・酸と塩基(酸と塩基の強さ)


(1)酸と塩基の定義

(acid)と塩基(base)の定義は時代により異なりますが、初期の定義では、塩基は水溶液中で赤いリトマス紙を青くし(アルカリ性を示す)、酸は水溶液中で青いリトマス紙を赤くする(酸性を示す)ものでした。しかし、実際の溶液では、このような単純な定義で酸と塩基は議論できず、時代とともに次のような広義の酸と塩基の定義に拡張されていきました。

 

(i)アレニウスの定義

 今日では、酸性は水溶液中に存在する水素イオンH+ (正確にはオキソニウムイオンH3O+)の性質であり、また塩基性は水溶液中に存在する水酸化物イオンOH の性質であることが知られています。このことから、1884年に、アレニウスは水溶液中で電離するイオンの種類により酸と塩基を次のように定義しました。

 

「酸とは水溶液中で水素イオンH+ を生じる物質であり、塩基とは水溶液中で水酸化物イオンOH を生じる物質である」

 

アレニウス酸をHAとし、アレニウス塩基をROHとすると、アレニウス酸HAは水溶液中で水素イオンH+ A に電離し、アレニウス塩基ROHR+ と水酸化物イオンOH に電離します。つまり、アレニウスの定義によると、酸と塩基は電離により水素イオンH+ あるいは水酸化物イオンOH を生じる物質だということが言えます。

 

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例えば、塩酸HClは水溶液中で水素イオンH+ と塩化物イオンCl に電離するので、塩酸HClはアレニウス酸となります。また、水酸化ナトリウムNaOHは水溶液中でナトリウムイオンNa+ と水酸化物イオンOH に電離するので、水酸化ナトリウムNaOHはアレニウス塩基となります。

 

HCl → H+ + Cl

NaOH → Na+ + OH

 

なお、この定義によると、アンモニアNH3はその溶液がアルカリ性を示すのに水酸化物イオンOH を持たないので塩基ではなく、同様に二酸化炭素CO2はその溶液が酸性を示すのに水素イオンH+ を持たないので酸ではないことになります。

そこで、アレニウスの定義は拡張され、アンモニアNH3や二酸化炭素CO2は次のように水H2Oと反応し、それぞれが水酸化物イオンOH や水素イオンH+ を生じるので、塩基および酸と定義できるようになりました。

 

NH3 + H2O → NH4OH

NH4OH NH4+ + OH

 

CO2 + H2O → H2CO3

H2CO3 H+ + HCO3

 

つまり、アレニウスの定義は、水溶液中で定義される酸と塩基を分類したものなのです。したがって、アレニウスの定義における酸とは、水H2Oよりも強い酸のことであり、アレニウスの定義における塩基とは、水H2Oよりも強い塩基のことです。

塩基とアルカリの違いについては、高校の化学ではあまり取り上げて学習しませんが、アルカリ性は水に溶けて塩基性を示す物質の性質のことなので、アレニウスの定義における塩基性とは、一般的にアルカリ性と同じ意味で使われます。

 

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また、このアレニウスの定義に基づくと、酸や塩基は化学式の示す1粒子当たりに何個の水素イオンH+ または水酸化物イオンOH が出せるかという点から、1, 2, 3価・・・と価数が考えられます。

また、水素イオンH+ や水酸化物イオンOH の出す強さの違いから、大雑把に様々な物質を強酸や弱酸、強塩基、弱塩基に分類することができます。

 

.1  主な酸と塩基の分類

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酸と塩基の強さについては、溶かした電解質の量に対する電離した電解質の割合から決めることができ、これを電離度(degree of ionization)といいます。

 

 

電離度がα 1で、水溶液中でほぼ100%電離する酸塩基をそれぞれ強酸や強塩基といいます。それに対して、電離度がα <<1で、水溶液中ではあまり電離しない酸塩基をそれぞれ弱酸や弱塩基といいます。

なお、電離度αは物質によって固有の値という訳ではなく、物質の濃度によって電離度αは大きく変化します。一般的に物質の濃度が小さいほど電離度αは大きくなり、無限に希釈した希薄溶液では、弱酸や弱塩基でもα =1になります。

 

