・無機工業化学


(1)アンモニアNH3の生産

 アンモニアNH3が、窒素Nと水素Hの化合物であることが発見されたのは、18世紀末のことであり、その頃には、触媒下でのアンモニアNH3の分解と合成の実験に基づいて、アンモニアNH3の分解反応が、可逆反応であることが見出されていました。もし可逆反応であれば、窒素N2と水素H2から、アンモニアNH3の合成ができるはずであり、多くの化学者によって、この合成法が研究され、検討されるようになりました。

 

N2() + 3H2() 2NH3() + 92 kJ

 

この平衡反応において、平衡状態でのアンモニアNH3の生成量を多くするには、正反応が進む向きに、平衡が移動すれば良い訳です。正反応は発熱反応なので、温度が低いほど、正反応が進んで平衡が移動します。また、正反応は総物質量が減る反応なので、圧力が高いほど、正反応が進んで平衡が移動します。したがって、化学平衡の面から見れば、「低温高圧」の条件にすることが望ましいです。次の図.1に、窒素N2と水素H213の比率で混合して、温度と圧力を変化させて、平衡状態にしたときのアンモニアNH3の割合を示します。

 

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.1  平衡状態でのアンモニアNH3の割合

 

ところが、工業的な反応では、物質を効率よく大量生産する必要があるため、平衡定数の他に、反応速度や反応装置の強度などが重要になります。平衡定数を大きくするために、あまりに低温にすると、触媒を用いたとしても反応速度が小さくなり、平衡状態に達するのに時間がかかり過ぎるので、生産効率が逆に悪くなります。そのため、アンモニアNH3の合成では、反応温度は高温にせざるをえないのです。しかしながら、反応速度を大きくするために、あまりに高温にすると、反応装置の強度や耐久性、安全性などに問題が生じてきます。

多くの化学者が、高温下においてアンモニアNH3の生成率が低いという、平衡論的立場から工業的応用を断念する中、ここで名乗りを挙げたのが、ドイツの物理化学者であるフリッツ・ハーバーでした。ハーバーはユダヤ人の家系に生まれ、1906年に37歳でカールスルーエ大学の正教授に昇格したばかりでした。これは当時としては、かなり遅い出世で、恐らくは人種差別の影響もあったのでしょう。しかし、才気とエネルギーに溢れたハーバーは、飽くまでその可能性を信じて研究を進め、終には実験的に一応の成功を収めました。

ハーバーの最初の特許(1908)によれば、窒素N2と水素H2100200 atm650700℃で反応させて、アンモニアNH3の生成率2 vol%を得ています。この合成法は、生成したアンモニアNH3を、水H2Oなどの吸収剤で除去した後、未反応ガスに原料ガスを補給して、再循環させるというものであって、アンモニアNH3合成における、混合ガスの循環という考え方が打ち出された最初のものでした。

この合成法の持つ、工業的意義と重要性を深く認識したドイツの工学者であるボッシュは、当時技術的に困難とされていた200 atm600℃の高温高圧の化学装置を完成させました。また、触媒の研究においても、ハーバーが見出した高価なウランUやオスミウムOsの触媒の代わりに、鉄Feを主体とした安価な触媒の開発に成功しました。そのため、このようなアンモニアNH3の工業的製法は、2人の名を取って、ハーバー・ボッシュ法(Haber-Bosch process)と呼ばれます。この結果に至るまでに、彼らはなんと2万回以上の実験を繰り返したといわれています。

 

N2 + 3H2 (鉄触媒) 2NH3 + 92 kJ

 

ハーバー・ボッシュ法の出現に刺激され、世界各国でアンモニアNH3合成法に関する研究が、活発に推進されました。反応条件や触媒の検討が行われ、現在では、窒素N2と水素H22001000 atm400500℃の条件で反応させて、合成が行われています。触媒には、四酸化三鉄Fe3O4を主成分とする物質が用いられ、水素H2によって還元され生じた鉄Feが、窒素N2や水素H2を表面に吸着することで、触媒作用を示します。

