・天然高分子化合物(糖類)


(1)炭水化物とは何か?

炭水化物(carbohydrate)という学術用語は、これらの化合物の分子式が、炭素Cの水和物としてのCn(H2O)mで表示できるものが多いことに由来しています。例えば、グルコースはC6H12O6の分子式を持っていますが、これはC6(H2O)6というようにも表現できます。このような分子式の表記法は、炭水化物を学ぶ上では、あまり役に立ちません。しかし、それでもこの古い名称が、未だに使われています。

現在の定義によれば、炭水化物とは、分子中にアルデヒド基(-CHO)またはケトン基(-CO-)1つと、ヒドロキシ基(-OH)を多数持つ化合物のことです。したがって、「炭水化物の化学」といえば、「ヒドロキシ基とカルボニル基を同一分子内に持つ化合物の化学」ということになります。

炭水化物は、構造によって単糖(monosaccharide)、オリゴ糖(oligosaccharide)、多糖(polysaccharide)3つに分類されます。糖類(saccharide)という言葉は、ラテン語の「saccharum()に由来し、単純な構造を持った炭水化物が、一般的に甘味を呈することが多いので、この名称があります。このように分類された3種類の炭水化物は、加水分解を中間に介して、互いに関連を持っています。

 

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.1  炭水化物の関連性

 

単糖類は、それ以上加水分解されない炭水化物のことです。多糖類は、極めて数多くの単糖単位で構成され、例外もありますが、同じ単糖単位だけで構成されているものが多いです。例えば、デンプンとセルロースは、代表的な多糖類ですが、どちらもグルコース単位だけが繋がった構造を持っています。オリゴ糖類は、一般的に220程度の単糖単位が繋がったものであり、結合している単糖単位の数によって、二糖類(disaccharide)、三糖類(trisaccharide)などと呼ばれることもあります。この場合、構成成分の単糖は、すべて同一のこともあるし、また異なることもあります。例えば、マルトースは、グルコース単位2つからなる二糖類ですが、スクロースは、グルコースとフルクトースという2つの異なる単糖が結合したものです。次の表.1に、糖類の分類とその例を示します。

 

.1  糖類の分類とその例

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(2)単糖類

(i)グルコース

単糖類には、グルコース(ブドウ糖)やフルクトース(果糖)、ガラクトースなどがあり、これらの分子式はすべてC6H12O6です。グルコースは無色の結晶で甘味があり、水によく溶けます。グルコースの名は、ギリシャ語の「glykys(甘い)に由来します。ブドウに多く含まれるため、その搾り汁に酵母を入れて、アルコール発酵させると、容易にブドウ酒となります。グルコースは、人間を含めて、動物や植物が活動するためのエネルギー源となる、重要な物質の1つです。

結晶中のグルコース分子は、炭素原子5個と酸素原子1個が、環状に結びついた6員環構造で存在し、α -グルコースとβ -グルコースの2種類の立体異性体があります。水溶液中では、この2種類の他に少量の鎖状構造の分子も存在し、3種類の異性体が平衡状態にあります。鎖状構造のグルコース分子は、アルデヒド基(-CHO)を持つために水溶液は還元性を示し、フェーリング液を還元したり、銀鏡反応を示したりします(カルボニル化合物(アルデヒドとケトン)を参照)

 

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.2  水溶液中のグルコース分子の構造変換

 

なお、糖尿病は、血糖値(血液中のグルコース濃度)が常人の数倍以上に高くなる病気ですが、これが危険となる理由は、グルコースのアルデヒド基(-CHO)にあります。すなわち、グルコースがそのアルデヒド基(-CHO)の反応性の高さのため、血管内皮のタンパク質と結合する糖化反応を起こし、体中の微小血管が徐々に破壊されていき、眼や腎臓を含む、体中の様々な臓器に重大な障害(糖尿病性神経障害・糖尿病性網膜症・糖尿病性腎症の微小血管障害)を及ぼす可能性があるからです。現在、糖尿病は、先進国において10大疾病となっており、他の国でも、その影響は増加しつつあります。2012年の全世界での糖尿病罹患率は8.3%であり、日本では5.1%です。

 

