・化学結合


(1)化学結合とは何か?

1916年にアメリカの物理化学者であるギルバート・ルイスは、現在でも使われている化学結合(chemical bond)の理論を提案しました。

ルイスは、希ガスであるヘリウムHeが原子核の周囲に2個の電子だけを持ち、それに次ぐ希ガスのネオンNe10個の電子を持つことに気付いたのです。これらの希ガスの原子は、他の原子と結合しないので、非常に安定な電子構造を持つに違いないとルイスは予想しました。

さらに、ルイスは、希ガス以外の原子はこのような安定な電子配置を獲得するように反応するということを示唆しました。この理論は、後の化学結合の研究の基礎となり、また着想を与えることになったのです。

希ガスの電子配置は閉殻構造と呼ばれ、電子殻に電子が最大限収容された電子配置になっています。希ガスの原子は、最外殻が閉殻構造になっているので安定です。なぜ閉殻構造が安定なのかというと、閉殻は電子間の反発が最も上手く避けられた、バランスのいい電子配置だからです。

17族元素の電子親和力が大きいのは、電子を受け取ることで閉殻構造を獲得できるからであり、また1族元素のイオン化エネルギーが小さいのも、電子を放出することで閉殻構造を獲得できるからです。つまり、化学結合とは、原子が安定を求めて閉殻構造を獲得するような反応であり、このような理由から、原子は分子や結晶などを作って存在しているのです。

しかし、化学結合とは「どのような力」で形成されているのでしょうか?原子は絶対零度でない限り、温度に比例する運動エネルギーを持っているので、無差別に拡散していきます。原子と原子が化学結合をするためには、何らかの引力が作用していなければなりません。

現在、自然界で存在している力は4種類あって、それは「万有引力」と「クーロン力」「強い力」「弱い力」です。この中で、強い力と弱い力は、極めて距離が近い物体同士に作用するもので、原子核内部で素粒子が相互作用するときなどに働く力です。したがって、原子と原子の間のように比較的遠い距離で働く力としては、万有引力かクーロン力のどちらかが考えられます。どちらの寄与が化学結合に効いているのか、次の図.1で示す、簡単な水素分子モデルを使って計算してみましょう。

 

a.png

.1  水素分子モデル

※水素原子の直径は0.106 nm(1.06×10-10 m)、水素原子核の直径は2.40 fm(2.4×10-15 m)

 

(i)化学結合における万有引力の寄与

 万有引力(universal gravitation)は、質量のある物体に働く普遍的な力なので、水素分子を作るときに働く力として、「原子核と原子核に働く力」と「原子核と電子に働く力」「電子と電子に働く力」の3種類が考えられます。しかし、電子の質量は、陽子や中性子の質量の1/1840と原子核の質量に比べて極めて小さいので、化学結合を作る万有引力は、実質「原子核と原子核に働く力」でほとんど決まってしまいます。Gを万有引力定数、Mamcを原子核の質量、rを距離とすると、万有引力は次のようになります。

 

無題.png

 

(ii)化学結合におけるクーロン力の寄与

クーロン力(coulomb force)は、荷電粒子間に働く反発、または引き合う力のことです。粒子の電荷が同符号なら斥力になり、異符号なら引力になります。つまり、「原子核と原子核に働く力」および「電子と電子に働く力」は斥力で、「原子核と電子に働く力」が引力になります。kをクーロン定数、qを電気量、rを距離とすると、クーロン力は次のようになります。

 

無題.png

 

以上の(i)および(ii)の計算から、クーロン力>>万有引力という結果になりました。原子間に働く万有引力は、クーロン力による相互作用に比べて桁外れに小さいのです。これらの結果から、化学結合における主な寄与は、クーロン力であるという結論を導き出すことができます。

 

(2)共有結合と配位結合

希ガス以外の原子は、単一の存在だと不安定なので、化学結合によって安定化しようとします。共有結合(covalent bond)とは、原子同士が1対、またはそれ以上の数の電子対を互いに共有することで形成されるのです。このように結合することで、原子は希ガスの電子配置を獲得し、安定した存在になることができます。

