色の科学


【目次】

(1) 色とは何か?

(2) 色と人間

(3) 色の心理学

(4) 色が見える原理

(i) 物体自体が光を出す場合

(ii) 物体が特定の光を吸収し、残りの光を反射または透過する場合

(iii) 光の屈折による場合

(iv) 光の干渉による場合

(5) 光の3原色

(6) 空の色

(7) 雲の色

(8) 水の色


(1) 色とは何か?

 青い空、草木の緑、色とりどりの花々、街を行き交う人々の服の色など、私たちの周りには、様々な「色」があります。私たちは目を開いていれば、様々な色に出会います。しかし、色覚に関する精神物理学的研究によると、実際には「色」というものは存在しません。「青の歴史」(2000)などの著書があるフランスの歴史家ミシェル・パストゥローは、「色は人が見ることによってのみ存在する」と述べています。確かに目を閉じると、私たちは色を見ることができません。色は目の前にあるのではなく、「色彩」として認識させるもの。そして、「色」とは純粋に人が生み出すものなのです。それでは、色はどのように生み出されるのでしょうか。「色は光と闇、白と黒の間から生じる」――これは、古代ギリシアの哲学者アリストテレスの言葉です。そこに「光」がなければ、私たちは色を見ることができません。アリストテレスは、光と色の関係に気付きましたが、色の本質が明らかになったのは、20世紀になってからのことです。

光は「電磁波」の一種で、波の性質を持っています。波には山と谷があり、1つの山から次の山、1つの谷から1つの谷までを、「波長」といいます。私たちが見ることのできる光は、個人差があるものの、およそ「380780 nm」とごくわずかな範囲の波長に限られていま(1 nm10億分の1 m)。この380780 nmの波長の電磁波を、一般的に「可視光線」と呼びます。もちろん、可視光線という区分は、飽くまで「人間」の視覚を主体とした分類であり、一部の「昆虫類」や「鳥類」などは、人間が見ることのできない光まで見ることができます。人間が肉眼で見ることのできない光には、「赤外線」・「紫外線」・「放射線」などがあります。次の表.1に主な「電磁波」の分類を示します。

 

.1  主な「電磁波」の分類

波長

電磁波

主な用途

10 km

長波

無線

100 m

短波

ラジオ

1 m

マイクロ波

電子レンジ

1 nm

遠赤外線

コタツ

4 μm

赤外線

リモコン

380780 nm

可視光線

蛍光灯

380 nm

紫外線

水道の殺菌

10 nm

X

レントゲン

10 pm

γ

γ線滅菌

 

なお、普通の人間は「紫外線」を見ることができませんが、突然変異で「紫外線に近い色」を見ることができる人間が生まれることがあります。このような人は、普通の人よりも、9,900万色も多く色が見えるそうです。このような人は女性のみで、まだ世界で23人ほどしか確認されていません。しかし、自分でも気が付かずに生活している人もいるはずなので、実際はもっとたくさんいるかもしれません。

「太陽」が放射する電磁波のうちでは、可視光線の成分が最も強く、さらに地球の大気は可視光線に対して透明なため、「太陽光」の成分は、ほぼ可視光線と見なすことができます。380780 nmの波長が目で見えるのは、恐らく地球上の生物が、太陽光の領域の電磁波を感じるように進化したためでしょう。もし太陽が「赤外線」を中心に放射する恒星だったら、私たちは「赤外線」を見ることができるように進化していたはずです。

太陽光のような「白色光」をプリズムに通すと、白色光が分解されて、「赤色」から「紫色」まで色の付いた光が順番に並びます。日本では、これを「虹の7色」といったりしますが、専門的には、このようにいろいろな光に分解された光を、「スペクトル」と呼んでいます。次の図.1に可視光線の「スペクトル」を示します。

 

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.1  可視光線の「スペクトル」

 

このスペクトルの色の違いは、「光の波長」の違いに対応しており、一般的には、真空中で波長が620750 nmを「赤色」、590620 nmを「橙色」、570590 nmを「黄色」、495570 nmを「緑色」、450495 nmを「青色」、380450 nmを「紫色」と決めています。

光は、真空中でも伝わることができる特別な波で、振動を伝える媒質が必要ありません。特定の色の光は、それぞれ特定の波長を持っています。そして、波の「波長」と「振動数」の積は、波の「速度」になりますが、光の場合、真空中では、波長と振動数の積は、必ず一定の値(3.0×108 m/s)になります。これは、実に「1秒間に地球を7周半も回れる」速さです。

 

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image012

 

ここで、cは「光の速度(3.0×108 m/s)」、image013は「振動数」、image014は「波長」を表します。真空中では、光の速度は、色の違いによらず一定なので、光に限っては、波長は振動数に反比例することになります。つまり、光の色は、波長の違いだけでなく、振動数の違いによっても決めることができるのです。一般的には、可視光線は波長が大きいほど赤色になり、波長が小さいほど紫色になります。また、可視光線は振動数が小さいほど赤色になり、振動数が大きいほど紫色になるともいうことができます。

