・溶液化学(溶液と溶解度)


(1)溶液とは何か?

ある液体に、異なる1成分以上の固体や液体、気体が溶けた混合物のことを、溶液(solution)といいます。通常、溶かす方の主要な液体成分のことを溶媒(solvent)といい、溶ける方のその他の成分のことを溶質(solute)といいます。溶液は、溶媒分子と溶質分子とが、均一にかつ無秩序に安定して分散している混合物のことであり、放置しておくと沈殿を生じたり、濁っていたり、粘りがあってドロドロとしている液体は、一般的に溶液とはいいません。例として、次の表.1に、身近な水溶液を示します。

 

.1  身近な水溶液

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一般的に、牛乳や泥水などの液体は水溶液とは呼ばず、これらの液体はコロイド(colloid)と呼ばれます。コロイドは、直径が大体1 nm(10-9 m)1 μm(10-6 m)程度の原子と比べて比較的大きな粒子が分散している系のことで、基本構成単位粒子の0.1 nm(10-10 m)次元までバラバラに分散して溶解している溶液とは、区別されます。コロイド粒子の大きさは、大体ろ紙を通過して、半透膜を通過しない程度の大きさです。この性質を使用すれば、分子とコロイド粒子を分けることができます。濁っていたり、粘りがあってドロドロとしていたりする液体のほとんどは、一般的にコロイドであることが多いです(コロイド化学を参照)

 

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.1  コロイド粒子の大きさ

 

また、溶媒に溶解したときに、陽イオンと陰イオンに分かれる物質を電解質(electrolyte)といい、この現象を電離(ionization)といいます。それに対して、溶媒中で溶解しても、イオンに電離しない物質を非電解質(nonelectrolyte)といいます。

電解質を水などの溶媒に溶かした溶液のことを電解質液といいますが、電解質液は、ある一定以上の電圧をかけると電気伝導性を示します。これは、電荷を持った陽イオンや陰イオンが、電荷のキャリアとして働くからです。電解質液に電流を流すと、陽極には陰イオンが集まり、陰極には陽イオンが集まり、電子e- の受け渡しが起こることにより、酸化還元反応が起きて、電気分解がされます。

 

(2)溶解とは何か?

水に塩化ナトリウムNaClの結晶を少量加えてかき混ぜると、塩化ナトリウムNaClが溶けて、均一な液体になります。このような現象を溶解(dissolution)といい、溶質粒子は、多数の溶媒分子と溶媒和して、均一に分散していくことにより溶解します。溶媒が水の場合の溶媒和を、特に水和(hydration)といい、水和されたイオンを、水和イオンと呼びます。このように溶解するときに水和が起きる理由は、不安定に分散している溶媒中のイオンを安定化するためです。

 

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.2  イオンの水和(画像はこちらからお借りしました)

 

電荷を持ったイオンが単独で存在するには、通常数千度の高温条件でなければいけません。水中でイオンが存在するからには、イオンに見合う電荷を持った物質が、イオンの周りに存在していなければならないのです。水中では、水分子がその役割を果たします。水H2Oは、酸素Oと水素Hとの共有結合の間に極性があり、酸素原子は部分的に負の電荷を持ち、水素原子は部分的に正の電荷を持ちます。水和においては、陽イオンに対しては、酸素原子が相互作用し、陰イオンに対しては、水素原子が相互作用することにより、部分電荷を互いに中和して、水中でもイオンが安定に存在できるようになるのです。

また、溶質がイオンに電離していなくとも、溶質の構造中で極性の大きな部分は、水H2Oと相互作用するので、親水基(hydrophilic group)と呼ばれます。一方で、極性の小さな部分は、溶媒の水H2Oとは相互作用せずに、疎水基(hydrophobic group)と呼ばれます。このような構造を両方持つ物質には、エタノールC2H5OHなどがあり、エタノールC2H5OHのヒドロキシ基(-OH)は、親水性なので水和が起きますが、エチル基(-C2H5)は、疎水性なので水和が起きません。