また、多くの原子は、希ガスの電子配置を獲得するときに最外殻電子を8個にするので、これをオクテット則(octet rule)と呼ぶこともあります。ただし、このオクテット則は第2周期までの元素にしか適用することができず、第3周期からはリンPのように最外殻を10電子にする元素もあるので、化学における普遍的な法則であるという訳ではありません。しかしながら、多くの有機化合物に適用できるという点で、便利な法則ではあります。

共有結合は、化学結合の中でも最も強固な結合であり、原子は共有結合を形成して安定化するときに大きなエネルギーを放出します。しかし、逆に言えば、これは共有結合を開裂するときに、それと同量の大きなエネルギーが必要だということです。

例えば、1 molの水素分子H-Hを開裂するためには435 kJのエネルギーが必要であり、これは1 Lの水を0℃から100℃まで熱するのと、ほぼ同等のエネルギーです。たった2 gの水素分子H2を開裂するだけで、これだけのエネルギーが必要になるのです。

特に、気体状分子内の2原子間の結合1 mol分を開裂して、ばらばらの原子にするのに必要なエネルギーを結合エネルギー(bond energy)といい、共有結合ごとに異なる値があります。

 

.1  主な共有結合の結合エネルギー

無題.png

 

共有結合がこのように極めて大きい結合エネルギーを持つ理由は、オクテット則を満足して、安定な電子配置を獲得できるという理由だけではありません。

単一原子では、価電子が1個の原子核によってのみ引き付けられるのに対し、共有結合では、共有電子対が両方の原子核によって引き付けられています。共有電子対は、両方の原子核の間に入って原子核を自分の方へ引き付けようとするから、あるいは、この共有電子対を両方の原子核が引き付けようとするから、原子間に全体として引力が生じるのです。

しかし、共有結合をする分子内には、他にこの電子対と原子核間に働く引力を相殺する力も作用しています。そのような力には、同種の電荷を持った2個の原子核間の斥力があり、また同種の電荷を持った2個の電子間の斥力もあります。

これらの引力と斥力との間には、平衡が保たれているので、原子は互いに離れ去ることも、融合してしまうこともないのです。したがって、共有結合をする2原子は、結合されたまま結合距離と呼ばれる、一定範囲の平衡距離の中で振動しています。結合距離は、共有結合ごとに異なる値をとり、一般的にその結合が強固なほど、結合距離は小さくなります。

また、共有結合は、価電子が両方の原子核に均等に相互作用することで引力を働かせるので、電気陰性度の差が小さい原子の間でしか形成されません。具体的には、電気陰性度の差が2.0より小さい原子間の結合が共有結合とされています。

また、共有結合と同類の結合として、配位結合(coordinate bond)があります。これは、一方の原子が非共有電子対を他方の空軌道に提供して、それを互いに共有することで生じる結合のことです。配位結合は、結合の形成方法が違うだけで、結合の性質としては、共有結合と全く同じ化学結合です。

 

a.png

.2  共有結合と配位結合は同種の結合である

 

(3)イオン結合

共有結合は、電気陰性度の差が小さい原子間で形成される化学結合です。しかし、現実にはそのような化学結合の他に、例えば塩化ナトリウムNaClのように、電気陰性度の差が大きい原子間の化学結合も存在します。

このように、電気陰性度の差が大きい原子間で結合を形成する場合、その共有電子対は電気陰性度の大きい原子に強く引き付けられることになり、極端な場合では、イオン化した状態で結合を作ることになります。このように、電気陰性度の差が大きい原子間の結合をイオン結合(ionic bond)といい、具体的には、電気陰性度の差が2.0より大きい原子間の結合がイオン結合とされています。

 

a.png

.3  ポーリングの電気陰性度(画像はこちらからお借りしました)

 

