・アルコール


(1)アルコール

炭化水素の水素原子を、ヒドロキシ基(hydroxyl group, -OH)で置換した形の化合物を、「アルコール(alchol)」といいます。ちなみに、もともと「アルコール」という言葉は、アラビア語の「alkoh’l」に由来するもので、「al(アル)」は接頭語、「koh’l(コホル)」はアイシャドーに用いられた硫化アンチモンSb2S3の細かい粉末のことであったといいます。この粉末を得るためには、加熱と冷却の操作をする必要があり、これが蒸留の操作につながり、やがて「蒸留によって得られる液体」――すなわち「アルコール」に、この名が移ったと考えられています。アルコールは、一般的に化学式「ROH」で示されます。芳香族化合物であるフェノールも、同じ官能基(-OH)を持っていますが、一般的にアルコールとは区別されます(酸素を含む芳香族化合物を参照)。また、チオール(thiol)」は、アルコールに似た構造を持っていますが、ヒドロキシ基(-OH)の酸素原子が、硫黄原子で置き換わったチオール基(-SH)を持つ点が異なります。

 

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.1  様々なアルコールとそれに類似した化合物

 

(i)アルコールの分類

 アルコールは、ヒドロキシ基(-OH)の数によって、「1価アルコール」・「2価アルコール」・「3価アルコール」などに分類されます。

 

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.2  価数によるアルコールの分類

 

2価アルコールは、特に「グリコール」とも呼ばれ、「エチレングリコール」などの例があります。エチレングリコールは、甘味を持つ無色の液体で、ポリエチレンテレフタレート(PET)の原料となったり、自動車のエンジンの不凍液に使われたりします。エチレングリコールには毒性がありますが、これは、エチレングリコールが体内で代謝されるとシュウH2C2O4なり、カルシウムと強く結合するためです。シュウ酸H2C2O4は、低カルシウム血症を引き起こし、臓器内にシュウ酸カルシウムCaC2O4の結晶が沈着することで、様々な障害を引き起こします。

 

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.3  エチレングリコールは、ポリエチレンテレフタレートの原料になる

 

3価アルコールの代表的な化合物は、「グリセリン」です。グリセリンは甘味を持つ無色の液体で、油脂を加水分解することで得られます。グリセリンは吸湿性が強く、その保水性を生かして、化粧品や水彩絵具などにも利用されています。上質なワインにもグリセリンが含まれており、ワインに上品な甘味と滑らかさを与えるといわれています。よくワインを飲むときに、グラスを回したりしますが、あれはワインの粘性を見て、どのくらいグリセリンが含まれているのかを確認しているのです。

1985年夏、ヨーロッパから輸入された「貴腐ワイン」に、「ジエチレングリコール」が混入しているものが発見されました。貴腐ワインとは、本来ならば、「ボトリティス・シネレア」という特殊な菌が寄生したブドウを原料にして醸造した、高級ワインのはずです。この事件は、「有毒ワイン事件」として、社会的に大問題になりました。ジエチレングリコールには、グリセリンに似た甘味と粘性があるので、貴腐ワインに類似の甘味と滑らかさのある飲料を偽造するのには、うってつけの化合物だったのです。しかし、ジエチレングリコールを大量に服用すると、吐き気や頭痛、ふらつき、腹痛、下痢などの症状が現れ、中枢神経系の抑制作用もあり、重度の場合は、痙攣、昏睡、肺水腫、心不全などが起きて、死に至ることもあります。ジエチレングリコールには、不快な味や臭いがないだけに、大量に服用してしまう可能性があるので、大変危険です。不注意に外に捨てたものを、ペットが口にして死亡した例もあるので、気を付けたいものです。

 

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.4  ジエチレングリコールは、2分子のエチレングリコールが脱水縮合した構造を持つ

 

また、グリセリンをニトロ化したものは、「ニロトグリセリン」と呼ばれ、加熱や摩擦によって爆発するため、ダイナマイトの原料となります。ニトログリセリンを服用すると、体内で分解されて一酸化窒素NOを生じ、血管拡張作用を示すため、狭心症の発作を鎮める治療薬としても用いられます。この効果は、偶然発見されたもので、狭心症を持病とする工員が、ニトログリセリン製造工場で働いていたのだそうです。ところが、この工員は家では発作を起こすのに、工場では発作を起こしたことがないというのです。そこで調べたところ、ニトログリセリンが、狭心症の発作を抑えていたという訳です。

 

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.5  ニトログリセリンは、爆薬の一種であり、狭心症の治療薬としても使われる

 

さらにアルコールでは、ヒドロキシ基(-OH)が結合している炭素原子にアルキル基(-R)1つ結合したものを「第一級アルコール」、2つ結合したものを「第二級アルコール」、3つ結合したものを「第三級アルコール」とそれぞれ呼んでいます。別の見方をすれば、炭素鎖の末端部にヒドロキシ基(-OH)が結合しているのが第一級アルコール、炭素鎖の途中にヒドロキシ基(-OH)が結合しているのが第二級アルコール、炭素鎖の枝分かれの部分にヒドロキシ基(-OH)が結合しているのが第三級アルコールとなります。