 

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.3  エタノールC2H5OHの水和

 

 水H2Oなどの極性の大きな分子からなる溶媒を極性溶媒(polar solvent)といい、ベンゼンC6H6やヘキサンC6H14などの極性の小さな分子からなる溶媒を無極性溶媒(nonpolar solvent)といいます。一般的に物質の溶解性は、溶質粒子間の結合力と溶質粒子と溶媒粒子間の結合力の強弱で決まることが多く、極性の似たもの同士がよく混合します。例えば、塩化ナトリウムNaClなどのイオン結晶は、極性溶媒である水H2Oには溶けやすいですが、無極性溶媒であるベンゼンC6H6やヘキサンC6H14には溶けにくいです。逆に、ヨウ素I2などの無極性分子結晶は、極性溶媒である水H2Oには溶けにくく、無極性溶媒であるベンゼンC6H6やヘキサンC6H14に溶けやすいです。次の表.2に、溶媒による溶解性の違いを示します。

 

.2  溶媒による溶解性の違い

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分子性物質の溶解性については、一般的には極性の大きい物質同士、極性の小さな物質同士では混合が起こりやすいのですが、分子が大きくなると、分子の中に極性のある部分と無極性の部分が混在することが多く、溶けるか否かの判断が難しくなります。一般的には、ヒドロキシ基(-OH)やカルボニル基(-CO-)のような親水基1個当たりに3個の炭素までぐらいなら、水に溶ける力の方が強いです。また、塩化水素HClと水H2Oのように、溶質が溶媒と反応することによって、よく溶ける場合もあります。

 

.3  分子性物質の溶解性

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イオン結晶の溶解性については、イオンと極性分子間の相互作用により安定性が得られるので、極性溶媒になら溶ける物質が多いです。ただ、すべてのイオン結晶が水に溶けるのかというと、そうとは限りません。塩化銀AgClや硫酸バリウムBaSO4のように、水に溶けにくいものもあります。イオン結晶の水に対する溶解性は、かなり複雑な要因が絡み合っており、単純には論じられないのです。

 

(3)濃度

 混合物の中で、注目している物質が基準量に対してどれだけ含まれているのかを示したのが、濃度(concentration)です。溶液の濃度の定義にはいくつかあり、単位は使用目的に応じて、使いやすいものを使えば問題ありません。ただし、基準量を考えるとき、それが用意した溶媒の量なのか、できあがった溶液全体の量なのかで、考え方が変わってきます。濃度を扱うときは、単位に気を付けるとともに、基準量が何なのかをしっかりと理解しておく必要があります。

 

(i)質量百分率濃度

 溶液中に溶けている溶質の質量の割合を、百分率で示した濃度を質量百分率濃度(percent concentration of mass)といい、溶液100 g中の溶質の質量を表します。質量百分率濃度を示す記号には、「%(またはwt%)を用います。なお、河川中の汚染物質など混合物中の微量成分の割合を表す場合などには、全体の100万分の1を表す記号である「ppm(百万分率parts per million)や、10億分の1を表す記号である「ppb(十億分率parts per billion)などもよく用いられます。「ppm」や「ppb」は、それぞれ計算した値に106または109を掛けることで求まります。また、血中アルコール濃度などは「(千分率permil)を用いることもあります。

 

(ii)体積百分率

 溶液中に溶けている溶質の体積の割合を、百分率で示した濃度を体積百分率濃度(percent concentration of volume)といい、溶液100 cm3中の溶質の体積を表します。体積百分率濃度を示す記号には、「%(またはvol%)を用います。これは、溶質が固体ではなく、気体であるときなどによく用いられる濃度です。

 

