合成高分子化合物


(1)高分子化合物の分類

普通の化合物の分子量は、500以下であることがほとんどです。それに対し、分子量が1万を超えるような巨大分子を「高分子(polymer)」といい、その化合物を「高分子化合物(macromolecule)といいます。高分子化合物は、炭素Cを主な骨格とした有機物である「有機高分子化合物(organic polymer)と、ケイ素Siや酸素Oなどを主な骨格とした無機物である「無機高分子化合物(inorganic polymer)に分類されます。高分子化合物といえば、一般的に有機高分子化合物の方を指すことが多いです。また、高分子化合物のうち、デンプンやケイ酸塩などのように天然に存在するものを「天然高分子化合物(natural polymer)といい、ポリエチレンやナイロンなどのように人工的に合成したものを「合成高分子化合物(synthetic polymer)といいます。

 

.1  高分子化合物」の分類と例

分類

天然高分子化合物

合成高分子化合物

有機高分子化合物

デンプン、セルロース、タンパク質、天然ゴム

ポリエチレン、ナイロン、ポリエステル、フェノール樹脂、尿素樹脂、合成ゴム

無機高分子化合物

水晶、雲母、長石、石綿(アスベスト)

ガラス、シリカゲル、合成ルビー、シリコーン樹脂

 

多くの高分子化合物は、小さな構成単位が繰り返し結合した形をしています。この構成単位となる小さな分子を「単量体(monomer)といい、この単量体が次々に結合する反応を「重合(polymerization)、重合により生じる高分子化合物を「重合体(polymer)といいます。重合体は、その作り方によって、2つの主なグループに分類できます。

 

(i)付加重合

「付加重合体(addition polymer)は、単量体が他の単量体に繰り返し付加することで、でき上がるものです。この単量体は、一般的にアルケンCnH2nであって、不飽和結合を持つ単量体が次々に付加反応し、付加反応の繰り返しで進行する重合を、「付加重合(addition polymerization)といいます。また、2種類以上の異なる単量体を混合して行う重合を、「共重合(copolymerization)といいます。

 

装置 が含まれている画像

高い精度で生成された説明

.1  「付加重合」は、付加反応の繰り返しで進行する重合である

 

この重合反応には、触媒または開始剤が必要で、これが炭素-炭素二重結合に付加して、活性中間体を生じます。そして、この中間体が2番目の単量体の二重結合に付加して、新たな中間体を生じます。この反応工程は、最終的にある形で反応が停止するまで連続して進行し、重合体鎖が形成されます。したがって、重付加重合体は、単量体単位に含まれる原子を、すべて重合体中に保持することになります。この重付加重合体の最も良い例は、「ポリエチレン」です。

 

a.png

.2  ポリエチレン」の合成反応

 

(ii)縮合重合

「縮合重合体(condensation polymer)は、単量体が他の単量体と繰り返し縮合することで、でき上がるものです。縮合反応の繰り返しで進行する重合を、「縮合重合(condensation polymerization)といいます。縮合重合は、一般的に2つの異なる官能基間の反応で形成されるものであり、そこでは水H2Oのように小さな分子が失われます。したがって、重縮合重合体は、単量体単位に存在した原子を、必ずしも含まないことになり、その部分は、小さな脱離分子となって失われます。

 

.3  「縮合重合」は、縮合反応の繰り返しで進行する重合である

 

ここで使用される単量体単位は、縮合を行う官能基が一般的に複数存在し、重合体分子中では、単量体単位が交互に存在することになります。重縮合重合体の好例は、ポリアミドの「6,6-ナイロン」です。これは、ヘキサメチレンジアミン(1,6-ジアミノヘキサン)とアジピン酸(ヘキサン二酸)を縮合重合させて製造されています。

 

a.png

.4  6,6-ナイロン」の合成反応

 

(2)合成繊維

「合成繊維(synthtic fiber)は、単量体を重合させて合成した鎖状の高分子を、紡糸することによって得られます。単量体の結合様式によって分類され、代表的なものとして、「ポリアミド系合成繊維」・「ポリエステル系合成繊維」・「ポリアクリロニトリル系合成繊維」・「ポリビニル系合成繊維」などがあります。