(ii)ブレンステッドの定義

アレニウスの定義は実に有効であり、日常的にはこの定義に対して不満を持つことはまずありません。ただ、アレニウスの定義は酸の電離の際に実際に起こっている変化を正しく捉えておらず、また有機化学の分野ではあまり有効ではないという弱点があります。そこで1923年、ブレンステッドは酸と塩基の定義を次のように提唱しました。

 

「酸とはプロトンH+ を他に与える物質であり、塩基とはプロトンH+ を他から受け取る物質である」

 

この定義に当てはまる酸をブレンステッド酸といい、塩基をブレンステッド塩基といいます。すなわち、ブレンステッドの定義では、酸はプロトン供与体として、塩基はプロトン受容体として働くのです。この定義は水溶液中以外でも適用でき、水素Hを持つあらゆる物質に適用できるという点で、アレニウスの定義よりもかなり広義な定義になります。

酸をHAとし、塩基をBとすると、一般的にブレンステッドの酸塩基反応は、次のように表すことができます。

 

HA() + B(塩基) A (共役塩基) + HB+ (共役酸)

 

この平衡において、A は酸HAの共役塩基(conjugate base)といい、HB+ は塩基Bの共役酸(conjugate acid)と呼ばれます。このような名称になる理由は、もし逆反応が進行すれば、共役塩基と共役酸のそれぞれが塩基や酸として働くからです。

ブレンステッドの定義とアレニウスの定義の大きな違いは、アレニウスの定義は、酸と塩基を別々に分類して扱うのに対し、ブレンステッドの定義は、酸と塩基を同時に捉え反応中で扱うことです。例えば、ブレンステッドの定義では、水H2Oは次のように酸としても塩基としても働きます。

 

CH3COOH() + H2O(塩基) CH3COO (共役塩基) + H3O+ (共役酸)

H2O() + NH3(塩基) OH (共役塩基) + NH4+ (共役酸)

 

アレニウスの定義では、水H2Oは酸でも塩基でもない中性物質でしたが、ブレンステッドの定義では、水H2Oは酢酸CH3COOHに対してはプロトン受容体の塩基として、アンモニアNH3に対してはプロトン供与体の酸として働くのです。

つまり、ブレンステッドの定義では、プロトンH+ を他に与える能力が強い物質をその反応における酸と定義するものであり、どちらがプロトンH+ を与える力が相対的に強いのかを問題にするだけで、もはや強酸や弱酸というような絶対的な酸の強さを表す用語は、意味をなさなくなるのです。例えば、強酸として知られる硝酸HNO3も、硫酸H2SO4との反応では塩基として振る舞います。

 

H2SO4() + HNO3(塩基) HSO4 (共役塩基) + H2NO3+ (共役酸)

 

したがって、ブレンステッドの定義は、プロトンH+ の関与する反応を正確に理解できるだけでなく、この定義を使うと、酸塩基の強弱表さえあれば、有機反応も含めすべてのプロトンH+ 移動反応が、どちらへ進むかなどの判断がたちどころにできるのです。この点で、この定義は非常に有効であるものの、反応によって物質が酸になったり塩基になったりするので、物質を酸や塩基に分類して、そこから物質の関係を理解していこうとするときには、むしろ不便になり、初学者にとっては混乱を起こしやすいのです。したがって、酸と塩基を扱うときは、どちらの定義による分類なのかを、きちんと理解した上で問題に取りかからなければなりません。

一般的に反応が進行するかどうかなどの反応論を扱うときには、ブレンステッドの定義を使うと便利です。しかし、明らかに酸と塩基が区別されている中和反応などを扱うときは、アレニウスの定義の方が分かりやすく便利になります。また、一般的に酸や塩基というときは、水H2Oを中性とした、アレニウスの定義における分類を用いることが多いです。

 

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.1  酸の相対的な強さ

 

(iii)ルイスの定義

 ルイス定義における酸と塩基は、ブレンステッド酸・塩基の定義をさらに拡張して、電子対の供与と享受で定義しました。ルイスの定義では、およそ酸や塩基とは思えないような物質が酸塩基反応します。

 

「酸とは電子対を受け取る物質であり、塩基とは電子対を与える物質である」

 

例えば、アンモニアNH3と三フッ化ホウ素BF3の反応では、電子供与体であるアンモニアNH3がホウ素Bp軌道に電子を与えて、窒素Nとホウ素Bの間に結合が形成されます。

