・コロイド化学
【目次】
(1) コロイドとは何か?
1861年、スコットランドの化学者であるトーマス・グレアムは、水の中でデンプンやタンパク質などの粒子が拡散する速度が遅いことを発見し、これを「コロイド(colloid)」と名付けました。「コロイド粒子(colloidal particle)」とは、直径が大体1 nm(10-9 m)〜1 μm(10-6 m)程度の原子と比べて比較的大きな分散粒子のことです。コロイドとは、コロイド粒子が他方に分散した系全体のことを指します。身近な例でいえば、牛乳や泥水などがコロイドです。牛乳のような分散質が液体のコロイド溶液は、一般的に「エマルション(emulsion)」といいます。それに対して、泥水のような分散質が固体のコロイド溶液は、一般的に「サスペンション(suspension)」といいます。コロイドの分散媒は、主として液体あるいは固体の場合が多いです。しかし、分散媒が気体の場合もあり、そのようなコロイドは「エアロゾル(aerosol)」といいます。「ゾル(sol)」というのは、流動性を持ったコロイドのことです。それに対して、加熱や冷却などの何らかの原因で、ゾルが流動性を失ったものを「ゲル(gel)」といいます。身近なゲルの例としては、寒天やゼリー、豆腐などがあります。
表.1 身近なコロイド
分散質 |
分散媒 |
名称 |
具体例 |
液体 |
気体 |
エアロゾル |
霧、スプレー |
固体 |
気体 |
エアロゾル |
ほこり、煙 |
気体 |
液体 |
泡 |
シェービングホーム |
液体 |
液体 |
エマルション |
牛乳、マヨネーズ、バター |
固体 |
液体 |
サスペンション |
泥水、塗料 |
気体 |
固体 |
固体コロイド |
クッキー、合成皮革 |
液体 |
固体 |
固体コロイド |
水を吸った合成皮革 |
固体 |
固体 |
固体コロイド |
着色プラスチック、着色ガラス |
コロイド粒子の大きさは、大体直径が1 nm〜1 μmの範囲です。これは、ろ紙を通過して半透膜を通過しない程度の大きさになります。この性質を使用することで、分子とコロイド粒子を分けることができます。また、コロイド粒子の形状も、球状のものから棒状や板状、繊維状、膜状のものまで、様々な形状で存在しています。
図.1 コロイド粒子の大きさ
コロイド粒子は、光学顕微鏡では、小さすぎて観察することができません。しかし、限外顕微鏡や透過型電子顕微鏡(TEM)などを使えば、コロイド粒子を観察することができます。限外顕微鏡は、特殊な照明装置により、微粒子の散乱光(チンダル光)を観察して、微粒子の動きを見る顕微鏡のことです。また、透過型電子顕微鏡は、可視光の代わりに電子線を照射して、対象を観察する電子顕微鏡のことです。いずれにしても、コロイド粒子は非常に小さいので、観察するには特殊な装置が必要となります。
図.2 限外顕微鏡で観察したコロイド粒子
コロイドは、その構造により、「高分子コロイド(polymer colloid)」や「会合コロイド(association colloid)」、「分散コロイド(dispersed colloid)」に分類することができます。高分子コロイドは、分散媒に分散した分子1個の大きさが、コロイド次元の分散系です。コロイド化学の初期には、高分子コロイドの研究がコロイドの主流でした。コロイド研究の先駆者であったトーマス・グレアムが最初に示したコロイドは、今から見るといずれも天然高分子に他なりません。現在では、「高分子化学(polymer chemistry)」という別の学問分野ができ上がっているので、高分子をコロイド化学で扱うことは、ほとんどありません。会合コロイドは、多くの分子が集まって、コロイドの大きさを持つようになった分散系のことです。洗剤などの界面活性剤分子は、溶液中である濃度以上になると、「ミセル(micelle)」と呼ばれる会合体を作ります。分散コロイドは、溶媒には本来溶解しない不溶性物質の分散系のことです。本来溶解するはずのない物質が分散しているのだから、分散コロイドは熱力学的には不安定な系です。分散コロイドは不安定な系なので、簡単に破壊することができます。ちなみに表.1で示したコロイドはすべて分散コロイドであり、分散コロイドは最も身近に溢れているコロイドになります。