 

(i)ナイロン

アミド結合により重合した合成繊維を、「ポリアミド系合成繊維」といい、一般的に「ナイロン」と呼ばれています。主なナイロンには、「6,6-ナイロン(ナイロン66)や「6-ナイロン(ナイロン6)などがあります。ナイロンは、当時非常に高価であった絹糸の代用品として、開発された繊維でした。

6,6-ナイロン」は、1935年にアメリカのデュポン社の研究員ウォーレス・カロザースのグループによって初めて作られ、それから5年して、工業化に成功しました。カロザースが合成した6,6-ナイロンは、ヘキサメチレンジアミンとアジピン酸を、縮合重合して作られます。

 

a.png

.5  6,6-ナイロン」の構造式

 

6,6-ナイロンには、絹に近い感触があり、吸湿性に乏しいものの、摩耗や薬品には強いという特性があります。「石炭と水と空気から作られ、鋼鉄よりも強く、クモの糸より細い」というデュポン社のキャッチフレーズが示すように、天然繊維と比べて丈夫で軽く、弾力があったので、今日においても、衣料用繊維として広く使用されています。

6,6-ナイロンが開発されるまでは、女性用のストッキングは、絹でできていました。しかし、このストッキングは繊細で高価、その上に品薄でした。19405月、初めて売り出されたナイロン製のストッキングは、大変に好評で、500万足のストッキングが、たった4日で売り切れたといわれています。ナイロン製のストッキングが発売されてからは、たった数年で、6,400万足ほどのストッキングが売れました――これは、当時のアメリカにいた大人の女性の数より多いのです。ナイロン製のストッキングは、簡単に買える安さで、しかも格好も良く、女性たちを魅了したのです。カロザースの発明が契機となり、世界中で人工的に高分子化合物を作ろうとする動きが加速しました。

 

人, 天井, 男性, 室内 が含まれている画像

非常に高い精度で生成された説明

.6  ナイロン製のストッキングを眺める女性

 

しかし、カロザースの最期は、随分と悲惨なものでした。カロザースは、ナイロンを発見したグループのプロジェクトリーダーでしたが、ナイロンの生産体制からは外されました。その後、カロザースは、ナイロンで成功を収めたにもかかわらず、「自分は何も達成できておらず、才能が枯渇した」と考えるようになります。そして、アルコール依存症と鬱病の果てに、1937428日、チェックインしたホテルの一室で、青酸カリKCNを混ぜたレモンジュースを飲んで、自殺してしまいました。化学者であるカロザースは、酸性溶液が、青酸の毒性を強めることを知っていたのです。カロザースは41歳の誕生日を迎えたばかりで、彼の娘は、7か月後の1127日に誕生しました。カロザースの発明したナイロンは、綿から合成繊維への転換をもたらし、世界を変える偉大な発明でした。しかしながら、死亡した当時は、ナイロンはデュポン社の企業秘密であったため、功績の大きさにもかかわらず、カロザースは無名のままこの世を去りました。200011月、没後60年以上が経過して、カロザースはようやく、アメリカ科学復興協会から表彰を受けることになります。

 

人, 男性, 保持している, 建物 が含まれている画像

非常に高い精度で生成された説明

.7  カロザースは偉大な発明をしたが、アルコール依存症と鬱病の果てに自ら命を絶った

 

一方で、「6-ナイロン」は、1941年に日本の東洋レーヨンの星野孝平らによって、初めて作られました。ε -カプロラクタムに少量の水などを加えて加熱すると、7員環が開いてアミノ基(-NH2)が生成し、これが2番目のε -カプロラクタム分子のカルボニル基(-CO-)と反応します。そして、そこからまたアミノ基(-NH2)が生成し、次の分子と反応します。このようにして、次々と環内のアミド結合(-NHCO-)が切れて重合が進み、6-ナイロンが生じるのです。このような環式化合物の開環を伴う重合を、「開環重合(ring-opening polymerization)といいます。

 

a.png

.8  6-ナイロン」の合成反応

 