(iii)モル濃度

 溶液1 L中に溶けている溶質の量を、物質量molで示した濃度をモル濃度(molar concentration)といいます。モル濃度を示す単位には、「mol/Lを用います。例えば、c mol/Lの溶液がV mLあるとき、その溶液に含まれる溶質の物質量は、cV/1000 molとなります。このように、モル濃度は溶液の体積を量ることで、溶液中の溶質の物質量が分かるという長所あり、化学ではよく用いられる濃度です。

 

(iv)質量モル濃度

 溶媒1 kg中に溶けている溶質の量を、物質量molで示した濃度を質量モル濃度(molality)といいます。質量モル濃度を示す単位には、「mol/kgを用います。モル濃度は、溶液の体積を用いるので、温度や圧力などが変化すると、溶液の体積が変化してしまい、濃度が微妙に変化してしまいます。しかし、質量モル濃度は、溶媒の質量が基準となっているので、温度や圧力の影響を受けません。したがって、温度変化を伴う実験(沸点上昇や凝固点降下など)や、厳密さが要求される実験では、質量モル濃度がよく用いられます。

 

.4  濃度の定義

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なお、溶媒の物質量に比べて溶質の物質量がずっと小さな溶液(希薄溶液)では、モル濃度(mol/L)と質量モル濃度(mol/kg)の値はほとんど等しくなります。具体的には、0.1 mol/L以下の濃度の希薄溶液では、そのモル濃度の値は、質量モル濃度とほとんど等しいと見なすことができます。

 

(4)固体の溶解度

溶媒中に溶質の固体を入れて放置しておくと、一部が溶け出してきます。溶け出した粒子の中には、析出して元に戻るものも出てくるので、固体が十分に存在していれば、いずれは溶解速度と析出速度がつり合い、見かけ上の変化がなくなります。この状態を溶解平衡(solubility equilibrium)といい、このときの溶液を飽和溶液(saturated solution)といいます。例として、次の図.4のように、易溶性塩である塩化ナトリウムNaClと難溶性塩である塩化銀AgClが水に溶けて、平衡状態になっているときを考えましょう。

 

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.4  易溶性塩NaClと難溶性塩AgClの溶解平衡

 

溶解平衡においては、新たに結晶を加えても溶解量は増えないので、事実上、溶液における[NaCl()][AgCl()]は一定値であり、それぞれは物質に固有の定数となります。つまり、この溶解平衡では、[Na+][Cl-][Ag+][Cl-]は、次のように一定値となるのです。

 

[Na+][Cl-] = S2 (一定値)

[Ag+][Cl-] = S2 (一定値)

 

よって、いずれの場合でも、物質の種類や溶けやすさによらず、平衡状態での変化量Sは一定となり、このSのことを一般的に溶解度(solubility)と呼びます。溶解度は、溶解平衡における変化量のことですが、分かりやすく言えば、「一定量の溶媒に溶ける溶質の限度量」のことです。

ただし、溶解平衡では、2つのイオン濃度の積が一定値であるのだから、別の物質を加えて、一方のイオン濃度を増加させると、溶解度Sは減少してしまいます。例えば、[Ag+][Cl-]=10-10であるから、塩酸HCl0.1 mol/Lになるように加えると、

 

[Ag+][Cl-] = S × (0.1+S ) = 10-10

S 10-9

 

このようになり、溶解度Sは、塩酸HClがなかったときの値10-5 から、10-9 にまで減少します。このように、ある電解質の水溶液に、その電解質を構成するイオンと同じ種類のイオンを生じる別の物質を加えると、元の電解質の溶解度や電離度が小さくなる現象を、共通イオン効果(common ion effect)といます。このように、難溶性塩の場合は、共通イオンがあると、溶解度が大きく変わってしまうのです。

しかし、塩化ナトリウムNaClのような易溶性塩の場合は、[Na+][Cl-]=50でイオン濃度の積が非常に大きいため、共通イオンの効果は、Sに対してあまり効いてきません。そこで、易溶性塩については、共通イオンの効果を無視して、塩の溶解度は「ある温度では一定値を取る」と考えて計算を行います。このときの固体の溶解度は、一般的に溶媒100 gに溶ける溶質の限度量〔g〕で表します。