表.2 コロイドの分類
分類 |
高分子コロイド |
会合コロイド |
分散コロイド |
構造 |
高分子1個 |
多くの粒子の会合 |
難溶性の微粒子 |
例 |
酵素、デンプンなど |
セッケンなど |
Au、水酸化鉄(III)、泥など |
(2) 疎水コロイドと親水コロイド
分散コロイドは、不溶性の粒子が分散している系のことであって、粒子が溶解している溶液とは、明確に区別されています。すなわち、溶液は、結晶が基本構成単位粒子の次元までばらばらになって、溶媒に溶けている状態であるのに対して、コロイドは、103〜109個程度の原子が集まって1つの大きな粒子となり、それらが分散している状態であるからです。高分子コロイドなどの例外はありますが、コロイドと言ったら、一般的には「粒子の集合体が分散媒に分散している系」だと思えば良いのです。したがって、コロイドの分散条件を保つためには、いくつかの条件が必要になります。
第一には、コロイド粒子がさらに小さな粒子まで、ばらばらにされることがないことです。例えば、食塩NaClやショ糖C12H22O11でコロイドの大きさの粒子を作っても、これらは水中では、さらにナトリウムイオンNa+ やショ糖C12H22O11分子などの小さな粒子となって、分散していきます。これでは、最早コロイドとはいえなくなってしまいます。
そして第二には、コロイド粒子同士が衝突して凝集し、大きな粒子にならないことです。分散コロイドは、熱力学的には不安定な系です。そのため、分散コロイドには、安定になろうと凝集する傾向があります。コロイド粒子が凝集して大きな粒子になると、単に浮くか沈むかという状態になってしまい、最早コロイドではなくなってしまいます。
@ コロイド粒子がさらに小さな粒子までばらばらにされないこと A コロイド粒子同士が衝突して凝集し、大きな粒子にならないこと |
分散コロイドが凝集しないようにするには、2つの方法があります。第一の方法は、コロイド粒子の表面を帯電させることです。例えば、コロイド粒子の表面を負に帯電させたとします。このとき、溶液は電気的には中性であるから、表面電荷と同じ量の陽イオンが、コロイド粒子を取り巻いています。このような表面電荷と反対符号のイオンを「対イオン(counter ion)」といいます。そして、次の図.3のような状態を「電気二重層(electric double layer)」ができているといいます。図.3のコロイドでは、対イオンである陽イオンは、この表面電荷に引き付けられてはいるものの、液中を自由に動いて遠くまで広がっていくことができます。それ故に、2つの粒子が凝集しようと接近しても、まず外側にある対イオン同士がぶつかり合い、その結果としてクーロン力の反発が働いて、粒子の凝集を妨げるようになるのです。
図.3 電気二重層の生成(左)と電気二重層を持つコロイド間の反発(右)
分散コロイドが凝集しないための第二の方法は、コロイド粒子の表面をべっとりと溶媒分子で覆っておくことです。コロイド粒子が互いに接近しても、表面を覆っている溶媒分子が離れなければ、コロイド粒子間の接触を妨げることができます。
図.4 水和されているコロイド間の反発
コロイド粒子のうち、主に第一の方法のみで水中で分散している場合、それを「疎水コロイド(hydrophobic colloid)」といいます。水に対して不溶であり、本来沈降すべき物質がコロイド粒子の大きさになった上に、何らかの理由で表面が帯電してしまったために、コロイド粒子が分散状態になっているのです。これに対して、第二の方法が主たる理由で水中に分散している場合、それを「親水コロイド(hydrophilic colloid)」といいます。コロイド表面に溶媒である水分子がべっとりとくっついて離れないのは、それだけ水に対して親和性が高いからです。一般的に疎水コロイドには分散コロイドが多く、その大半が無機物質です。一方で、親水コロイドには分子コロイドや会合コロイドが多く、その大半が有機物質です。
表.3 コロイドの分類
分類 |
疎水コロイド |
親水コロイド |
特徴 |
水との親和性が低い |
水との親和性が高い |
