになりました。有孔虫の殻は炭酸カルシウムCaCO3でできており、その酸素同位体比は、当時の海水の酸素同位体比を反映しています。海水の酸素同位体比は、本来ならほとんど変わらないはずです。しかし、一部の海水が蒸発して雪になり、陸に降り積もるプロセスを通じて、徐々に変わっていくことが知られるようになりました。

 

.15  有孔虫は、炭酸カルシウCaCO3の殻を持つ原生生物である

 

 酸素原子には、原子量が異なる安定同位体が、酸素16、酸素17、酸素183種類あります。このうち、99%以上が最も軽い酸素16です。水が海から蒸発する際、重い酸素同位体を含む水よりも、軽い酸素同位体を含む水の方が蒸発しやすいため、気温の低い状態が長く続くと、大陸の内陸部に降り積もった雪の酸素同位体は、より軽い組成になってきます。逆に、海水には重い酸素同位体が取り残されていきます。すなわち、海水に重い酸素同位体が多いということは、大陸に氷床が発達していることを意味するのです。水分子の蒸発は、温度の影響も受けますが、酸素同位体比の変化の大部分は、氷床の発達と後退を反映したものであることが分かってきました。

 次の図.16は、南極氷床を掘削して得られた氷のサンプルに基づく、過去の気候変動の記録です。南極氷床には、数十年前の昔の空気がそのまま保存されているので、その成分を分析することで、当時の温度や二酸化炭素CO2濃度の変化などが分かるのです。このグラフを見ると、明らかに約10万年の周期で、気候変動が繰り返されていることが分かります。寒冷化した時期が氷期、その逆が間氷期ということになります。また、このグラフからは、現在が比較的温暖な間氷期にあることが分かります。このようなサイクルが見られるようになったのは、だいたい100万年前からのことです。また、このサイクルのグラフの形は、左右対称でなく非対称で、氷床はだんだんと成長し、急激に融解していることも分かります。

 

.16  氷期と間氷期のサイクル

 

 それでは、氷期と間氷期が、10万年毎に周期的に繰り返されるのはなぜでしょうか?実は、この規則的な氷期と間氷期のサイクルは、地球の軌道要素の天体力学的な変動によって生じていると考えられています。この考え方は、提唱者であるセルビアの地球物理学者ミルティン・ミランコビッチの名前を冠して「ミランコビッチ仮説」と呼ばれ、その周期的な変動のことを「ミランコビッチ・サイクル」といいます。

 地球は、太陽の周囲を公転していますが、完全な円軌道ではなく、わずかに歪んだ楕円軌道を描いています。その歪み方は、仮に地球が太陽系で唯一の惑星ならば不変です。ところが、実際には木星などの重力の影響を受けるため、若干のズレが生じます。その離心率は00.07の間で、約10万年の周期で変化しています。ちなみに、現在の値は0.0167です。楕円軌道では、太陽と地球の距離が季節とともに変化するので、離心率が大きいほど、地球が受け取る太陽放射の季節変化が大きくなります。

 

.17  離心率の変化

 

 また、軌道面の垂線に対する自転軸の傾きは、現在のところ約23.45°です。これも周期的に変動することが知られており、約4万年の周期で22.124.5°の間を動いています。自転軸の傾きが大きくなると、その分だけ日射量の季節変化が大きくなります。つまり、夏はより暑く、冬はより寒くなるということです。各緯度帯の年間を通じた日射量や、その季節的な変化の仕方も変わることになります。

 

.18  自転軸の傾きの変化

 

 さらに、地球の自転軸の方向は、円を描くように変化します。これは、コマを回したときにその回転軸が首振り運動するのと同じ現象で、「歳差運動」といいます。歳差運動の周期は、19000年、22000年、24000年の3つがあります。この運動のために、楕円軌道のどの位置で夏至や冬至を迎えるかが変化します。すなわち、歳差運動によって、季節のタイミングが少しずつ変わってくるのです。例えば、自転軸の方向が逆になれば、それまでは夏だった時期が冬になるということです。

 

.19  自転軸の歳差運動

 

 これらの組み合わせによって、地球が受け取る日射量の緯度分布や季節変化が影響を受けることになるのです。例えば、太陽に最も近づくタイミングが北半球の夏になれば、北半球は「暑い夏」と「寒い冬」という組み合わせになり、季節コントラストが大きくなります。逆に、太陽から最も離れるタイミングが北半球の夏になれば、北半球は「涼しい夏」と「暖かい冬」という組み合わせになります。こうした違いは、氷床の発達を考える上で、極めて重要になってきます。氷床は、冬に雪がたくさん降るから発達するのではありません。冬に降った雪が、夏に溶け残るからこそ発達するのです。そのためには、夏が涼しいことが重要な条件となります。したがって、こうした季節コントラストの変化は、氷床の成長と後退に決定的な影響を与える条件と考えられます。