なお、硫酸銅(II)五水和物CuSO45H2Oのように、結晶が水和水を持っている物質の溶解度は、溶媒100 gに溶ける無水塩の質量〔g〕で表します。これは、水和物が溶媒である水に溶けると、水和水が分離して、水和水が溶媒の水と一緒になるからです。

 

CuSO45H2O → CuSO4 + 5H2O

 

したがって、一種の塩を含む温度t ℃の飽和溶液では、水和物であろうと、一般的に次の関係が一定値となります。温度を変化させたりして、結晶が析出するような場合でも、この関係について同じ温度で比例式を作れば、計算で結晶の析出量を簡単に求めることができます。

 

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また、このような問題では、温度と溶解度の関係を示したグラフが与えられることが多く、次の図.5のようなグラフを、溶解度曲線(solubility curve)といいます。

 

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.5  溶解度曲線(画像はこちらからお借りしました)

 

水に対する固体の溶解度は、温度の上昇と共に大きくなる場合が多いですが、この理由は、溶解反応の多くが、不安定な吸熱反応だからです。イオン結晶は、水に溶解すると、水和によりエネルギー的に安定になろうとします。しかし、その効果は、イオン結晶を構成する陽イオンと陰イオン同士のクーロン力による安定化には、遠く及びません。したがって、溶解反応は、次に示す平衡より、温度を上げると、溶解平衡が右へ移動するのです。

 

A() A(aq) - Q kJ (Q>0)

 

.5の溶解度曲線において、食塩NaClの溶解度が、温度を上げてもあまり変化しないのは、食塩NaClの溶解熱が小さいからです。一方で、硝酸カリウムKNO3のように溶解熱が大きい物質では、温度を上げると、溶解度が大きく変化します。

 

NaCl() + aq = Na+aq + Cl- aq - 4.2 kJ

KNO3() + aq = K+aq + NO3- aq - 34.9 kJ

 

さらに、硝酸カリウムKNO3のように、温度変化による溶解度変化の大きな物質では、高温の飽和溶液を冷却することにより、純粋な固体を析出させることができます。このとき、溶液中に不純物が少量存在しても、その濃度は小さいので、冷却したときに不純物は析出せず、高純度の硝酸カリウムKNO3の結晶だけが得られます。このように溶解度の差を利用して、不純物を含む粗結晶を、純結晶に精製することができるのです。この操作のことを、再結晶(recrystallization)といいます。再結晶は、不純物を含む生成物を精製するときに、よく用いられる方法です。

 

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.6  溶解度の差を利用する再結晶

 

再結晶を上手く行うと、粗結晶を、より良質で不純物の少ない大きな純結晶にすることができます。これは、大きな結晶に比べて、小さな結晶の方の溶解速度が大きいことを利用したものです。小さな結晶の場合では、大きな結晶よりも全粒子数に対する表面粒子数の割合が大きいため、溶媒に接触している粒子数が相対的に多くなり、溶解速度が大きくなってしまうのです。飽和溶液の温度を下げていき、結晶が析出しはじめると、最初は大きな結晶も小さな結晶も析出してきますが、同時に析出した結晶が溶解する反応も起こります。このとき、小さな結晶の方が速く溶解していくため、小さな結晶は、大きな結晶が成長する材料となります。このような再結晶において、小さな結晶が溶解して大きな結晶が成長する現象を、オストワルド熟成(Ostwald ripening)といいます。

 

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.7  再結晶で析出した結晶

 

(5)気体の溶解度

気体状態の物質A()が水に溶解して、A(aq)と平衡状態になったときを考えます。このときの平衡定数をKとすると、[A(aq)]は次のようになります。

 