(ii)フルクトース

フルクトースは、グルコースの構造異性体で、水溶性の無色の結晶であり、すべての糖の中で最も水によく溶けます。フルクトースの名は「fruit」に基因し、果物に多く含まれています。果物以外では花に含まれ、結果としてハチミツにも存在します。フルクトースは味の良い甘味を呈し、しかもその甘味は砂糖の1.31.7倍とされ、糖類の中では、甘味が特に強いです。フルクトースが商業的に食品や飲料に使われる主な理由は、そのコストの低さと強い甘味にあるのです。

結晶中のフルクトース分子は、6員環の環状構造をしており、水溶液中では、ケトン基(-CO-)を持つ鎖状構造や5員環の環状構造と平衡状態にあります。また、よく果実は冷やすと甘味が増すといいます。その理由は、これらの構造のうち、最も甘味の強いβ -フルクトフラノースの平衡時の割合が、低温では大きく、高温では小さくなるからです。そのため、フルクトースを多く含む果実やジュースは、冷やすとより甘くなります。

 

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.3  水溶液中のフルクトース分子の構造変換

 

また、フルクトースには、鎖状型構造にアルデヒド基(-CHO)がないので、還元作用を示さないように思えますが、塩基性水溶液中では、鎖状型は次の図.4のような平衡にあり、結果としてアルデヒド基(-CHO)を形成することができるので、還元作用を示します。この異性化反応を、ロブリー・ド・ブリュイン-ファン・エッケンシュタイン転位といいます。反応はややこしいように思えますが、ケト-エノール互変異性の応用に過ぎません。なお、このアルデヒド基を持つ化合物は、グルコースの鎖状型と全く同じ構造であり、塩基性水溶液中では、フルクトースとグルコースは平衡関係にあります。

 

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.4  鎖状型のロブリー・ド・ブリュイン-ファン・エッケンシュタイン転位

 

グルコースやフルクトースのような単糖類は、酵母の働きによるアルコール発酵で、エタノールC2H5OHと二酸化炭素CO2になります。この反応を利用して、グルコースやフルクトースから、清酒やビールなどのアルコール飲料が生産されています。

ちなみに、人為的に作る酒の発祥は、「口噛み酒」であるといわれています。デンプンを含む食物を口に入れて噛むことで、唾液中のアミラーゼが、デンプンをグルコースに加水分解します。それを吐き出して溜めておくと、野生酵母がグルコースを発酵して、アルコールを生成するという訳です。日本では、口噛み酒は神事の際に作られていたといい、原料を口で噛む人間としては、巫女や処女が選ばれていたといいます。

 

C6H12O6 (発酵) 2C2H5OH + 2CO2

 

 また、世の中には珍しい病気があり、「ビール自動醸造症候群」という症状があります。2015年、ニューヨーク市バッファローで、警察官がある女性を飲酒運転の疑いで逮捕しました。女性は呂律が回らず、酒臭い上に、道路をフラフラと運転していたのだから、警察官として当然の行為でした。血液中のアルコール濃度は、法律で認められる濃度の4倍を超えていました。

しかし、女性は裁判で無罪となりました。彼女は酵母に感染しており、体内でアルコールが勝手に作られてしまう体質だったからです。「ビール自動醸造症候群」というこの症状は、パンやパスタなどの炭水化物を摂取すると、体内でアルコール発酵が起こり、飲酒しなくても酷い二日酔いに悩まされることになります。驚いたことに、彼女がこの症状を発症したのはほんの数日前のことで、弁護士の調査で明らかになるまで、本人はこの病気に全く気が付いていませんでした。

 

(iii)ガラクトース

ガラクトースは、グルコースの立体異性体で、乳製品やサトウダイコンなどに見出される他、ヒトの体内でも合成され、各組織で糖脂質や糖タンパク質の一部を形成しています。乳幼児の脳の成長に必須の成分といわれており、脳糖の別名があります。

ガラクトースは、エネルギーとなる単糖であり、栄養性の甘味料であると考えられています。ただし、甘味はそれほど強くなく、砂糖の1/3程度とされています。環状構造には、α型とβ型、及び還元性を示す鎖状型があります。