「北半球がそうでも、南半球は全く逆だから、結局は変わらないのでは?」と思う人もいるかもしれません。確かに、地球が「南北対称」であるならば、その通りです。しかし、現在の地球は「南北非対称」なのです。これは、大陸の分布を考えれば、すぐに分かるでしょう。大陸が占める面積の割合は、北半球では約40%であるのに対して、南半球では約30%です。また、南極点は南極大陸で覆われていますが、北極点は北極海で覆われています。水と岩石では、比熱が大きく異なりますし、氷の成長の仕方も大きく変わります。そうしたことを考えれば、日射量の季節変化によって、南北両半球で異なった影響が出てくるのは必然といえるでしょう。

 

.20  北半球と南半球の違い

 

 ところで、時間とともに変化する量の周期性を調べる方法に、「周期解析」あるいは「スペクトル解析」というものがあります。これを使って、軌道要素の変化に起因する北半球高緯度(北緯65°)の日射量変化の周期性を調べてみると、約2万年、約4万年、約10万年などの明瞭な周期があることが分かります。実は、これらの変化の周期は、氷期と間氷期のサイクルが示す特徴的な周期とすべて一致するのです(氷期と間氷期の気候変動には、約10万年の周期だけでなく、約4万年と約2万年の特徴的な周期性も存在していることが知られています)。したがって、軌道要素の変動に起因した日射量変動が、氷期と間氷期のサイクルの原因であることは、恐らく間違いないものと考えられます。

 

(6) エアロゾルと地球温暖化

 大気中には、地表から飛んだ土壌粒子、火山活動により放出される火山灰、海上の飛沫(海塩粒子)、陸上や海洋の植物からの様々な有機物質などから、自然環境の中で形成された半径10 µm以下の細かい大気微粒子が存在し、これを「エアロゾル」といいます。世界的に進行する大気汚染によって、エアロゾルは年々増加しており、地球気候の形成に深く関わっています。化石燃料の燃焼や、森林面積を大きく変えるような人間活動は、より多くのエアロゾル粒子を生成します。地球全体で平均すると、大気中に存在するエアロゾル粒子の約10%が、人間活動によって生成されたものだといいます。

 

.21  近年、中国では大気汚染が深刻な社会問題となっている

 

 まず、エアロゾルの存在がなければ、雲は形成されません。通常の大気中では、エアロゾル粒子が水が結晶化する際の核となって、雲粒が形成されるからです。これをエアロゾルの「雲核効果」といいます。エアロゾルがない場合には、非常に高圧の水蒸気量が存在しない限り、雲は形成されません。雲核形成に関与するエアロゾルが多くなると、個々の雲粒径は小さくなって、太陽光を透過させにくくなり、雲の寿命が長くなります。また、雲は太陽光線を散乱するため、地球が吸収する太陽放射を減少させる「日傘効果」も引き起こします。日傘効果によって、太陽のエネルギーの一部が宇宙に反射されるので、エアロゾルは地球表面の平均気温を下げる効果があります。

 

.22  エアロゾルは、雲の形成に深く関与している

 

 火山活動も、大気中のエアロゾルを増加させる要因の1つです。火山噴火が起こると、水蒸気H2O、二酸化炭素CO2、二酸化硫黄SO2、硫化水素H2Sなどのガスと、それらから生成されるエアロゾル、火山灰や塵などの固形のエアロゾルが放出されます。比較的大きな固形のエアロゾルは、ほぼ数週間で地表に落ちてきます。しかし、ガスから生成される小さな二次エアロゾルは、落下速度が遅く、1年以上も成層圏に留まったままです。このような成層圏エアロゾルによって、太陽放射は散乱され、その一部は宇宙空間に反射されます。そのため、このような成層圏エアロゾルの日傘効果は、地球の低温化を引き起こすのです。このように太陽から地球へ届くエネルギーの量を減らすことによって温暖化を防ぐ方法を、「太陽放射改変(SRMSolar Radiation Modification)」といいます。太陽放射改変は、直接的に気候システムに介入することから、「気候工学」や「気候介入」などと呼ばれることもあります。