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純物質の固体や液体では、分子やイオンなどの微粒子がぎっしりと詰まっているために、その濃度[A()][A()]は、事実上一定値となりました。しかし、気体の場合では、そのほとんどが空間であるために、[A()]はほぼ任意の値を取り、一定値ではなくなるのです。そこで、[A(aq)]=K [A()]となるので、[A(aq)]は、[A()]に比例するということが分かります。つまり、気体の溶解度の場合では、固体の場合と違って、その溶解度は、物質のモル濃度に比例するということが分かります。

ここで、気体の濃度[A()]は、理想気体の状態方程式PV=nRTより、次のようになります。

 

 

つまり、理想気体では、[A()]は、その圧力PAに比例するということが分かります。さらに、[A(aq)]=K [A()]より、[A()]= PA/RTを代入すると、

 

 

K/RTは、温度一定ならば一定値となるので、[A(aq)]は、気体の圧力PAに比例するということが分かります。つまり、気体の溶解度は、溶解平衡の状態の圧力に比例するのです。このことは、一般的にヘンリーの法則(Henry's law)と呼ばれます。ヘンリーの法則は、次のように表現することができます。

 

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ただし、この法則は、溶解度のあまり大きくない気体にしか適用することができません。この理由は、溶解度の大きい気体が溶解する場合、溶媒と溶質との相互作用が強すぎて、そもそものところ[A(溶液)]=K [A()]の平衡が成立しないからです。溶解度の大きい気体の場合、その溶解度は、圧力よりもそれ以外の溶媒和などの影響に依存するところが大きいのです。

 

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.8  気体の溶解度は、溶解平衡の状態の圧力に比例する(ヘンリーの法則)

 

 ヘンリーの法則は、「溶解する気体の物質量が溶解平衡時の圧力に比例する」ことを示すものですが、物質量が比例するということは、「標準状態換算の体積とその質量も比例する」ということです。ちなみに、「標準状態換算の体積」というものは、溶液中に存在する分子を取り出して、標準状(0, 1 atm)のもとで測定した体積のことです。理想気体は、標準状態においては、どんな物質でも1 mol22.4 Lの体積を占めるので、溶解する気体の標準状態換算の体積が、圧力に比例することは明白です。ヘンリーの法則では、物質量の代わりに、標準状態換算の体積を使うことも多いです。

また、ヘンリーの法則の別表現として、「一定温度で一定量の溶媒に対して、溶解する気体の体積を溶解平衡時の温度や圧力で表すと、一定になる」というものがあります。これは、溶解する気体の体積を、平衡時の圧力の状態で表すと、PAにかかわらず、一定値になるということを表現したものです。この表現は一見すると、先に説明した「溶解する気体の標準状態換算の体積が圧力に比例する」という事実に矛盾するように思えますが、気体の体積を決めるには、理想気体の状態方程式PV=nRTより、圧力と温度を決めなければならなかったことを思い出してください。

 

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.9  ヘンリーの法則の別表現

 

.9において、気体Aが、圧力Pで温度Tのもとで、体積Vだけ溶解したとします。これを物質量nに相当したとして、理想気体の状態方程式PV=nRTより体積Vを求めると、次のようになります。

 

 

次に、圧力2Pで温度Tのもとで、体積V’ だけ溶解したとします。これはヘンリーの法則より、物質量2nに相当するので、体積V’ は次のようになります。

 

 

つまり、気体の圧力によらず、溶解する気体の体積の関係はV=V’ となり、「どのような圧力でも溶ける体積は変わらない」という表現が、ヘンリーの法則と何ら矛盾していないことが証明できます。溶解する気体の物質量が2倍になっても、圧力が2倍になっている分で体積が1/2倍になってしまうので、結果として、溶解する体積に差がなくなるのです。