イオン結合の経験則として、金属元素は電気陰性度が小さく陽性で、ハロゲンなどの非金属元素は電気陰性度が大きく陰性なので、「イオン結合は、主に金属と非金属元素間の結合である」と言われることがあります。

ただし、例外も多くあり、塩化アンモニウムNH4Clのように非金属元素だけでできているのに、その構造中にイオン結合を含んでいたり、ヨウ化銀AgIのように共有結合性の強いイオン結合も存在したりするということを、念頭に入れておかなければなりません。

イオン結合性の物質は、水に溶解させると陽イオンと陰イオンに電離しますが、ヨウ化銀AgIのように共有結合性が強いと、電離しにくく、水に溶けずに沈殿となることがあります。

 

a.png

.4  塩化ナトリウムNaClのイオン結合

 

イオン結合は図.4で示すように、共有電子対は電気陰性度の大きい原子にほぼ完全に奪われ、その結合は陽イオンと陰イオンのクーロン力により形成されることになります。このため、イオン結合は、陽イオンと陰イオンが交互に並んだ結晶を作ることになり、共有結合のように分子を作ることはありません。

 

(4)金属結合

化学結合の中でも、空軌道を多く持ち、イオン化エネルギーの小さい原子同士が結合すると、若干特殊な結合になります。イオン化エネルギーとは、電子を1個取り去って、1価の陽イオンにするのに必要な最小のエネルギーのことです。つまり、イオン化エネルギーが小さいということは、容易に電子を放出できるということです。次の図.5に、ナトリウムNaの結合を示します。

 

a.png

.5  ナトリウムNaの金属結合

 

ナトリウムNaはイオン化エネルギーが小さいので、2原子間で結合をしても、容易に共有電子対を放出することができます。また、ナトリウムNa1族元素で、価電子が1個なので、結合に利用できる空軌道が多く存在しています。したがって、ナトリウムNa同士が結合すると、原子間の共有電子対は原子間に束縛されることはなく、図.5で示すような共有電子対の移動が容易に発生するのです。このような結合を特に金属結合(metallic bond)といい、金属結合に見られるような多原子間を自由に動き回る電子を自由電子(free electron)といいます。

空軌道を多く持ち、イオン化エネルギーの小さい原子は、そのほとんどが金属元素です。したがって、金属結合は主に金属元素間で見られる結合ということができます。

一方で、逆に空軌道を持たず、イオン化エネルギーの大きい原子が結合した様子を示したのが、次の図.6です。塩素Cl2のように空軌道を持たず、イオン化エネルギーの大きい元素の場合、共有電子対は自由電子のように振る舞うことはできず、その共有電子対は2原子間に固定されます。この結合こそが共有結合であり、誤解を恐れずにいうなら、金属結合は共有結合における特殊な場合の化学結合と考えられます。

 

a.png

.6  塩素Cl2の共有結合

 

(5)化学結合のまとめ

化学結合には、共有結合とイオン結合、金属結合があり、その本質は、化学結合をすることによって希ガスの電子配置を獲得し、安定化することです。また、その化学結合の分類は、電気陰性度などを中心にして考えることができ、これらをまとめると、次の表.2のようになります。

 

.2  化学結合のまとめ

無題.png

 

まず、これらの結合のすべてが、クーロン力により形成されているということを、念頭に入れておかなければなりません。

また、共有結合とイオン結合は、一般的に電気陰性度の差から分けることができますが、それは極端な例に限り、例えば、フッ化水素HFの電気陰性度の差は1.8と微妙な数値になります。この場合、完全な共有結合ということにはならず、イオン結合性の強い共有結合ということになります。つまり、共有結合とイオン結合は、連続的な化学結合であり、その極限が共有結合またはイオン結合なのです。完全な共有結合というのは、水素H2や窒素N2のような単体で、電気陰性度の差が0の結合に限定されます。また、完全なイオン結合というのは、電気陰性度の差が4.0の結合であり、そもそも完全なイオン結合というものは、存在しないということが分かります。つまり、イオン結合の物質は、いずれも少なからず共有結合性を持っているということになるのです。