 

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.6  級数による分類

 

メタノールCH3OHは、正確にはこの定義にあてはまりませんが、一般的には第一級アルコールとみなします。この分類は、炭素陽イオンの分類方法とよく似ていますが、アルコールの反応性も、第一級・第二級・第三級の違いによって変わってきます。

 

(ii)アルコールの命名法

アルコールの慣用名は、ヒドロキシ基(-OH)が結合しているアルキル基(-R)の名称をまず書き、それに「アルコール」という言葉を続けるのが一般的です。通常、慣用名は炭素数5以下のアルコールにしばしば使用され、さらに構造が複雑になると、体系的なIUPAC命名法が使用されます。IUPAC命名法では、アルコールの母体となるアルカンの語尾「e」を取り、接尾語「ol」を加えることによって命名します。次の図.7に、いくつかのIUPACシステムの適用例を示します。なお、慣用名も(  )内に示しておきます。

 

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.7  アルコールにおけるICPACシステムの適用例

 

不飽和アルコールの命名には、2種類の語尾が必要です。それらは、二重結合(C=C)または三重結合(C≡C)の位置とヒドロキシ基(-OH)の位置です。(.72-プロペン-1-オールを参照)この場合、語尾の「オール」は末尾に付けますが、その位置を示す番号は、ヒドロキシ基(-OH)が不飽和結合よりも優先します。

 

(iii)アルコールの物理的性質

アルコールの沸点は、同程度の分子量を持つエーテルや炭化水素と比較すると、非常に高いです。低分子量のアルコールでも、室温で液体であり、特に多価アルコールでは、沸点が異常に高くなります。次の表.1に、沸点の比較を示します。

 

.1  沸点の比較

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アルコールがこのように高い沸点を持つ理由は、分子同士が水素結合を形成しているからです。ヒドロキシ基(-OH)の酸素-水素結合は、酸素原子の電気陰性度が大きいために、強く分極しています。この分極によって、水素原子は部分的に陽電荷を持ち、酸素原子は部分的に負電荷を持つようになります。そして、陽電荷を持った水素原子は、別の分子が持つ電気的に陰性な原子と強く引き合うようになります。このような結合を、一般的に「水素結合」と呼んでいます(化学結合を参照)

また、アルコールの異性体の沸点については、級数が小さく、かつ枝分かれの少ないアルコールほど、沸点が高い傾向があります。この理由は、級数が小さいほど、ヒドロキシ基(-OH)周囲の立体障害が小さくて、水素結合を形成しやすいからです。すなわち、第一級アルコールでは、ヒドロキシ基(-OH)が分子の末端にあり、水素結合を形成する際の立体障害が小さくて沸点は高くなりますが、第三級アルコールでは、ヒドロキシ基(-OH)の周りが混み合っており、水素結合を形成する際の立体障害が大きくて沸点は低くなります。さらに、炭素鎖の枝分かれの少ないものほど、ファンデルワールス力が強く働くため、沸点は高くなります。

 

.2  C4H9OHの沸点の比較

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 水H2Oも、アルコールと同様に水素結合した液体です。その水素結合は網目状の構造をしていますが、その水分子1つを低分子量のアルコール分子で置き換えることは容易であるため、低分子量のアルコールは、水に完全に溶解できます。

 

.3  アルコールの水への溶解性

名称

化学式

水への溶解性

(g/100 g, 20)

メタノール

CH3OH

エタノール

CH3CH2OH

1-プロパノール

CH3CH2CH2OH

1-ブタノール

CH3CH2CH2CH2OH

7.9

1-ペンタノール

CH3CH2CH2CH2CH2OH

2.7

1-ヘキサノール

CH3CH2CH2CH2CH2CH2OH

0.59

 

しかし、アルコールの炭化水素部分は疎水性であるため、アルキル鎖が長くなるほど、その性質はアルカンに近付き、水への溶解性はだんだん低下していきます。1価のアルコールのうち、メタノールCH3OH・エタノールCH3CH2OH1-プロパノールCH3CH2CH2OHよく水に溶けますが、これより炭素数が多くなると、水に溶けにくくなります。また、分子中のヒドロキシ基(-OH)の数が多くなるほど、分子の親水性が高くなり、水への溶解度も大きくなります。

 

(2)アルコールの酸や塩基としての挙動

(i)酸としてのアルコール

アルコールは、水H2Oと同じように弱酸です。ヒドロキシ基(-OH)はプロトン供与体として働き、水H2Oと同様の解離反応が起こります。次の図.8に、メタノールCH3OHのプロトン解離反応を示します。

 

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.8  メタノールCH3OHのプロトン解離反応

 

アルコールROHからプトロンH+ を取った共役塩基RO- は、「アルコキシドイオン(alkoxide ion)」と呼ばれます。共役塩基は、もとの酸が弱い酸であればあるほど、強い塩基となります。アルコールは弱い酸なので、その共役塩基であるアルコキシドイオンRO- は、水酸化物イオンOH- と同様に強い塩基になります。