ちなみに、身体の組織や体液中に溶解していた気体が、環境圧の低下により、体内で気化して気泡を発生し、血管を閉塞することがあります。このような障害を「潜水病」といいますが、このメカニズムも、ヘンリーの法則で説明できます。ダイバーは水中で作業するとき、水深に従った高圧の空気を呼吸しなければなりません。すなわち、水圧は水深10 mごとに1 atmずつ増加するので、水深40 mでの圧力は5 atm、水深100 mでの圧力は11 atmなります。通常の潜水で用いるボンベの中身は、酸素O2ではなく空気です。水深40 mの地点では、ダイバーは5×(1/5)= 1 atmの酸素分圧の空気を吸うことになります。しかし、これは同時に5×(4/5)= 4 atmの窒素N2を吸うことにもなります。このような高圧の状態では、血液中への空気の溶解度が増加しています。このうち、酸素O2はすぐに身体の組織で消費されますが、窒素N2はそのまま血液中に残り、やがて筋肉や脂肪組織にも蓄積されます。そして、窒素N2が組織や体液中にたくさん溶解している状態で、深い水中から急浮上などをして急速に周囲の圧力を低下させると、溶解していた窒素N2が溶けきれずに一気に気泡化し、血液は「死のシャンパン」と化してしまいます。この窒素N2の気泡が血液の流れを阻害するので、酸素O2と栄養分が不足した細胞が死ぬこともあります。また、血液中に気泡があると、気体に反応する血球が活発になり、例えば、血塊の形成を促す血小板の活動が刺激されます。組織の中に気泡ができると、細胞が変形したり裂けたりして、細胞が機能しなくなる恐れがあります。体内のどこの組織に気泡ができるかによって症状は異なりますが、最も一般的な症状は、膝や肩の関節に気泡が生じて、激痛が起こることです。特に、脳の毛細血管の血流が阻害されたりすると、脳細胞が壊死して、運動障害や知覚障害が生じるだけでなく、後遺症が残ることもあります。

また、高分圧の窒素N2を摂取すると、血液に溶け込んだ窒素N2が、吸入麻酔薬と同じような働きをして、神経の情報伝達が阻害されます。このような症状を「窒素酔い」といいます。アルコールに酔ったときと似ていて、気分が高揚し、頭の回転が速くなった気がして、現実感を失い、手先の動きがおぼつかなくなって、理性を失った行動を取ります。高揚感は幻覚をもたらし、ダイバーを危険にさらします。自分のマウスピースを、目の前の魚に渡そうとしたダイバーもいるのです。フランスの海洋学者であるジャック・クストーは、これを「深海の狂喜」と呼びました。「スキューバダイビングが感動的なのは、窒素酔いを引き起こすからだ」という説があるぐらいです。ダイバーの間では、15 m深く潜るごとに、マティーニを1杯飲んだ程度の麻酔効果が現れるといわれています。

スキューバダイビングなどをして、深いところまで潜水している場合は、体内の余分な窒素N2が呼吸によって排出されるまで、十分な時間をかけてゆっくりと浮上する必要があります。イギリスの生物学者であるジョン・スコット・ホールデンが確立した「ホールデンの原理」によれば、自分が潜水した最大深度の水圧の半分までは、急激に減圧しても安全であることが分かっています。つまり、ダイバーが減圧に注意する必要がない水深は、最大で10 m(水圧は2 atm)ということになります。それ以上深いところまで潜水した場合には、所定の水深で停止し、高い水圧によって血液中に溶け込んだ窒素N2を排出しながら、段階的に浮上しなければなりません。このように段階的な減圧が必要な理由は、8 atmから4 atmに減るときも、2 atmから1 atmに減るときも、体内のガスの体積は、同じだけ増えるからです。