また、一般的にその粒子間の結合の強度は、次のようになります。

 

共有結合>イオン結合・金属結合>>水素結合>ファンデルワールス力>>万有引力

 

天体などの極めて質量の大きい物体を扱う物理学では、万有引力が効いてきますが、化学の世界で万有引力が影響を及ぼすことは、まずありません。化学の対象となる「粒子」は、それだけ質量が小さいのです。

また、粒子間の結合では、共有結合が最も強固な結合で、融点も共有結合結晶であるダイヤモンドが、3,550℃と全元素の中で最も高い融点になります。ただし、イオン結合と金属結合も強固な結合なので、その結晶の融点は、一般的に高い値になります。金属元素の中で最も融点が高いタングステンWは、3,380℃とダイヤモンドに匹敵する融点です。

また、共有結合をしていても、ファンデルワールス力により結晶を作る物質や、分子となって結晶を作らない物質は、一般的に融点が小さくなる傾向にあります。

 

(6)分極した共有結合

共有結合は、電気陰性度の差が小さい原子間の化学結合ですが、その中でも、電気陰性度の差が大きい共有結合は、その結合にいくらかのイオン結合性を持つことになります。このような結合の場合には、共有電子対は2原子間に均等に共有されることはありません。このような共有結合は、「分極(polarization)した共有結合」、または「極性(polarity)がある共有結合」などと呼ばれ、結合している原子は、部分的に正または負の電荷を帯びるのです。

塩化水素HClは、分極した共有結合を持つ分子の一例です。塩素原子Clは、水素原子Hよりも電気陰性度が大きく、その差は1.0あり、イオン結合性を持った共有結合ということができます。つまり、塩化水素HClの持つイオン結合性とは、共有電子対が塩素原子Clの方へ引き付けられ、塩素Clが水素Hに比べて多少の負電荷を帯びることによります。このような部分電荷は、一般的にδ (delta)を用いて、「δ +」あるいは「δ -」などと表現します。

 

a.png

.7  塩化水素HClの分極

 

部分電荷については、電気陰性度の差が大きいほど、共有電子対が一方の原子に偏ることになるので、その部分電荷は大きくなります。すなわち、電気陰性度の差が大きいほど、共有結合性が小さく、イオン結合性が大きくなるのです。

このような分子の極性を考えると、溶媒との親和性を予測することができるようになります。溶媒には、水H2Oのような極性溶媒(polar solvent)とベンゼンC6H6のような無極性溶媒(nonpolar solvent)があり、極性溶媒には極性の大きい溶質が、無極性溶媒には極性の小さい溶質がよく親和します。つまり、分子内の結合の極性が大きいと、水H2Oなどの極性溶媒に溶解しやすくなるのです。これは、水H2O自身が極性を持ち、極性のある物質同士で相互作用して、安定化するからです。例えば、塩化水素HClは、水中では次の図.8のように水H2Oと相互作用して、部分電荷を互いに中和することで安定化します。

 

a.png

.8  塩化水素HClと水H2O分子の相互作用

 

(7)分子とは何か?

 いくつかの原子が、共有結合によって結合した粒子のことを分子(molecule)といいます。ほとんどの原子は、現実に原子単体で存在していることはなく、同種あるいは異なる原子と共有結合により分子を形成しているのです。このように原子が集まって分子を形成する理由は、共有結合をすることによって、エネルギー的に安定な閉殻構造を獲得できるからです。

分子は、構成原子の数によって単原子分子、二原子分子・・・と呼ばれます。希ガスは、化学結合をしなくても閉殻構造をすでに持っているため、唯一単原子分子として存在しています。水素H2は二原子分子で、二酸化炭素CO2は三原子分子です。

水素分子H-Hでは、原子間が1組の共有電子対で結ばれており、このような結合を単結合(single bond)といいます。これに対して、酸素分子O=Oのように、原子間が2組の共有電子対で結ばれている結合は、二重結合(double bond)と呼ばれます。窒素分子N≡Nでは、原子間が3組の共有電子対で結ばれているので、このような結合を三重結合(triple bond)といいます。