寒天は、ガラクトースが多数結合してできた多糖類です。寒天はゼラチンと似ていますが、化学的には全く異なる物質です。寒天が多糖類であるのに対して、ゼラチンはタンパク質だからです。ゼラチンはタンパク質であるため、特別な注意が必要になる場合があります。例えば、パイナップルやキウイフルーツには、タンパク質分解酵素であるプロテアーゼが大量に含まれています。そのため、多糖類からなる寒天にパイナップルやキウイフルーツを閉じ込めることは問題なくできるのに対し、ゼラチンにこれらの果物を閉じ込めることはできません。タンパク質であるゼラチンは、これらの果物に含まれるプロテアーゼによって加水分解されるため、固まらなくなるのです。

 

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.5  水溶液中のガラクトース分子の構造変換

 

(3)二糖類

最も一般的なオリゴ糖は、二糖類です。二糖類には、マルトース(麦芽糖)やスクロース(ショ糖)、ラクトース(乳糖)、セロビオースなどがあり、これらの分子式は、すべてC12H22O11です。二糖類の分子は、2個の単糖類分子C6H12O6から、水H2O1個取れて縮合した構造を持ち、加水分解により、2個の単糖類分子を生じます。二糖類に見られる単糖類分子同士のエーテル結合を、特にグリコシド結合といいます。

 

.2  二糖類の構造とその性質

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(i)マルトース

マルトースは、デンプンを酵素アミラーゼで加水分解すると生じます。このマルトースをさらに加水分解すると、グルコースだけが得られるので、マルトースはグルコース単位2つが結合した構造を持っています。すなわち、左側の糖単位のC-1位に結合したヒドロキシ基(-OH)と、右側の糖単位のC-4位に結合したヒドロキシ基(-OH)とが縮合した構造です。

次の図.6に、マルトース分子の構造式を示します。ここで、左側の糖単位の立体配置はα型です。また、右側の糖単位の立体配置もα型になっていますが、水溶液中では、右側の糖単位の立体配置は、α型の他にβ型や鎖状型と平衡状態にあるので、マルトースの水溶液は還元性を示します。また、マルトースを希酸、または酵素マルターゼで加水分解すると、グルコースを生じます。

 

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.6  マルトース分子の構造式

 

2(C6H10O5)n + nH2O (アミラーゼ) nC12H22O11

C12H22O11 + H2O (マルターゼ) 2C6H12O6

 

(ii)スクロース

 二糖類の中で最も重要なのは、砂糖の主成分であるスクロースであって、世界で毎1t以上が生産されています。スクロースは、すべての光合成植物中に存在し、その植物のエネルギー源として働いています。これは、一般的にはサトウキビやサトウダイコンから抽出し、その搾り汁の1420%がスクロースです。

 まず、サトウキビの搾り汁から、不純物として含まれている遊離の酸、タンパク質、ペクチン、繊維などを除き、濃縮すると砂糖の結晶が析出します。この操作によって得られた結晶と液体の混合物を「白下(しらした)」といいます。この白下から、分蜜糖という結晶を分離した残りが糖蜜で、糖蜜を含んだままの砂糖が、普通にいう黒砂糖です。

 分蜜糖をさらに精製し、結晶化させたものが、私たちのよく見る砂糖です。これはまた、ザラメ糖、グラニュー糖、粉砂糖(グラニュー糖を粉砕したもの)のように、結晶の大きさの違いによって区分されます。氷砂糖は、白ザラメ糖、グラニュー糖などを原料とし、溶かした糖液を4570℃において、2週間もかけて大きな結晶としたもので、いわば純粋な砂糖の巨大な結晶です。氷砂糖は、梅酒を作るときによく使われます。

 余談ではありますが、梅酒作りになぜわざわざ氷砂糖を使うのかというと、わざと溶けにくい氷砂糖を使うことによって、梅の果実の周りを取り巻く溶液の濃度を、急激に高めないようにする工夫です。そうしないと、浸透圧がすぐに高くなって、梅の果実に十分アルコールが浸透するよりも早く、内部の水分が搾り出されてしまい、梅の風味が出てこないのです。

スクロースを希酸、または酵素インベルターゼ、または酵素スクラーゼで加水分解すると、グルコースとフルクトースの等量混合物になります。2つの酵素の違いは、インベルターゼはフルクトース側から働くのに対して、スクラーゼはグルコース側から働くという点にあります。