窒素酔いの危険性を考えると、深い水中で作業をする場合には、空気ボンベが使えません。圧縮空気を使う場合は、水深30 mまでで止めるようにと忠告されています。それ以上深く潜るときは、供給する空気に含まれる窒素N2を、他のガスに置き換える必要があります。水深30 mより下では、一般に「ヘリオックス」と呼ばれる酸素O2とヘリウムHeの混合気体が使われます。ヘリウムHeは、水H2Oへの溶解度が窒素N2の約40%と小さいので、血液中に溶ける量も少なく、生じる気泡の量が少ないです。それに加えて、肺でのガス交換の速度が窒素N2よりも大きく、早く体外に排出されるので、窒素N2に比べて潜水病が起こりにくいという訳です。ヘリウムHeは、人体にとって無害であり、窒素酔いのような症状を引き起こすこともありません。ただし、ヘリウムHeの欠点は、熱伝導率が高いことで、呼気を通じて大量の熱が体外へ逃げるため、ダイバーは身体を温めなければならない場合もあります。また、空気が軽いほど声帯は速く振動するので、漫画のキャラクターのようにキーキーと甲高い「ドナルドダック・ボイス」になります。

 

(6)溶解の熱化学

 気体の溶解度と温度の関係については、固体の溶解度と温度の関係と逆になります。固体の溶解度は、温度の上昇と共に大きくなる場合が多いですが、気体の溶解度の場合は、温度の上昇と共に溶解度が小さくなるのです。これは、高温になるほど、溶液中に溶けている気体分子の熱運動が激しくなり、溶液中から飛び出しやすくなるためです。さらにこのことは、気体の溶解反応が発熱反応であることを示しています。

 ちなみに、南国の海が透明なのは、このためです。熱帯の海は水温が高いので、酸素O2の溶ける量が少なく、このためプランクトンも多くは生きられません。それ故に、南国の海水は透き通って見えるのです。一方で、北国の海は水温が低いので、比較的多くの酸素O2が溶けています。そのためにプランクトンが繁殖しやすく、海水が濁って見えるという訳です。その結果、プランクトンを食べる魚も、水温が低いほど豊富に育ちます。巨大なクジラが北極や南極の海に住んでいるのも、同じ理由です。

 

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.10  水に対する気体の溶解度曲線

 

気体が水などの溶媒に溶解すると、水分子と溶媒分子が引き合って、エネルギー的に安定になります。したがって、気体の溶解反応は、発熱を伴うエネルギー的に有利な反応なのです。しかし、気体が溶解すると、自由に運動できていた状態がかなり制限を受けることになるため、乱雑さは減少してしまいます。つまり、この発熱による有利な効果と、乱雑さの減少による不利な効果がつり合って、溶解反応は平衡状態となるのです。また、固体の場合は、気体の場合と逆で、その溶解反応は、溶解すると乱雑さは増加し、エネルギー的には不安定になる吸熱反応です。

 

A() A(aq) – Q kJ (Q>0)

A() A(aq) + Q kJ (Q>0)

 

ル・シャトリエの法則によれば、系の温度を上げると、それを緩衝する方向へ平衡は移動するので、一般的に温度の上昇と共に、溶解度は固体では増加し、気体では減少します。ただし、固体の場合は、反応熱が正の値であるために、溶解度が温度の上昇と共に減少する物質もあります。このような物質は、水酸化カルシウムCa(OH)2や酢酸カルシウム(CH3COO)2Ca、炭酸リチウムLi2CO3などであり、このような物質の場合は、気体と同じように温度が上昇すると、溶解度が小さくなります。

 

Ca(OH)2 + aq = Ca2+aq + 2OH-aq + 16.7 kJ

 

また、似たような挙動をする物質に、水酸化ナトリウムNaOHがあります。水酸化ナトリウムNaOHは潮解性を示し、水に大きな発熱を伴って溶解します。しかし、水酸化ナトリウムNaOHの溶解度は、温度の高い方が大きいのです。これはなぜでしょうか?この理由は、水酸化ナトリウムNaOHが、水に溶解する過程を考えると理解することができます。

 

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.11  水酸化ナトリウムが溶解する過程

 