なお、人間を含むサルの仲間は、他の哺乳類よりも「色の識別」が得意だといわれています。これは、サルたちが森の中で暮らしていたことと関係があります。森の中では、サルたちは樹の上で暮らし、果実などを食べていました。緑の葉の中にある赤色や黄色の果実を見分けるには、色覚を発達させる必要があったのでしょう。さらに、樹上生活は、視覚の大切な機能をもう1つ育てました。それは、「立体視」です。樹の上で暮らしていくには、木の枝から枝へ渡っていく必要があります。それをするには、枝から枝までの距離をつかまなければなりません。樹の上で生活することで、サルたちは距離感をつかむための、「立体視を」手に入れたと考えられています。

 

(2) 色と人間

 日本には、豊かな四季があったためか、日本人の情感が豊かなためか、恐らくはその両方が考えられますが、日本語は、「色の表現」が非常に豊かな言語です。例えば、赤い系統の色でも、(もも)色」「撫子(なでしこ)色」「石竹(せきちく)色」潤朱(うるみしゅ)「緋()色」猩々緋(しょうじょう)「紅(くれない)「臙脂(えんじ)「茜(あかね)色」蘇芳(すおう)色」など、様々な色の表現があります。「浅葱(あさぎ)色」「萌(もえぎ)色」「潤(うるみ)色」などのように、美しい響きを持った色もあります。さらに、「海松(みる)色」「麹塵(きくじん)「空五倍子(うつぶし)色」「勿忘草(わすれなぐさ)「甕覗(かめのぞき)刈安(かりや)色」「半(はした)色」などは、言葉だけでは、場合によっては漢字を読んでさえ、どんな色か想像もつかないものもあります。日本語には、色を表現する言葉が約500種類あるともいわれており、どれだけ日本人が、色の表現に趣向を凝らしてきたかがうかがえます。

 ちなみに、日本の伝統色には、「鼠色」・「茶色」・「藍色」などの地味な色が多いですが、これにも理由があります。江戸時代、奢侈を禁じ、経費の節約を奨励した「倹約令」によって着物の材質や色が制限されていましたが、その中で着て良いとされる色が、「鼠色」・「茶色」・「藍色」の三色だったのです。江戸の町民たちは、その中でもお洒落を楽しむために、使って良いとされる三色が、さらに様々な色名に細分化していったと考えられています。ちなみに、灰色を「鼠色」と表現したのは、火事の多い江戸で、「灰」という言葉が嫌われていたからだといわれています。

 

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.2  江戸の町民たちは、質素な衣類を身にまとい、貧しい生活をしていたと考えられている

 

 また、「国」や「文化」によっても、色の呼び方は様々です。「日本語」で俗にいう虹の7色は、「」・「藍」・「」・「」・「」・「」・「」です。しかし、「どの波長の光が何色に見える」などというものは、国や文化の違いによって異なってくるのです。例えば、日本で子供たちに虹の絵を描かせると、子供たちはきっと「7色」を使って虹を描き上げるでしょう。ところが、アメリカの子供たちは「6色」で虹を描くのです。もしアメリカの子供たちに虹を描かせたならば、アメリカの子供たちは、「藍色」の部分を「青色」か「紫色」で描くでしょうね。また、ニューギニアやコンゴなどの諸国では、色を表す言葉が、黒か白の「2色」、もしくは、それに赤を加えた「3色」しか存在しないといいます。例えば、インドネシアの狩猟採集民族である「ダニ族」の人々には、色を表す言葉が2つしかなく、暗い色を「ミリ」、明るい色を「モラ」と呼びます。

もちろん、彼らも私たち日本人と同じように「色」を感じているはずですが、色を表す言葉自体が、私たちよりも少ないのです。この理由として、彼らが「文化的」に色を区別する必要がなかったことが考えられます。「黄色」や「橙色」などをまとめて「赤色」と呼んでいても、特に生活上の不都合がなかったのでしょう。このように、「虹の色」が何色に見えるかは、「科学の問題」ではなく、「文化の問題」です。つまり、「何色に見えるか」ではなく、「何色と見るか」ということです。例えば、カナダ北部などの氷雪地帯に住むイヌイットの人たちは、私たちが単に「白」といっている色を、実に10通りもの言い方で区別しているといいます。私たちには白一色にしか見えない雪景色の中で、彼らは「白」を多様な表現様式をもって知覚しているのです。

 

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.3  現在の日本では、「虹の色」の数は一般的に7色とされている

 

ちなみに、日本でも文化的な理由により、「緑色」や「黒色」をまとめて「青色」と表現することがあります。例えば、信号の色は、国際的に「赤・黄・緑」と統一されています。しかし、日本では信号の色を、「赤・黄・青」といいます。青信号の色は、どちらかといえば、「青色」というよりは「緑色」をしていますよね。英語でも、青信号のことを「緑の光」すなわち「Green Light」というそうです。このように、日本語で「緑色」を「青色」という理由は、日本ではもともと「青」は寒色全体を指す言葉だったからです。

 

.2  「青」が入る言葉の例

実際の色

黒色

緑色

青色

青眼

青鹿毛

青草

青葉

青海波

 

それでは、「緑」はいったい何だったのかというと、「色」の名前ではなく、「新芽」や「若々しい」といった意味の言葉でした。それ故に、(つや)のある美しい黒髪を「みどりの黒髪」といったり、赤ちゃんを「みどり児」といったりするのです。「赤色」のものを「赤い」といったり、「白色」のものを「白い」といったりするのに、「緑色」のものを「緑い」とはいわないのは、このように「緑」はもともと「色」の名前ではなかったからだと考えられています。