 

2[Fe]N + 6[Fe]H 2[Fe]NH3

 

 このハーバー・ボッシュ法は、化学工業史上最高の成功例といわれています。ハーバー・ボッシュ法は、「水と石炭と空気からパンを作る方法」ともいわれ、この業績を称えられて、ハーバーは1918年に、ボッシュは1931年に、それぞれノーベル化学賞を受賞しました。1つの業績に2度ノーベル賞が贈られた例は、これ以外に私は知りません。

小麦の育成には、窒素を含む肥料の十分な供給が不可欠ですが、痩せた氷河地形で、土壌が未発達な土地が多いドイツでは、小麦の栽培は困難であり、主要な穀物生産は、硝石KNO3などの海外産窒素肥料の輸入によるか、痩せた土壌に強いライ麦に頼るか、あるいは穀物の代替品として、新大陸のジャガイモに頼らざるを得なかったのです。ハーバー・ボッシュ法によるアンモニアNH3合成法の開発以降、莫大な量の窒素化合物が世界中の農地に供給され、世界の人口は急速に増加しました。

現在では、ハーバー・ボッシュ法は、地球の生態系において最大の窒素固定源となっています。世界各国に存在するアンモニアNH3合成プラントは、今では、私たちの食料に含まれる窒素の1/3を供給しています。言い換えれば、ハーバー・ボッシュ法による窒素固定がなければ、世界で20億人以上が餓死するという計算になります。しかし、この方法は同時に「平時には肥料を、戦時には火薬を空気から作る」とも形容され、爆薬の原料となる硝石KNO3の大量生産を可能にしたことから、その後の戦争が長期化する要因を作りました。ドイツでは、第一次世界大戦(19141918)の開戦を決意せしめた要因の1つとなり、この方法でドイツは、第一次世界大戦で使用した火薬の原料の窒素化合物のすべてを、国内だけで合成することができました。

 なお、熱烈な愛国者であったハーバーは、別な手段でも戦争に貢献しています。ハーバーは、「戦争を毒ガス兵器によって早く終結できれば、無数の人命を救うことができる」と考え、塩素ガスやマスタードガス、ホスゲン、ツィクロンBといった毒ガスを開発し、戦場でその使用法を指揮することまでしたのです。

毒ガス利用の化学戦がいかに悲惨なものかを知っていた妻クララ(ブレスラウ大学で女性初の化学の博士号を取得した秀才です)は、化学戦から身を引くように夫に懇願しました。しかし、ハーバーは頑として聞き入れません。「科学者は平和時には世界に属するが、戦争時には祖国に属する」「毒ガスでドイツは迅速な勝利を得る」といって、ハーバーはロシア軍への最初の毒ガス攻撃を行うため、東部戦線に出発して行きました。クララはこの非人道的な行為に抗議して、自ら命を絶ちますが、ハーバーはそれでも、毒ガスに関する研究開発から手を引くことはありませんでした。

当時は、ドイツの科学界に対する国外からの反感が大きく、ハーバーのノーベル化学賞受賞に対しても、各国からの批判があったといいます。かくも盲目的なまでにハーバーを突き動かしたものは、一体何だったのでしょうか?これは、ハーバーがユダヤ人であったことと関係しているのかもしれません。当時のドイツでは、ユダヤ人に対する反感が幾分かあり、ハーバーは祖国であるドイツのために尽くすことで、「ドイツ人の一員」になろうとしたのではないでしょうか。

 しかし、ナチスの台頭で、ヒトラーがドイツを支配するようになると、ユダヤ人のハーバーは、冷遇されるようになりました。比類ない愛国的化学者であったハーバーも、カイザー・ウイルヘルム研究所長を辞職し、ただのユダヤ人ハーバーとならざるを得ませんでした。国外追放の憂き目に遭い、心身の疲労のため、ハーバーはドイツから出て、スイスのサナトリウムで静養します。彼はその後、イギリスに迎えられました。

