・薬物乱用の科学


(1)報酬系とドラッグの関係

 ――人は何のために生きているのだと思いますか?人はなぜ死にたくないと思うのですか?

これは哲学的な問題でもあるので、答えを出すのは簡単ではありませんが、敢えて答えを出すなら、人は「自身の欲求が満たされたときに幸福を感じるから」生きているのです。アメリカの心理学者であるアブラハム・マズローは、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人の欲求を5段階の階層で理論化しました。

 

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.1  マズローの欲求段階説

 

このピラミッド型の階層は、マズローの欲求段階説と呼ばれています。マズローによると、人の欲求というものは、5種類の欲求に分類することができ、生理的欲求を最も低次の欲求として、人は自己実現の欲求の達成に向かって生きているのだというのです。生理的欲求はいわゆる本能の欲求であり、生命維持のための食事・睡眠・排泄などの欲求がこれにあたります。それに対して、自己実現の欲求は最も高次な欲求で、自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求が、これにあたります。つまり、人間という生きものは、絶えず欲求の達成を行動の動機付けとして、生きているのです。

 マズローの考え方は、「生きる」ということを心理学的に解釈するものですが、これを生理学的に解釈するならば、生きるとは「脳の報酬系を活性化させること」であるということができます。

報酬系は、中脳の腹側被蓋野から大脳皮質に投射する神経系のことで、この中枢を特にA10神経系といいます。A10神経系は、人の快楽を司る神経系であり、この神経系が刺激されると、人は多幸感を感じるのです。例えば、動物実験において、動物の中脳に電極を挿入し、その個体がボタンを押すと、電流が流れて電気刺激が起こる装置を作ったとします。すると、その動物は快楽に取りつかれ、とめどなくボタンを押し続けるという実験報告もあるぐらいです。つまり、人はなぜ生きるのかという問いに対して、生理学的に答えるとするなら、「人は欲求が満たされると、報酬系が活性化し、多幸感を感じるから」生きるのだということができます。

 この報酬系のA10神経系に深く関与しているといわれている物質は、ドーパンミンという神経伝達物質です。ドーパミンは、脳内で運動調整・ホルモン調整・快楽・意欲・学習などに関わる神経伝達物質であり、報酬系に作用することから、ドーパミンは行動の動機付けをする物質であるといわれています。

よく「やる気がないのはドーパミンが足りないからだ」といわれることがありますが、あながち間違っていることではなく、実際にうつ病患者の脳内では、報酬系が十分に機能しておらず、ドーパミンが十分に働いていないことが指摘されているのです。覚醒剤や麻薬のようなドラッグが、なぜ乱用されるのかというと、これらのドラッグは、直接脳内の報酬系に対して、ドーパミンの遊離を促進し、強制的に多幸感を感じさせるからです。

つまり、ドラッグを使えば、なんの行動や努力をしなくても、欲求が満たされたときのようにドーパミンが分泌され、多幸感を生じて、気持ち良くなることができるのです。人が生きる理由としているのが「報酬系の働き」ですから、報酬系に強く作用するドラッグは、強い依存を生み出し、そのために薬物を乱用する人が、後を絶たなくなる訳です。

 

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.2  ドーパミンの構造式

 

(2)血液脳関門(Blood-Brain Barrier)

 ドラッグを摂取したとき、その効果は、脳内の報酬系に作用したときに初めて現れます。つまり、ドラッグを摂取しても、作用点である脳に到達しなければ、効果が期待できないということです。

ドラッグは化学物質であり、身体にとっては異物です。生体異物は身体にとって毒として働く恐れもあるので、脳はこのような生体異物から、自身を護る障壁を持っているのです。この障壁は血液脳関門(Blood-Brain Barrier)と呼ばれ、血液と脳の組織液との間の物質の移動を、制限する関所のようなものです。血液脳関門は、英語の頭文字を取って「BBB」とも呼ばれ、生体異物は脳内に侵入しようと思っても、この血液脳関門に阻まれて、跳ね返されてしまうのです。

しかし、中にはこの血液脳関門を突破してしまう生体異物も存在します。このような物質は、一般的に低分子で脂溶性の物質が多いです。この理由は、脳の神経細胞が、油に溶けやすい脂溶性のリン脂質でできており、血液脳関門が、細胞の間隔が極めて狭いことによる、物理的な障壁であるためです。脳の神経に対して、神経毒性を現す生体異物は、この血液脳関門を突破してしまうので、猛毒となるのです。

血液脳関門を突破できる物質としては、タバコに含まれるニコチンや酒に含まれるエタノール、コーヒーに含まれるカフェイン、脳のエネルギー源となるグルコースなどがあります。このように血液脳関門を通過できる化学物質だけが、脳の細胞と相互作用できる訳です。

 さて、ドラッグはどうなのかというと、わずかながら血液脳関門を突破できることが分かっています。例えば、麻薬の一種であるモルヒネは、脳内に侵入して、中枢神経に抑制・鎮静作用をもたらす効果があることで知られています。しかし、モルヒネの血液脳関門通過率は、わずか2%ほどであるといわれています。このたった2%が、脳内の報酬系に対して強烈に作用し、人に快楽を生じさせて、薬物乱用を生み出しているのです。次の図.3にモルヒネの構造式を示します。

 

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.3  モルヒネの構造式

 

構造式を見ても、モルヒネが油に溶けやすい脂溶性の物質であることは、分かるかと思います。しかし、モルヒネはヒドロキシ基(-OH)2個持っているので、その部分で水分子と水素結合を形成することができ、分子の脂溶性を若干低下させていることも分かるかと思います。そのため、モルヒネの血液脳関門の通過率は、2%と低くなっているのです。

しかしながら、モルヒネの構造を少し変えて、分子の脂溶性を向上させたらどうなるのでしょうか?このようにして、ヒドロキシ基(-OH)に無水酢酸などを反応させ、ヒドロキシ基をアセチル化して、脂溶性を向上させたドラッグが、「ドラッグの王様」たるヘロインなのです。なお、ヘロインという名称は、ドイツ語で「英雄の」を意味する「heroisch」が語源です。

 

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.4  ヘロインの構造式

 

ヘロインの構造式は、ヒドロキシ基(-OH)の水素原子部分が、アセチル基(-COCH3)に置き換わったものになっています。そして、その脂溶性はモルヒネを遥かに上回り、血液脳関門の通過率は、モルヒネのなんと約30倍の65%になるともいわれています。そのため、ヘロインの薬理活性もモルヒネよりも遥かに強力で、摂取量によっては、激しい中毒症状を引き起こして昏睡状態に陥ったり、ショック死したりすることもあるのです。

もともとヘロインは、1898年にドイツのバイエル社によって、「鎮咳薬」として発売された薬物でした。そのときのヘロインの売り文句は、現在のイメージとは全く異なったもので、「すべてのアヘンやモルヒネ、コデインその他薬剤よりも優れており、その毒性が少ない」というものでした。ヘロインが合成された当初は、モルヒネよりも毒性が少なく、安全なものと考えられていたのです。

しかし、いざヘロインの注射器による乱用が始まると、血液脳関門通過率65%という高い脂溶性のために、桁違いの量が脳に取り込まれ、ヘロインは強烈な麻薬作用を引き起こすことが判明したのです。1960年代のベトナム戦争では、アメリカ軍兵士40%以上がヘロインを使用し、ヘロイン中毒に陥ったアメリカ軍兵士が多数出たといいます。そのため、現在ではヘロインが「鎮咳薬」として使われることは一切なく、ヘロインの製造・販売は、ともに各国で法的に禁じられています。これが、「ドラッグの王様」とヘロインが呼ばれる所以なのです。

 

(3)薬物に依存する理由

 「覚醒剤や麻薬などの薬物は依存性があって危険だ」というのは誰でも知っていることですが、「なぜ薬物は依存を形成するのか?」と問われると、答えられない人が多いのではないでしょうか?