 

BF3() + :NH3(塩基) → F3B-NH3

 

この反応では、三フッ化ホウ素BF3はルイス酸、アンモニアNH3はルイス塩基として働いています。このように電子供与体から与えられた電子対により形成された新たな共有結合は、配位結合(coordinate bond)と呼ばれます。そして、この配位結合により生じた新たな分子は錯体(complex)と呼ばれ、電子供与体は配位子(ligand)と呼ばれます。

また、水分子において、水素原子は酸素原子の高い電気陰性度のために部分正電荷δ+を帯びているので、非共有電子対を持つ窒素のような原子と配位結合を形成し、水素原子はルイス酸として作用します。一方で、水分子中の酸素原子は非共有電子対を持ち、水素イオンH+ のような電子欠乏種と配位結合を形成し、ルイス塩基として作用します。

 

H-OH() + NH3(塩基) → H-NH3+ + OH

HCl() + OH2(塩基) → H-OH2+ + Cl

 

つまり、非共有電子対を持つ原子はすべてルイス塩基として作用する可能性を持ち、原子価軌道が電子で満たされていない原子は、ルイス酸として作用する可能性を持つのです。ルイスの定義はこのように明瞭であり、有機化学の反応など応用範囲は広いです。例えば、前述のアレニウスの定義やブレンステッドの定義の範疇である水素イオンH+ が関与する反応ばかりではなく、水素イオンH+ を生成しないような反応にも適用できます。

 

(2)酸と塩基の強さ

ブレンステッドの定義では、どちらの酸性度が強いのか、あるいは塩基性度が強いのかさえ理解できれば、反応がどちらに進むのかが、すぐに判断できました。未知の酸と塩基の強さを知ろうとするとき、それは構造式を見れば、相対的な判断が可能になるのです。

 

(i)酸の強さ

 強酸として知られる塩酸HClは、水中で以下のように水と酸塩基反応をします。この反応は平衡反応ですが、その平衡は著しく右に偏っています。つまり現実では、塩化水素HClのほとんどが、塩化物イオンCl になっているのです。水H2Oと反応するときに、平衡定数が大きくなるような酸を、一般的に強酸といいます。

 

HCl() + H2O(塩基) Cl (共役塩基) + H3O+ (共役酸)

 

この平衡が右に偏っているのは、酸性度がHCl>H3O+ であることが理由ですが、この判断をするためには、酸塩基の強弱表をすべて暗記していなければなりません。そこで、酸の強さを調べようとするとき、共役塩基の弱さ、すなわち共役塩基の安定性を考えると、酸の強さがすぐに分かるのです。

この平衡において、塩化水素HClの共役塩基は塩化物イオンCl です。塩化物イオンCl の安定性については、塩素の電子親和力が大きいことからも分かるように、塩化物イオンCl は比較的安定な物質です。

つまり、塩酸HClが強酸である理由は、共役塩基である塩化物イオンCl が安定だから、ということができるのです。すなわち、酸の強さは共役塩基の安定性に左右され、共役塩基が安定なほど、酸の酸性度は強くなるということができます。

HAの共役塩基A の安定性を判断する要因として、一般的に次のようなことがあります。

 

(i-1)A原子の電気陰性度が大きい

例えば、メタンCH4とアンモニアNH3、水H2O、フッ化水素HFの酸の強さの関係は、HF>H2O>NH3>CH4 のようになります。

このようになる理由は、原子の電気陰性度がF>O>N>Cの関係になるからです。原子の電気陰性度が大きいほど、共有電子対を自身に引き付ける強さが大きいということになるので、結果として、プロトンH+ を放出しやすいということになります。

また、電気陰性度が大きいほど、一般的に電子親和力も大きくなり、陰イオンは安定化するので、酸の共役塩基も安定化します。つまり、原子の電気陰性度が大きいほど、酸の酸性度は強くなります。

 

(i-2)A原子が大きい

例えば、フッ化水素HFと塩化水素HCl、臭化水素HBr、ヨウ化水素HIの酸の強さの関係は、HI>HBr>HCl>HFのようになります。これは、電気陰性度がF>Cl>Br>Iの関係になるので、一見すると、先の考察と矛盾しているようにも思えます。しかし、実は電気陰性度の寄与よりも大きい要因が働いているのです。