しかし、イギリスでは、ハーバーの毒ガス兵器への憎しみが残っており、快適な環境ではありませんでした。失意の中、イギリスからスイスへの保養旅行へと出たハーバーは、遂に二度と祖国ドイツの地を踏むことなく、旅先のバーゼルで亡くなります。1934129日のことでした。そして、彼の開発した毒ガスは、アウシュヴィッツの強制収容所で用いられ、彼の親族を含む600万人のユダヤ人の命を奪うことになります。ハーバーはその遺書に、「自分の遺灰は妻クララと一緒に埋めてほしい」と記しており、ハーバーは毒ガス兵器のことを、本当は後悔していたのかもしれません。

 

(2)硝酸HNO3の生産

硫酸H2SO4とチリ硝石NaNO3から硝酸HNO3を得る方法は、ドイツの工学者であるグラウバーが、1648年に考案したものです。チリのアタカマ砂漠は、世界で最も乾燥した土地ともいわれ、40年間雨が一滴も降らなかった場所さえあります。このため、普通なら雨水に溶けて流れ去ってしまうような硝酸ナトリウムNaNO3が、この地には豊富に堆積していたのです。地上に存在する硝酸ナトリウムNaNO3は、ほとんどがこの地に集中しているともいわれていました。その後長い間、この方法は工業的製造法として用いられてきましたが、安価なチリ硝石NaNO3が枯渇したため、現在は行われていません。

 

NaNO3 + H2SO4 (加熱) HNO3↑ + NaHSO4

 

 後年、ドイツの物理化学者であるオストワルドは、白金板を触媒とするアンモニアNH3酸化による硝酸HNO3生成反応を詳しく調べ、1914年には、ドイツでその工業化が成功しました。この方法は、一般的にオストワルド法(Ostwald process)と呼ばれます。当時、ハーバー・ボッシュ法により、アンモニアNH3は大量に供給しうる体制にあったので、硝酸HNO3の製造も急速に発展しました。

工業的には、まずアンモニアNH3と空気を混合し、800℃の白金網に通じます。このとき、白金Ptは触媒として作用し、アンモニアNH3は酸化されて、一酸化窒素NOとなります。

 

4NH3 + 5O2 (白金触媒) 4NO + 6H2O ・・・(I)

 

(I)の平衡定数Kは、800℃付近ではK=36であり、これは式(I)の平衡が、極端に右側にかたよっていることを示しています。また、一酸化窒素NOは、冷却後に空気中の酸素O2と反応し、二酸化窒素NO2となります。

 

2NO + O2 → 2NO2 ・・・(II)

 

ただし、二酸化窒素NO2は、式(III)に示すように、一部が会合して四酸化二窒素N2O4となっています。両者は、与えられた温度と圧力下で一定の平衡状態にあり、低温高圧では、平衡が右側にかたよっています。

 

2NO2 N2O4 + 53.5 kJ ・・・(III)

 

したがって、水H2Oへの吸収にあずかるのは四酸化二窒素N2O4であり、次のような反応によって、一酸化窒素NOを生じつつ、水H2Oに吸収されます。

 

3N2O4 + 2H2O → 4HNO3 + 2NO ・・・(IV)

 

ここで生じた一酸化窒素NOは、再び酸素O2で酸化され、二酸化窒素NO2および四酸化二窒素N2O4になります。式(IV)では、四酸化二窒素N2O4の分圧が高いほど生成する硝酸HNO3の濃度が大きくなるので、式(III)の平衡を右に移動させるために、冷却することは非常に有効です。さらに全体の反応では、式(I)(IV)をまとめて、次のように表されます。

 

NH3 + 2O2 → HNO3 + H2O

 

(3)硫酸H2SO4の生産

 硫酸H2SO4は、工業的には五酸化二バナジウムV2O5を主成分とした触媒を用いて、400600℃で二酸化硫黄SO2を空気酸化し、生じた三酸化硫黄SO3を、濃硫酸H2SO4に含まれる水H2Oに吸収させて作ります。このような硫酸H2SO4の工業的製法を、接触法(contact process)といいます。