種類 |
分散コロイド |
分子コロイド、会合コロイド |
具体例 |
Au、AgCl、S、水酸化鉄(III)など |
セッケン、寒天、タンパク質など |
(i) 疎水コロイドの凝析(DLVO理論)
疎水コロイドに少量の電解質を加えて凝集させることを、一般的に「凝析(precipitation)」といいます。この凝析は、単に疎水コロイドの電荷の中和による静電反発力の喪失から起こる訳ではありません。凝析のメカニズムを説明してみましょう。
疎水コロイドの分散している溶液で、電気二重層を持つ2つのコロイド粒子が接近したとします。すると、電気二重層の外側の対イオンの重なりが起きて、コロイド粒子には反発力が働きます。しかしながら、コロイド粒子同士がかなり近くまで接近したときには、粒子間に分子間力が働いて、引き合って凝集するはずです。そのため、現実には2粒子間の距離がある所までは反発力が働き、それよりも近い距離では逆に引力が働くことになります。距離rだけ離れた粒子間のポテンシャルエネルギーE (r)とその点に働く力f (r)には、f (r)=-dE (r)/drの関係があります。
図.5 粒子間に働く力f (r)とエネルギーE (r)の関係
したがって、反発力と引力の大きさが等しくなる粒子間の距離をr0とすると、r>r0ではdE (r)/dr<0となってf (r)>0の反発力が働き、r<r0ではdE (r)/dr>0となってf (r)<0の引力が働くはずです。実際に理論計算をすると、次の図.6のようにr=r0でE (r)が極大になる曲線が得られます。粒子間のポテンシャルエネルギーE (r)は大きいほど不安定になるので、コロイド粒子には無限に遠ざかるか、凝集するかのどちらかの選択肢しかないのです。
図.6 粒子間のポテンシャルエネルギーE (r)曲線
さて、コロイド粒子間に働く分子間力の大きさは、コロイドを構成する物質に固有のものであるから、簡単には変えることはできません。その一方で、コロイド粒子間に働く反発力の大きさは、電気二重層の厚さによるので、周囲のイオンの分布を変化させることで、この反発力を減少させることができます。例えば、疎水コロイドの分散している溶液に塩を加えると、コロイド粒子を取り巻いている対イオンは、静電反発力により粒子表面の近くへと押しやられます。すなわち、電気二重層の厚さが減少するのです。この対イオンを押しやる効果は、加えた塩の中で、対イオンと同じ符号のイオンが特に効いてきます。つまり、表面電荷と反対符号のイオンが、特に有効に作用するのです。そして、このイオンの価数が大きくなると、その働きは格段に高まります。凝集に必要な塩の濃度は、イオン価数の6乗に反比例することが、実験より分かっています。この現象は、発見者の名前を取って「シュルツェ・ハーディーの原子価法則(Schulze Hardy of valence law)」と呼ばれています。こうして、電気二重層の厚さが減少したコロイド粒子は、ブラウン運動の際に互いに接近できるようになります。すると、コロイド粒子間で分子間力が働く圏内(r<r0)に入り込んでしまい、コロイド粒子同士が凝集して、凝析が起こるのです。
図.7 DLVO理論による凝集のメカニズム
疎水コロイドの分散と凝集現象について、コロイド粒子間の電気二重層による反発力と分子間力によって説明できるとした理論を、「DLVO理論(Derjaguin-Landau-Verwey-Overbeek theory)」といいます。「DLVO」とは、旧ソ連の化学者であるデルヤーギンとランダウ、オランダの化学者であるフェルウェイとオーベルビークの4人の研究者の頭文字に由来しています。
(ii) 親水コロイドの塩析
親水コロイドのコロイド粒子表面には、親水性の官能基(-OHや-COOH、-CO-、-NH2など)がたくさんあります。この親水基が水分子を表面に強く引き付けているために、水和水が立体障害になって、コロイド粒子同士の凝集は妨げられています。したがって、親水コロイドを凝集させるためには、表面での水素結合を切り、コロイド粒子を覆っている水和水を表面から剥ぎ取らなければなりません。