これらはイオン化合物であり、有機化学では、アルコキシドイオンRO- は、強塩基としてしばしば使用されます。その作り方は、アルコールと金属ナトリウム、金属カリウム、または金属水素化物との反応です。これらの反応では、生成物である水素H2が気体として抜けていくため、平衡がどんどん右にずれて不可逆的に進行し、金属アルコキシドが白色粉末として得られます。例として、次の図.9に、メトキシドイオンCH3O- の生成反応を示します。

 

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.9  メトキシドイオンCH3O- の生成反応

 

この中でも特に代表的な反応は、金属ナトリウムとアルコールの反応です。金属ナトリウムをアルコールに加えると、反応して水素H2が発生します。この反応は、アルコールの異性体であるエーテルでは進行しないため、アルコールとエーテルを区別するために利用されることが多いです。つまり、アルコールかエーテルのどちらか分からない化合物に金属ナトリウムを加えて、反応すればアルコール、反応しなかったらエーテルということです。

また注意として、アルコールを水酸化ナトリウムNaOHで処理しても、アルコキシドイオンRO- は生成しません。その理由は、生成してくるアルコキシドイオンRO- が、水酸化物イオンOH- よりも強い塩基であり、生成しても、逆向きの反応が有利になってしまうからです。例として、次の図.10に、メトキシドイオンCH3O- の加水分解反応を示します。

 

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.10  メトキシドイオンCH3O- の加水分解反応

 

(ii)塩基としてのアルコール

アルコールは弱酸であると同時に、弱塩基でもあります。この理由は、ヒドロキシ基(-OH)の酸素原子上には非共有電子対が存在し、この非共有電子対が、プロトンH+ に対して親和性を持つからです。したがって、アルコールは強酸によって容易にプロトン化され、オキソニウムイオンH3O+ に類似のアルキルオキソニウムイオンROH2+ を生成します。例として、次の図.11に、メタノールCH3OHのプロトン化反応を示します。

 

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.11  メタノールCH3OHのプロトン化反応

 

このアルキルオキソニウムイオンROH2+ は、その分子内に水H2Oの構造を含むため、これを加熱すると、分子内から水H2Oが抜けます。すなわち、アルコールを強酸とともに加熱すると、脱水反応が起こるのです。例えば、エタノールC2H5OHに少量の濃硫酸H2SO4を加えて180℃に熱すると、高収率でエチレンC2H4が生成します。

 

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.12  エタノールC2H5OHを用いたエチレンC2H4の合成反応

 

この反応はアルケンの水和反応の逆反応であり、アルケン類の合成反応として利用されています(脂肪族炭化水素(アルケン)を参照)。また、この反応は水H2Oの脱離反応であり、その第一段階は、ヒドロキシ基(-OH)のプロトン化です。ヒドロキシ基(-OH)をプロトン化することによって、分子内に水H2Oの構造ができ、脱離反応の進行が容易になるのです。例として、次の図.13に、エタノールC2H5OHの脱水反応を示します。

 

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.13  エタノールC2H5OHの脱水反応

 

また、1つのアルコールから2種類以上のアルケンが生成することがしばしばあります。その理由を反応機構から考えてみると、π結合の生成は、水H2OとプロトンH+ の脱離によって起こり、ヒドロキシ基(-OH)が結合した炭素に隣接する炭素上の水素なら、どれでも原則として脱離できるからです。例えば、2-ブタノールCH3CH(OH)CH2CH3からは、理論上2種類のアルケンが生成します。

 

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.14  理論上2種類ある2-ブタノールCH3CH(OH)CH2CH3の脱水反応

 

しかし、一般的には置換基数の最も多い二重結合を持ったアルケンが安定であるため、より多置換のアルケンが優勢に生成してきます。この「置換基数の最も多い」の定義は、「二重結合を形成する2つの炭素に結合している置換基数が最も多い」という意味です。したがって、図.14の反応では、より多置換の2-ブテンCH3CH=CHCH3が主生成物になります。

この現象は、ロシアの化学者であるアレクサンドル・ザイツェフによって発見されたので、これを「ザイツェフ則(Zaitzev rule)」といいます。ザイツェフ則を簡単に覚えるときは、「より内側の水素が抜けて多置換のアルケンを生成する」としておけば、ほとんどの場合で対応できます(詳細は有機反応機構(求核置換反応と脱離反応)を参照)

 

(3)アルコールの反応

(i)アルコールとハロゲン化水素の反応

 アルコ−ルは、ハロゲン化水(塩化水素HCl・臭化水素HBr・ヨウ化水素HI)と反応して、ハロゲン化アルキル(塩化アルキルRCl・臭化アルキルRBr・ヨウ化アルキルRI)を生成します。例として、次の図.15に、アルコールとハロゲン化水素の反応を示します。

 

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.15  アルコールとハロゲン化水素の反応

 

この反応は置換反応であり、ハロゲン化アルキルの一般的な合成法として利用されています。ハロゲン化物イオンは良好な求核剤として働くので、この反応の主生成物は、脱水生成物ではなく置換生成物です。