1991年にフィリピンのルソン島西側にあるピナトゥボ山が、9時間に渡る大噴火を起こしたときは、地球規模で地表温度が下がり、1993年になってようやく回復したことが観測されています。ピナトゥボ山の噴火は非常に大きく、ここ100年ほどの間に起きた最も強力な火山の噴火でした。噴火が終わるまでに、約2,000tの二酸化硫黄SO2が放出され、二酸化硫黄SO2は対流圏を突き抜けて、成層圏まで達しました。この噴火によって多くの死者が出ましたが、二酸化硫黄SO2から生成した二次エアロゾルが、2年に渡って日光を遮り、地球の平均気温を0.5も下げたのです。たった1度の噴火で、100年かけて積み上がった地球の温暖化が、一時的ではあるにしろ押し戻されてしまったのです。こうしたピナトゥボ級の大噴火が、数年に1度のペースで発生すれば、「21世紀の間に起きると予想されている人為的な地球温暖化の大部分が相殺されるだろう」と主張する研究者までいます。過去の地表面気温の時系列における1940年から1980年の間の低温化傾向は、このような火山起源のエアロゾルの効果であることが、最新の研究によっても裏付けられています。

 

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非常に高い精度で生成された説明

.23  1991年に起こったピナトゥボ山の噴火は、20世紀における最大規模の大噴火であった

 

ベラルーシの気候科学者であるミハイル・ブディコは、「二酸化硫黄SO2を意図的に成層圏にばら撒く」という方法で、地球温暖化を抑制できるのではないかと指摘しています。「大気に化学物質をばら撒いたせいで起きた被害を食い止めるのに、大気に別の化学物質をばら撒く」という斬新なアイディアは、環境保護派のありとあらゆる教義に反していました。しかし、彼らがどれだけ忌み嫌おうと、この方法は地球工学的に有効らしいことが分かっています。

地球温暖化は、その大部分が極域で起こる現象です。赤道域よりも緯度の高い極域の方が、4倍も気候の変化に敏感だからです。シアトル郊外にあるインテレクチュアル・ヴェンチャーズ社の推定によれば、二酸化硫黄SO21年に10tばら撒けば、北極圏の温暖化を効果的に押し戻せ、北半球全体でも温暖化を抑制できるといいます。1年で10tというと、かなりの量だと思うかもしれません。しかし、実は地球では、1年間で少なくとも2t二酸化硫黄SO2が、大気中に放出されています。そのうちの1/4が人間活動によって放出されるもので、残りの3/4は火山活動などの自然現象で放出されるものです。つまり、地球温暖化を抑制するために必要な量は、現在の人間活動によって放出される二酸化硫黄SO2のたったの0.2%で良いのです。

しかしながら、二酸化硫黄SO2をただ大気中にばら撒くだけでは効果がありません。二酸化硫黄SO2をばら撒くのは、地表に一番近い対流圏ではなく、その上の地表1050 kmのところにある成層圏です。対流圏に放出された二酸化硫黄SO2は、1週間ぐらいしか大気中に留まらず、それから酸性雨になって地面に落ちてきてしまいます。しかし、成層圏では短期間で地表に落ちてこず、成層圏の水蒸気を吸ってエアロゾルとなり、1年以上も成層圏に留まって気候に影響を与えます。

 

.24  二酸化硫黄SO2をばら撒くのは、成層圏でなければならない

 

インテレクチュアル・ヴェンチャーズ社は、地上の基地から成層圏まで届くような、長さ30 kmほどのホースを建設する「空に届くホース(Garden hose to the sky)」というプロジェクトを提案しています。ヘリウムを詰めた頑丈な風船を100300 mぐらいの間隔でいくつも繋いでホースを浮かし、液化した二酸化硫黄SO2100 mごとに取り付けたポンプで空まで送ります。ホースの端にはノズルがたくさん付いていて、成層圏に液化した二酸化硫黄SO2の霧を吹き出します。成層圏の風は160 km/hにもなるので、噴き出された霧は、だいたい10日ぐらいで地球全体に行き渡ります。インテレクチュアル・ヴェンチャーズ社によれば、初期設置費に15,000万ドルと年間運営費1億ドル程度で、地球温暖化を効果的に抑制できるのではないかと推算しています。

 

(7) 地球温暖化の誤謬

 地球温暖化が起こると、「南極や北極などの極域の氷が融けて、海水面が上昇する」ということがよくいわれます。「地球温暖化によって極域の氷が融けると、世界中の海水面が数m上昇して、それによりバングラデッシュやモルディブなど、数十カ国の国土の大半が水没する」、「日本でも海水面が1 m上昇するだけで、90兆円の資産が失われる」などといわれてきました。しかし、海水面の上昇は、基本的には氷が融けているから進んでいる訳ではありません。環境保護派の活動家にとっては、その方が便利な光景なのでしょうが、これは誤った定説です。