 

.3  代表的な分子の電子式と構造式

無題.png

 

.3に、代表的な分子の電子式と構造式を示しました。酸素O2や窒素N2、二酸化炭素CO2は、多重結合を形成する分子ですが、なぜこれらの分子は多重結合をするのかと、疑問を持つ人もいるかもしれません。この理由は、それらの分子の電子式を見れば理解できます。どの電子式を見ても、1つの原子の周りには電子が8個存在していることが分かります。これは、偶然電子が8個になったのではなく、原子が自身の周囲の電子を8個にするように化学結合した結果なのです。これは、原子が最外殻電子を8個にすると、希ガスの閉殻構造を獲得して安定化するためです。

また、分子の形は、中心原子の周りの共有電子対、あるいは非共有電子対の反発をもとにして推測することができます。電子対同士は、互いにクーロン力により反発するため、分子は、各電子対が最も離れた立体構造となるのです。電子対は種類によって反発力が異なり、その関係は、次のようになります。

 

非共有電子対間の反発>非共有電子対と共有電子対間の反発>共有電子対間の反発

 

このような関係になるのは、非共有電子対間には、クーロン力による強い斥力が働くからです。共有結合を作る結合電子対は、結合原子間に束縛され、共有電子対は、原子核より離れた位置に存在することになります。しかし、非共有電子対の場合、その電子対は強く原子核に束縛されることになり、距離の2乗に反比例するクーロン力により、強い反発力が働くことになるのです。よって、結合間の角度も次のようになります。

 

非共有電子対間の角度>非共有電子対と共有電子対間の角度>共有電子対間の角度

 

a.png

.9  電子対の反発力の違い

 

これにより、メタンCH4とアンモニアNH3、水H2O分子の形は、次の図.10のように説明することができます。アンモニアNH3と水H2Oは、それぞれ窒素原子と酸素原子に非共有電子対を持っており、非共有電子対のクーロン力による強い反発の結果、共有電子対の作る共有結合の結合角が小さくなるのです。

 

a.png

.10  左からメタンCH4、アンモニアNH3、水H2O分子の形

 

また、分子全体としての電荷のかたよりを分子の極性(polarity)といい、極性のある分子を極性分子(polar molecule)、極性のない分子を無極性分子(nonpolar molecule)といいます。分子の極性は、結合の分極(polarization)によって生じますが、分子の形によっては、結合の極性が打ち消し合うことで、正電荷と負電荷の重心が一致し、分子全体としては、極性を持たない場合もあります。次の図.11に、主な分子の形と極性を示します。

 

a.png

.11  主な分子の形と極性

 

(8)分子間力

電気的には中性な分子でも、分子間にはクーロン力に起因する引力が作用しており、互いに引き合っています。このような力を分子間力(intermolecular force)といいます。

分子間力が大きな分子は、分子間を引き離すのに大きなエネルギーが必要となるため、一般的に蒸発しにくく、沸点が高くなります。このような分子間力にはいくらか種類があり、それらは、ファンデルワールス力と水素結合の2種類です。

 

(i)ファンデルワールス力

分子は電気的に中性で、全体としては電荷を持っていないので、陽イオンと陰イオン間で働くような、強いクーロン力が分子間に働くことはありません。

しかし、分子はミクロに見れば、原子核とその周囲を動き回る電子の集合体であるから、分子内で瞬間的に電子が不均等に分布することがあり、そのため、分子内にδ +δ -の部分電荷が生じます。このように分極した分子同士は、互いに反発し合うより、互いに引き合う方がエネルギー的に安定なので、分子同士は互いに弱く引き合うことになります。このようなすべての分子間で働く相互作用を、ファンデルワールス力(van der Waals force)といいます。

 

a.png

.12  ファンデルワールス力

 