反応速度と反応機構は、アルコールの構造(第三級アルコール・第二級アルコール・第一級アルコール)によって異なります(有機反応機構(求核置換反応と脱離反応)を参照)。この中で反応速度が最も速いのは、第三級アルコールです。例えば、2-メチル-2プロパノールを濃塩酸HClと混合し、室温で数分間撹拌するだけで、2-クロロ-2-メチルプロパンを得ることができます。

 

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.16  第三級アルコールと塩酸HClの反応

 

一方で、第一級アルコールの反応速度は最も遅く、1-ブタノールから1-クロロブタンを得るためには、アルコールを濃塩酸HClと触媒の混合物とともに、数時間加熱する必要があります。

 

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.17  第一級アルコールと塩酸HClの反応

 

いずれの反応も、反応の第一段階は、アルコールのプロトン化です。アルコールをプロトン化することによって、アルキルオキソニウムイオンROH2+ が生成し、分子内に水H2Oの構造ができるので、これがハロゲン化物イオンと置換しやすくなるのです。また、第二級アルコールの反応速度は、第三級アルコールと第一級アルコールの中間ぐらいです。このようにアルコールとハロゲン化水素の反応は、アルコールの級数によって反応性が異なるため、反応速度を比較することによって、アルコールの級数の違いを識別することもできます。

 

(ii)アルコールの酸化反応

 アルコールは、過マンガン酸カリウムKMnO4水溶液や二クロム酸カリウムK2Cr2O7水溶液によって、炭素骨格を壊さないように酸化することができます。この場合、アルコールの級数によって、変化の流れが異なります。そこで、これらの酸化反応によって、アルコールの級数を判断することができるのです。例えば、第一級アルコールからはアルデヒドが得られ、これをさらに酸化するとカルボン酸になります。第二級アルコールからはケトンが生成します。第三級アルコールは、ヒドロキシ基(-OH)のある炭素上に酸化を受ける水素を持たないので、このタイプの酸化反応は起こりません。

 

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.18  アルコールの酸化反応

 

(4)エーテルの性質

「エーテル(ether)」とは、1つの酸素原子に有機基が2つ結合した化合物全般の総称であり、一般的に「ROR’」の化学式で表されます。有機基がアルキル基(-R)の場合は、不飽和度が0であり、対応するアルコールは、エーテルの構造異性体になります。RR’は同じか、または異なる種類の有機基でもよく、2つの有機基をアルファベット順に並べたあとに、「エーテル」という言葉を続けて命名します。

 

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.19  様々なエーテル

 

エーテルは、一般的に特有の芳香を持った無色の化合物です。その沸点は、対応するアルコールに比べると低く、むしろエーテルの酸素原子を-CH2-で置き換えた形の炭化水素の沸点に近いです。エーテルの沸点が対応するアルコールより低い理由は、エーテルがアルコールのように分子間で水素結合を形成することができないからです。

また、エーテルは比較的不活性な化合物であり、一般的に酸や塩基、酸化剤や還元剤とも反応しません。金属ナトリウムとも反応しないので、異性体であるアルコールと明確に区別できます。さらに、エーテルは全般的に反応不活性であるのと同時に、たいていの有機化合物を溶解し、水とは混ざらない性質があるので、有機反応用の優れた溶媒として使用されます。

 

.4  エーテルの物理的性質

名称

化学式

融点

沸点

水への溶解性

(g/100 g, 20)

ジメチルエーテル

CH3OCH3

-141.5

-23.6

7.1

ジエチルエーテル

CH3CH2OCH2CH3

-116

25

7.5

 

混合物から有機化合物を抽出するのに、エーテルを溶媒として用いることが多く、その中でもジエチルエーテルC2H5OC2H5が最もよく使われています。ジエチルエーテルC2H5OC2H5は、低沸点(b.p.25)で揮発性が大きいので、有機化合物をエーテルに溶かして単離し、そのあとにエーテルを除去することで、目的の有機化合物だけを取り出すことができるのです。単に「エーテル」というときは、このジエチルエーテルC2H5OC2H5を指す場合が多いです。の図.20に、有機化合物の抽出に用いる「分液ろうと」を示します。分液ろうとは、下線部にコックが、上部に栓が付いた球状のろうとです。図.20では、分液ろうと内の溶液が二層に分離していますが、上部にあるのがエーテル層、下部にあるのが水層です。エーテルの密度0.713 g/mLで、水よりも軽いので、二層に分かれたときに上部にくるのがエーテル層です。水層の液を取り出したい場合は、下部のコックを回し、二層の境界面がコックの位置に来たところで、コックを閉じるようにします。エーテル層の液を取り出したい場合は、栓を取って、上口から別の容器に移すようにします。

 

.20  抽出に用いる分液ろうと

 