(ii)ポリエステル

エステル結合により重合した合成繊維を、「ポリエステル系合成繊維」といいます。主なものに「ポリエチレンテレフタレート(PET)があり、1953年にアメリカのデュポン社が特許を取得して、工業化しました。ポリエチレンテレフタレートは、テレフタル酸とエチレングリコールの縮合重合によって合成されます。

ポリエチレンテレフタレートは、ペットボトルの原料として大量に利用されています。耐熱性や耐摩耗性に優れ、紫外線にも強いので、繊維やフィルムとしても用いられます。また、リサイクルも比較的容易です。ポリエステル系合成繊維を用いた衣料には、羊毛に近い感触があり、吸湿性がほとんどないため乾き易く、洗濯などによっても型崩れしにくいです。しかし、点火すると融解しながら徐々に燃え、黒褐色の塊を残します。

 

a.png

.9  ポリエチレンテレフタレート」の合成反応

 

(iii)アクリル

主にアクリロニトリルを単量体として付加重合させて作られる合成繊維を、「アクリロニトリル系合成繊維」といい、一般的に「アクリル」と呼ばれています。「ポリアクリロニトリル」は、1950年にデュポン社が初めて工業生産を開始し、柔軟で軽く、肌触りも羊毛に近いので、衣料や毛布、敷物、カーテンなどに用いられています。

 

a.png

.10  ポリアクリロニトリル」の合成反応

 

(iv)ビニロン

酢酸ビニルを付加重合させてポリ酢酸ビニルとし、これをメタノール溶液中で水酸化ナトリウムNaOHなどの塩基で処理すると、ポリビニルアルコール(PVA)が生じます。ポリビニルアルコールの親水コロイド溶液を、細孔から飽和硫酸ナトリウムNa2SO4水溶液に押し出すと、塩析が起こり、繊維状に固まります。この繊維は水に溶けやすいので、乾燥後、ホルムアルデヒドHCHOを含む水溶液を作用させると、アルデヒド基(-CHO)が一部のヒドロキシ基(-OH)と反応して、水分子を脱離し、水に不溶の繊維ができあがります。このようにして作る繊維を、「ビニロン」といいます。

ビニロンには、ヒドロキシ基(-OH)が多く残っているため、水素結合により、適度な吸湿性を示し、木綿に似た性質を示します。合成繊維の中で、吸湿性を持つものは、ビニロン以外にはほとんどありません。ビニロンは、1939年に京都帝国大学(現京都大学)の桜田一郎らによって開発された、日本初の合成繊維です。桜田は、日本の高分子化学の基礎を築いた化学者で、「高分子」という日本語を定着させたのも彼です。ビニロンは、耐摩耗性や耐薬品性に優れるため、防護ネットやロープ、漁網などに用いられます。しかし、点火すると軟化収縮しながら、徐々に燃えます。

 

a.png

.11  ビニロン」の合成反応

 

(3)プラスチック

合成高分子化合物の多くは、熱や圧力を加えることによって、目的とする形に成形することができます。このような性質を持つ高分子材料を、「プラスチック(plastic)または「合成樹脂(synthetic)といいます。プラスチックの一般的な特徴としては、電気を通さない、耐薬品性がある(分解しにくい)、燃えやすい、紫外線に弱いなどがあげられます。しかし、現在では、電気を通す「導電性プラスチック」や、微生物によって分解される「生分解性プラスチック」、燃えにくい「難燃性プラスチック」など、一般的な性質に当てはまらないプラスチックが製品化されています。プラスチックは、熱に対する性質から、「熱可塑性樹脂(thermoplastic resin)と「熱硬化性樹脂(thermosetting resin)に分類されます。

 

(i)熱可塑性樹脂

「熱可塑性樹脂」は、熱を加えると軟化し、冷却すると硬化する性質を持つプラスチックです。熱可塑性樹脂は、一般的に合成繊維と同様に、鎖状構造を持つ高分子化合物からなり、付加重合で合成されるものが多いです。ただし、ポリエチレンテレフタレート樹脂やナイロン樹脂などは熱可塑性樹脂ですが、縮合重合で合成されています。熱可塑性樹脂は、成形加工が容易であるため、各種シートや包装材料、容器、パイプ、電気絶縁物、歯車、有機ガラスなど、幅広く用いられています。次の表.2に、主な「熱可塑性樹脂」とその用途を示します。