 

2SO2 + O2 (五酸化二バナジウム) 2SO3 ・・・(V)

SO3 + H2O → H2SO4 ・・・(VI)

 

(V)の反応は発熱反応ですが、活性化エネルギーがかなり大きいために、通常は起こりにくいです。火力発電所は、主として重油を燃料として運転されており、重油中には12%の硫黄分が含まれているので、二酸化硫黄SO2は、重油の燃焼とともに大気中にかなり出ています。この反応が簡単に起こったら、私たちは硫酸H2SO4の雨を浴びることになります。この反応を起こすために、五酸化二バナジウムV2O5を触媒として加えるのです。

また、式(VI)の反応は、三酸化硫黄SO3を直接純水中に吸収させると、大きな水和熱と溶解熱のために水H2Oが蒸発して、吸収させにくくなります。そこで、実際には濃硫酸H2SO4に多量の三酸化硫黄SO3を吸収させ、発煙硫酸(fuming sulfuric acidH2SO4nSO3)とし、これを希硫酸H2SO4と混合することで、濃硫酸H2SO4を生産しています。

 

H2SO4 + nSO3 H2SO4nSO3

 

 接触法で必要な二酸化硫黄SO2は、黄鉄鉱FeS2を燃焼させるか、単体硫黄Sを燃焼させて製造します。黄鉄鉱FeS2を燃焼炉で燃焼させると、硫黄S2が遊離し、これが直ちに空気中の酸素O2と反応して、二酸化硫黄SO2に変化します。一方で、硫黄Sは非常に火の着きやすい物質であり、引火点は248261℃です。したがって、容易に燃焼させることができます。

 

4FeS2 + 11O2 → 2Fe2O3 + 8SO2

S + O2 → SO2

 

黄鉄鉱FeS2の燃えかす(焼鉱)は、製鉄の原料となったり、またこれから有用金属(Cuや亜鉛Zn、金Au、銀Agなど)が回収されたりしています。しかし、最近では原油からの回収硫黄の利用が急増しており、黄鉄鉱FeS2を原料として二酸化硫黄SO2を生産する方法は、現在日本国内では利用されていません。この傾向は、アメリカやヨーロッパにおいても同じであり、黄鉄鉱FeS2を用いる方法は、すでに経済的な競争力を失って、廃絶されつつあります。

また、原油中には1.53%の硫黄分しか含まれていませんが、原油処理量が膨大なため、最近ではこれから回収される硫黄S99.9%以上の純度にもなり、回収される硫黄Sは、約200tの量に上っています。

 

(4)水酸化ナトリウムNaOHの生産

水酸化ナトリウムNaOHは苛性ソーダと呼ばれ、化学工業的に非常に重要な基礎原料の1つです。イオン交換膜と電気分解を用いて、塩化ナトリウムNaCl水溶液から水酸化ナトリウムNaOH水溶液を合成する方法を、イオン交換膜法(ion exchange membrane process)といいます。イオン交換膜法は電解法の1つであり、電解槽の隔膜には、陽イオン交換膜を使用します。この膜は、陽イオンしか通過させません。この方法の原理図を、次の図.2に示します。

 

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.2  イオン交換膜法の原理

 

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高濃度塩化ナトリウムNaCl水溶液は陽極室へ送られ、電解が進むと、陽極上で塩素Cl2が発生します。また、同時に陽イオン交換膜を通ったナトリウムイオンNa+ が、陽極室から陰極室へ移動します。濃度が薄くなった塩化ナトリウムNaCl水溶液は、陽極室から源塩溶解槽へ戻されます。陰極室へは、低濃度水酸化ナトリウムNaOH水溶液が送入されます。陰極上では、水H2Oが電気分解されて水素H2が発生し、残った水酸化物イオンOH- は、陽極室から移行してきたナトリウムイオンNa+ と一緒になって、濃度の高い水酸化ナトリウムNaOH水溶液となり、陰極室から外部へ取り出されます。イオン交換膜法では、このようにして純度の高い高濃度(2050%)の水酸化ナトリウムNaOH水溶液を得ることができます。

