・窒素を含む芳香族化合物


(1)芳香族アミン

アミン(amine)は、アンモニアNH3の有機化合物誘導体であり、アンモニアNH3の水素原子Hを、1つから3つの炭化水素基で置き換えたものです。

アミンにもアンモニアNH3のような臭いがありますが、少し違った「もっと嫌な臭い」のことが多いです。例えば、トリメチルアミン(CH3)3Nという物質は、くさやが放つ悪臭の主成分です。これは、魚が腐ったときの嫌な臭いの主成分の1つでもあります。カダベリンH2N(CH2)5NH2という物質は、動物の体組織が腐敗する際に生成し、腐敗臭の原因となる物質です。生体内でも少量作り出されており、精液の特有の臭いの主成分の1つでもあります。

置換基がフェニル基のような芳香族の基である場合を芳香族アミン(aromatic amine)といい、置換基が鎖式炭化水素の基である場合を脂肪族アミン(aliphatic amine)といいます。アンモニアNH3と同様にアミンは塩基であり、天然物の中で、アミンは最も一般的な有機塩基です。次の図.1に様々な芳香族アミンを示します。

 

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.1  様々な芳香族アミン

 

1819年、ドイツの薬剤師であるマイスナーは、植物に含まれる塩基性の有機化合物をひっくるめて「アルカロイド」(alkaloid)と呼びました。アルカロイドは、「塩基性の」という意味を持つ「alkali」というラテン語と、「〜のような」という意味を持つ「oides」というラテン語を組み合わせて作った言葉です。これを「植物塩基」と日本語に訳したのは、明治時代の薬学者である田原良純です。

現在では、窒素原子Nを含み、塩基性を示す天然由来の有機化合物を、一般的にアルカロイドと呼んでいます。アルカロイドは、微生物や真菌、植物、動物を含む非常に様々な生物によって生産され、天然物の中の一群をなしています。多くのアルカロイドは一般的に塩基性を示すので、酸塩基抽出によって、容易に単離精製することができます。

多くのアルカロイドは、他の生物に対して有毒です。また、アルカロイドはしばしば顕著な薬理活性を示し、医薬や娯楽のための「麻薬」として使用されます。図.1で示したアンフェタミンやドーパミン、アドレナリンなどのフェネチルアミン骨格を有するアミンは、すべてアルカロイドです。

 

(2)アニリンの反応

(i)酸塩基反応

窒素原子上に存在する非共有電子対が、アミンの化学的性質を支配しています。この電子対が存在するため、アミンは水に少し溶けて弱塩基性を示します。次の図.2に、アニリンが弱塩基性であるために起こるいくつかの反応を示します。アニリンは塩酸と反応して、水溶性のアニリン塩酸塩を作ります。また、アニリン塩酸塩の水溶液に水酸化ナトリウムNaOHを加えると、油状のアニリンが遊離します。

 

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.2  アニリンは水に少し溶けて弱塩基性を示す

 

(ii)酸化反応

アニリンは非常に酸化されやすい物質であり、空気中に放置すると、徐々に酸化されて、無色から褐色に変わります。また、さらし粉CaCl(ClO)H2Oを加えると赤紫色を呈し、硫酸酸性二クロム酸カリウムK2Cr2O7水溶液を加えると、アニリンブラック(aniline black)と呼ばれる水に溶けにくい染料に変化します。アニリンブラックは日光や洗濯、漂白剤などに強く、安価で実用価値の高い黒色染料であり、顔料や塗料にも使われます。

 

.1  アニリンの酸化反応

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(iii)アシル化合物との反応

アニリンに酢酸CH3COOHと濃硫酸H2SO4を加えて加熱するか、または無水酢酸(CH3CO)2Oを作用させてアセチル化すると、アミドの一種であるアセトアニリドが生成します。アセトアニリドは、無色無臭の板状結晶(m.p.115)、かつては解熱鎮痛剤として用いられていました。

 

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.3  アセトアニリドの合成

 

しかし、1948年、アセトアニリドは他の同用途の医薬品に比べて高い毒性を持ち、肝臓や腎臓に障害をもたらすということが発見されたので、アセトアニリドは、アセトアミノフェンなど毒性のより低い医薬品にその地位を譲ることになりました。アセトアミノフェンは、驚いたことに、人間の尿の中から見つかりました。鎮静剤を服用した人の小便を濃縮したところ、苦い味のする白色の結晶が残り、それが後に、研究者によって優れた鎮痛効果を持つ物質として報告されたのです。研究者が、尿の中の結晶を舐めてみた成果です。