それは、原子の大きさが、I>Br>Cl>Fの関係になることです。酸がプロトンH+ を電離して共役塩基になるとき、共役塩基は負電荷を帯びることになり、負電荷は原子全体に分散されることになります。このときに原子の大きさが大きいほど、負電荷が共役塩基中で広く分散されることになるので、より陰イオンが安定化するのです。つまり、原子の大きさが大きいほど、共役塩基が安定化して、酸の酸性度は強くなります。

 

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.2  共役塩基が大きいほど負電荷が分散して安定になる

 

(i-3)Aの共鳴安定化                                                                              

例えば、酢酸CH3COOHとフェノールC6H5OH、エタノールC2H5OHの酸の強さの関係は、CH3COOH>C6H5OH>C2H5OHのようになります。このようになる理由は、酸が共役塩基になったとき、共役塩基が共鳴して負電荷が分散されることによって、共役塩基が安定化するからです。

酢酸CH3COOHとフェノールC6H5OHの共役塩基である酢酸イオンCH3COO やフェノキシドイオンC6H5O は、現実には次のような共鳴混成体(resonance hybrid)になります。

 

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.3  酢酸イオンCH3COO とフェノキシドイオンC6H5O の共鳴構造式

 

共鳴構造式(resonance structure)は、p軌道の電子対が別の原子のp軌道に移動することによって、存在を考えることができます。

これらの共鳴構造式は、共役塩基の化学変化によって生じるものではなく、共役塩基の真の構造は、これらすべてを掛け合わせた共鳴混成体なのです。つまり、共鳴においては、負電荷は1つの原子に局在化してはおらず、すべての共鳴構造式で表されるように、負電荷が分散されて存在しているのです。よって基本的には、共鳴構造式が多く書ければ書けるほど、負電荷がより分散されるということになるので、共鳴構造式が多いほど、陰イオン(共役塩基)は安定化します。しかしながら、ただ共鳴構造式が多く書ければ良いという訳でもなく、共鳴混成体におけるそれぞれの共鳴構造式の寄与は異なるので注意が必要です。

例えば、酢酸イオンCH3COO の共鳴構造式は、III2つ考えることができ、それぞれの共鳴構造式は等価なので、酢酸イオンCH3COO の負電荷は、2個の酸素原子に均等に分散されることになります。

しかし、フェノキシドイオンC6H5O においては、共鳴構造式のすべてが等価ではないので、共鳴混成体における寄与が異なってくるのです。フェノキシドイオンC6H5O の共鳴では、酸素原子のp軌道の非共有電子対がベンゼン環に移動することによって、炭素原子が負電荷を帯びる構造をいくつか考えることができます。しかし、炭素原子は電気陰性度があまり大きくはないので、負電荷を帯びることはあまり有利に働かないのです。また、酸素原子の電子対がベンゼン環に移動することにより、ベンゼン環の芳香族性を破壊することにもなるので、フェノキシドイオンC6H5O の真の構造は、現実ではIIIの構造に偏ることになります。つまり、酢酸イオンCH3COO とフェノキシドイオンC6H5O の共鳴構造式を考えたとき、共役塩基の安定性は、総合的に見てCH3COO>C6H5O なのです。よって、酸性度もCH3COOH>C6H5OHになります。

エタノールC2H5OHについては、共役塩基であるエトキシドイオンC2H5O の構造になったときに、共鳴構造式を書くことができないので、酸性度はこの中で最も小さくなります。

 

(ii)塩基の強さ

 ブレンステッドの定義における塩基とは、プロトンH+を他から受け取る物質でした。次の化学反応で、アンモニアNH3は塩基として働きます。

 

H2O() + NH3(塩基) OH (共役塩基) + NH4+ (共役酸)

 

この反応で、アンモニアNH3はプロトンH+ に非共有電子対を提供することにより、配位結合を形成しています。つまり、塩基の強さとは、プロトンH+ に非共有電子対を与える強さともいうことができるのです。すなわち、塩基の強さは非共有電子対の電子密度に左右され、電子密度が大きく非共有電子対が不安定なほど、塩基の反応性は高くなり、塩基性度は強くなるということができます。