ファンデルワールス力を利用している身近な例としては、ヤモリがあげられます。ヤモリの指の裏は、無数の繊毛に覆われており、その繊毛の先端も、さらに何百本ものヘラ状の毛に枝分かれしています。そのため、接触面との分子レベルの接点が非常に多くなり、ファンデルワールス力による吸着力を生じるのです。現在では、これを応用したヤモリテープなどが研究されています。

また、ファンデルワールス力には3つの規則があり、これによりファンデルワールス力の大小、すなわち沸点の高さを予想することができます。

 

(i-I)分子量が大きいほどファンデルワールス力が大きい。

ファンデルワールス力は、部分電荷によって生じるクーロン力が原因であるから、部分電荷を生じさせる電子数が多ければ多いほど、その力は大きくなるはずです。中性原子では、電子数は陽子数と等しく、陽子数が多いほど分子量も大きいので、ファンデルワールス力は分子量とともに大きくなると言うことができます。

一般的に分子量というと、質量との関係が強いので、ファンデルワールス力には万有引力が関係しているのではないかと誤解してしまいがちですが、化学結合における寄与は、飽くまでクーロン力が主役であることに注意してください。

つまり、分子量が大きいほど電子数が多くなって、ファンデルワールス力が大きくなり、分子間を引き離すのに必要なエネルギーが大きくなるため、沸点は高くなります。

 

.4  分子量による沸点の違い

無題.png

 

(i-II)枝分かれの少ない直線分子はファンデルワールス力が大きい

分子量が等しい分子同士でも、枝分かれが少なくて分子間の接近が立体的に起こりやすい分子の方が、枝分かれが多くて分子間の接近が困難な分子よりも、ファンデルワールス力が大きくなります。

つまり、分子の枝分かれが少ないほど、ファンデルワールス力が大きくなり、分子間を引き離すのに必要なエネルギーが大きくなるため、沸点は高くなります。

 

.5  分子の形による沸点の違い

無題.png

 

(i-III)極性分子は無極性分子よりもファンデルワールス力が大きい

ファンデルワールス力は、瞬間的な部分電荷によって生じるクーロン力が原因でしたが、極性分子同士が近づくと、互いにδ +δ -が向かい合うように配向する機会が多くなり、無極性分子同士に働く引力よりも強い引力が生じます。これを双極子相互作用(dipole-dipole interaction)といいます。

すなわち、極性分子では、無極性分子と違って、瞬間的に部分電荷が生じているのではなく、永久的に部分電荷が生じているので、分子間にファンデルワールス力が働きやすい状況になっているのです。そこで、極性分子同士に働く引力を双極子相互作用というのに対して、無極性分子同士に働く引力をロンドン分散力(London dispersion force)といったりします。極性分子にあっては双極子相互作用が、無極性分子にあってはロンドン分散力がファンデルワールス力の大部分を占めています。

つまり、極性分子では、双極子相互作用により分子間を引き離すのに必要なエネルギーが大きくなるため、沸点は高くなります。

 

.6  極性分子と無極性分子のファンデルワールス力による沸点の違い

無題.png

 

(ii)水素結合

 フッ素Fや酸素O、窒素Nなどの電気陰性度の大きな原子が、水素原子Hと結合する場合、水素Hとの結合間に強い極性が生じて、水素Hは正電荷を帯び、水素Hは付近の別の分子に含まれる負に帯電した原子と相互作用することになります。

そこで、フッ素F, 酸素O, 窒素NX, Yとすると、

 

a.png

.13  水素結合の様子

 

.13の「・・・」で示されるような結合を、水素結合(hydrogen bond)といいます。水素結合をすると、すぐにXH結合が切れ、新たにHY結合が形成されます。このように、2つの陰性原子X, Yは、その間に挟まれた水素Hを絶えず受け渡し合いながら、互いに引き合っています。