依存について考えるには、心理学と生理学をよく理解していないと、答えることができません。一般的に依存には大きく2種類があって、それは精神依存と身体依存になります。

 

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.5  薬物に対する依存

 

(i)精神依存

 精神依存とは、薬物の使用を中止すると、精神的離脱症状として、不安感や焦燥感などを生じて、使用のコントロールができなくなる症状です。何もこれは薬物だけに当てはまるものではなく、タバコやアルコール、ギャンブルなどの依存症にも、当てはまることです。

この精神依存は、大きくは心理学的な要因によって説明することができますが、その背景には生理学的要因が深く関与しています。心理学的には、次のように依存を形成すると考えられています。

 

(i-1)心理学的要因

 心理学的に依存について考えると、依存とはすなわち、「その行動を強化するもの」であり、「対象行動の頻度を増加させるもの」だということができます。

行動を強化するのには、大きく分けて次の2通りの方法があります。1つは刺激を与えて行動を強化する場合で、もう1つは刺激を取り除いて行動を強化する場合です。心理学では、前者を「正の強化」といい、後者を「負の強化」といいます。薬物依存症の場合、条件付け刺激は「薬物の摂取による快楽」ということになるので、依存の形成は「正の強化」によるものだということができます。

 正の強化とは、刺激の出現によって行動が強化されることですが、これを薬物依存症の場合において分かりやすく言い換えたなら、「薬物の摂取によって報酬系が活性化し、快楽や多幸感を生じて、再び薬物を摂取するようになること」ということになります。薬物は摂取すると、快楽や多幸感を感じるので行動を強化し、その結果、強い依存を形成することになるのです。

また、このタイプの依存には、アルコールやギャンブルなどの依存症も含まれます。特にギャンブルの場合は、依存を形成する過程が少し特殊で、刺激の後に、必ず報酬が与えられるとは限りませんよね。すなわち、ギャンブルには勝つときもあれば、負けるときもあるということです。

人は、ギャンブルのように報酬が与えられる頻度が少ない状況で身に付けた反応ほど、その反応に強く依存するという心理傾向があるのです。これは間歇強化と呼ばれ、報酬が定期的にもらえる反応よりも、不定期的にもらえる反応の方が、依存性を強くするのです。この理由は、定期的にもらえる報酬よりも、不定期的にもらえる報酬の方が、その報酬の価値が、相対的に高くなるからだと考えられます。不定期的にもらえる報酬は、その価値が高く感じるので、その報酬がもらえたときに、脳内の報酬系で、ドーパミンが過剰に分泌される訳です。

間歇強化は、ギャンブルの他に、ドメスティックバイオレンス(家庭内暴力)などにも当てはまります。小さい子供が、母親に酷い虐待を受けても、母親から決して離れようとしないのは、母親からたまに与えられる「優しさ」が、強く報酬系に作用するからだと思われます。「たまに優しくしてくれるから」とよく暴力を受ける人はいいますが、これはまさにその「優しさ」に依存しているのです。

 負の強化とは、刺激の消去によって行動が強化されることですが、これは薬物依存症の形成段階には、大きくは関与しないと考えられます。なぜなら、ここでいう刺激は、その人にとって「嫌なもの」であることが多いからです。例えば、「目薬を使うと、目の疲れが取れるので、目薬を愛用している」という事例は、負の強化にあたります。この例では、「目の疲れ」が「嫌なもの」です。目薬依存症という人が少ないように(症例としては若干報告されていますが)、負の強化というのは、依存を形成するのには少し弱いのです。

嫌なことを忘れるために、薬物を使うという人も中にはいると思いますが、依存症の形成においては、正の強化の影響の方が大きいと思われます。しかし、薬物依存症が形成された後では、負の強化が依存に影響を及ぼすことも考えられます。例えば、薬物依存症になった人は、ドラッグが切れると、不安感やイライラ感が生じることがあります。この不安感やイライラ感は、ドラッグを再び摂取すると消失するため、薬物への依存が、より強固になるのです。この段階まで薬物依存が深まると、薬物依存症の人は、ドラッグで快感を得るためというよりも、むしろ不快感を取り除くためにドラッグを摂取することになってしまいます。

 

(i-2)生理学的要因

 精神依存の背景には、生理学的要因も深く関与しています。生理学的に依存を考えたとき、依存の形成は、報酬系の働きと耐性の獲得によって説明することができます。

薬物依存症の場合、多くの薬物は脳内報酬系のA10神経系に作用して、ドーパミンの遊離を促進することで知られています。報酬系におけるドーパミンの遊離は、人に快楽や多幸感をもたらすので、これが心理学でいう「条件付け刺激」となって、摂取行動を強化するのです。

また、他の依存症についても、薬物依存と同様に、ドーパミンを介したメカニズムで報酬系に作用して、快楽が生じ、依存が形成されることが分かっています。しかし、これだけは薬物依存症における「強い依存」を説明することはできません。薬物依存症の形成は、耐性の獲得が大きく影響を与えているのです。

 人体における薬物は生体異物なので、人間の身体には、過剰に摂取された生体異物から、自身を護るメカニズムが備わっています。これが「耐性」です。耐性とは、薬物に対する抵抗性ができることで、簡単にいえば、薬物が身体に効きにくくなることです。

薬物依存症の人は、依存が深まるにつれて、薬物の摂取量が増加していくということは有名な話ですが、これには耐性の獲得が関わっているのです。耐性は、なにも覚醒剤や麻薬などのドラッグだけではなく、アルコールやタバコ、風邪薬、頭痛薬など、人体にとっての異物ならば、何でも耐性を獲得する可能性があります。したがって、耐性を形成するものは、依存症の危険性があるので、注意しなければならないのです。

 人体が耐性を形成する仕組みには、主に2つのパターンがあると考えられています。1つは受容体の数が変わること、もう1つは肝臓で酵素などの生産が誘導されることです。

受容体とは、化学物質を受けて、信号を中継する物質のことで、薬物などは、脳内でこの受容体に結合することで、効果を発揮するのです。例えば、脳内で薬物の受容体が減少すると、薬物がたくさん脳内に侵入してきても、効果を発揮できる薬物分子が少なくなってしまいます。このように、受容体が減ることをダウンレギュレーションといい、薬物の受容体がダウンレギュレーションすることで、薬物が徐々に効きにくくなっていくのです。

 また、耐性は肝臓で酵素などの生産が誘導されることでも獲得します。生体異物は経口摂取で体内に入ると、まずは肝臓で酵素の攻撃を受けて、毒性を弱められてしまいます(毒の科学を参照)。これも生体異物から自身を護るメカニズムの1つです。このように、肝臓はファイアーフォールのような役割をしているのですが、生体異物が過剰に体内に侵入してくると、身体は耐性を獲得して、酵素の生産が活性化し、解毒作用が強められるのです。

アルコールなどは、飲めば飲むほど強くなるといいますが、これは簡単にいえば、アルコールに対して耐性を獲得して、肝臓の酵素が活性化しているからです。特にアルコール依存症の人などは、酵素の生産がかなり誘導されているので、いくら飲んでも酔えなくなっているといいます。

ただし、生体異物が肝臓の解毒を受けるのは、経口摂取したときのみで、注射や肺からの摂取だと、肝臓で解毒がされません。覚醒剤や麻薬などは、注射で摂取することが多いので、肝臓で解毒されずに、毒性が強く現れる訳です。