塩をコロイド溶液に加えると、塩は水中ではイオンに電離します。これらのイオンは、親水基よりも強く水分子と引き合うので、親水コロイドに塩化ナトリウムNaClなどの塩を加えれば、理論上は水和水を失って、親水コロイドは沈殿するはずです。しかし、塩化ナトリウムNaClの濃度を1 mol/Lぐらいにしても、なかなかコロイド粒子は沈殿しません。なぜなら、水溶液には約1000/18≒56 mol/Lの自由な水分子が存在し、かつナトリウムイオンNa+ や塩化物イオンCl- のイオンは、1個当たりせいぜい4個ぐらいの水分子を強く引き付けられるだけであるからです。したがって、塩の濃度が1 mol/L程度では、イオンの数が少なすぎて、親水基と水分子の水素結合を切るに至らないのです。すなわち、親水コロイドは少量の塩を加えただけでは凝集が起こらず、塩化ナトリウムNaClの濃度が5〜10 mol/Lぐらいになって、初めて親水基と水分子の水素結合が切れ、親水コロイドの凝集が起こります。このように親水コロイドに多量の電解質を加えて凝集させることを、一般的に「塩析(salting out)」といいます。
図.8 親水コロイドの凝集のメカニズム
セッケンのコロイド溶液に飽和食塩水を加えてセッケンを析出させたり、タンパク質のコロイド溶液である豆乳にニガリMgCl2や硫酸カルシウムCaSO4を加えて豆腐を分離させたりするのは、塩析を利用したものです。
図.9 セッケンの製造
また、親水コロイドを疎水コロイドに加えると、疎水コロイドが凝析しにくくなることがあります。このときに加える親水コロイドを、「保護コロイド(protective colloid)」といいます。これは、疎水コロイドの周りを保護コロイドが取り囲み、さらにその周りを水分子が水和しているため、疎水コロイドの表面が親水化されるからです。保護コロイドを加えると、疎水コロイドは電解質に対して安定になります。例えば、赤色アルカリ性金コロイドに対して、ゼラチンは特に強い保護作用を示します。その他の例としては、墨汁のニカワやマヨネーズの卵黄は、代表的な保護コロイドです。ただし、この保護作用の強さは物質の種類だけでなく、pHや調整法などに著しい影響を受けます。
(3) 会合コロイド(ミセル)の特性
「ミセル(micelle)」とは、界面活性剤の分子またはイオンの集合体のことです。界面活性剤は、分子内に親水基と疎水基の両方を持つため、両親媒性分子と呼ばれることもあります。次の図.10に代表的な界面活性剤であるステアリン酸ナトリウムC17H35COONaの構造式を示します。界面活性剤はモデル化して、簡単に書くことも多いです。
図.10 ステアリン酸ナトリウムC17H35COONaの構造式
水溶液中の界面活性剤の濃度を上げていくと、水溶液中で界面活性剤が集合して、大きなミセルを形成します。しかし、ミセルは界面活性剤の水溶液中で、いつでもできる訳ではありません。水溶液中に溶解している界面活性剤分子は、分子内に疎水基があるため、水中では不安定です。このため、界面活性剤を水に溶かしても、最初はわずかに溶解するだけで、次の図.11のAのように、大半の界面活性剤は水溶液表面へと吸着するのです。疎水基を空気に向けて吸着する理由は、空気を構成する主な分子(窒素N2や酸素O2、アルゴンAr)が、疎水性であるからです。また、水と空気ではなく、水と油のような状況でも、界面活性剤はその界面へと吸着します。界面活性剤が、表面または界面へと吸着しようとする界面吸着能は、界面活性剤の重要な物性の1つです。そして、水溶液中の界面活性剤の濃度を更に上げていき、ある濃度C0に達すると、それ以上は吸着できない状態となります。この状態は、表面が界面活性剤分子で満員になり、次の図.11のBのように、表面吸着が飽和してしまった状態なのです。こうして行き場のなくなった界面活性剤は、分子同士で疎水基を重ね合わせ、親水基を外側(水側)に向けて互いに集まることにより、次の図.11のCのように、安定な集合体を作るのです。この集合体がミセルです。
図.11 界面活性剤の水中への溶け方