私たちがいつも考えている水酸化ナトリウムNaOHの溶解は、この2つの過程を1つにまとめたものです。実はこの2つの過程で、含水結晶が溶解する反応は吸熱反応なのですが、無水水酸化ナトリウムが含水結晶になる反応は発熱反応なのです。そして、無水水酸化ナトリウムが含水結晶になる過程の発熱量が大きいので、全体として、見かけ上は発熱反応に見える訳です。しかし、含水結晶が水に溶解する反応は吸熱反応なので、その溶解度は、温度の上昇と共に大きくなります。

 

(7)溶解度積

塩化ナトリウムNaClなどの易溶性塩の場合、その溶解度は、共通イオン効果を無視して、「塩の溶解度はある温度で一定」と考えても問題ありませんでした。しかし、塩化銀AgClなどの難溶性塩の場合、その溶解度は、共通イオンがあると大きく変わってしまい、共通イオン効果を無視できなくなるのです。したがって、難溶性塩については、塩の溶解度は、溶解平衡の式を使って計算を行います。例として、イオン結晶MxNyが、水溶液中で溶解平衡の状態にあるときを考えます。

 

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固体結晶の単位体積当たりに含まれる粒子数は一定なので、事実上、[MxNy()]は一定値です。したがって、溶解平衡においては、温度一定なら、K[MxNy()]もまた一定値となり、これをイオン結晶MxNyの溶解度積(solubility product)といいます。一般的にK [MxNy()]は、単にKspと表すことが多いです。

 

.5  難溶性塩の溶解度積

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溶解度積Kspは、溶解平衡のときに成り立つ値なので、溶解度積Kspの値を用いると、沈殿が生じているときの溶液中の各イオン濃度が求められます。これを言い換えれば、溶液中で沈殿が生じているときは、必ず[Ma+]x[Nb-]y=Kspの関係が成り立つということです。つまり、溶液中の各イオン濃度の値から、沈殿が生じるかどうかの判断をすることができるのです。例として、a mol/LMa+ 溶液V1 mLと、b mol/LNb- 溶液V2 mLを混合したとします。このとき、「沈殿は生じない」と仮定します。また、溶液の全体積は(V1+ V2) mLになるので、Ma+Nb- の濃度は、もとの溶液よりも小さくなります。

 

[Ma+]if = a × V1 /(V1+ V2)

[Nb-]if = b × V2 /(V1+ V2)

 

ここで、[Ma+]ifx[Nb-]ify=Kとすると、この値Kは、平衡時における値Kspより、K’ >Ksp, K’=Ksp, K ’<Kspのいずれかになります。溶解度積Kspは、沈殿が生じているときに成り立つ値なのだから、KKspよりも大きいということは、絶対ありえません。したがって、K’ >Kspなら、溶解平衡時に比べてイオンが多すぎるのであるから、K’=Kspになるまで余分な量が沈殿し、逆にKKspなら、溶解平衡にまだ達していないということになるので、沈殿は生じないということになります。

 

.6  KKspについて

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物質や条件が違うときに、沈殿が生じたり溶解したりするのは、物質によって溶解度積Kspが違ったり、Ma+Nb- の濃度が、他の物質やpHで変化したりするからです。溶解度積Kspは、難溶性塩において、その物質の溶解度を教えてくれる値なのです。一般的に溶解度積Kspの値が小さいほど、沈殿が生じやすく、溶解度積Kspの値が大きいほど、塩の溶解度は大きくなります。


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・参考文献

1) 齊藤烈/藤嶋昭/山本隆一/19名「化学」啓林館(2012年発行)

2) 卜部吉庸「化学の新研究」三省堂(2013年発行)

3) 石川正明「新理系の化学()」駿台文庫(2005年発行)

4)トレヴァー・ノートン「世にも奇妙な人体実験の歴史」文藝春秋(2012年発行)

5) F・アッシュクロフト /矢葉野薫 訳「人間はどこまで耐えられるのか」河出書房新社(2008年発行)