アセトアミノフェンは、アセトアミド基のp位にフェノール性ヒドロキシ基を置換した有機化合物です。次の図.4にアセトアミノフェンの構造式を示します。アセトアミンフェンは、アスピリンと同じように鎮痛作用を持ちながら、胃腸への厄介な障害を起こしません。アスピリンと同様に、細胞内のシクロオキシゲナーゼを阻害して、プロスタグランジンの合成を抑制することによって鎮痛作用を示すと考えられていますが、炎症に関係した免疫細胞では働かず、脳内をターゲットとして作用するのが特徴です。このことから、胃の粘膜を弱くする作用がなく、空腹時に飲んでも胃腸障害が生じないという、アスピリンにはない利点を持っています。また、眠気や興奮などの副作用もないことから、モルヒネのような鎮痛薬とも異なる性質を持っているといえます。

現在、アセトアミノフェンは発熱や頭痛など、風邪の諸症状を抑える解熱鎮痛剤として広く使用されています。アセトアミノフェンは、標準的な服用法では非常に安全な薬物ですが、アルコールと一緒に服用すると、強い肝臓障害が現れることが知られています。アセトアミノフェンとアルコールとを同時に大量摂取させることによる、保険金殺人事件が発生したこともあります(毒の科学を参照)医薬品の服用法には、注意したいものです。

 

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.4  アセトアミノフェンの構造式

 

(3)アニリンの合成

アニリンの窒素原子上の結合は、N-H結合かN-C結合のいずれかです。したがって、アニリンの窒素原子Nの酸化数は-IIIであり、極めて酸化されやすい、還元型の性質を持っているといえます。

そこで、逆に酸化型の窒素原子を持つ有機化合物を、適切な還元剤を用いて還元することで、容易にアニリンを得ることができるのです。アニリンを合成する最良の方法は、対応する酸化型の窒素原子を持つニトロベンゼンを還元することです。原料のニトロベンゼンは、求電子的な芳香族ニトロ化反応で容易に合成することができ、このニトロ基は、還元剤を用いた化学量論的な反応、または水素を用いた触媒反応で、極めて容易に還元できます。

 

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.5  ニトロベンゼンを還元することでアニリンが得られる

 

(i)ニトロベンゼンのベシャン還元

スズSnまたは鉄Feのような金属を還元剤として、ニトロベンゼンに濃塩酸HClを加えて酸性条件下でニトロ基を還元すると、アニリン塩酸塩が生成します。続いて、アニリン塩酸塩に水酸化ナトリウムNaOH水溶液を作用させれば、酸塩基反応によって、弱塩基のアニリンが遊離します。通常、アニリンは酸化されやすいので、塩酸HClのように酸化力の弱い酸を使います。また、使用する還元剤も、鉄Feは高価なので、一般的にはスズSnを使用することが多いです。このように、金属を還元剤とした化学量論的な還元反応を、ベシャン還元(Bechamp reduction)といいます。

 

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.6  ニトロベンゼンのベシャン還元

 

ベシャン還元は操作が簡単で、スズSnと塩酸HClを加えて、反応液を撹拌するだけ良いという利点があります。しかし、廃棄物が多い上に、還元剤が高価なので、現在は実験室でしか行われていません。ニトロベンゼンをSn+HClで還元したときの反応式は、次のようになります。

 

2C6H5NO2 + 3Sn + 14HCl → 2C6H5NH3Cl + 3SnCl4 + 4H2O

 

(ii)ニトロベンゼンの接触還元

ニッケルNiやパラジウムPdといった水素化触媒を用いて、水素ガスをニトロベンゼンに作用させると、ニトロ基がアミノ基へ還元されたアニリンが生成します。このように水素ガスを還元剤とした触媒反応を、接触還元(catalytic reduction)といいます。

接触還元は還元剤が水素H2なので、費用が比較的に安価であり、触媒は再利用が可能で、理論的には廃棄物が一切出ないという利点があります。しかし、水素ガスを使うので、大がかりな実験装置が必要となり、実験室で行われることはほとんどありません。接触還元は、工業的な還元方法です。

 

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.7  ニトロベンゼンの接触還元

 

(4)アゾ化合物

(i)ジアゾ化反応

アニリンの希塩酸溶液を5℃以下に冷却しながら、亜硝酸ナトリウムNaNO2水溶液を加えると、塩化ベンゼンジアゾニウムの水溶液が得られます。このようなジアゾニオ基(diazonio group, -N+≡N)の構造を持つジアゾニウム塩を作る反応を、ジアゾ化反応(diazotization)といいます。