色に対する一般的な印象も、国や文化によって異なります。例えば、日本では太陽の色を「赤色」で表現することが多いです。しかし、イギリスでは「黄色」、中国では「黄色」か「白色」、エジプトでは「金色」で表現することが多いです。どうやら、「赤派」は世界的に見ても少数派のようです。色事やセクシーな意味合いに用いる色も、国や文化によって異なります。日本では、「桃色」を例にあげることが多いです。しかし、アメリカでは「青色」、中国では「黄色」、スペインでは「緑色」です。アメリカでは、ポルノ映画などのことを「blue film」といい、下ネタのことも「blue joke」といいます。

 

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.4  太陽の色を何色と見るかは、国や文化によって異なる

 

さらに、同じ国や文化で暮らしている人同士でも、色の見え方に「個人差」があるということに注意しなければなりません。例えば、「先天赤緑色覚異常」という錐体視物質の異常により引き起こされる病気があります。これは、「緑色」から「赤色」の波長の光を上手く区別できないという病気のことで、日本人では男性の5%が、女性の0.2%がこの病気であるといわれています。したがって、この病気の人にとっては、「黄色」と「橙色」などの色が似たような色に見え、それらの区別が困難になるのです。学校の黒板に赤いチョークで書かれた文字が見にくいといわれるのは、この病気が原因です。

 

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.5  「先天赤緑色覚異常」の人は、上図の文字が非常に読みづらい

 

「色」というものは、光が水晶体を通って網膜に当たり、光の情報が「電気信号」に変換され、視神経を通って「脳」まで伝わることで認識されます。電気信号は、タイミングや回数などによって区別がされ、様々な色を見分けることができるようになっています。

しかしながら、同じ人間でもすべての人が同じように色を、例えばどの人でもリンゴが「赤色」に見えるという保証はどこにもありません。リンゴが「赤色」に見えるのは、私たちが学習したからであって、ある人の脳では、リンゴが「青色」に見えているかもしれないのです。この問題を解決するために、リンゴは「夕焼けの色」であると定義しても無駄です。ある人の脳では、海が「赤色」に見え、夕焼けは「青色」に見えているかもしれないのです。たとえ会話が通じていたとしても、感じている色は、各々で異なっているかもしれません。これは、科学的にも証明が非常に困難な難問なのです。

 

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.6  私たちの周りには、夕焼けが「青色」に見える人がいるかもしれない

 

人間が色をどのように認識して知覚しているかは、物理学・生理学・心理学などが複雑に絡み合った、非常に難しい問題です。例えば、「光線に色はない」という言葉があります。これは、かの有名なイギリスの物理学者アイザック・ニュートンが残した言葉であり、光に色があるのではなく、色は人間の脳が勝手に判別しているだけであるという意味です。例えば、私たちの脳は、「黄色光」を見たときは、当然「黄色」として認識しますが、「赤色光+緑色光」を見たときにも、同じように「黄色」として認識します。「黄色光」と「赤色光+緑色光」では、物理的には全く波長の異なる光なのですが、目で見て脳で認識する色としては、どちらも「黄色」になるのです。

 

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.7  私たちが「黄色光」を見るとき、その光が「黄色光」なのか「赤色光+緑色光」なのかを判別する術はない

 

私たちの脳は、ある光を受けたときに、光源の色や目の表面などでの反射、視細胞で光を受けたときの化学反応、視神経に伝わったときの感覚刺激値、脳の視覚野に伝わった色情報の脳内での分析、そして心理的環境要因などが絡み合って、初めてある種の「色」として認識します。そういう意味では、光は本来どの波長も「無色透明」であり、色というものは、飽くまで人間が勝手に定義付けた概念であり、非常に曖昧な感覚であるということが分かるでしょう。1666年、ニュートンは、偶然にも窓の隙間から入り込む太陽光が7色に分かれているのを見て、それを「光のスペクトル(spectrum)」と名付けました。「spectrum」には「幻」という意味があり、この言葉は、あまりにも適切過ぎた言葉だったのかもしれません。

 

(3) 色の心理学

色が人間の心理に与える影響もあります。例えば、赤色一色の部屋と青色一色の部屋を用意し、同じ温度・同じ湿度に設定して、被験者にそれぞれの部屋に入ってもらう、という実験があります。その結果、「赤い部屋」に入った人は、脈拍や呼吸数、血圧が上がり、暑く感じたそうです。一方で、「青い部屋」に入った人は、脈拍や呼吸数、血圧が下がり、涼しく感じたというのです。その体感温度の差は、なんと3にも及んだそうです。この実験の面白いところは、目隠しをした状態でも、同じような結果が得られたということです。確かに、赤い色は、炎を連想させて熱いイメージがあり、青い色は、水を連想させて冷たいイメージがあります。しかし、目隠しをした状態では、目からは色の情報が入ってきません。赤い色と青い色の違いは、波長の違いです。私たちの体は、皮膚でも波長の違いを感じ取っているのかもしれません。