このミセルの大きさと形状は、直径が分子の長さの約2倍の球状粒子であり、コロイドの範囲に入ります。したがって、界面活性剤の濃度がC0以上になって初めて、界面活性剤の水溶液はコロイドになるのです。界面活性剤の水溶液は、C0以下の濃度ではコロイドにはならないので、濃度によってコロイドになったり、そうでなくなったりする興味深い性質を持ちます。そして、このミセルは濃度をC0以上にすれば、自然と生成します。作るのに特別な操作は不要なのです。C0という濃度は、コロイドであるかないかを区別する重要な値であって、界面活性剤がミセルを形成し始めるこの濃度のことを、「臨界ミセル濃度(critical micellar concentration)」といいます。臨界ミセル濃度は、その英語の頭文字を取って、単に「cmc」と呼ぶことも多いです。
ところで、この界面活性剤を使うと、水と油のように互いに混ざり合わない物質の一方を、他方に分散させることもできます。これは、界面活性剤がミセルを形成して、ミセル内にその物質が取り込まれるからです。このようにして、ある液体に溶けにくい物質が、界面活性剤の存在下でその液体に溶けるようになる現象を、「可溶化(solubilization)」といいます。界面活性剤溶液への可溶化は、臨界ミセル濃度以上で起こります。この場合の可溶化量と界面活性剤の濃度との間には、一般的に次の図.12のような関係があります。このグラフから、逆に臨界ミセル濃度を間接的に求めることもできます。
図.12 可溶化量の界面活性剤濃度依存性
可溶化量が増すと、ミセルは膨らんでいきます。光の散乱能は、ミセルが膨らむと増大し、液は半透明になって乳光を発したり、やや濁って見えたりします。そこで、この現象を界面活性剤の「乳化作用(emulsifying action)」といいます。マヨネーズや乳液などには界面活性剤が使われており、この乳化作用のために、白く濁って見えるのです。
(4) コロイド溶液の性質
(i) 透析
コロイド粒子は、ろ紙の穴より小さいので、ろ紙で集めようと思っても、ろ紙を素通りします。しかし、セロハン膜やコロジオン膜の穴よりは大きいので、これらの半透膜は通過できません。一方で、コロイド粒子より小さなイオンや分子は、このセロハン膜の穴をも通ることができます。そこで、次の図.13のような装置を使うことで、小さなイオンや分子を除き、コロイド粒子のみの溶液にすることができるのです。この操作を「透析(dialysis)」といいます。
図.13 透析
大学入試でよく出題されるのが、透析を利用した水酸化鉄(III)コロイドの作成です。沸騰水に塩化鉄(III) FeCl3水溶液を加えると、加水分解反応が起こり、赤褐色の水酸化鉄(III)コロイド溶液が作成できます。沸騰水との反応では、高温のために加水分解反応が急激に進み、液中に多量にできた水酸化鉄(III)の小さな結晶核が、大きな沈殿粒子まで成長せずに、コロイド粒子の大きさで成長がストップしてしまうのです。水酸化鉄(III)は、化学式ではFe2O3・nH2Oと表され、n=1のFeO(OH)やn=3のFe(OH)3などの混合物です。化学反応式としては、次の反応が分かりやすいです。
FeCl3 + 3H2O → Fe(OH)3 + 3HCl
上式中のFe(OH)3が生成したコロイド粒子ですが、多数が集合してコロイド粒子の大きさになったものと考えられるので、上式を下式のように書くこともあります。この式では、[Fe(OH)3]xが生成したコロイド粒子を表していますが、実際の組成はもっと複雑なものです。なお、このコロイドは、溶液中の水素イオンH+ または鉄(III)イオンFe3+ が表面に吸着しているので、正に帯電した疎水コロイドになっています。
xFeCl3 + 3xH2O → [Fe(OH)3]x + 3xHCl
生じたコロイド溶液を半透膜であるセロハン袋に入れて、流水中に浸して、透析を行います。すると、水素イオンH+ や塩化物イオンCl- は、拡散の原理に従ってセロハン膜を通過して出ていきます。しかし、水酸化鉄(III)のコロイド粒子は、その大きさのために半透膜を通過できず、セロハン膜内に留まることになります。この操作によって、水酸化鉄(III)のコロイドを、セロハン袋中に精製できるのです。
図.14 赤褐色の水酸化鉄(III)コロイド溶液