スクロースでは、それぞれが還元性を示す構造を作るα -グルコースのC-1位に結合したヒドロキシ基(-OH)と、β -フルクトースのC-2位に結合したヒドロキシ基(-OH)とが、どちらも結合に使われているため、開環型との間の平衡は存在せず、還元性を示しません。この点が、他の二糖類とは明白に異なっています。

 

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.7  スクロース分子の構造式

 

スクロースの旋光度は+66.5°です。これを加水分解して、グルコースとフルクトースの等量混合物にすると、比旋光度は数値のみならず、符号も変わって-19.9°に変化します。その理由は、グルコースの旋光度が+52.7°であるのに対して、フルクトースの旋光度が-92.4°という負の値を持っているからです。つまり、旋光性は右旋性から左旋性に転じます。そこで、この混合物を「転化糖」(invert sugar)と呼んでいます。ハチミツの主成分がこの転化糖であることはよく知られていますが、それはハチが集めてくる天然の花の蜜に含まれるスクロースが、ミツバチの分泌液中のインベルターゼによって加水分解を受けて、転化するために生じるのです。転化糖はグルコースやフルクトースを含んでいるので、還元性を示します。転化糖はフルクトースのお陰で、もとのスクロースよりも甘くなります。

ハチミツは、人類が古くから利用した甘味料であったと考えられています。その証拠は、今から約9,000年も前の旧石器時代のものと思われるスペインのビコルプ付近のラ・アラーニャ洞穴の岩壁画に、明らかにハチの巣からハチミツを採っていると思われる女性の姿が描かれていることです。サトウキビから砂糖を採るより遥か昔から、ハチミツは甘味料として用いられ、また薬として、あるいは発酵させたハチミツは酒としても役立っていました。

一般的に家庭でよく使う砂糖は上白糖ですが、上白糖には、スクロースの他に転化糖が23%含まれています。一方で、グラニュー糖や氷砂糖は、そのほとんどがスクロースです。したがって、上白糖とグラニュー糖を舐め比べると、上白糖の方が強く甘味を感じるはずです。

 日本独自の砂糖に「和三盆」というものがあります。この砂糖には、不純物として他のうま味成分が入っており、独特なうま味を持つことになります。和三盆は、サトウキビの樹液から、伝統的な職人技で分離することで作られ、スクロースの他にも、様々なうま味成分が入っているとされます。どのような成分が含まれているのかは、あまり詳しく分かっていませんが、各種のミネラルや糖類、あるいはアミノ酸などが含まれているのではないかと考えられています。

 

(iii)セロビオース

 セロビオースは、セルトースを酵素セルラーゼで加水分解すると生じます。このセロビオースをさらに加水分解すると、グルコースだけが得られるので、セロビオースはマルトースの立体異性体です。マルトースと異なる点は、左側のグルコース単位のC-1位が、β配置を持っていることです。それ以外は、すべてマルトースの構造と同じです。

 

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.8  セロビオース分子の構造式

 

(4)多糖類

(i)デンプン

多糖類には、デンプンやグリコーゲン、セルロースなどがあり、これらの分子式は、すべて(C6H10O5)nです。デンプンは、植物中で光合成により作られ、種子や地下茎などにデンプン粒として蓄えられています。穀類やイモ類、トウモロコシ、米などの主成分はデンプンであり、これは植物がグルコースを貯蔵する形態と考えても構いません。

デンプンの分子量は数万〜数百万であり、デンプン分子は、数百〜数万個のα -グルコース分子が、繰り返し縮合した構造をしています。デンプン粒は、冷水には溶けにくいのですが、80℃のお湯に浸けておくと、溶性部分と不溶性部分に分けることができます。

溶性部分は、比較的分子量が小さく、直鎖状構造を持つ分子でできており、これをアミロース(amylose)といいます。アミロースは、α -グルコースの1,4位のヒドロキシ基(-OH)が縮重合した、綿状高分子です。

 

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.9  アミロース分子の構造式

 