しかし、ジエチルエーテルC2H5OC2H5には、麻酔性や引火性があるため、取り扱いには十分な注意が必要とされます。エーテルに麻酔効果があるのを19世紀初頭に発見したのは、電磁気学の分野への貢献で有名なマイケル・ファラデーです。それまでの外科手術といえば、手術前にウィスキーやブランデーなどの度数の強いアルコール飲料を患者に大量に飲ませ、意識が朦朧としたところでやるというような殺伐としたものでした。患者は麻酔薬なしで、脚の切断手術や胆石の除去手術に耐えなければなりませんでした。しかし、いくらアルコール飲料をがぶ飲みしたところで、患者は自分の脚がのこぎりで切断されるのを感じていたでしょう。外科手術とは、「計算された暴力」だったのです。13世紀のある医師は、アヘンやドクニンジン、マンドラゴラなどを調合して、「泡立つカクテル」を作りました。これを投与すると、「患者は深い眠りに陥り、メスを入れても、まるで死んでいるように何も感じなくなる」と彼は主張しています――恐らく、本当に患者は死んでいたのでしょう。ともかく、エーテルの登場は、外科手術の痛みに耐えかねていた患者にとって福音でした。麻酔薬の登場によって、患者は外科手術の苦悶から解放されたのですから。高い治療指数と低価格、確実な麻酔維持能という特徴から、発展途上国では現在でも、エーテルが麻酔薬として好んで使われています。先進国では、電子機器や電気メスから出るわずかな静電気でも火が点いてしまうほどの引火性の強さから、エーテルを麻酔薬として使うことはほとんどありません。しかし、引火性の部分を除けば、現在でも麻酔維持にはエーテルが最も優れているといえます。

 

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.21  ファラデーは、電磁気学の分野への貢献で知られるが、化学者としてはベンゼンを発見するなど、化学への業績も多い

 

また、かつて禁酒運動によって、酒類の販売が打撃を受けていたころ、エーテルをアルコールの代わりに飲むことが、ヨーロッパの人々に流行していました。エーテルは体温で蒸発するので、この揮発性が劇的に効果を促進します。19世紀の医学雑誌編集者アーネスト・ハートは、「エーテル飲用の直接的効果はアルコールによるものに近いが、すべてが速く進行する。興奮、心的混乱、筋肉のコントロール喪失、意識喪失が短時間に連続して起こるため、各段階が明瞭に区別できないほどだ」と書いています。酩酊からの回復も早いです。路上でエーテルを飲んで警官に捕まっても、交番に着く頃には完全に醒めていることが多いし、二日酔いになることもありません。エーテルは工業的に大量生産されていたため、非常に安く手に入り、すぐに効果を発揮することから、最貧民層の人々にさえ、1日に何度も酔うことができたのです。エーテルの飲用習慣があまりにも当たり前になっていたため、町の商店主がおつかいに来た子供たちに、お駄賃の代わりに少量のエーテルを与えたりするほどでした。子供たちが登校すると、教師は子供たちの息を嗅いで、エーテルを飲んでいないか確かめていたといいます。

しかしながら、エーテルにはアルコールの数倍の経口毒性があります。エーテルの飲用は、1891年にイギリス政府がエーテルを毒物に指定し、販売と所持を厳しく取り取り締まって、その流通と使用を大きく制限するまで続きました。エーテルは安価で効き目が速く、二日酔いもありません。人気が出たのも頷けます。しかし、早速どこかでエーテルを手に入れようとお考えの方には、エーテルの欠点もお知らせしておいた方がいいでしょう。まず、臭いと味が酷いです。胃にエーテルが流れていくまでに、焼けるような感覚があります。加えて、真夏のセントバーナード並みによだれが垂れます。そして、半端ではないゲップとおならが出ます。ただのゲップやおならではありません。そこには、可燃性の気化エーテルがたっぷりと混じっています。もしあなたがエーテルを飲んでいる横でタバコを吸っている人がいたら、どうなるかお分かりでしょうか?口や肛門に大火傷というのは、当時ありふれた災難でした。

エーテルは、すでに中世の頃から知られていたらしく、古くから神秘的な化合物として取り扱われてきました。「甘緑礬油(かんりょくばんゆ)」などと呼ばれていたのは、緑礬(硫酸鉄FeSO4)とアルコールを乾留することによって、エーテルを調整する方法があったからです。13世紀ごろの化学書(錬金術の本)には、緑FeSO4を乾留して硫H2SO4を作り出す方法が書いてあり、そのため硫酸H2SO4が「礬油」と呼ばれたことが知られています。現在でも、実験室ではエタノールC2H5OHと濃硫酸H2SO4との反応で合成されています。130140℃に熱した濃硫酸H2SO4にエタノールC2H5OHを加えると、ジエチルエーテルC2H5OC2H5が得られます。

 

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.22  エタノールC2H5OHを用いたジエチルエーテルC2H5OC2H5の合成反応

 

エタノールC2H5OHは、濃硫酸H2SO4により脱水されて、エチレンC2H4あるいはジエチルエーテルC2H5OC2H5になりますが、それぞれを与える反応条件は異なっています。比較的低温では「分子間脱水」が起こり、比較的高温では「分子内脱水」が起こるのです。また、この反応は、他のエーテル合成にも適用できます。この反応は、第一級アルコールROHから「対象型エーテルRORを合成する一般的な方法なのです。

 

2ROH → ROR + H2O

 