 薬物は投与を続けると、このように受容体の数が変わったり、酵素が誘導されたりして、耐性を獲得するに至ります。それ故に、薬物が効きにくくなり、徐々に摂取量が増えていくのです。この頃になると、もう依存症になっている場合が多いです。

すなわち、薬物依存症において耐性を獲得し、ドーパミン受容体がダウンレギュレーションしているということは、ドーパミン系の神経伝達が低下しているということです。この状態では、もはや神経細胞は組織的にも、機能的にも変質しており、薬物なしでは、正常な状態が保てなくなっているのです。この結果、薬物なしでは不安感やイライラ感などの禁断症状が生じ、薬物を摂取したくてどうしようもないという状態に陥ってしまい、薬物依存が強化されるのです。

 

(ii)身体依存

薬物における身体依存は、身体依存を伴うものと、伴わないものがあります。例えば、コカインや覚醒剤は身体依存を形成しませんが、モルヒネやヘロインは身体依存を形成することで知られています。傾向としては、身体依存は中枢神経を抑制する薬物に多く見られる依存症です。

身体依存症は、簡単にいえば、摂取を中断すると、手足の震えや激痛などが生じ、薬物なしでは、正常な状態を保てなくなる状態のことです。つまり、身体依存の形成も、耐性の獲得に大きく影響を受けるのです。

次の表.1に、薬物の依存性の評価を示します。7種類の薬物について、0~3の範囲で、身体依存・精神依存・多幸感の平均スコア尺度を示しました。ヘロインの禁断症状は、薬物の中でも特に強烈であることが知られており、その痛みに耐え兼ねて、自殺をしてしまう人もいるぐらいです。

 

.1  薬物の依存性の評価

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(4)タバコは「ドラッグ」なのか?

 タバコは世界中で愛用されている嗜好品ですが、なぜタバコは人をそれほどまでに魅了するのでしょうか?タバコは酒と並んで代表的な嗜好品であり、日本における喫煙者の割合は、1998年において、男性55.2%、女性13.3%でしたが、その15年後の2013年には、男性32.2%、女性10.5%と減少しました(日本たばこ産業株式会社調査)1965年以降のこの調査によれば、男性の喫煙率が最高だったのは、1966年のことで、83.7%(女性は17.7%)であったといいますから、約半世紀で、男性の喫煙割合は、50%以上も減少したことになります。

日本では、年々喫煙者への風当たりが厳しくなってきており、喫煙者は、世間でとても肩身の狭い思いをしています。しかし、それでもタバコを止めようという人はあまり多くありません。「タバコには依存性がある」とはよくいいますが、この依存性は、タバコに含まれるニコチンという化学物質が作り出しているのです。タバコには、質量で28%程度の大量のニコチンが含まれており、巻タバコ1本に換算すると、約1624 mgのニコチンが含まれていることになります。

 

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.6  ニコチンの構造式

 

1492年、70日に及ぶ長い航海の末に、初めて大西洋を横断したコロンブス一行がたどり着いたのは、カリブ海に浮かぶ小島サン=サルバドル島でした。そのときに原住民は、白い肌の珍客に枯れた葉を数枚贈ります。黄金を求めてやって来た一行は失望しましたが、これこそが、西洋文明のタバコとの最初の出会いでした。

やがて、一行のスペイン人のうち何人かが、原住民がこの葉をくゆらせて煙を吸ったり、その煙を全身に浴びたりするのを見て、見様見真似で喫煙を開始します。見かねた仲間が、原住民の真似など止めるようにと諭しましたが、喫煙者は「もはや自分の意志でこれを止めることは難しい」と答えたといいます。タバコは、西洋とのファーストコンタクトと同時に、早くも中毒者を作り出していたのです。なお、原住民はこれをタバコといいましたが、実はタバコとは植物そのものではなく、Y字型のパイプのことだったという説が有力です。

コロンブス一行が持ち帰ったタバコの種は、早速スペイン各地で栽培されました。その効果を研究したセビリアの医師ニコラス・デ・モナルデスは、これを咳や喘息、頭痛、胃痙攣、果ては痛風にまで効果がある万能薬として認め、大いに宣伝に努めました。消毒や止血、座薬の他、歯磨きにまで用いられたといいますから、少し現代の感覚では理解し難いです。

 フランス王アンリ二世の公使として、当時ポルトガルに駐在していたジャン・ニコは、フランスにこの珍奇な「薬草」を持ち帰りました。タバコは、フランスの王妃カトリーヌ・ド・メディシスの頭痛を治したことで評判となり、「ニコの薬」として知られるようになりました。タバコの学名「Nicotiana tabacum」は、彼の名にちなむものです。そのため、タバコに含まれるニコチンの名称も、元をたどれば、彼の名前由来となります。タバコを発見したわけ訳でも、発明した訳でもないのに、ニコは史上最も悪名高い化合物に、その名を残すことになったのです。

16世紀には、タバコの栽培はヨーロッパ、アフリカ、アジアへ広まり、そして遂には、オーストラリアにまで広がっていきました。同時に伝えられた梅毒が、あっという間にヨーロッパ中に広がったのに比べると、スピードはやや遅いですが、それでも16世紀半ばには、早くもヨーロッパ全域でタバコの栽培が始まっています。中世ヨーロッパにおいては、タバコは頭痛や歯痛、疫病に効果があると信じられていました。特に17世紀のヨーロッパでは、しばしばペストやコレラが大流行し、人々は疫病への不安から逃れるために、争ってタバコを吸いました。日本へも薬として伝来し、天正年間(15731592)のこととされています。しかし、現在では、主に嗜好品としてのみ用いられ、さらには人体への有害性が主張され、毒として捉えられるようになるのです。従来毒として見なされていたものが、薬として使用されるようになった例は多いですが、その逆は意外に少ないです。タバコは、当初は薬として見なされ、その後毒が喧伝されるようになった稀な例の1つなのです。

ニコチンはアルカロイドの一種であり、構造式を見ても、ニコチンが脂溶性であることは分かるかと思います。そのため、ニコチンは血液脳関門を通過しやすいのです。しかも、タバコは煙を吸う嗜好品で、肺からニコチンを摂取するため、肝臓による解毒作用を一切受けません。タバコの毒性が強いといわれるのは、これが原因です。血液脳関門を通過して、脳内に侵入したニコチンは、脳内でアセチルコリンという神経伝達物質の受容体に作用を及ぼします。ニコチンの分子構造は、アセチルコチンと類似しているため、ニコチンがアセチルコリンの代役となることができるのです。このようにニコチンが作用する受容体を、ニコチン性アセチルコリン受容体といい、タバコのニコチンは、脳内でニコチン性アセチルコリン受容体に結合し、報酬系のA10神経系において、ドーパミンの遊離を促進する作用があるのです。このようにして、報酬系が刺激されると、人は多幸感や快楽を感じて、気分が良くなり、これが条件付け刺激となって、ニコチン依存症を形成するに至るのです。

また、ニコチン依存症の人は、過剰なニコチンにより、耐性を獲得して、脳内のアセチルコリン受容体が、ダウンレギュレーションしていると考えられます。そのため、喫煙者はニコチンを外部から摂取しないと、神経伝達が低下した状態であり、普段からイライラしたり、手足が震えたりするのです。これが、いわゆる精神依存だとか、身体依存だとかいうものですね。ニコチンの精神依存は、コカインと同程度とまでいわれており、肉体的にも、精神的にも、相当な依存性を発揮する正真正銘の「ドラッグ」です。