なぜこのように水素Hが特別な挙動をするのかというと、水素原子Hは陽イオンになると水素イオンH+ になり、その構造は陽子1個だけで構成される、特別な物質だからです。陽子のことを英語で「protonといいますが、化学で「プロトン」というと、それは一般的に水素イオンH+ のことを意味します。クーロン力は距離の2乗に反比例するため、何ら邪魔者が存在していない水素イオンH+ には、非常に強いクーロン力が生じるのです。

 電気陰性度の大きいフッ素F, 酸素O, 窒素Nと結合した水Hは、部分的には裸の水素イオンH+ に近い状態になっています。そのため、水素結合は、分子間力としては特異的な強さを持つことになり、ファンデルワールス力とは区別して考えることにしているのです。水素結合は、共有結合やイオン結合に比べると、はるかに弱い結合ですが、ファンデルワールス力よりもずっと強い結合です。そのため、水H2Oやフッ化水素HF、アンモニアNH3のように分子間で水素結合を形成しうる物質は、分子量から期待されるよりも、かなり高い沸点を持ちます。

 

a.png

.14  水素化物の沸点(画像はこちらからお借りしました)

 

ちなみに、アロンアルファなどのシアノアクリレート系の瞬間接着剤は、水H2Oの水素結合を利用して、物体同士を接着させています。シアノアクリレート系の瞬間接着剤は、使用前はモノマーの状態であり、粘性の低い状態ですが、使用時には空気中などに存在するわずかな水分によって、瞬間的に重合を開始し、ポリマーとなって硬化します。この瞬間接着剤は、分子内にシアノ基(-CN)を多数持っており、被着材との間に入り込み、被着材と水素結合をすることで、物体同士を接着させているのです。アノアクリレート系の瞬間接着剤は、金属の接着に用いられることが多いですが、一般的に金属の表面は、空気中の酸素O2により酸化されていて、酸化物の状態になっています。この酸素原子は、負の電荷を帯びているため、空気中の水分子H2Oと水素結合する結果、瞬間接着剤による強力な接着が可能になるのです。

また、このとき、瞬間接着剤が被着材の表面にある空隙に侵入硬化し、楔のような役割をするアンカー効果の寄与も考えられます。一見滑らかに見える面にも、実は小さな凸凹がたくさんあって、この凸凹に潜り込んだ接着剤が、ここで固まることによって起きるのです。木工用ボンドに用いられるポリ酢酸ビニルは、主にアンカー効果によって接着作用を示すと考えられています。

デンプン糊の接着機構にも、水素結合が関与しています。紙はセルロースでできており、多数のヒドロキシ基(-OH)を持っています。一方のデンプンにも、多数のヒドロキシ基(-OH)があるため、両者のヒドロキシ基(-OH)の間に水素結合が起きて、接着される訳です。ところが、ポリエチレンにはこのようなヒドロキシ基(-OH)がありません。そのため、ポリエチレンは、デンプン糊では接着されないのです。

 

a.png

.15  瞬間接着剤の原理

 

ところで、水素結合は塩化水素HClの塩素原子Clのように、電気陰性度は大きくとも、原子半径が大きな原子では形成されません。この理由は、原子半径が大きいと電子密度が小さくなり、水素結合における陽子1個のほとんど丸裸状態の水素原子Hと、相互作用をするのには不十分となるからです。

水素結合において、強いクーロン力を持つ水素原子Hを満足させるためには、相互作用する原子の電気陰性度が大きく、かつ電子密度も大きくなくてはならないのです。

次の表.7には、ファンデルワールス力(特にロンドン分散力)強さを1としたときの、他の分子間力の相対的な強度を示してあります。

 

.7  分子間力の相対的な強度 ※参考までにイオン結合も示してある

無題.png


戻る

 

・参考文献

1) 卜部吉庸「化学の新研究」三省堂(2013年発行)

2) 石川正明「新理系の化学()」駿台文庫(2005年発行)

3) H.ハート/L.E.クレーン/D.J.ハート 共著「ハート基礎有機化学」培風館(1986年発行)

4) 船山信次「こわくない有機化合物超入門」技術評論社(2014年発行)