ちなみに、亜硝酸ナトリウムNaNO2というあまり聞き慣れない化合物は、食肉の発色剤に使用されます。その分解の過程で生じた一酸化窒素NOが、食肉中のミオグロビンというタンパク質の鉄(II)イオンFe2+ に配位結合して、鉄(II)イオンFe2+ が鉄(III)イオンFe3+ に酸化されて色が黒くなるのを防止するのです。亜硝酸ナトリウムNaNO2は岩塩にも多く含まれており、岩塩でソーセージを作ると発色が良くなるということは、昔から経験的に知られていたようです。

 

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.8  アニリンのジアゾ化反応

 

このとき、反応条件を5℃以下に保つ理由は、ベンゼンジアゾニウムイオンは5℃以上では非常に不安定であり、加熱すると窒素N2を脱離して、分解してしまうからです。例えば、次の図.9に示すように塩化ベンゼンジアゾニウムは、加熱すると加水分解してフェノールになります。

 

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.9  塩化ベンゼンジアゾニウムの加水分解

 

(ii)ジアゾカップリング 

ベンゼンジアゾニウムイオンは正電荷を帯びているので、求電子剤の一種になります。しかしながら、その正電荷は共鳴により安定化しているので、弱い求電子剤です。次の図.10にベンゼンジアゾニウムイオンの共鳴構造式を示します。

 

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.10  ベンゼンジアゾニウムイオンの共鳴構造式

 

.10の右側の共鳴構造式では、右端の窒素原子は6電子しか持たないので、ここが求核剤との反応点になります。ベンゼンジアゾニウムイオンは、強く活性化されたベンゼン環のp位に求電子的な攻撃を行い、芳香族求電子置換反応によりアゾ化合物(azo compound)を生成します。ここで、強く活性化されたベンゼン環とは、フェノールやアニリンのベンゼン環のことです。例えば、塩化ベンゼンジアゾニウムの水溶液にナトリウムフェノキシドの水溶液を加えると、橙赤色のp -ヒドロキシアゾベンゼン(p -フェニルアゾフェノール)が生成します。

 

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.11  カップリングによるp -ヒドロキシアゾベンゼンの合成

 

ベンゼンジアゾニウムイオンが持っていた2つの窒素原子が、生成物中に持ち込まれていることに注目して欲しいです。このタイプの芳香族求電子置換反応は、生成物の構造を見ると、2つのベンゼン環がアゾ基(azo group, -N=N-)で結ばれているので、ジアゾカップリング(diazo coupling)とも呼ばれます。

通常はベンゼンジアゾニウムイオンの立体障害により、p位でのカップリングが優先しますが、p位に置換基がある場合は、o位でのカップリングが起こります。アゾ化合物はすべて着色しており、その中には繊維用染料やカラー写真用色素として製造され、使用されているものが数多くあります。

 

.2  様々なアゾ化合物

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また、中和滴定の指示薬として有名なメチルオレンジも、アゾ染料の一種です。メチルオレンジは、酸性溶液中では水素イオンH+ がアゾ基に付加して、ベンゼン環の構造がキノン環構造になり、黄色から赤色に変色します。

 

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.12  メチルオレンジの構造式

 

ただし、指示薬の代名詞ともいえるフェノールフタレインは、アゾ染料ではありません。次の図.13にフェノールフタレインの構造式を示します。

これら指示薬の多くは、ベンゼン環を含む長い共役系を持つ有機化合物であり、特定のpHで分子構造が変化し、共役系の長さが変わることで、色が変わります。ベンゼン環自体は共役系が短いので、紫外線領域しか吸収しませんが、共役系が長くなると、共役系はより長波長の可視光領域を吸収するようになり、化合物は紫色から青色の可視光を吸収して、黄色から赤色を呈するのです。ただし、青色や緑色の化合物は、通常、共役二重結合のみには頼っていません。

 

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.13  フェノールフタレインの構造式


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・参考文献

1)   H.ハート/L.E.クレーン/D.J.ハート 共著「ハート基礎有機化学」培風館(1986年発行)

2) Peter W. Atkins/千原秀昭・稲葉章訳「分子と人間」東京化学同人(1993年発行)

3) 船山信次「こわくない有機化合物超入門」技術評論社(2014年発行)

4) 枝川義邦「身近なクスリの効くしくみ」技術評論社(2010年発行)