 (5)アルコールの合成と利用

炭素数が4までの低級アルコールは、多量に工業生産されており、それ自体で広い用途を持つ一方で、重要な化学製品の製造原料にもなっています。

 

(i)メタノール CH3OH

メタノールCH3OHは、「メチルアルコール」または「木精」とも呼ばれており、最も簡単な構造の脂肪族アルコールです。木精という名は、木材を乾留した際に生じる「木酢」の蒸留から得られていたので、この名があります。メタノールCH3OHは、木材からの煙にも存在し、ワインにも微量含まれていて、その芳香のもとになっています。

メタノールCH3OHは、水と任意の割合で溶け合う無色の液体で、工業的には酸化亜鉛ZnOを主体とする触媒を用いて、一酸化炭素COと水素H2から合成されています。メタノールCH3OH重要な化学品であり、世界のメタノールCH3OH製造量は、年間でおよそ1,100tにも達しています。そのほとんどは、ホルムアルデヒドHCHOなど化学薬品の製造原料として使用されますが、その他に溶媒や燃料としての用途もあります。

 

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.23  工業的なメタノールCH3OHの合成反応

 

また、メタノールCH3OHを飲むと初めは酔いますが、これには間接的な毒性があります。その毒性は、体内の「アルコールデヒドロゲナーゼ」によって、メタノールCH3OHがホルムアルデヒドHCHOに代謝され、さらに「ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ」によって、ホルムアルデヒドHCHOがギ酸HCOOHに代謝されることが主原因です。致死量については様々な報告があり、個人差が大きいと考えられますが、メタノールCH3OHはエタノールC2H5OH10倍以上の強い毒性があります。第二次世界大戦後の混乱期に、メタノールCH3OHを含む工業用アルコールで嵩増しした粗悪な密造酒「カストリ酒」が闇市で出回り、これを飲んだ人の一部が失明したり、命を落としたりといった事件がありました。失明者が多く出たことから、別名の「メチルアルコール」にちなんで、当時は「目散るアルコール」と揶揄されたりしていました。成人がメタノールCH3OH820 g飲用すると失明し、30100 g飲用すると死亡するといわれています。メタノールCH3OHが代謝されて生成するホルムアルデヒドHCHOやギ酸HCOOHが、網膜のガングリオン細胞を攻撃して視神経を冒し、強い毒性を現すのです。また、ギ酸HCOOHは酸性を示すので、体内で体液のpHを下げる(代謝性アシドーシス)作用があり、これも毒作用の原因になります。日本では、メタノールCH3OHは劇物の扱いであり、購入時の毒劇物譲受書への署名捺印を義務付けられています。

 

.24  闇市で出回った粗悪な密造酒「カストリ酒」の多くは、材料と製法が不明だった

 

(ii)エタノールC2H5OH

エタノールC2H5OHは、「エチルアルコール」とも呼ばれ、単に「アルコール」といえば、エタノールC2H5OHを指す場合が多いです。無色の液体で、水と任意の割合で溶け合います。エタノールC2H5OHを現在のように「酒の精」あるいは「生命の水」として取り扱ったのは、中世の古い医学の殻を破り、「近代医学の父」と呼ばれたパラケルススでした。パラケルススは、錬金術で得た化学の知識を医学に導入し、酸化鉄や水銀などの金属を初めて医薬品に採用したことで知られます。この頃には、ワインは恐らく不完全な形ではあったにせよ、すでに蒸留され、医薬として用いられていたと思われます。昔、ペストの流行に際して、蒸留されたワイン(ブランデー)が、効力を発揮したという記録もあります。

 

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.25  パラケルススは、16世紀に活躍した化学者で、悪魔使いであったという伝承もある

 

エタノールC2H5OHは、ショ糖(スクロース)C12H22O11を生成するときに得られる「廃糖蜜」を発酵させて製造します。穀物デンプンやイモ類、米などからも、同じ発酵法でエタノールC2H5OHを製造することができ、これらを「穀物アルコール」と呼んでいます。また、このように微生物によって糖がアルコールに変換される過程を、「アルコール発酵(ethanol fermentation)」といいます。

 

C12H22O11 + H2O (イースト菌) 4C2H5OH + 4CO2

 

エタノールC2H5OHは、発酵法以外にも、酸触媒水和反応によって、エチレンC2H4から製造されています。濃硫酸H2SO4などの酸触媒を用いて、エチレンC2H4から製造されているエタノールC2H5OHの年間生産量は、なんと100tにも達しています。工業用の高純度のエタノールC2H5OHは、酒類の製造に転用される可能性があります。そこで、酒類に転用できないように、わざと毒性の強いメタノーCH3OHやベンゼンC6H6どを添加しています。そうすると、酒税の課税対象とならず、工業用のエタノールC2H5OHは安価になるのです。しかしながら、第二次世界大戦後の混乱期には、安価な工業用アルコールを密造酒に転用していたため、メタノール中毒がしばしば起きていました。

 

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.26  エチレンC2H4を用いたエタノールC2H5OHの合成反応

 