 

.2  主な「熱可塑性樹脂」とその用途

a.png

 

(ii)熱硬化性樹脂

「熱硬化性樹脂」は、加熱することで硬化反応が進行し、熱や溶剤に強くなる性質を持つプラスチックです。熱可塑性樹脂と違って、一度硬化したあとは、再び熱を加えても軟らかくなりません。熱硬化性樹脂は、付加反応と縮合反応の繰り返しで起こる重合反応である「付加縮合(addition condensation)で合成されるものが多く、合成過程の熱処理で重合反応が進み、三次元網目状構造が発達して、硬くなります。硬化剤や補強材を加えて、硬化させることも多いです。熱硬化性樹脂は、剛性や耐熱性、耐薬品性に優れるため、電気器具やテーブル、棚、食器、雑貨、塗料など幅広く利用されています。

 

.3  主な「熱硬化性樹脂」とその用途

無題.png

 

(ii-1)フェノール樹脂 

「フェノール樹脂」は、フェノールとホルムアルデヒドHCHOを付加重合させることで作られる合成樹脂です。燃えにくく、電気絶縁性にも優れるため、電気部品やプリント電子配線基板、熱器具部品、自動車用部品などに広く用いられています。

フェノール樹脂は、合成時の触媒が、酸であるか塩基であるかにより反応が若干異なり、用途により触媒が選択されます。酸触媒下で合成を行うと、「ノボラック」と呼ばれる熱可塑性樹脂が得られます。これは、一般的に固形の樹脂であり、ノボラックは加熱しても硬化しないため、硬化させて使用する場合には、硬化剤を加えて加熱する必要があります。また、塩基触媒下で合成を行うと、「レゾール」と呼ばれる熱硬化性樹脂が得られます。これは、一般的に液状であることが多く、ヒドロキシメチル基(-CH2OH)を多く有するため、加熱により、そのまま硬化させることができます。

 

フェノール樹脂.png

.12  フェノール樹脂」の合成反応

 

(ii-2)尿素樹脂

アミノ基(-NH2)を持つ化合物と、ホルムアルデヒドHCHOを付加縮合させて作る熱硬化性樹脂を、「アミノ樹脂」といいます。「尿素樹脂(ユリア樹脂)は、尿素(NH2)2COとホルムアルデヒドHCHOから作られるアミノ樹脂で、酸や塩基を触媒として付加縮合させ、これを加熱して作られます。

尿素樹脂は、無色透明で着色や成型がしやすく、耐熱性や電気絶縁性が高いという特徴があり、食器や照明器具、キャビネット、ボタン、化粧板などに用いられています。尿素樹脂は、文房具やおもちゃの他、食器にも使用されているので、名称に「尿素」という語は、語感があまり良くないということで、もっぱら「ユリア樹脂」という名称が、好まれて使われています。ただし、「ユリア」という名称の方も、英語で「尿素」を意味する「urea」の訛りであるから、結局は同じことではありますが。

 

尿素樹脂.png

.13  尿素樹脂」の合成反応

 

(ii-3)メラミン樹脂 

「メラミン樹脂」は、メラミンとホルムアルデヒドHCHOから作られるアミノ樹脂で、塩基触媒を用いて、尿素樹脂と同様の方法で合成されます。メラミン樹脂は、強度や耐衝撃性が、尿素樹脂と比較して優れています。表面は光沢を持ち、耐水性や耐候性、耐摩耗性にも優れているため、家具や木工製品の表面材の接着、あるいは食器や日用品に利用されることが多いです。

 

メラミン樹脂.png

.14  メラミン樹脂」の合成反応

 