 また、赤色と青色では、時間の感覚も異なることが分かっています。例えば、「赤い部屋」にいると、30分程度しかいなくても、1時間経過したような感覚になります。一方で、「青い部屋」にいると、1時間いても、30分程度しか経過していないような感覚になります。その差は、個人差や環境の違いにもよりますが、約4倍にもなるといわれています。実際にファミリーレストランなどで、赤色を基調とした暖色系の配色が多いのは、赤色が「食欲色」であることに加えて、色の時間感を利用することによって、少しの時間過ごしただけで、充分な時間を過ごしたような満足感を与えるためです。逆に、工場などで流れ作業や単純作業に従事する場合は、青色を基調とした配色の方が好ましいです。青色の方が、心理的に時間を短く感じるので、長時間作業しても、疲労を感じにくくなります。

 

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.8  赤色は心理的に時間を長く感じさせるので、ファミリーレストランの配色に適している

 

赤色には興奮作用があり、脳内で「ノルアドレナリン」の分泌を促進させ、全身を奮い立たせる効果があるといいます。また、男性ホルモンの一種である「テストステロン」の濃度を高めるという報告もあり、赤色には攻撃性を高める効果があると考えられます。イギリスの科学誌「ネイチャー」には、ボクシングやテコンドー、レスリングなどの格闘技では、赤色のウェアを着た選手の方が、勝利数が多いという結果が掲載されています。この論文によると、ほぼ同レベルの能力をもった選手同士が戦った場合、赤色のウェアを着た選手の方が、勝率が20%も高かったというのです。実際に男性スポーツ選手の調査では、勝者のテストステロン濃度は、敗者よりも高いことが分かっています。ただし、女性スポーツ選手の研究では、男性のような顕著な反応は見られなかったといいますから、「テストステロン」との因果関係はよく分かりません。

 なお、スペインで行なわれる闘牛の際には、闘牛士が赤い布を持って、牛を挑発しています。しかし、牛は色盲なので、実は赤色を認識できません。牛が興奮しているのは、布のヒラヒラとした動きであって、赤い布を使うのは、見ている観客を興奮させるためだといいます。

 

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.9  闘牛士が赤い布を使うのは、見ている観客を興奮させるため

 

 一方で、青色には、脳内で「セロトニン」という精神を安定させる神経伝達物質の分泌を促進する作用があるため、鎮静効果があると考えられています。陸上競技のトラックといえば、今までは赤色が多かったのですが、最近では、青色のトラックが増えてきています。青色は、脈拍や呼吸数、血圧を下げ、競技者にリラックス効果をもたらし、集中力を高めさせる効果があるといいます。陸上部の学生を対象とした研究では、赤色より青色のトラックの方が、記録のバラつきが少なかったそうです。

 また、ヤクルトスワローズの元キャッチャーである古田敦也は、当時、投手であった石井一久のコントロールを良くするために、茶色のミットを青色に変えたそうです。青色の持つリラックス効果や集中力を高める効果を利用したのです。その結果、石井投手は、見違えるようにコントロールが良くなったといい、実際に多くの投手に赤色と青色の的にボールを投げさせた実験では、青色の的に命中する確率は、赤色の的に命中する確率よりも、命中する確率が最大で約3倍も高いというデータがあります。

 

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.10  ヤクルトスワローズの元キャッチャーである古田敦也は、ミットの色を茶色()から青色()に変えた

 

 色を使えば、すでに口の中にあるものの味覚を変えることもできます。例えば、食べ物に「ピンクがかった赤色」を足すことで、食べ物や飲み物の味が甘くなることが知られています。食品や飲料品のメーカーは、製品あるいはパッケージの色を調節することで、消費者が甘さを10%ほど強く感じる飲食料品を作ろうとしています。いくつかの対照実験の結果から分かったことは、心理的に感じられる甘さは、科学的に作られる甘さと区別が付かないということです。正しく色づけされた飲み物(ピンクがかった赤)を飲んだ人は、適さない色で着色された飲み物(例えば緑)を飲んだ人より、同じものをより甘く評価することがあると確認されています。しかも、適さない着色をした飲み物の糖分を10%増やしても、同じ結果が得られることもあるといいます。

 

(4) 色が見える原理

 普段の生活では、私たちは空の色や花の色などを特に区別せずに捉えていますが、「色が見える原理」から考えると、空の色と花の色の着色の仕方は大きく違ってきます。片や「自ら色の付いた光を発しているもの」で、片や「何らかの光を受けてその結果として色が付いて見えるもの」だからです。一般的に色が見える原理には、大きく分けて、次に示す4つが考えられます。

 

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11  「色が見える原理」は、大きく分けて4つがある

 

(i) 物体自体が光を出す場合

ロウソクの炎や懐中電灯の光、テレビ、街の灯り、青空や夕焼け、そして太陽や無数の星々のように、物体自体が光を出している物体の色を「光源色」といいます。これは、物体自体が光を出して、私たちの目に入ることによって、色が見えることになります。光源色すなわち光の色は、基本的には光源から発する光の成分によって決まります。

 

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.12  ロウソクの炎は「光源色」である

 