市販のアルコールは、エタノールC2H5OH96%と水H2O6%からなる定沸点混合物(b.p.78.15)です。そのため、単純な蒸留だけでは、エタノールC2H5OH濃度を、これ以上高めることはできません。残りの水分を除去して、純度が100%エタノールC2H5OHを製造するためには、生石灰CaOなどの乾燥剤を加えます。生石灰CaOは、エタノールC2H5OHとは反応しませんが、水H2Oと反応して水酸化カルシウムCa(OH)2になり、結果的に水H2Oを除去することができるのです。生石灰CaOで乾燥させたエタノールC2H5OHを蒸留で精製すれば、水H2Oを含まない100%の無水エタノールC2H5OHが得られます。

 

CaO + H2O  Ca(OH)2

 

エタノールC2H5OHが酒類の中に含まれていることは、古くから知られていました。人類はエジプト文明の時代から、果汁やハチミツを原料にして、酒を造っていました。世界中の民族に酒があり、日本酒やビール、焼酎、ウィスキー、ワイン、コニャック、テキーラ、泡盛、紹興酒など、酒の種類は大変に多いです。エタノールC2H5OHの含量は、ビールでは46%、日本酒やワインでは1317%、蒸留酒であるウィスキーや焼酎では2550%ほどです。また、「スピリタス」というポーランドを原産地とするウォッカには、エタノールC2H5OH9596%も含まれています。これは、70回以上もの蒸留を繰り返すことで、極限までアルコール度数を高めた蒸留酒です。現地ポーランドでは、スピリタスをそのまま飲む習慣はなく、カクテルのベースにしたり、家庭用消毒薬として使用したりするようです。

 

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.27  スピリタスは、アルコール度数が世界最高の酒として知られている

 

ワインはブドウから作られますが、ブドウは初めからアルコールを含んでいる訳ではありません。発酵によってアルコールを作り出すのです。まず、完全に熟したブドウを潰し、果柄を除き、発酵槽に入れて保存します。このブドウ汁は、ブドウの果皮に付着していた酵母菌の働きでワインになります。発酵の間に、果皮から色素(アントシアニン)が溶け出してきて、赤ワインができあがります。果皮を取り除き、果汁だけを絞って発酵させれば、白ワインができます。赤ワインは25℃の高めの温度で710日間、白ワインは15℃のやや低めの温度で23週間ほど発酵させます。澱(おり)を取り除いて酒樽に入れ、13年間は保存します。そうすると、私たちが普段飲んでいるワインができあがります。

 

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.28  ワインは、極めて歴史の古い酒の一つであり、紀元前8,000年頃の新石器時代に醸造が始まったとされる

 

ビールの場合では、発芽させた麦芽を焙って乾燥させ、粉砕し、水を加えて発酵させます。この過程で、麦のデンプンが麦芽の酵素で糖化します。さらに、苦味と香気のためにホップの雌花を加え、ビール酵母を加えて発酵させます。510℃で710日ほど「主発酵」させると、糖分の多くがアルコールに変わります。主発酵が終わった若ビールは、0℃付近の低温で13カ月かけて「後発酵」させ、若ビールの未熟な香りを消して香味を整えます。この間に生成した二酸化炭素CO2は、ビールの中に溶け込み、おいしいビールができあがります。

また、1940年に東京都上野のビアホールで、「ビールに泡があるのは不当」だとして、ビアホールが訴えられたことがありました。警察が「生ビールの仕入れ量より売り上げた量の方が異常に多い」として、法令違反の疑いから検察が起訴したのです。しかし、裁判で酒学の権威といわれた坂口謹一郎が、「ビールの泡はビールよりもアルコール濃度が高い」と証明したことから、1944年に「ビールの泡もビールと認める」という判決がなされました。戦時中に一体何をやっているんだと言いたくなりますが、まだビールが高価な時代のエピソードです。

 

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.29  ビールの歴史は古く、紀元前4,000年頃にメソポタミア文明のシュメール人により作られていたものが最古とされる

 

さて、日本酒では、米が原料となります。コウジカビの働きで、米デンプンが徐々に糖化されます。この過程を、「麹作り」といいます。ここまでは、甘酒作りと同じです。この麹を米と混ぜ、水を加え、酒母といわれる「(もと)」、つまり日本酒酵母を加えて発酵させます。こうしてできるのが「醪(もろみ)」で、普通は25日くらいかかります。そして、その醪を搾ると、新酒ができます。日本酒を作るためには、このように米に含まれるデンプンを糖化するコウジカビと、生成する糖をアルコール発酵する酵母を同時に働かせなければならず、非常に高度な技術を必要とします。私たちの先祖が、実に上手くこのような微生物の働きを観察し、昔から利用していたことには、大変驚かされます。

 

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.30  日本酒は、ワインと異なり原料に糖分を含まないため、糖化という過程が必要になる

 

ワインもビールも日本酒も、すべて酵母の働きで糖をアルコールに変えていることに違いはありません。原料や方法、それに酵母の種類が少しずつ違うだけです。酵母は、菌類の中でも「サッカロミセス」に属し、いずれも様々な炭水化物を発酵させる能力を持ちます。ワイン酵母は「サッカロミセス・セレヴィシエ」の変種である「サッカロミセス・エリプソイディウス」、ビール酵母は「サッカロミセス・セレヴィシエ」、日本酒酵母は「サッカロミセス・サケ」のように、生化学的な性質の違いから分類されています。