(ii-4)シリコーン樹脂 

 ジクロロジメチルシラン(CH3)2SiCl2やトリクロロメチルシランCH3SiCl3は、水H2Oと容易に反応し、それぞれジメチルシラノール(CH3)2Si(OH)2やメチルシラノールCH3Si(OH)3になります。これらのシラノールが縮合重合し、三次元的網目状構造を持つ樹脂を、「シリコーン樹脂(ケイ素樹脂)といいます。シリコーン樹脂は、無機高分子化合物の1つであり、化学的に安定で、耐熱性や耐水性、電気絶縁性に優れています。

 

シリコーン樹脂.png

.15  シリコーン樹脂」の合成反応

 

(4)ゴム

小さな力で、大きな伸び縮みをする性質を「ゴム弾性(rubber elasticity)といい、このような性質を持つ高分子化合物を、「ゴム(rubber)といいます。ゴムには、ゴム製品とその材料としての原料ゴムがあり、さらに原料ゴムは、「天然ゴム(natural rubber)と「合成ゴム(synthetic rubber)に分類されます。

 

(i)天然ゴム

ゴム園は、そのほとんどが赤道周辺、特に東南アジア諸国に集中しています。中南米原産のクワ科の植物であるゴムの木の幹に傷を付けると、そこから白い樹液が染み出してきます。これを何千本もの樹木から集めるという、非常に地道な作業をします。こうして得られた白い乳液を、「ラテックス(latex)といいます。ラテックスは、微細なゴムの粒子が水に分散した疎水コロイド溶液であり、これに酸を加えて凝析させたものを、「天然ゴム」または「生ゴム」といいます。なお、ラテックスを作る植物は他にもいくつかあり、タンポポなどもそ1つです。メキシコには、サポディラという木があり、原住民たちは、その樹液から得られる「チクル」を噛む習慣がありました。これが、現在のチューイングガムの起源とされています。

 

草, 屋外, 地面, 岩 が含まれている画像

非常に高い精度で生成された説明

.16  「ラテックス」は、タンパク質やアルカロイド、タンニン、天然ゴムなどが分散した疎水コロイドである

 

天然ゴムは、「イソプレン(2-メチル-1,3-ブタジエン)という分子が付加重合した構造を持つ、「シス形ポリイソプレン」です。天然ゴムを乾留すると、イソプレンのみが生成物として得られることから、その化学構造が決定されました。天然ゴムは、力が加わっていないときは、ポリイソプレン分子が「シス形」であるため、分子全体が曲がりくねった丸まった形をしています。ゴムを引っ張ると、分子全体が伸びた形になりますが、引っ張るのを止めると、伸びた分子は、この状態が不安定なため、-CH2-CH2-の炭素間結合を軸にして回転し、元のように丸まった状態に戻ろうとします。このような理由で、ゴムは特有の弾性を示すのです。

 

a.png

.17  天然ゴムを乾留すると、「イソプレン」が得られる

 

また、天然ゴムの単量体である「イソプレン」という分子は、自然界に存在する物質の重要な単位構造であり、多くの化合物が、このイソプレンを基礎として作られています。例えば、柑橘類の香り成分である「リモネン」やミントの香り成分である「メントール」は2つのイソプレン単位、バラの香り成分である「ファルネソール」は3つのイソプレン単位、ニンジンの色素である「カロテン」は8つのイソプレン単位を元にして作られています。レモンやバラの香り成分とゴムは、一見すると似ても似つきませんが、分子レベルで見れば、非常に近い親戚筋ということになります。

イソプレンが単位構造であるという証拠は、簡単な実験で確かめられます。膨らませたゴム風船に、レモンの皮の搾り汁をかけるのです。しばらくすると、風船は破裂してしまいます。似た性質を持つ分子は混じり合いやすいので、皮に含まれるリモネンがゴムの成分を溶かし、風船の膜を弱めて、破裂させてしまうのです。

 

.18  多くの化合物が、「イソプレン」を単位構造としている

 

また、マレー語で「ゴムの木」という意味の「ガタパーチャ」いわれるマレーシア原産のアカテツ科の樹木から得られる樹脂は、「トランス形ポリイソプレン」だけでできています。トランス形ポリイソプレンは、シス形ポリイソプレンに比べて、分子間鎖に働く分子間力が強いため、ガタパーチャから得られる天然ゴムは、通常の天然ゴムより固く強靭で、弾性に乏しいです。そのため、この天然ゴムは、ゴルフボールの外皮や歯科用充填剤に利用されています。