また、透析を有効に利用しているのが、私たちの体の中にある腎臓です。腎臓には、血液中に含まれる尿素(NH2)2COなどの老廃物を取り除く働きがあります。しかし、腎臓病により、腎臓の機能が低下してくると、老廃物を体外に排泄できなくなり、尿毒症により生命の危機に陥ります。これを回避するために、人工透析が行われるのです。人工透析には、次の図.15のような血漿分離器が用いられます。まず、体外に取り出した血液を血漿分離器に通して、血球成分と血漿成分に分離します。赤血球や白血球などの血球成分は透析膜を通過しませんが、小さい分子である尿素(NH2)2COは透析膜を通過するので、これらを分離することができるのです。そして、分離した血漿の代わりに、新鮮な血漿もしくはアルブミン溶液を補充します。人工透析は、半透膜としての作用が弱った腎臓の働きを、このようにして人工的に行う治療法なのです。
図.15 血漿分離器により、人工透析を行う
(ii) チンダル現象
コロイドは必ずしも濁っているとは限らず、透明または半透明なものも多いです。しかし、透明に見えていても、コロイドの横から強い光を当てると、光の通路が光って見えます。これは、コロイド粒子の大きさが光の波長とほぼ等しいため、その表面で光がよく散乱されるためです。そこで、この現象を「チンダル現象(Tyndall effect)」といい、この光を「チンダル光(Tyndall light)」といいます。これはコロイドの特性の1つであり、チンダル現象の有無により、コロイドを見分けることが可能になります。
図.16 チンダル現象
チンダル現象は、光の散乱が原因です。散乱の強さは、粒子の体積の2乗に比例します。よって、原子やイオンのような小さな粒子では、光をほとんど散乱しませんが、コロイドぐらいの大きさの粒子では、光をかなり強く散乱をします。暗い部屋や夜の空に、光の通路が見えることがあります。これは、空気中に浮遊している微粒子によって光が散乱され、チンダル現象が起こるからなのです。なお、疎水コロイドのチンダル現象は、比較的はっきり現れますが、親水コロイドのチンダル現象は、あまりはっきり現れません。
図.17 コロイド粒子による光の散乱
ちなみに、光の散乱現象は、粒子の大きさによって分類がされています。比較的大きな粒子では「ミー散乱(Mie scattering)」が、比較的小さな粒子では「レイリー散乱(Rayleigh scattering)」が適用されます。チンダル現象は、主にミー散乱によるものが大きいです。レイリー散乱は、光の波長の依存性が高く、波長の短い青色の光は、赤色の光よりも強く散乱されます。波長の長い光は粒子にぶつかりにくく、波長の短い光ほど粒子にぶつかりやすい性質があるのです。なお、空が青く見える理由は、レイリー散乱より説明できます。これは、大気中の微粒子により、青色の光が強く散乱されるからなのです。また、ミー散乱は、波長の依存性が低いので、どの波長の光も同程度に散乱します。雲が白く見えるのは、ミー散乱が原因です(色の科学を参照)。
表.4 ミー散乱とレイリー散乱の違い
|
ミー散乱 |
レイリー散乱 |
粒子の大きさ |
光の波長と同程度 |
光の波長よりはるかに小さい |
散乱のされ方 |
どの波長も均等に散乱 |
波長が短いほど散乱されやすい |
例 |
雲の色 |
空の色 |
(iii) ブラウン運動
イギリスの植物学者であるロバート・ブラウンは、1827年に植物の花粉から生じた微粒子が、不規則な運動をすることを発見しました。しかし、発見当時、この現象は「花粉の生命力に基づくものである」と誤解されていました。ブラウンは、これを「ブラウン運動(Brownian motion)」と名付けました。その後、他の微細な粒子でも、同様の現象が起こることが確認されましたが、長い間その原因は不明のままでした。
しかし、1905年に相対性理論で有名なアルベルト・アインシュタインが、ブラウン運動の原因を突き止めました。アインシュタインは、熱運動する媒質分子の不規則な衝突により、ブラウン運動が引き起こされるということを、統計力学を駆使して理論的に説明したのです。つまり、媒質に浮かぶ微粒子は、絶え間なく非常に多くの媒質分子に衝突されていますが、その衝突はデタラメに起こるので、ある瞬間に微粒子が受け取る運動量はつり合いません。この不均衡のために、コロイド粒子が動くという訳です。