また近年では、ニコチンから生成するN -ニトロソアミン類が、DNAへ作用することによって起こる発ガン機構が明らかにされつつあります。さらに、タバコには、ニコチンの他にもタールという有毒成分が含まれており、煙と一緒に喉や気管の粘膜から吸収されて、ガンを引き起こすことが指摘されています。また、タバコの煙に含まれる一酸化炭素は、血液中の酸素不足を引き起こし、循環器系に負担を与えます。まさに、タバコは「百害あって一利なし」なのです。

よくタバコを吸う人は、「タバコを吸うと頭がすっきりする」といいますが、これはニコチン不足によるイライラなどの禁断症状を、ニコチンで一時的に緩和しているにすぎません。だから、またニコチンが切れると、イライラなどが止まらなくなるのです。現在、タバコは世界中で規制の方向に向かっています。「タバコは危険ドラッグである」とでもいう認識を持っておいたほうがいいのかもしれません。

 

(5)いろいろなドラッグ

 病から人を救う一方で、人を死に追いやることもあるドラッグは、法律によって、厳しく管理されています。医薬品は「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(旧薬事法)によって、毒物は「毒物及び劇物取締法」によって規制されています。毒物や劇物(強い薬)の取り扱いについては、毒劇物取扱責任者として、薬剤師などの資格者が従事しなければなりません。

麻薬系のドラッグを取り締まる法律には、「大麻取締法」や「覚せい剤取締法」「麻薬および向精神薬取締法」「あへん法」があり、それぞれが異なったドラッグを取り締まっています。また、いわゆる「シンナー遊び」に使われ、麻薬に類似する中毒性を持つトルエンなどの有機溶剤は、毒劇物に指定され、これらの法律とは別に規制されています。

 

.2  麻薬系のドラッグの分類(宇野文博「図解中毒マニュアル」同文書院より一部改め引用)

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 これらのドラッグは、いずれも著しい薬理活性を持ちますが、ドラッグに関する日本の法体系は、科学的根拠に基づいたものではありません。そのため、覚醒剤や大麻、アヘンなどは、法的には麻薬と別々に扱われています。以前は、大麻も麻薬に含まれていたことがありましたが、その繊維や種子は、布など特定の産業で材料として利用されます。この場合は、免許制でその栽培を許可するため、大麻は麻薬から除外して、「大麻取締法」で規制されることになったのです。

 201411月に現法名に改称された旧薬事法は、最近急速に問題となっている脱法ハーブなどの危険ドラッグを取り締まるために、相次いで改正されています。法に触れないものの、危険性があると判断される薬物は、2006年以降「指定薬物」とされ、2011年段階で68種類の物質が指定されていました。

脱法ハーブは、大麻の陶酔成分に似た化学物質を、ハーブやお香に混ぜたものです。脱法ハーブは以前、購入も所持も違法ではなかったため、簡単に入手できました。東京や大阪などの繁華街では、販売店はすぐに見つかったし、ネット通販で日本全国どこからでも買えました。ナイトクラブに行けば、そこにはたいてい売人がいました。そして、遂には自動販売機やいわゆる「ガチャポン」で販売する業者も登場し、横浜や仙台、愛知、大阪などに設置されていました。脱法ハーブは、極めて恐ろしい薬物であるにも関わらず、その恐ろしさがほとんど認識されていません。その結果、脱法ハーブを吸引して自動車を運転し、一般人を巻き添えにするような事故が、あちこちで繰り返されています。

実は、脱法ハーブの問題は、日本で注目を集める前に、すでにヨーロッパで深刻化していました。2004年頃にドイツで広がり始めた「合法大麻」は、瞬く間にヨーロッパ中に蔓延しました。そして、その危険性に真っ先に気が付いたのは、皮肉なことに大麻の愛好者でした。純粋な大麻を吸っていた人たちも、当初は合法大麻に魅かれました。ところがそのうち、合法大麻には、吸った後に大麻では感じたことのない強い不快感を覚えたといいます。その理由は、規制薬物に似ていながらも、化学構造が微妙に異なる(そのために違法とはいえない)化合物が含まれているからです。

こうした状況を放置して良いはずもなく、厚生労働省は、これまで何度も規制を強化してきました。しかし、規制が強化されるたびに、化学構造の一部を改変して、「合法化された」新しい化合物が登場してきます。これに対して、厚生労働省は、2013年から類似する基本骨格を持つ物質群をまとめて規制対象に指定する、「骨格規制」を導入したのです。

 

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.7  R1~R5に任意の置換基を導入することで類似のドラッグを一括して指定対象にできる

 

さらに2014年には、厚生労働省と警察庁が、脱法ハーブなどの名称を「危険ドラッグ」に改め、さらなる規制強化に乗り出しました。これに伴い指定薬物も増え、2015年には約1,400種類の物質が指定対象となっています。指定薬物は、製造・販売・輸入・所持・使用・譲受が禁止されています。例えば、インターネット上で指定薬物を販売しようとして、「薬物売ります」と書き込むだけで、逮捕されるほどに規制は強化されました。

しかしながら、規制強化と新たな危険ドラッグとのイタチごっこは、やはり続いています。その結果、海外でも使われたことのない化合物が日本に入ってくるなど、新たな問題も起こっています。古典的な薬物の研究者はいても、危険ドラッグの研究者はいません。覚醒剤など、従来のドラッグに対しては、医師もある程度の予備知識があり、対処が可能です。しかし、このような危険ドラッグは、きちんとした試験が行われておらず、人体に投与したときの作用は、未知の点が多いのです。危険ドラッグを使うということは、自らの身体で人体実験を行っているも同然といえます。

 

(i)大麻

 大麻はアサ族アサ科の一年草で、もともとは中央アジアや中東が原産とされています。その繊維はとても丈夫で、衣服からバッグやロープの原料として利用されてきました。また、大麻の実は食用にもなり、七味唐辛子には、「麻の実」として含まれています。このように、大麻は昔から人々に愛され利用されてきたのですが、その葉や花穂には、陶酔成分が含まれており、このような目的でも、古くから幻覚剤として用いられてきた歴史があるのです。例えば、紀元前5世紀のヘロドトスは、その著「歴史」にて、大麻を使った蒸し風呂を楽しむ人々がいたと記しています。

一般に大麻の葉を乾燥させたものをマリファナ、大麻の花穂から採れる樹液を固めて樹脂にしたものをハシシュと呼びます。マリファナは、幻覚剤しての大麻の最も一般的な加工方法であり、大麻といったら、マリファナのイメージの方が強いかもしれません。マリファナは、タバコのようにパイプに詰めたり、紙で巻いたりして喫煙することが多いです。一方で、ハシシュは、マリファナと同様に吸引すると陶酔感を得られますが、攻撃性を誘発することもあります。この陶酔感と攻撃性を暗殺に利用した「山の老人(おやじ)」という暗殺教団がかつてイラクにありました。

 11世紀、マルコポーロは東方見聞録で、イランのカスピ海に近い地方に「暗殺教団の谷」があり、山の老人が若者に暗殺者教育を施していたと著しています。老人は、腕の立つ若者をハシシュで眠らせて拉致し、楽園のような宮殿に連れてきます。目覚めると美女にかしずかれ、美酒などを振る舞われて夢のような日々を過ごしますが、再びハシシュで眠らされ、もとの場所に運ばれます。そして、老人は「再びあの天国に行きたければ、こいつを殺せ。失敗しても、お前たちは天国に行ける」とけしかけ、若者を暗殺者として送り出すのです。このエピソードから、ハシシュは英語で「暗殺」を意味する「assassin(アサシン)の語源となったといいます。