 

草, 屋外, 運動競技, スポーツ が含まれている画像

非常に高い精度で生成された説明

.19  ガタパーチャ」はトランス形ポリイソプレンで、適度な強靭さがあるため、ゴルフボールの外皮に用いられる

 

天然ゴムの分子は長い鎖状で、二重結合がいくつもあります。空気中では、この部分が酸素O2によってゆっくり酸化され、構造が変化するため、次第にゴム弾性を失って劣化します。さらに、天然ゴムの分子は、長い鎖同士が弱いファンデルワールス力で引き合っているだけなので、温度が上がると分子の熱運動が激しくなり、軟らかくなってしまうという欠点がありました。19世紀前半までのゴム製品は、温度に非常に影響されやすく、冬には低温でカチカチに固まり、夏には熱でベタベタに溶けるような代物でした。そのため、当時のゴム製品を販売する会社は、製品の信頼性の不足のために、倒産寸前の会社が多かったのです。

1831年頃、アメリカの発明家であるチャールズ・グットイヤーは、当時の不完全なゴムの性質を、何とかしようと決心しました。しかし、実験はなかなか上手くいかず、資金を失って設備を売り払ったため、友人の屋根裏部屋で実験をすることもありました。ときには、実験中に発生した有毒ガスで中毒になり、危うく死にかけたこともあったといいます。グットイヤーは実験を続けるため、家財道具のほとんどを売り払いました。所用でボストンに行ったときは、ホテル代の5ドルを払えずに、拘留されました。しかし、真摯なグットイヤーを、神は見放しませんでした。1839年の冬、グットイヤーは実験で天然ゴムに硫黄Sを混ぜ、それを加熱することで、耐熱性を持たせられることを発見したのです。グットイヤーは、この功績を称えられ、1976年には、オハイオ州アクロンの「発明者の殿堂」にノミネートされました。なお、世界的なタイヤ製造会社であるグットイヤー社は、彼の名にちなんで命名されていますが、グットイヤー本人やその一族とは、法的・資本的な関係はありません。

 

人, 屋外, 男性, 水 が含まれている画像

非常に高い精度で生成された説明

.20  グットイヤーは、幾多の苦難を乗り越え、天然ゴムに硫黄Sを混ぜる方法を発見した

 

天然ゴムに硫黄S58%加えて、140℃に加熱すると、ゴム弾性が大きくなり、化学的にも機械的にも強くなります。これは、硫黄Sが鎖状のゴム分子同士をところどころで架橋して、ゴム分子同士を結合させたからです。このように架橋構造を作る操作を「加硫(vulcanization)といい、このとき生じたゴムを「弾性ゴム」、または「加硫ゴム」といいます。グットイヤーが発明した加硫ゴムは、海を渡ってフランスでも評判になり、シャスポー銃などの新兵器に採用され、1855年には、フランス皇帝ナポレオン3世が、グットイヤーにフランスの最高勲章である「レジオンドヌール勲章」を贈っています。

さらに、天然ゴムに3040%の硫黄Sを加えて、長時間加熱すると、「エボナイト」という黒色の硬い物質にもなります。エボナイトは、耐薬品性に優れ、機械的強度が高いため、ボウリングの球や万年筆の軸、マウスピースなどに用いられています。噛んだときに他のプラスチックのような「カチン」とした不快感が少ないため、管楽器の吹き口などにも用いられます。なお、エボナイトの見た目や質感はプラスチックに似ていますが、エボナイトは飽くまでゴムの一種であり、天然樹脂に分類されるものです。

 

床, テーブル, 室内, 座っている が含まれている画像

非常に高い精度で生成された説明

.21  「エボナイト」は、見た目や質感はプラスチックと似ているが、飽くまでゴムの一種である

 