まず、アルキメデスの原理より、北極の氷が融けても、海水面の高さには影響しません。コップの水に氷を浮かべて、氷が融けたあとに水面の高さが変化しているか調べてみて下さい。氷が融けても、水面の高さは変化しないはずです。それでは、南極の氷はどうでしょうか?北極と違って、南極の氷は地面の上にあるので、南極の氷が融けると海水面は上昇します。南極の氷床は平均で2,000 mほどの厚みがあるので、これがすべて融けると、海水面は75 mも上昇する計算になります。しかし、南極大陸の気温はどんどん低下しており、1950年頃は-49℃でしたが、最近では-50に近付きつつあります。この気温では、氷が融けることはありません。それどころか、NASAの研究によると、南極の氷はむしろ増えてきていることが分かりました。これは、南極付近の気温が高くなると、海水面での蒸発が増え、それが雪になって南極に降り積もるからです。

ただし、海水面は間違いなく上昇していて、だいたい過去1万年に渡って、最後の氷期以降ずっと海水面は上がり続けています。海水面は、当時から約130 mも高くなっていますが、その大部分は最初の1,000年の間に起きています。20世紀中では、海水面は20 cmも上昇していません。20世紀中の海水面の上昇の主な原因は、海水が温まって熱膨張しているからです。この分野で最も権威のある文献によれば、「海水面は2100年までに約45 cm上昇する」とされています。ほとんどの海岸では、これは12回の潮の満ち引きより、ずっと小さい変化です。

 

.25  アルキメデスの原理より、北極の氷は融けても海水面を上昇させない

 

 さらに、「森林は二酸化炭素CO2を吸収するから木を植えよう」という主張もよく見受けられます。植物は光合成をするときに、二酸化炭素CO2を吸収するからです。しかし、これは樹木がやがて枯れて微生物に分解され、二酸化炭素CO2を放出するという過程が無視されています。ある一定の森林面積を対象にするなら、生まれる樹木も枯れる樹木もほぼ等しいから、森林全体で見れば、二酸化炭素CO2を吸収しないことになります。二酸化炭素CO2を吸収するのは、成長過程にある若い樹木だけであり、新しく木を植えても、長期的な地球温暖化の対策にはなり得ません。また、樹木は光合成をするときに太陽光を吸収するので、場所によっては逆に温暖化を引き起こします。どちらかといえば、色の暗い葉の方が、砂でざらざらした砂漠や雪に覆われた一帯よりも、太陽光を吸収するからです。

 

.26  新しく木を埋めても、長期的な地球温暖化の対策にはなり得ない

 

 根本的なものでは、そもそも「気温の測定自体が間違っているのではないか」という主張があります。日本では、1990年代まで「百葉箱」で気象観測が行われていました。この百葉箱の設置場所について、細かい決まりがあることをご存知でしょうか?正確に各地の気温を測定するためには、同じような環境で測定する必要があります。温度計を地表のすぐに近くに置くのか、少し離した高いところに置くのか、日陰か、日向か、雨に打たれる場所なのか、屋根が付いた場所なのかなど、細かいようですが、11つの条件を揃えておかなければ、測定したデータを単純に比べることはできません。観測場所に行ってみたら、ゴミ焼却場にあるドラム缶の横だったり、駐車場の傍らあるいは屋上だったりといった報告がなされています。観測器具のうち、正しく設置されていたものは、何と全体の1割程度であったといいます。これでは、せっかく観測したデータも、何の役にも立ちません。

 

.27  正しい条件で設置されていた百葉箱は、全体の1割程度しかなかった

 

 あるいは、「過去の気温の推定がおかしいのではないか」という主張もあります。アスファルトで舗装された道路よりも、芝生の上の方が涼しいことを体験している人も少なくないでしょう。田園地帯が整備されて都市になっていくと、コンクリートやアスファルトが増えます。土や植物は、蒸発や蒸散を通して熱を吸収しますが、コンクリートやアスファルトでは、この働きが失われます。すると、地球の気候変動とは全く無関係に、測定された気温は高くなります。これは「ヒートアイランド現象」と呼ばれる現象で、東京では過去100年の間で、約3℃も気温が上昇しました。都市部の気温上昇の原因を、単純に地球温暖化に帰結するのは誤謬があります。

 

.28  ヒートアイランド現象により、都市部の気温上昇が著しい


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・参考文献

1) スティーヴン・D・レヴィット著/スティーヴン・J・ダブナー著/望月衛訳「超ヤバい経済学」東洋経済新報社(2010年発行)

2) 武田邦彦「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」洋泉社(2007年発行)

3) 中島映至/田近英一 共著「正しく理解する気候の科学――論争の原点にたち帰る」技術評論社(2013年発行)

4) 日本博学倶楽部「[決定版][科学の謎]未解決ファイル」PHP研究所(2013年発行)

5) 長沼毅「Dr/長沼の眠れないほど面白い科学のはなし」中経出版(2013年発行)

6) 福田伊佐央 執筆/杉山昌広 監修「気候操作で温暖化は防げるか」Newton 2022113443

7) 矢沢サイエンスオフィス「確率と統計がよくわかる本」学研プラス(2017年発行)