 ほとんどの幻覚性植物の成分はアルカロイドですが、大麻の幻覚作用は、アルカロイドではありません。その有効成分は、テトラヒドロカンナビノール(THC)と呼ばれる化学物質なのです。THCは、脳内の海馬や小脳などに作用して、視覚・聴覚の鋭敏化や、時間や空間の感覚の変化などの幻覚作用をもたらします。さらに、THCは脳内の報酬系にも作用し、ドーパミンの遊離を促進して、多幸感や快楽を生じさせることも分かっています。

 

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.8  THCの構造式

 

THCが報酬系に作用する仕組みは、モルヒネやヘロインなどのアヘン系と同じで、中枢神経を抑制するためです。しかし、なぜ中枢神経を抑制すると、報酬系が興奮するのかという疑問が生じるかもしれません。これは、THCなどの化学物質が、脳内のGABA(γ -アミノ酪酸)受容体に作用して、GABAの働きを抑制するからだと考えられています。通常A10神経系では、ドーパミンが遊離しすぎて、脳が興奮状態にならないように抑制を受けているのですが、ドーパミン遊離を抑制する働きをしているのが、GABAなのです。THCなどの化学物質は、GABA受容体に作用し、GABAの働きを抑制することで、その結果、GABAによる抑制のタガが外れることになり、A10神経系でドーパミンの遊離が促進されることになるのです。

 大麻は、ヘロインやコカイン、タバコ、アルコールに比べて有害性が少なく、習慣性や禁断症状もほとんどないといわれています。ヨーロッパでは、大麻の効用に注目し、古くから不安を緩和したり、催眠を促したりするための、医薬品として処方されてきました。日本では、大麻は所持、栽培、輸出入、売買などが法律で禁止されています(使用自体は違法ではありません)。しかし、このような歴史的背景もあり、ヨーロッパでは先進国を中心に、合法化または実質的に非犯罪とする国が増えています。例えばオランダでは、栽培は規制されていますが、購入や使用は自由。他のヨーロッパ諸国でも、実質的には非犯罪、または軽犯罪程度の扱いです。南米のウルグアイでは、栽培も使用も合法化されました。アメリカでも、大麻合法化の動きは加速しており2015年では全米50州のうち、23州とワシントンDCで医療用大麻が、さらにワシントン州とコロラド州では、娯楽用大麻の使用も合法化されました(21歳以上)。各種の世論調査でも、合法化に賛成する人が約6割に達しています(201510月ギャラップ調査など)

こういうこともあって、日本でも大麻合法化を求める意見が多くあります。習慣性や依存性の低さが合法化論の最大の根拠ですが、未成年者の乱用やゲートウェイドラッグになる危険性、暴力団の資金源になるなどの危険性もあるため、議論は慎重にされるべきだと思います。

 

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.9  市販の紙巻き型の大麻

 

(ii)覚醒剤

日本で最も乱用されているドラッグが覚醒剤です。主に覚醒剤と呼ばれるものは2種類あり、それはアンフェタミンとメタンフェタミンです。この2種類のうち、日本に出回っているもののほとんどがメタンフェタミンで、逆にアメリカではアンフェタミンが多いです。これは同じ覚醒剤でも、合成法が異なるからであり、日本では中国からの密輸が多いとされています。どちらも「アミン臭」という独特な臭気を持つ無色透明な揮発性の液体です。アンフェタミンは硫酸塩に、メタンフェタミンは塩酸塩にして使われていますが、これらは苦味を持つ無色の結晶です。

 

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.10  メタンフェタミンとアンフェタミンの構造式

 

 メタンフェタミンとアンフェタミンでは、脂溶性の高いメタンフェタミンの方が、その薬理効果が数倍は大きく、覚醒剤は脳内報酬系のA10神経系に直接作用して、ドーパミンの遊離を促進し、使用者に多幸感や快楽を生じさせます。その効果は顕著で、使用者によれば、注射の針を抜く間もなく、手足がすっと冷たくなり、同時に身体が軽くなって、頭が冴えるというのです。さらに、急に目前が明るくなり、雲の上にいるような気分になって、疲労感を全く感じなくなるといいます。覚醒剤は、中枢神経を興奮させるので、このような作用も見られるのです。

 そもそも、覚醒剤というのは、漢方薬「麻黄」の主成分であるエフェドリンから作られた化合物です。麻黄とは、中国に自生するマオウ科マオウ属植物から調製される生薬で、漢方では、発汗、鎮咳、解熱薬として用いられてきました。有名な漢方薬の1つである、葛根湯にも配合されています。アルカロイドの一種であるエフェドリンの最初の報告は、1885717日の長井長義による、日本薬学会での講演発表です。長井長義は「日本の近代薬学の祖」といわれる人物で、1870年の明治政府による第一回欧州派遣留学生としてドイツで学び、帰国後には東京大学製薬学科(現在の東京大学薬学部)の初代日本人教授の一人となります。エフェドリンは、その後に海外の研究者によって、気管支喘息に有効であることが発見され、気管支喘息の特効薬になりました。

しかし、このエフェドリンの化学構造研究過程で得られた誘導体の1つが、後に「覚醒剤」として名を馳せることになります。この誘導体こそが、メタンフェタミンです。メタンフェタミンは、その覚醒作用から、疲労を軽減する薬「ヒロポン」として、1941年に大日本製薬(現在の大日本住友製薬)から発売されたのが始まりでした。ヒロポンの語源は、ギリシア語の「philopons」で、「仕事を好む」という意味です。当時は戦時中であり、軍は生産性を上げるために、軍需工場の作業員に錠剤を配布して、10時間以上の労働を強制したり、夜間の監視任務を負った戦闘員や夜間戦闘機の搭乗員に、視力向上用として配布したりしていたのです。現在でこそ、覚醒剤の代名詞であるヒロポンですが、当時は副作用についてまだ知られていなかったため、規制が必要であるという考え方自体がなく、一種の強壮剤のような形で利用されていました。そのため、日本軍の兵士たちの中には、薬物依存症の人が、少なからずいたのではないかと思われます。日本軍があれほどまでに勇猛果敢だったのは、覚醒剤の寄与も少しはあったのでしょうか?

やがて日本が敗戦すると、同時に軍部が所蔵していた注射用アンプルが流出し、酒やタバコといった嗜好品の欠乏も相まって、人々が精神を昂揚させる手軽な薬物として、社会で蔓延しました。そして、その依存者いわゆる「ポン中」が大量に発生し、中毒患者が50万人を超えるなどの、大きな社会問題となったのです。こうして蔓延が社会問題化したことを受けて、1951年に「覚せい剤取締法」の制定と施行によって、覚醒剤の使用は禁止されました。つまり、日本で覚醒剤の使用が合法的だった期間が、10年ほど存在したのです。

現在でも、覚醒剤の乱用が度々報じられるのは、裏で暴力団などが介して、取引を続けているからです。覚醒剤は、日本の薬物乱用の検挙件数で、他を圧倒して頂点に立ちます。覚醒剤の小売価格は1 g10万円ともいわれており、これは実に金の価格のおよそ20倍です。そのため、覚醒剤は暴力団などの主要な資金源になっているのです。また、薬物中毒になると、まともに仕事などできません。そのため、覚醒剤を手に入れるために、強盗などの犯罪に手を染めるケースもあります。

しかしながら、覚醒剤の本当の恐ろしさは、一度摂取すると、その影響が一生消えないことです。何とか覚醒剤と手を切ることができたとしても、数年後にいきなり幻覚や妄想に襲われることもあります。これは「フラッシュバック」という現象で、今のところ症状を治す薬はありません。

メタンフェタミンは、かつては「シャブ」や「ヒロポン」という名で出回り、これらの名は悪名高いものとなりました。しかし、現在では、全く同じものが、「S(エス)」とか「スピード」「アイス」といった、軽い名称で出回っています。また、注射による投与だけではなく、経口投与されるようになったことも、警戒心をなくしている一因となっているようです。