一方で、不溶性部分は、比較的分子量が大きく、分岐の多い構造を持つ分子でできており、これをアミロペクチン(amylopectin)といいます。アミロペクチンは、アミロースと同様の1,4-結合の他、1,6-結合でも連結されています。デンプンが水中で完全に溶けず、膨潤してコロイドになるのは、この分岐構造が原因となっています。一般的な米には、アミロースがだいたい2025%含まれ、残りはアミロペクチンです。もち米では、ほぼ100%がアミロペクチンです。

 

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.10  アミロペクチン分子の構造式

 

デンプンには還元性はなく、ヨウ素液により、青〜青紫色になります。この呈色反応を、ヨウ素デンプン反応といいます。ヨウ素デンプン反応が起こるのは、ヨウ素I2がデンプンのらせん構造の中に入り込み、デンプンからヨウ素I2へ電荷の移動が起こり、電荷移動錯体を作ることによって、可視光領域に新しい吸収帯を生じるためです(17族元素(ハロゲン)を参照)。アミロースでは、らせん構造が長いので濃青色を呈しますが、アミロペクチンでは、枝分かれが多くてらせん構造が短く、反応が弱まって、赤紫色を呈します。

 

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.11  ヨウ素デンプン反応の原理

 

デンプンを希酸や酵素アミラーゼで加水分解していくと、比較的分子量の小さいデキストリン(C6H10O5)n’が生成します。デキストリンは、分類上は多糖類に分類され、デンプンとマルトースの中間にあたります。デキストリンは、デンプンより水に溶けやすいです。生体内では、酵素アミラーゼによってマルトースに分解され、最終的にはグルコースになります。しかし、一部アミラーゼによって分解しにくい成分があり、これを精製して得られる難消化性デキストリンは、整腸作用と食後血糖上昇抑制作用があることが報告されています。

炭水化物の消化に関わるアミラーゼの遺伝子は、日本人や中国人のように、米のご飯をたくさん食べている民族に多いことが分かっています。これは「遺伝子重複」と呼ばれ、炭水化物を多く摂る人々の間では、アミラーゼ遺伝子の数の増加が見られるのです。

 

(ii)グリコーゲン

グリコーゲンは、動物デンプンとも呼ばれ、動物がグルコースを貯蔵する形態です。グルコースは腸から吸収され、血液によって肝臓や筋肉に運ばれた後に、酵素の働きで重合すると、グリコーゲンになります。体内におけるグリコーゲンの役割は、食物から摂取した過剰量のグルコースを除去するのと同時に貯蔵しておいて、後になって細胞がエネルギーを必要とするときは供給源となり、このようにして血液中のグルコース濃度の均衡を保つ働きをしています。グリコーゲンは、動物の肝臓や筋肉に多く含まれています。構造や分子量は、アミロペクチンと似ていますが、末端から加水分解しやすいように分岐がさらに多くなっており、ヨウ素デンプン反応は赤褐色になります。

 

(iii)セルロース

セルロースは、β -グルコースの1,4位のヒドロキシ基(-OH)が縮重合した、分岐のない鎖状高分子です。β -グルコースは板状分子に近く、このβ -グルコース単位が、表裏表裏・・・・・・、と連結しています。さらに、隣り合った分子鎖が、ヒドロキシ基間で水素結合を形成し、結晶性の高い非常に硬い繊維状物質を作るため、植物の細胞壁や、その他植物の骨格となる所に使われています。したがって、セルロースは、水や熱湯、その他有機溶媒にも溶けにくいです。

 

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.12  セルロース分子の構造式

 

ヒトや動物は、デンプンやグリコーゲンを消化できますが、セルロースは消化できません。このことは、生化学反応の特異性を明瞭に示している、実に良い例です。デンプンとセルロースの唯一の化学的相違点は、グルコース単位のC-1位における立体化学の違いだけです。ヒトの消化器官には、α -グルコシド結合の加水分解を触媒する酵素だけが存在し、β -グルコシド結合の加水分解に必要な酵素を欠いています。ところが、セルロースを分解できる酵素を持ったバクテリアは、数多く存在します。シリアリは、このようなバクテリアの一種を腸管内に宿しているため、木材を主食として繁殖します。牛のような反芻動物は、胃の中に消化に必要な微生物を繁殖させているため、草などのセルロース源を消化できる訳です。