(ii) 物体が特定の光を吸収し、残りの光を反射または透過する場合

花の色や鳥の色、建物の色、果物の色、そして月や惑星のように、光に照らされた物体の色を「物体色」といいます。この物体色は、物体の表面で光源の光の一部が吸収され、残りが反射散乱されて生じます。リンゴが赤く見えるのは、リンゴ自体が赤く光っているのではなく、リンゴが可視光のうち、赤色以外の光を吸収し、残りの赤色の光を反射散乱しているからです。そのため、物体色すなわち物の色は、光源から発する光の成分と、物体表面での吸収や反射の性質の両方に影響されて決まることになります。なお、色フィルターやステンドガラス、ワインの色など、透明な物体を通過したときの色も、物体中を通過する際に光の一部が吸収されて生じる物体色です。

 

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.13  花の色は「物体色」である

 

(iii) 光の屈折による場合

太陽光をプリズムに通すと、「虹の7色」に分解されますが、これは「光の屈折」が原因です。これは光が波であるために生じる光の基本的な性質であり、一般的に「光の分散」と呼ばれます。空気とプリズムのように、屈折率が異なる媒質に光が入射すると、光は屈折します。その際、光の波長によって屈折率が少しずつ異なるために、白色光はいろいろな色の光に分解されるのです。プリズムによる光の分解や虹の色は、光の分散が原因で生じています。波長の長い赤色の光は、屈折率が小さくあまり屈折しません。逆に波長の短い紫色の光は、屈折率が大きいために大きく屈折することになります。このようにして白色光が分散して私たちの目に届くとき、白色光が虹色のように見えるのです。

 

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.14  プリズムによる「光の分散」

 

(iv) 光の干渉による場合

 2つの波が重なると、波が強め合ったり弱め合ったりしますが、この現象を「波の干渉」といいます。光も波の一種なので、干渉を起こします。例えば、シャボン玉や水たまりの油膜の厚さは、光の波長程度しかないため、油膜の上面で反射した光と、下面で反射した光が干渉するのです。しかも、干渉したときに波長が違うと、ある波長の光は強め合うものの、別の波長では弱め合うことになったりして、結果として色が付いて見えるのです。シャボン玉が虹色に見える理由は、シャボン玉の膜は均一ではなく、薄いところと厚いところがあるためです。薄いところでは、波長の短い青色の光が干渉して強め合うので青色に見え、厚いところでは、波長の長い赤色の光が干渉して強め合うので赤色に見えます。

 

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.15  シャボン玉による光の「干渉」

 

(5) 光の3原色

 「(red)」・「(green)」・「(blue)」を「光の3原色」といい、頭文字を取って、「RGB」とも表します。光の3原色である「RGB」は、パソコンのモニタなどでおなじみのはずです。「」は波長700 nmの光、「」は波長546.1 nmの光、そして「」は波長435.8 nmの光に対応しています。そして、「」と「」を混ぜると「」に、「」と「」で「シアン」に、「」と「」で「マゼンタ」になり、他のすべての色光も、3原色を適当な強さで混ぜ合わせることで作ることができます。色光の3原色を混ぜ合わせると明度が上がるので、それを「加法混色」といいます。そして、「」と「」と「」を等しい強さで混ぜると、「白色光」になります。また、「」と「シアン」、「」と「マゼンタ」、「」と「」を混ぜても、「白色」になります。つまり、私たちが普段見ている太陽光のような「白色光」は、いろいろな光が集まった結果、「白色」に見えているだけなのです。

 

.16  「光の3原色」を適当な強度で混ぜ合わせると、「白色光」となる

 

太陽光をプリズムでいろいろな光に分散すると、虹色に分かれることはよく知られています。しかし、逆に虹色の光を混ぜ合わせてやれば、太陽光のような白色光を人工的に作り出すこともできるはずです。ここで、ある「2色の光」を混合すると、「白色光」になる場合があります。これは、先に述べた「」と「シアン」、「」と「マゼンタ」、「」と「」のような関係です。このように混ぜ合わせると白色になる色同士を、互いに「補色」と呼びます。補色の関係は、次のように表すことができます。

 

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.17  「補色」の関係

 

上図において、「向かい合った色同士」が「補色」の関係になります。例えば、「」と「」は、向かい合った位置にあり、補色の関係になっているはずです。逆に隣り合った色を「類似色」といい、「」と「赤橙」は類似色の関係です。この補色の関係は、「物体に色が付く原理」を考えていく上でとても重要になります。

青色」と「黄色」の光は補色の関係なので、混ぜ合わせると「白色光」になります。逆に「白色光」から「青色」の光だけを取り除くと、「黄色」の光になるのです。このように、「白色光」からある色の光を取り除き、残った色を「余色」といいます。つまり、「物体に色が付く原理」は、「その物体が何の光を吸収するのか」によって考えることができるのです。例えば、「緑色」の葉に「白色光」があたると、葉は光合成を行う上で効率の良い「赤色」や「青紫色」の光を吸収して、残りの「緑色」の光を反射します。だから葉は「緑色」に見えるのです。このように特定の波長の光を吸収する物質を「色素」といい、植物のもつ「クロロフィル(葉緑素)などは、その代表例です。

 

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.18  植物の葉は、「白色光」から「赤色」や「紫色」の光を吸収するため、「緑色」に見える

 

 この現象を証明する、簡単な実験があるので紹介しておきましょう。まず「無色」・「緑色」・「紫色」の透明な溶液を用意してください。「無色」の溶液に、「白色光」のライトを照らします。透過する光はどうなるでしょうか?