なお、近年では、MDMAMDAMDEAといった、覚醒剤類似の化学構造を有する化合物が出てきています。これらの化合物は、デザイナードラッグとも称され、法の規制を巧妙に逃れるために、化合物の化学構造の一部を変えて作られたものです。現在、これらは「麻薬および向精神薬取締法」の規制対象薬物となっています。

 

(iii)アヘン系

アヘンは、白・紅・紫などの美しい花が咲く一年生植物のケシから得られます。ケシの花が咲き、ケシの花弁が落ちて23日の後には、鶏卵大のケシ坊主(花莢)が発達します。このケシ坊主が若い未熟な間だけの約810日間、ナイフで浅い切れ目を入れると、切れ目から速く凝固する乳液状の汁がにじみ出ます。それを竹べらなどでかきとり、凝固して固めたものが、生のアヘンです。ただし、現在は製法が少し変わってきて、モルヒネの生産国であるトルコでは、ケシの乳液を採取せず、ケシの花弁が散ったあとのケシ坊主を直接摘み取り、これを工場に運び込んでモルヒネを作ります。

アヘンの歴史は非常に古く、紀元前30004000年、現在の中東で最古の文明を形成したシュメール人は、すでにアヘンを知っていました。彼らの残した粘土板には、楔形文字によってアヘンの採取方法が記されており、ケシは「喜びをもたらすもの」として用いたと記録されています。古代エジプトやギリシアでも、痛みを抑えたり、眠りを誘ったりする薬として重宝されました。アヘン戦争などでも有名なアヘンですが、アヘンが麻薬となりえるのは、そこに10%ほどのモルヒネを含んでいるからです。そのため、他の麻薬に比べて麻薬性は相対的には少ないとされていますが、過度の摂取は幻覚症状などを引き起こし、依存症や中毒に陥る可能性もあります。

ヨーロッパでは、アヘンを嗜好品として、19世紀末まで一般市民が快楽を得るために用いてきました。17世紀後半には、イギリスでアヘンチンキが開発されます。これは、赤ワインなどの酒に、適量のアヘンを溶かしたものでした。やがて、アヘンチンキは風邪やコレラといった感染症、生理不順、原因不明の痛みに至るまで、幅広く処方されることとなります。多くの医師はアヘンの使用を推奨し、やがて乳児から老人まで、何かといえばアヘン製剤を服用するようになっていきました。イギリスの高名な詩人であるサミュエル・コールリッジは、アヘンを飲みながら幻想的な詩「クーブラ・カーン」を書いたといいます。詩は未完ですが、彼の詩作中に突然の来訪者があり、ほんの数分中断したために、アヘンによる詩の構想が霧消したということです。イギリスの哲学者で名文家としても知られるディ・クインシーも、19世紀散文文学の最高傑作とされる著作「阿片のみの告白」で、その作用を「酒は人を酩酊させ、精神を錯乱し、知性を喪失させる。アヘンは酩酊させず、清新に精妙な調和を与え、判断力を強化する。しかも人を荘厳な知性の光で輝かせる」と述べています。このように、ヨーロッパの詩人や芸術家、作家たちは、アヘンの力を借りて創作に励んだのです。

しかしながら、ヨーロッパにおけるアヘンの乱用は、麻薬性の少なさが幸いして、大きな社会問題にまで発展しませんでした。ところが、中国や東南アジアでは、アヘンの乱用が大きな社会問題になったのです。この理由は、摂取方法の違いにあり、ヨーロッパでは、アヘンは経口摂取が主流だったのに対し、中国では、アヘンは喫煙によって摂取するのが主流だったのです。経口摂取ならば、肝臓でその大半が解毒されるので、毒性は現れにくいのですが、肺からの吸引になると、麻薬成分が直接血液に入り、肝臓で解毒がされないので、強く毒性が現れてしまうのです。

アヘンの麻薬としての力に目を付けたイギリスは、アヘンを商売道具として中国に売りつけました。その対価として中国の銀を受け取り、莫大な利益を得ようとしたのです。このため、中国ではアヘンに溺れて廃人と化す中毒者があふれ、中国はその輸入を拒もうとするものの、イギリスはこれに怒り、アヘン戦争が勃発しました。しかし、その戦力の差は歴然としており、ある戦闘では、イギリス軍の砲弾があまりに精確に飛んでくるものだから、「これは妖術に違いない」と中国軍は考え、対策として女性用の便器を敵に向けたといいます。不浄なものには、妖術を破る力があるという迷信が信じられていたのです。こんなことでは勝てるはずもなく、近代化に遅れた中国は成す術もなく敗北し、多額の賠償金の支払い、香港の割譲という歴史的屈辱を余儀なくされたのでした。

 

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.11  未熟なケシの実からアヘンを得る

 

 アヘンがどうして麻薬性を及ぼすのかは、長い間科学上の謎でしたが、19世紀には、その有効成分であるモルヒネが分離されました。モルヒネを単離したのは、ドイツの薬剤師であるフリードリッヒ・ゼルチュルナーです。ゼルチュルナーは、薬局で研修をしながら実験を行っていましたが、その過程で、アヘンからモルヒネの単離に成功したのです。このゼルチュルナーの報告は、1805年に刊行された「Journal der Pharmacie(薬学誌)にあります。なお、「モルヒネ」の名は、その強力な鎮痛作用から、手にケシを持って現れるギリシア神話の眠りの神である「モルフェウス」に由来します。間もなくモルヒネは、医療現場で最も重要な薬となり、痛みをたちまち消し去るその効果から、「神の薬」とさえ呼ばれるようになります。

しかし、アメリカの南北戦争(1861年〜1865)の最中、モルヒネやアヘンの負の側面が明らかになります。重傷を負った兵士たちに、痛み止めとしてモルヒネやアヘンチンキが大量に投与されました。南軍はこの間、80 tものアヘンやモルヒネの製剤、1,000万個の錠剤を消費したといいます。モルヒネは、負傷による激痛を和らげ、兵士たちに幸福感や安心感を与えました。しかし、彼らの多くは、戦争が終わったときには兵隊病、すなわちモルヒネ中毒になっていました。アメリカで、これらの物質の医療目的以外での使用が禁じられたのは、ようやく20世紀になってからのことです。

モルヒネは、中枢神経に対して強い抑制作用があるため、特に末期ガン患者などに対しては、現在でも必要不可欠な鎮痛剤です。世界で年間230 t以上が、医療現場で使われています。しかしながら、モルヒネは、脳内の報酬系にも作用することが知られており、そのプロセスは、大麻などと同じく、GABAの働きを抑制するためです。しかも、この効果は大麻などより遥かに強力で、強い薬物依存を形成してしまうのです。

ちなみに、モルヒネを鎮痛剤として用いる場合には、依存症に陥る危険性は、ほとんどないとされています。アメリカのある研究では、モルヒネによる疼痛治療を受けた12,000人中、依存症に陥ったのは4人、それももともと薬物依存症の経歴を持つ患者だけだったとされています。痛みが生じている場合では、多幸感や陶酔感を生じて依存の原因になる、μ受容体やδ受容体にモルヒネが作用しにくいのです。疼痛患者の脳では、依存を形成しないκ受容体が活性化しており、モルヒネを用いても、多幸感や陶酔感をほとんど生じないということが分かっています。