 

(5)炭酸ナトリウムNa2CO3の生産

 炭酸ナトリウムNa2CO3は炭酸ソーダとも呼ばれ、水酸化ナトリウムNaOHと同様に、各種化学工業で広範囲に使用されている重要な基礎原料です。炭酸ナトリウムNa2CO3は、工業的には塩化ナトリウムNaClと炭酸カルシウムCaCO3から製造されますが、これら2つを混ぜ合わせただけでは反応は起こりません。そこで、ベルギーの化学者であるソルベーが考案したアンモニアソーダ法(ammonia soda process)と呼ばれる方法により、反応を5段階に分けて炭酸ナトリウムNa2CO3を製造します。

まず、飽和食塩水にアンモニアNH3を十分に吸収させ、そこへ二酸化炭素CO2を吹き込むと、式(VII)の反応が起こり、比較的水に溶けにくい炭酸水素ナトリウムNaHCO3が沈殿します。この沈殿を270℃以上で熱分解させると、式(VIII)の反応が起こり、炭酸ナトリウムNa2CO3が得られます。

 

NaCl + H2O + NH3 + CO2 → NaHCO3 + NH4Cl ・・・(VII)

2NaHCO3 (加熱) Na2CO3 + H2O + CO2 ・・・(VIII)

 

(VIII)の反応で発生する二酸化炭素CO2を含むガスは、式(VII)の反応に使用されます。しかし、これだけでは、工程内の二酸化炭素CO2の必要量を満たせません。工業的には、炭酸カルシウムCaCO3を熱分解して、二酸化炭素CO2と酸化カルシウムCaOを得ています。そこで、この二酸化炭素CO2も、式(VII)の反応に使用しています。また、このとき生成する酸化カルシウムCaOは、水H2Oと反応させて、水酸化カルシウムCa(OH)2とします。

 

CaCO3 (加熱) CaO + CO2 ・・・(IX)

CaO + H2O → Ca(OH)2 ・・・(X)

 

一方で、式(VII)の反応で、炭酸水素ナトリウムNaHCO3が分離されたあとの母液からは、塩化アンモニウムNH4Clが回収され、酸化カルシウムCa(OH)2と反応させてアンモニアNH3を発生させます。そして、このアンモニアNH3は、式(VII)の反応に再利用されるため、理論上アンモニアNH3はすべて回収され、消費しません。

 

2NH4Cl + Ca(OH)2 → CaCl2 + 2NH3 + 2H2O ・・・(XI)

 

また、式(XI)の反応を行わずに、生成した塩化アンモニウムNH4Clを、肥料としてそのまま利用することもあります。この場合では、アンモニアNH3は回収されず、商品に含まれて出荷されます。これら式(VII)~(XI)の反応を1つにまとめると、次のようになります。

 

2NaCl + CaCO3 → CaCl2 + Na2CO3

 

このように、直接起こらない反応を5段階に分けて実現したことが、アンモニアソーダ法の最大の特徴です。この工程から発生する主な廃棄物は、塩化アンモニウムNH4ClをアンモニアNH3として回収する際に生じる塩化カルシウムCaCl2のみであり、廃棄物が非常に少ない点も、アンモニアソーダ法の特徴の1つです。アンモニアソーダ法における塩化ナトリウムNaClの利用率は、理論的には約80%です。この理由は、中間生成物である炭酸水素ナトリウムNaHCO3の一部が、水に溶解してしまうからです。


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・参考文献

1) 齊藤烈/藤嶋昭/山本隆一/19名「化学」啓林館(2012年発行)

2) 石川正明「新理系の化学()」駿台文庫(2005年発行)

3) 塩川二朗「無機工業化学」化学同人(1993年発行)

4) 佐藤健太郎「炭素文明論」新潮選書(2013年発行)

5) 左巻健男「面白くて眠れなくなる化学」PHP研究所(2012年発行)