図.18 ブラウン運動の原理
当時、分子の存在は確実視されておらず、目で見えない「分子」というものが本当に存在するのか、長く議論が続いていました。ドイツの物理学者であるルートヴィッヒ・ボルツマンは、気体分子の動きを集団で考え、統計力学によって予測するという手法を1890年代に確立しました。しかし、分子を認めないという陣営から、執拗な中傷や攻撃を受けていました。その先鋒は、硝酸製造法で知られるドイツの物理化学者ヴィルヘルム・オストワルドであるということは、意外と知られていません(無機工業化学を参照)。
図.19 気体分子の速度は統計力学によって予測できる
オストワルドは、「物質は連続である」と信じていて、分子のような独立した粒子が無数ある状態を理解しようとしませんでした。オストワルドはボルツマンの講演先に先回りして、分子の存在を信じる者を罵倒したり嫌がらせをしたりしたので、ボルツマンは精神を病み、ついに自殺してしまいます。オストワルドが分子の存在をしぶしぶ認めたのは、アインシュタインの論文を読んでからのことです。コロイド粒子のブラウン運動を説明できるものは、周りの分散媒の分子が無秩序に衝突すること以外に考えられなかったからです。これによって、「分子は本当に存在するのか」という長く続いた論争に、アインシュタインが決着を付けることとなりました。分子論に反対していた科学者たちも、分子の存在を認めざるを得ないほどの完璧な理論でした。
ちなみに、アインシュタインが導いた式によると、ブラウン運動によるコロイド粒子の移動距離xは、気体定数をR、絶対温度をT、時間をt、粘度をη、粒子の半径をr、アボガドロ数をNAを用いて、次のように表されます。
アインシュタインの導いた式によると、ブラウン運動による拡散の速さは、粒径が小さいほど速く、また粒子の平均速度はボルツマン分布に従い、温度が高いほど拡散の速さは速くなります。泥水のようなコロイドにおいて、なかなか泥の微粒子が沈降してこないのは、微粒子がブラウン運動をしているからです。重力によって微粒子が沈降しても、ブラウン運動によって、微粒子はまた上部へと拡散していきます。コロイド粒子が沈降して下部に沈積してしまうか、液中に浮遊しているかどうかは、媒質の粘度にもよりますが、主として粒径に依存します。粒径が大きいものは沈降して、粒径が小さいものは拡散していきます。大まかにいうと、半径が100 nm以下になると、沈降はかなり遅くなります。
(iv) 電気泳動
表面が正あるいは負に帯電しているコロイド粒子は、電極を入れて電圧をかけると、表面電荷と反対符号の極へと移動します。これを「電気泳動(electrophoresis)」といいます。この現象から、コロイド粒子の表面が、正負どちらに帯電しているのかが決定できるのです。例えば、水酸化鉄(III)コロイド溶液を電気泳動させると、水酸化鉄(III)のコロイド粒子は、ゆっくりと陰極の方へ移動します。このことより、水酸化鉄(III)のコロイド粒子は、正に帯電していることが分かる訳です。一般に正に帯電しているコロイド粒子を含むコロイドを「正コロイド(positive colloid)」、負に帯電しているコロイド粒子を含むコロイドを「負コロイド(negative colloid)」といいます。
図.20 水酸化鉄(III)コロイド溶液の電気泳動
粒子の移動は、粒子の大きさや形状、表面電荷、加えた電圧、pH、温度などによって影響され、異なるコロイド粒子を、移動速度の差を使って分離することもできます。これは、タンパク質の分離などによく用いられる手法です。なお、疎水コロイドの電気泳動の移動速度は比較的大きいですが、親水コロイドは水和水のために、移動速度は小さいです。また、最近では、帯電板に電気を通して電気泳動を行うことにより、空気中のホコリを除去してくれるエアコンが登場しています。
・参考文献
1) 石川正明「新理系の化学(上)」駿台文庫(2005年発行)
2) 卜部吉庸「化学の新研究」三省堂(2013年発行)
3) 大東孝司「プラグマティック化学」河合出版(2017年発行)
4) 北原文雄「コロイドの話」培風館(1984年発行)
5) 北原文雄「界面・コロイド化学の基礎」講談社(1994年発行)