ところで、かのディオスコリデスもいっている「アルコールによる酩酊」とは、一体何でしょうか?なぜお酒は、人を酔わせるのでしょうか?経口より摂取されたエタノールC2H5OHは、主に胃と小腸で吸収され、血管に入ります。そして、エタノールC2H5OHは中枢神経系を麻痺させ、脳内の神経伝達物質に作用します。酔い初めは、「β -エンドルフィン」という快楽物質が脳内に放出されるため、不安感が取り除かれ、高揚感が得られます。これが、「ほろ酔い」と呼ばれる状態です。適量のエタノールC2H5OHは、血行を良くし、精神をリラックスさせる効果があります。また、エタノールC2H5OHは、体内の反応に利用されて、エネルギー源にもなります。1 gでだいたい 7.1 kcalの燃焼エネルギーを発生しますが、人体での利用率はせいぜい6070%程度といわれているので、実際のところは5 kcalぐらいです。そして、エタノールC2H5OHは体内で代謝されると、最終的に二酸化炭素CO2と水H2Oなります。

 

C2H5OH() + 3O2() = 2CO2() + 3H2O() + 7.1 kcal

 

しかし、飲み方次第では、お酒も毒になることがあります。エタノールC2H5OHの量が増すと、理性や判断力の低下が目立つようになり、立ったり歩いたりが上手くできなくなります。さらに飲み過ぎると、意識喪失や呼吸困難に陥り、最悪の場合死亡することもあります。また、中毒性や依存性が強いことも、お酒の負の側面といえるでしょう。

エタノールC2H5OHが体内で分解される途中で産出するアセトアルデヒドCH3CHOにも、強い毒性があります。本来、アセトアルデヒドCH3CHOは、「アセトアルデヒドデヒドロゲナーゼ(アセトアルデヒド脱水素酵素)」の働きによって、直ちに無害な酢酸CH3COOHに変わり、さらに二酸化炭素CO2と水H2Oに分解されます。しかし、お酒を飲み過ぎて、アセトアルデヒドCH3CHOの分解が間に合わなくなると、とんでもない悪酔い状態が出現します。アセトアルデヒドCH3CHOの作用で、吐き気、頭痛、動悸、寒気などが現れるのです。これが、いわゆる「二日酔い」の状態です。「酒を嫌いにする薬」として知られる「アンタビュース(ジスルフィラム)」は、まさにこのアセトアルデヒドデヒドロゲナーゼの働きを阻害してしまう薬です。アンタビュースは、1954年にアメリカ食品医薬品局(FDA)の認可を受けたアルコール依存症治療薬で、この薬を飲んだあとにアルコールを摂取すると、血中のアセトアルデヒドCH3CHO濃度が上昇し、気分が悪くなります。ただし、この薬はアルコールへの渇望を抑える訳ではないので、アルコール依存症患者を注意深く監視できる環境でのみ有効です。日本人は、このアセトアルデヒドCH3CHOを分解する能力が遺伝的に弱いといわれており、日本人の約44%は、アセトアルデヒドCH3CHOを分解する酵素の活性が弱いか、欠けているといわれています。

 

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.31  アンタビュースは、アルデヒドデヒドロゲナーゼを阻害する代表的な物質として知られる

 

また、飲み会が終わったあとに、締めとして食べたくなるのがラーメンですが、この現象にも科学的な理由があります。アルコールの分解には、大量の血糖が使われるので、アルコールを大量に飲むと、血糖値が低くなります。さらに、アルコールには利尿作用があるため、体中の水分が失われてしまいます。それ故に、飲み会のあとには、「汁気のある高カロリーの炭水化物」が食べたくなり、その条件を満たすのがラーメンであるという訳です。


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・参考文献

1) 卜部吉庸「化学の新研究」三省堂(2013年発行)

2) ジョーシュワルツ「シュワルツ博士の化学はこんなに面白い」主婦の友社(2002年発行)

3) 竹内薫/丸山篤史(執筆協力)「まだ誰も解けていない科学の未解決問題」中経出版(2014年発行)

4) 独立行政法人 酒類総合研究所「うまい酒の科学」ソフトバンククリエイティブ(2007年発行)

5) David J.Linden/岩坂彰訳「報酬回路なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか」河出書房新社(2012年発行)

6) トレヴァー・ノートン「世にも奇妙な人体実験の歴史」文藝春秋(2012年発行)

8) H.ハート/L.E.クレーン/D.J.ハート 共著「ハート基礎有機化学」培風館(1986年発行)

9) 船山信次「こわくない有機化合物超入門」技術評論社(2014年発行)

10) Peter W. Atkins/千原秀昭・稲葉章訳「分子と人間」東京化学同人(1993年発行)

11) メートランド・ジョーンズ「ジョーンズ有機化学()」東京化学同人(2000年発行)

12) 山崎幹夫「新化学読本-化ける、変わるを学ぶ」白日社(2005年発行)