強塩基としては、一般的にアルカリ金属やアルカリ土類金属の水酸化物が多いですが、水酸化リチウムLiOHと水酸化ナトリウムNaOH、水酸化カリウムKOHの塩基性の強さの関係は、KOH>NaOH>LiOHのようになります。

この理由は、イオン半径の大きさの関係がK>Na>Liだからです。一般的にイオン半径が大きければ大きいほど、陽電荷は分散されて、単位面積あたりの陽電荷は小さくなります。したがって、イオン半径の大きさが大きいほど、水酸化物イオンOH とのクーロン力が弱くなり、水酸化物イオンOH に負電荷が局在化することになるのです。つまり、イオン半径の大きさが大きいほど、水酸化物イオンOH の電子密度は大きくなって、非共有電子対は不安定になるので、塩基の塩基性度は強くなります。

また、同周期の塩基において、水酸化カリウムKOHと水酸化カルシウムCa(OH)2の塩基性の強さの関係は、KOH>Ca(OH)2のようになります。

この理由は、金属イオンの電荷がカリウムでは1価なのに対して、カルシウムでは2価だからです。2価のイオンであるカルシウムイオンCa2+ の場合、水酸化物イオンOH との間により強いクーロン力が働くため、水酸化物イオンOH の電子密度が小さくなって、水酸化物イオンOH が安定化してしまうのです。つまり、金属イオンの価数が小さいほど、クーロン力が弱くなり、水酸化物イオンOH の電子密度が大きくなって、非共有電子対が不安定になるので、塩基の塩基性度は強くなります。

 

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.4  周期表の左下の金属水酸化物ほど塩基性が強い

 

(iii)誘起効果

酸や塩基の強さは、隣接する置換基の効果も受けて、もとの酸や塩基の強さが変化します。例えば、酢酸CH3COOHとフルオロ酢酸FCH2COOH、ジフルオロ酢酸F2CHCOOH、トリフルオロ酢酸F3CCOOHの酸の強さの関係は、F3CCOOH>F2CHCOOH>FCH2COOH>CH3COOHのようになります。これは言い換えれば、共役塩基の安定性がF3CCOO >F2CHCOO >FCH2COO >CH3COO であるということにもなります。

このように、フッ素Fの数が多くなるほど共役塩基が安定化する理由は、電気陰性度の大きいフッ素Fが、共役塩基の負電荷を求引して、負電荷を広く分散させ、電荷を非局在化させるからです。

 

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.5  誘起効果(-I効果)により共役塩基が安定化する

 

フッ素Fのように電子求引性(electron-withdrawing)の置換基が隣接すると共役塩基は安定化しますが、この現象を誘起効果(Inductive effect)といいます。

また、誘起効果はフッ素Fのように電子求引性の置換基だけではなく、電子供与性(electron-releasing)の置換基でも起こる現象です。例えば、メチル基(-CH3)は電子供与性の置換基であり、アンモニアNH3とメチルアミンCH3NH2の塩基性の強さの関係は、CH3NH2>NH3のようになります。電子供与性の置換基は、非共有電子対の電子密度を増大させるので、塩基性を強くする効果があるのです。

 

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.6  誘起効果(+I効果)により非共有電子対が不安定化する

 

このように誘起効果には、電子求引性の置換基と電子供与性の置換基の2種類があり、前者の誘起効果を特に-I効果、後者の誘起効果を+I効果といいます。誘起効果を現す置換基は、原子の電子密度を変えるので、酸や塩基の強さを判断する手段になるだけではなく、有機化学の反応機構にも大きく関与してくることになります。次の表.2に主な誘起効果を現す置換基を示します。

ただし、ヒドロキシキ基(-OH)やアルコキシキ基(-OR)などのように、非共有電子対が基質に隣接する位置に存在する電子求引基は、カルボニル基(-CO-)やフェニル基(-C6H5)に隣接した際には、共鳴によって非共有電子対が移動して、電子供与的に働く場合があるので注意が必要です。

 

.2  主な誘起効果を現す置換基

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・参考文献

1) 石川正明「新理系の化学()」駿台文庫(2005年発行)

2) H.ハート/L.E.クレーン/D.J.ハート 共著「ハート基礎有機化学」培風館(1986年発行)

3) 平尾一之/田中勝久/中平敦「無機化学」東京化学同人(2013年発行)