また、ヘロインになると、その毒性はより凶悪になり、快楽も禁断症状による苦痛も、他の薬物の追随を許しません。ヘロインは、1874年にイギリスの化学者であるアルダー・ライトが、モルヒネにアセチル基を結合させることで作り出した化合物です。これは20年以上も注目されていませんでしたが、1898年にドイツのバイエル社が目を付け、「鎮咳薬」として販売を開始します。ヘロインは、鎮咳薬として非常に有効である上、依存性を持たないと考えられていました。バイエル社は、この薬のサンプルを医師たちに送り、その有効性を説きました。しかし、実際には非常に強い依存性や禁断症状があることが後から判明しました。ヘロインの構造は、血液脳関門を極めて通過しやすいため、毒性が非常に強く現れるのです。

ヘロインの快楽は、「通常の人間が、一生のうちに体感し得るすべての快感の合計を上回る快感を、瞬時に得ることに等しい」といわれており、快楽を感じているときは、中枢神経を抑制しているので、うっとりとしながら、陶酔していることが多いようです。しかし、その快楽も最初だけで、依存が深まると、激しい禁断症状に悩まされるようになります。その禁断症状は、「全身が痙攣し、あまりの苦しさに失神する。筋肉や関節の痛みは言い表せない。痛みで精神が錯乱し、自己破壊の衝動に駆られ、床や壁に身体を打ち付けるようになる。やがて失神、痙攣の発作を起こし、衰弱で死亡する」とあります。

ヘロインは、精神依存性・身体依存性がともに高く、いかなる麻薬よりも依存を早く形成してしまうのです。中毒の末期では、1日に20回ほど摂取をしないと、禁断症状が現れてしまうといいます。大量摂取によって、中枢神経が抑制されて、呼吸が止まり、急性中毒死することもあるぐらいです。禁断症状の苦しさを逃れるために、何としてもヘロインを手に入れようとして、悪循環が加速します。ヘロインは、「史上最悪のドラッグ」といっても過言ではありません。

 

(iv)コカイン

 コカインは、南米原産のコカの木の葉を原料としたドラッグで、アルカロイドの一種です。現地では、古くから疲れを癒す薬や、局部麻酔薬として使われてきました。高山病などにも効果があることから、ペルーやボリビアの高地に住む人々の間には、日常的にコカの葉を噛んだり、茶(コカ茶)として飲んだりする習慣があります。現在では、現地で抽出精製されたコカインが、アメリカをはじめ世界各地に密輸されているといいます。特にアメリカでは、常用者の拡大が深刻な社会問題を引き起こしており、過去にはコカイン市場を支配する犯罪組織の掃討のために軍を派遣したほどです。

その中枢神経系への作用は、覚醒剤と類似しており、中枢神経を興奮させ、疲労を回復させ、空腹を忘れさせるなどの作用があります。具体的には、コカインは脳内においてドーパミンの再取り込みを遮断し、興奮状態を引き起こします。その結果、脳内報酬系のA10神経系において、ドーパミン遊離が促進されることになるので、強い薬物依存を形成します。

コカインの依存は、主に精神依存であり、身体依存は弱いとされています。ただし、精神依存性が極めて強いことが、コカイン中毒の特徴です。また、その快楽の強度は、覚醒剤を遥かに上回り、強い興奮作用と陶酔感を感じるものの、作用時間は長くても30分ほどで、覚醒剤よりも短いようです。

コカインは、その強烈な快楽と短い作用時間のために、徐々に使用頻度が多くなっていくのです。身体依存による禁断症状がなく、いつでもやめられると思っていても、一週間もするとまた使用したくなり、やがて中毒になっていきます。コカイン中毒になると、幻覚や妄想などの精神障害が現れ、皮膚の下に虫が住み着いているというような皮膚寄生虫妄想をしたり、誰かに命を狙われているというような被害妄想をしたりするようになります。皮膚寄生虫妄想では、身体をかきむしって傷だらけになり、実際には存在しない虫を殺そうとして、自分の身体にナイフを突き立てることさえあります。これらは、コカイン精神病と呼ばれ、コカイン中毒者によく見られる症状なのです。

コカインをベースにして作られている「クラック」は、さらに中毒性が強く、「悪魔の薬」と呼ばれています。クラックは、コカインに水と重曹を加えて加熱処理し、冷やして固体化させたもので、パイプに詰めて喫煙します。クラックは、体内に入ると直ちに効果を現し、しかも、一度の摂取でほぼ100%依存症に陥ります。幸い、クラックは今のところ日本では出回っていませんが、アメリカや南米諸国では、その蔓延が深刻な社会問題となっています。

 

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.12  コカインの構造式

 

 オーストリアの精神分析学者であるジークムント・フロイトは、若い頃、ユダヤ商人の娘であるマルタ・ベルナイスに恋をしましたが、フロイトの貧しさ故に、マルタの母親はこの恋を許しませんでした。できれば、一攫千金の新療法でも発見して、この恋を成就させたいと願っていたフロイトは、ある日、医学雑誌に興味深い記事が掲載されているのに気が付きました。それは、「コカインが兵士の能力を著しく高める」というものでした。さらに、「コカインにはモルヒネ中毒の禁断症状を軽減させる効果がある」というアメリカの医師の論文も見つかりました。

 フロイトの友人に、エルンスト・フォン・フライシェルという病理学者がいました。フライシェルは、若いときに行った解剖実習で病原菌に侵され、指を切断する手術を受けたことがありました。しかし、予後が悪く、フライシェルは痛さから逃れるために、13年もの間モルヒネを服用し続けました。その結果、フライシェルは重い中毒にかかってしまい、苦しんでいました。

 そこでフロイトは、フライシェルにコカイン療法を勧め、フライシェルもその療法を信じ、試すことになりました。しばらくコカインを服用するうちに、中毒症状は快方に向かって、精神錯乱や失神も消えました。フロイトは歓喜し、コカインの効力を信じて、周囲の人たちにコカインの服用を勧めました。

 しかし、フロイトは、コカインの効力の陰に恐ろしい中毒の罠が潜んでいるのに気が付きませんでした。フライシェルに酷いコカイン中毒の症状が現れ始め、1年後に死んでしまったのです。フロイトは、自分のせいで大切な友人を1人失ってしまったのです。この失敗がきっかけとなり、フロイトは神経病理学の分野から薬を使わない精神医学へ転向したという逸話があります。

 また、コカ・コーラは、1886年にアメリカで発売され、現在では世界中で親しまれている清涼飲料水です。この飲み物は、ジョージア州アトランタの薬剤師ジョン・ペンバートンによって考案され、当初は名前の通り、コカの葉から抽出された成分が入っていました。南北戦争で負傷したペンバートンは、モルヒネ中毒に苦しんでおり、「薬物中毒を治すもの」として当時注目され始めていたコカインを使った薬飲料の開発を思い付いたのでした。当初のコカ・コーラは、100 mLにつき2.5 mgのコカインを含んでおり、モルヒネやアヘンの中毒を治療し、鎮痛や覚醒作用のある薬飲料として発売されました。

1888年には、エイサ・キャンドラーがその製造権を譲り受けましたが、キャンドラーはこの飲料の医薬としての効能を一切宣伝せず、清涼飲料としてのみ広告しました。コカインを含んだコカ・コーラは、すぐにアメリカ中で人気になりました。しかし、コカインの有害性が判明すると、コカインを取り除くようにという政府からの要請があり、論争の末、1903年からはコカ・コーラにコカインは加えられなくなりました。現在では、代わりに覚醒作用のあるカフェインが加えられています。