 

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.19  「無色透明」な溶液に「白色光」を透過させる

 

もちろん、これは上の図.19に示すように、当然、透過する光は変化もなく、「白色光」のままです。しかし、「緑色」と「紫色」の溶液に「白色光」を照らすとどうなるでしょうか?

 

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.20  「緑色」と「紫色」の溶液に「白色光」を透過させる

 

透過光は、「白色光」から色が変わります。「緑色」の溶液を通過した光は「緑色」になり、「紫色」の溶液を通過した光は「紫色」になるのです。これは、「緑色の色素」は補色である「紫色の光」を吸収し、「紫色の色素」は補色である「緑色の光」を吸収する性質があるからです。透明な物体を「白色光」が通過する間に、「ある色の光」が吸収されるなどの方法で取り除かれると、透過光は「除かれた色の余色」に見えるのです。また、今度は「緑色」の溶液に「紫色」の光を照らし、「紫色」の溶液に「緑色」の光を照らしてみます。透過光は、一体どうなるでしょうか?

 

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.21  「緑色」と「紫色」の溶液に、「紫色光」と「緑色光」を透過せる

 

答えは、上の図.21で示すように、「透過光がなくなる」です。「緑色」と「紫色」は、互いに補色の関係です。したがって、「緑色の色素」は「紫色の光」を吸収し、「紫色の色素」は「緑色の光」を吸収するので、透過光は溶液に吸収されてなくなってしまうのです。

 

(6) 空の色

空が「青色」なのはなぜでしょうか?太陽が青く光っているからでしょうか?太陽光には、青色を含めて様々な色の光が含まれていますが、太陽光は、一般的に無色の白色光であるはずです。空が青色に見える理由は、「光の散乱」が関係しています。大気中に入射してきた太陽光は、大気を通過するときに、空気分子のような光の波長よりもはるかに小さな粒子に当たって散乱します。このような微小な粒子による散乱では、散乱される度合いは、波長によって異なることが知られています。そして、そのような散乱を調べたイギリスの物理学者レイリー卿にちなんで、微粒子による散乱は、「レイリー散乱」と呼ばれています。

レイリー散乱の理論によれば、「光の散乱量」は、「光の波長」の4乗に反比例します。すなわち、赤い光の波長は、青い光の波長の2倍程度あるため、青い光は、赤い光よりも約16倍も強く散乱されることになるのです。このレイリー散乱の結果、太陽光のうち、青い光が強く散乱されることになり、空が青く見えるのです。遠くの山が青色っぽく見えるのも、本来の山の色に散乱光の青色が重なるためです。大気があるからこそ、散乱が起こって空は青く見えるので、空気の薄い高山や上空に行くほど、光の散乱はだんだん弱くなり、空の色は次第に黒くなっていきます。例えば、カラコルム山脈にある標高8,611 mの「K2」山頂では、実際に空が黒く見えます。

 

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.22  標高8,611mの「K2」山頂では、空が黒く見える

 

 また、晴れた日に、見通しの良い場所で夕暮れを迎えると、西の空が茜色に染まる一方で、頭上にはまだ青空が広がっていて、茜色から空色まで、とても綺麗なグラデーションで彩られた空を見ることができます。このように晴れた日の空が青く、また朝焼けや夕焼けが赤いのは、それぞれ別の理由がある訳ではなく、同じ「散乱現象」によって説明できるのです。

 

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.23  夕焼けのグラデーション

 

明け方や夕方と昼間の違いは、太陽の「高度」にあります。明け方や夕方には、太陽の高度が低く、地平線付近なので、昼間に比べて、太陽の光が大気を通過する距離が長くなります。太陽光が大気中の長い距離を通過してくる間に、青い光は散乱されてあちこちに飛び散ってしまい、私たちの目に届く頃には、ほとんど失われてしまうのです。一方で、青い光に比べてあまり散乱されずに残っている赤い光は、そのまま私たちの目に届くことになります。このため、明け方や夕方の空は、赤く見えるのです。また、しばしば朝焼けより夕焼けの方が赤く見えることがあります。この理由は、車や工場など昼間の人間の様々な活動によって、空気中にチリやゴミが出て、夕方の方が多くの散乱が起こるためです。

 

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.24  昼間と夕方や朝方の太陽の高度の違い

 

このように、地球の空気の分量は、青空や夕焼けを作るのに、丁度いい分量だといえます。仮に空気の量が多すぎる場合、昼間でも太陽光が散乱され過ぎて、空が赤くなるかもしれないし、逆に空気の量が少なすぎる場合、夕方になって、ようやく空が青くなるかもしれません。

また、牛乳を水で薄めて白色光にかざしてみると、赤色っぽく見えます。この現象にも、レイリー散乱が関係しています。牛乳中には、「カゼイン」という直径30 nm程度の小さなタンパク質粒子が分散しています。薄めた牛乳に入った光は、レイリー散乱によって青色が除かれ、赤色に見えるのです。朝焼けや夕焼けと同じ原理です。ポカリスエットでも同様の実験ができ、これは人工で夕焼けを作る実験になっています。