セルロースは、数多くの重要な工業製品の原料として利用されています。セルロースのグルコース単位には、ヒドロキシ基(-OH)3つ残っているから、アルコールと反応する試薬を用いて、これらのヒドロキシ基(-OH)を化学的に変換できます。

例えば、セルロースを無水酢酸(CH3CO)2Oと反応させて、酢酸セルロースが製造されています。アセテートレーヨンの材料は、セルロースのヒドロキシ基(-OH)の約97%をアセチル化(-OCOCH3)したものです。

 

[C6H7O2(OH)3]n + 3n(CH3CO)2O → [C6H7O2(OCOCH3)3]n + 3nCH3COOH

 

硝酸セルロースもまた、重要なセルロース製品です。グリセリンと同様に、セルロースを硝酸HNO3と反応させると、硝酸エステルが得られます。セルロースの場合、グルコース1単位当たりのヒドロキシ基(-OH)が、いくつニトロ化されるかによって、硝酸セルロースの性質が変化します。

硝酸セルロースは、かつて衣類に用いられたこともありましたが、大変に燃えやすく、着用した服が燃えて、モデルが死亡するという事故が起こったために、現在は衣類に用いられることはありません。ニトロ化の程度が大きいものは、綿火薬と呼ばれ、無煙火薬として使用されます。

 

[C6H7O2(OH)3]n + nxHNO3 → [C6H7O2(OH)3-x(ONO2)x]n + nxH2O

 

 なお、硝酸セルロースに樟脳(カンフル)を加えたものが、世界で最初のプラスチックであるセルロイドです。開発のきっかけは、ビリヤードの大流行でした。1860年代後半、アメリカでビリヤードが大流行しました。しかし、球の原料である象牙が高価で希少なため、生産に追い付きません。そこで、メーカーが代替品を懸賞金付きで募集したところ、印刷工のジョン・ウェズリー・ハイエットがセルロイドを開発し、商標登録されたのです。

 その後、セルロイドはアメリカ国内だけでなくヨーロッパにも広がり、袖や襟のカラー、コルセット、おもちゃの人形、ブラシ、義歯などの日用品に多用途で使用されるようになります。日本に広まったのは20世紀になってからで、財閥が参入したこと、原料の樟脳が当時支配下にあった台湾の特産品であったこともあり、第一次世界大戦をきっかけにたちまち世界屈指の生産量を誇るようになります。

しかし、セルロイドは非常に燃えやすいという性質を持っていたために、徐々に使用が減少し、他のプラスチックが使われるようになりました。アニメーション制作に使用される、いわゆる「セル画」は、当初セルロイドのシートを使っていたための名称です。

 さらに最近では、夢の素材といわれるセルロースナノファイバー(cellulose nanofibers)の実用化が進んでいます。セルロースナノファイバーはパルプから作られ、これを乾燥させて固めると、鉄の半分程度の重さで、強度が5倍にもなる素材になるといいます。セルロースナノファイバーの研究により、2015年には森林分野のノーベル賞ともいわれる「マルクス・バーレンベリ賞」を磯貝明らの日本人研究者3名が受賞しました。セルロースナノファイバーは自動車産業における新素材として注目されている他、化粧品や食品などへの応用も考えられており、今後が楽しみな素材です。


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・参考文献

1) 齊藤烈/藤嶋昭/山本隆一/19名「化学基礎」啓林館(2012年発行)

2) 石川正明「新理系の化学()」駿台文庫(2005年発行)

3) H.ハート/L.E.クレーン/D.J.ハート 共著「ハート基礎有機化学」培風館(1986年発行)

4) 都甲潔/飯山悟「トコトン追究 食品・料理・味覚の科学」講談社(2011年発行)

5) 塚原典子/麻見直美「好きになる栄養学」講談社(2008年発行)

6) 山崎幹夫「新化学読本-化ける、変わるを学ぶ」白日社(2005年発行)

7) 斉藤勝裕「最強の「毒物」はどれだ?」技術評論社(2014年発行)

8) 船山信次「こわくない有機化合物超入門」技術評論社(2014年発行)

9) 石浦章一「タンパク質はすごい!」技術評論社(2014年発行)