ちなみに、コカ飲料はコカ・コーラーが発祥ではなく、イタリアの化学者であるアンジェロ・マリアーニが発明したのが最初です。マリアーニが発明したコカ飲料は、瞬く間にヨーロッパ全域に広がり、芸術家ばかりでなく、皇族や貴族も、疲労回復や精神を高揚させるためにコカ飲料を嗜んだといいます。マリアーニは、時のローマ法皇から感謝のメダルを贈られるほどの成功を収めたのです。コカ飲料は、1906年に発売が禁止されましたが、1909年には、まだ69種類ものコカ飲料が発売されていたという記録もあります。

なお、コカインの持つ局所麻酔作用は、表面塗布による局所麻酔の目的で、眼科における白内障の手術などに応用されてきました。この作用は、ウィーンの診療所で当時フロイトの助手として働いていた医師カール・コラーが発見したものであり、この成果は、1884年にハイデルベルクの眼科学会で発表されました。コカインは舐めると苦味がありますが、舌を少しの間だけ無感覚にします。そのことを知ったコラーは、この不思議な効力を持つ物質を、眼科手術に応用できないかと考えたのでした。それまで、眼の手術には安全な麻酔剤がなかったので、患者と医師双方にとって朗報となりました。しかし、現在では、コカインの化学構造を参考にして開発された、キシロカインやプロカインが使われています。これらの薬物は、特に歯科領域では、お馴染みの麻酔薬となっています。これら合成局所麻酔剤の名前が、「カイン」となっているのは、これらがコカインの化学構造を元にデザインされたことに由来しています。

 

(v)LSD

 中世ヨーロッパでは、突然手足が痺れ、全身が痙攣し、まるで火に焼かれるように手足に壊疽を起こし、ちぎれてしまうという原因不明の恐ろしい奇病が度々流行しました。ところが不思議なことに、この病に冒された患者が、ウィーン郊外にある聖アントニウス寺院に近付くと、なぜか症状が軽くなります。そこで、この奇病は聖アントニウスに祈れば治ると信じられ、「聖アントニウスの火」と呼ばれるようになりました。

後にこの病気の原因は、当時の人々の主食だったライ麦にあると判明しました。天候不順などで生育状態のよくないライ麦には、麦角と呼ばれるカビが生えることがあります。約15 cmほどの長さの角のような形をした麦角に、猛毒が秘められていたのです。麦角の毒はバッカクアルカロイドと呼ばれ、体内に入ると、血管を収縮させる作用があります。そのために血液循環が悪くなり、手足に壊疽を引き起こします。また、神経や循環器系統にも影響するため、手足の痺れや全身の痙攣に至るのです。

しかしながら、麦角の存在自体は、紀元前600年頃のアッシリアの古文書に記されているなど、古代から知られていました。中世以降の「聖アントニウスの火」の記録は、1581から1928年に渡ります。そして、20世紀に麦角の作用を薬に応用するため、化学的な改変を加えて開発されたものがLSDでした。

 

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.13  ライ麦などに麦角菌が寄生すると、キノコ状の麦角(菌糸の塊)が生じる

 

LSDを開発したのは、スイス製薬会社サンド社にいたアルバート・ホフマンです。しかし、ホフマンは幻覚剤の開発を目指していたのではなく、当初の目的は医療上の研究でした。ホフマンは、麦角の持つ血管収縮作用を利用した、分娩促進剤を開発しようとしていたのです。ヨーロッパの助産婦たちは、子宮の収縮を促進するために、古くから麦角を使っていたことが知られています。そして、研究の過程で、バッカクアルカロイドからリゼルグ酸ジエチルアミドと呼ばれる新しい化合物が精製されます。この化合物は、当初LSD-25」と命名されました。ところが、ホフマンの合成したLSDは、動物実験においても医療上の効果はなく、一度は研究が中止されました。

しかし、数年後にホフマンはもう一度、この物質を検討しようとして取り出しました。そのときに偶然、精製中のLSDがホフマンの指先の皮膚を通じて吸収され、ホフマンは突然めまいを覚え、酒に酔った感覚の中で、鮮やかな色彩や形にあふれた万華鏡のような幻覚を見たのです。そんな状態が2時間ほど続き、ホフマンはこの鮮明な幻覚が、LSDによってもたらされたことを知りました。

LSDの持つ向精神薬としての作用は、精神医療の研究に役立つのではないかとホフマンは考えましたが、LSDを誰よりも熱狂的に歓迎したのは、研究者よりもむしろ画家や音楽家たちでした。LSDがもたらす幻覚体験を芸術創造のヒントとする「サイケデリック・アート」が生まれ、画家たちはLSD影響下で書いた自分の絵を、「技術は損なわれているが、線が大胆になり、色が鮮やかになり、情緒的により拡張されたものである」と評価し、サイケデリック・アートは、大衆の間で人気を集めました。

また、音楽家たちの間でもLSDは人気を集め、ジミ・ヘンドリックスやビートルズなどの1960年代の音楽家たちは、LSDから測り知れない影響を受けたのです。ビートルズの名作アルバム「サージャント・ペッパーズ」には青、赤、黄、紫などの鮮やかな色の衣装を身に纏った4人の姿が見えますが、これはメンバー全員が、LSDで実際に見た桃源郷の世界だったといわれています。

 

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.14  アルバム「サージャント・ペッパーズ」のジャケット(画像はこちらからお借りしました)

 

 LSDは、神経伝達物質のセロトニンの働きを抑制し、ドーパミンやノルアドレナリンの遊離を促進します。その幻覚喚起作用は極めて強く、体重1 kg当たりわずか0.0005mg程度の服用によって、精神状態に変化をもたらし、色彩に満ちた幻覚が数時間に渡って持続します。

依存性はほとんどなく、服用後短時間でLSDは代謝され、脳にも後遺症を残さないといわれており、ハーバード大学の心理学者であるティモシー・リアリーは、大学内でLSDの使用を積極的に薦めることさえありました。しかし、服用する際の環境や精神状態に、その体験は強い影響を受けるとされており、グッドトリップになることもあれば、バッドトリップになることもあるといいます。バッドトリップになると、不安や抑鬱状態に見舞われ、最終的には自殺に行きつく可能性もあります。

千回以上のトリップを経験したといわれるジョン・レノンも、グッドトリップばかりを見ていたはずもなく、「結局LSDは苦痛を増すだけで、自己の内面を覗くことはできない」と悟りました。現在では、LSDは法律で禁止されている薬物ですが、LSDに酔いながら、そして苦しみながら、彼らが生み出した作品や文化は、今でも私たちを楽しませてくれます。


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・参考文献

1) 田中真知「へんな毒すごい毒」技術評論社(2006年発行)

2) 薬理凶室「アリエナイ理科ノ教科書」三才ブックス(2004年発行)

3) 薬理凶室「アリエナイ理科ノ教科書UB」三才ブックス(2006年発行)

4) 薬理凶室「アリエナイ理科ノ教科書VC」三才ブックス(2009年発行)

5) 薬理凶室「アリエナイ理科」三才ブックス(2012年発行)

6) 鈴木勉「毒と薬【すべての毒は「薬」になる!?】」新星出版社(2015年発行)

7) 船山信次「毒の科学-毒と人間のかかわり-」ナツメ社(2013年発行)

8) 山崎幹夫「新化学読本-化ける、変わるを学ぶ」白日社(2005年発行)

9) 佐藤健太郎「炭素文明論」新潮社(2013年発行)

10) 宇野文博「図解中毒マニュアル」同文書院(1995年発行)

11) 船山信次「こわくない有機化合物超入門」技術評論社(2014年発行)

12) 山崎幹夫「面白いほどよくわかる 毒と薬」日本文芸社(2004年発行)

13) 浜村良久「面白いほどよくわかる心理学のすべて」日本文芸社(2007年発行)

14) 佐藤健太郎「世界史を変えた薬」講談社(2015年発行)