 

夕焼けをつくってみよう │科学実験データ│科学実験データベース│公益財団法人日本科学協会

.25  薄めた牛乳で夕焼けを作る実験

 

 ちなみに、ヨーロッパの白人に虹彩が青く見える人が多いのも、空が青いのと同じレイリー散乱の結果です。メラニン色素のほとんどない虹彩を光が通過するとき、青い光がよく散乱されるので、虹彩が青く見えることになります。このときにメラニン色素が少しあると、メラニン色素の薄茶色が混ざって、虹彩は緑色になります。その他の色も、メラニン色素の割合や大きさ、分布具合などが変化することで作られます。わずかに血の色が混ざって作られるヴァイオレットの虹彩は非常に珍しく、特に女優エリザベス・テイラーのヴァイオレットの虹彩には、引きずり込まれてしまうような魅力がありました。映画「クレオパトラ」で、彼女が演じるクレオパトラの魅力にカエサルとアントニウスが溺れるのも納得できます。

 また、青色の眼のように虹彩のメラニン色素が少ないと、強い光線が虹彩を通過してしまうので、まぶしすぎてものがよく見えません。だから、そのような人々はサングラスをかけるのです。もっとも、虹彩が濃い人でも、水晶体の白濁(白内障)を防ぐためには、サングラスをかけた方がよいそうです。

 

.26  クレオパトラを演じるエリザベス・テイラー

 

(7) 雲の色

 暑い夏の日、山の向こうにむくむくと湧きあがってきた積乱雲は、真っ白に輝いています。しかし、その雲が近くにやってきて、激し夕立を降らそうとする頃には、空は薄黒い雲に覆われています。雲の色は、一体何によって決まっているのでしょうか?

雲は、空気中の水蒸気が、水滴や氷の結晶となって現れたものの集まりです。水滴などの雲粒は、空気の分子と比べて非常に大きいため、雲粒に当たって散乱される太陽光は、波長の違いの影響をあまり受けません。水滴や氷晶のように、粒子のサイズが光の波長よりも十分に大きければ、あらゆる波長の光を満遍なく散らすので、散乱光に色は付かないのです。このような、光の波長と同程度の粒子による散乱は、「ミー散乱」と呼ばれています。

その結果、太陽からの白色光が雲に散乱されても色が付かず、水滴や氷晶を含む雲は、白っぽく見えるのです。また、このときの散乱は、光の入射方向の前方に強く起こり、側方及び後方へはあまり散乱しないため、積乱雲のように厚い雲は、強い光を受けて、まぶしいくらいに白く輝いて見えます。

 

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.27  光を散乱して、白く輝く積乱雲

 

 それでは、雲が黒く見えるときは、どのように説明できるでしょうか?これには2つの理由が考えられます。第一には、夕方などで雲に入る光が少なくなり、光がミー散乱するうちに、目に届く光が少なくなることです。第二には、雨の日などで雲に含まれる水滴や氷晶の量が多くなり、雲が厚くなって、下の方まで光が届かなくなることです。いずれにしても、雲が黒く見える原因は、「光量」に関係しています。私たちの目に届く光が少なくなると、雲は薄黒く見えるのです。昼間は白く輝いている積乱雲でも、太陽が隠れている夜に見れば、色は黒くなります。

 雲の他に、身近な白色のものとしては、牛乳があります。牛乳の白色も、雲と同様にミー散乱により説明できます。牛乳中には、直径1100 µm程度の脂肪球が分散しており、これが光をミー散乱する結果、白色に見えるようになるのです。散乱光が白色になる他の例として、透明のプラスチック板を紙やすりでこすり、表面を傷だらけにするという実験があります。紙やすりでこすると、それまで透明であった板が白くなるのです。これは、表面の凹凸で、光がミー散乱されるために起こります。また、ここにセロハンテープを貼ると、再び透明に戻ることから、表面の凹凸が重要であることが分かります。セロハンテープを貼ることにより、表面の凹部分にセロハンテープの糊が入り、新たな表面として、セロハンテープ表面の滑らかな面が出現します。このため、光の散乱が減少して、透明になると考えられています。

 

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.28  牛乳が白色に見えるのも、ミー散乱が原因である

 

 その他に、白い花やシロクマが白色に見えるのも、ミー散乱が原因です。白い花は、色素を持っていない細胞の間に含まれる水の中に、数十µm程度の大きさの泡があり、その泡が光をミー散乱することにより、白色に見えるのです。シロクマの白色については、シロクマの毛が、光をミー散乱することによります。シロクマの皮膚の色は、意外にも黒色なのです。シロクマの毛は中空構造になっており、よく見ると透明です。白色に見えるのは、太さ100 µm程度の透明の毛によって、光がミー散乱されるためです。ちなみに、人間の白髪も、シロクマの毛と同じ原理で白色に見えています。年を取ると新陳代謝が鈍くなり、毛母の「メラニン色素」を作る能力が低下し、「メラニン色素」のあった場所には隙間ができて、空気が入り込みます。この隙間に入った空気が、光をミー散乱することによって、白色に見えるのです。

 

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.29  中空構造になっているシロクマの毛は、保温に役立っている

 