 ちなみに、「ゴム」という素材をヨーロッパに初めてもたらしたのは、クリストファー・コロンブスの艦隊だといわれています。1493年の第二回目の航海で、プエルトリコとジャマイカに上陸し、そこで原住民が大きく跳ねるボールで遊んでいるのを見て、とても驚いたそうです。しかし、持ち帰られたゴムは、文字消しやおもちゃとして使われただけでした。当時は、「加硫」という操作がまだ知られておらず、ゴムは冬にはカチカチに固まり、夏には溶けてベタベタになるような代物であったからです。ゴムが広く用いられるようになるには、「加硫」という大きなブレイクスルーが必要でした。ちなみに、ゴムを意味する「ラバー(rubber)は、英語で「こすって消す(rub out)、つまり「文字消し」から来ています。

 

(ii)合成ゴム

イソプレンや、それに似た構造を持つ単量体を付加重合させると、天然ゴムによく似た性質を持つ物質が得られます。このような物質を「合成ゴム(synthetic rubber)」といい、天然ゴムよりも耐油性や耐老化性、耐摩耗性、耐熱性などに優れたものを作ることができるため、用途に応じて様々なものがあります。

例えば、1,3-ブタジエンやクロロプレンを付加重合させると、これらの単量体分子の中央部に二重結合が移動して、分子の両端で1,4付加し、「ブタジエンゴム(BR)や「クロロプレンゴム(CR)ができます。付加するときに二重結合の位置が変わるのは、これら合成ゴムの単量体が、共役した二重結合を持っているからです。ブタジエンゴムは、弾性や耐摩耗性、耐寒性に優れ、タイヤやゴムホース、ゴルフボール、スーパーボールなどに用いられます。他種のゴムと混合して用いることも多く、汎用合成ゴムの1つです。クロロプレンゴムは、耐熱性や耐油性、耐薬品性は天然ゴムよりも優れ、加工も容易であるため、コンベヤベルトやウェットスーツなどに使用されます。

 

a.png

.22  ブタジエンゴム」と「クロロプレンゴム」の合成反応

 

また、共重合で生じる合成ゴムもあり、スチレンと1,3-ブタジエンを共重合させると、「スチレン-ブタジエンゴム(SBR)ができます。スチレン-ブタジエンゴムは、耐老化性や耐熱性、耐水性、耐摩耗性、機械的強度に優れ、品質が安定して良好な加工性を示すため、自動車用タイヤ材として最もよく使用されます。スチレン-ブタジエンゴムは、現在、最も多量に生産されている合成ゴムです。

ちなみに、自動車で使われるタイヤには、スタッドレスタイヤとノーマルタイヤがあります。見た目には、大きな違いがあるように思えませんが、一体どこが違うのでしょうか。大きく異なる点は、使われているゴムの質にあります。一般的にゴムは、温度が下がると、ゴム弾性を失って硬くなります。しかし、スタッドレスタイヤは、温度が下がっても、ゴム弾性を失わないようになっているのです。さらに、スタッドレスタイヤには、「ミウラ折り」などの工夫をした特殊なトレッドパターンが採用されており、滑りの原因となる氷上の水膜を、走行中に効率的に除去できるようになっています。

 

a.png

.23  スチレン-ブタジエンゴム」の合成反応

 

さらに、ブタジエン骨格を含まないゴムもあり、「シリコーンゴム」は、耐熱性や耐寒性、耐薬品性、電気絶縁性に優れています。シリコーンゴムは、分子内に炭素-炭素二重結合を持たないため、長時間空気にさらしても酸化されにくく、劣化しにくいという特徴を持ちます。なお、「シリコン」は、単体のケイ素(silicon)の元素を表しますが、ケイ素の合成高分子化合物は、「シリコーン」と伸ばすのが正しい表記です。よく用いられる「シリコンゴム」というのは、誤用なので注意してください。

 

a.png

.24  シリコーンゴム」の構造


戻る

 

・参考文献

1) 齊藤烈/藤嶋昭/山本隆一/19名「化学基礎」啓林館(2012年発行)

2) H.ハート/L.E.クレーン/D.J.ハート 共著「ハート基礎有機化学」培風館(1986年発行)

3) 左巻健男「面白くて眠れなくなる化学」PHP研究所(2012年発行)

4) 船山信次「こわくない有機化合物超入門」技術評論社(2014年発行)