ちなみに、NASAの火星無人探査機「キュリオシティー」が、火星で撮影した日没の写真によると、火星の夕焼けは、青色であることが分かっています。火星では、酸化鉄などの空気の分子に比べるとずっと大きな微粒子が大気中に漂っており、レイリー散乱ではなく、ミー散乱が起こると考えられているからです。このとき、ミー散乱によって、どの波長の光も均等に散乱されるのですが、火星の微粒子は、波長の長い赤色の光をよく散乱するようで、地球の夕焼けとは逆に、波長の短い青色の光が地表に届くという訳です。

また、火星に漂っている微粒子が、赤色の光をよく散乱するのであれば、昼間の火星の空は、地球とは逆に赤色に見えそうです。実際に、NASAの火星無人探査機「マーズ・パスファインダー」が撮影した写真によれば、火星の空の色は、赤茶色であったことが報告されています。

 

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.30  NASAの火星無人探査機「キュリオシティー」が捉えた、火星の青い夕焼け

 

(8) 水の色

 1961年、ボストーク1号で、世界初の有人宇宙飛行を成功させたソ連のユーリイ・ガガーリンは、宇宙から地球を俯瞰して、「地球は青いヴェールをまとった花嫁のようだった」と言い残しています。余談ですが、日本で有名な「地球は青かった」というガガーリンの言葉は、実は誤った引用であるというのが通説です。

さて、ガガーリンの言葉にあるように、地球の色は青色です。これは、地表の71%が海であることに起因しています。海は、濃度3%前後の塩などが溶け込んだ水であり、海の主成分は、水であると見なすことができます。つまり、水は青い色をしているのです。しかしながら、海が青いのは見て分かりますが、グラスに注いだ水は無色透明です。これはなぜでしょうか?

まず、海水に限らず、水の中を可視光線が通過すると、水分子によって、光は吸収されます。液体の水分子には、2個のヒドロキシ基(-OH)があり、その変角運動と伸縮運動により、可視光領域の長波長の光が吸収されるのです。グラスの水が無色透明なのは、単純に水の量が少ないからです。水分子による光の吸収はごく僅かなので、海のように水が大量にある状況(水の層が5 m以上)でなければ、十分な光の吸収が起こらないのです。

 

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.31  水分子は、可視光領域の長波長の光を吸収する

 

可視光が水中を何mも進むと、光の吸収が起こります。この吸収の割合は、波長の長いものほど大きく、可視光でも最も波長の長い赤色光は、水深7 mほどで、海面に降り注ぐ光量の99%が吸収されてしまいます。白色光のうち、赤色から黄色の光が強く吸収されてしまうので、海は余色の青色に見えるのです。

深い海の底には、赤い光はほとんど届きません。そのため、赤い色をしていれば、海の底では姿を消すことができます。キンメダイやカサゴなど、海の深い所に棲む魚が鮮やかな赤色をしているのは、これが理由です。

 

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.32  水分子が赤色から黄色の光を吸収するので、海は青色に見える

 

 一方で、陸地から海を見ると、海が緑色っぽく見えることもあります。この理由は、海水中での吸収や散乱には、水分子だけでなく、浮遊している粒子や溶存している物質も、大きく影響を与えるからです。例えば、海水にクロロフィルを持つ「植物プランクトン」を多く含むと、プランクトンが吸収しない緑色が強く影響し、緑がかった海水の色となります。栄養塩類に富んでいる海は、プランクトンが多いため、海水の色は緑っぽくなるのです。

魚の餌となるプランクトンが多い海は、良好な漁場となります。逆に、プランクトンが少ない海では、魚があまり獲れません。熱帯の海は、水温が高いので、酸素の溶ける量が少なくなり、プランクトンが少なくなります。日本では、貧栄養の南方から房総半島沖を東に流れてくる海流を、「黒潮」と呼んでいます。この海流は、名前の通り黒っぽい色をしています。黒潮は、プランクトンが少ないために透明度が高く、最も吸収されにくい藍色の光が散乱光として満ちているため、黒潮は黒く見えるのです。

 

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.33  「黒潮」は、名前の通り黒っぽい色をしている


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・参考文献

1) 福江純/粟野諭美/田島由起子 共著「カラー図解でわかる光と色のしくみ」ソフトバンククリエイティブ (2008年発行)

2) レト.U.シュナイダー「狂気の科学-真面目な科学者たちの奇態な実験-」東京化学同人(2015年発行)

3) 中田博保「透明結晶の粉末はなぜ白いのか?―微粒子による光散乱―」化学と教育6512(2017)

4) 佐々木仁美「色の心理学」竢o版社(2014年発行)

5) チャールズ・スペンス 著/長谷川圭 訳『「おいしさ」の錯覚 最新科学でわかった、美味の真実』株式会社KADOKAWA(2018年発行)

6) 長沼毅「Dr.長沼の眠れないほど面白い 科学のはなし」中経出版(2013年発行)

7) 吉村忠与志「知るほどハマル!化学の不思議」技術評論社(2007年発行)

8) 左巻健男「面白くて眠れなくなる物理」PHP研究所(2012年発行)

9) 蛇蔵&海野凪子「日本人の知らない日本語2」メディアファクトリー(2010年発行)

10) 松本英恵『人を動かす「色」の科学』SBクリエイティブ(2019年発行)