・放射線の科学


(1)放射線とは何か?

 まず放射線について考えるときに、最初に知っておいて欲しいことは、宇宙に存在するほとんどの物質、すなわち地球上のほとんどの物質は、放射線を出している放射性物質であるということです。「それは大変だ!」と驚く人もいるかもしれませんが、私たちの身の回りは、もともと放射能を持つ放射性物質で溢れているのです。例えば、朝に窓から差し込む太陽の光には、放射線が含まれています。そして、朝のニュースを見るテレビや、朝食にミルクを温める電子レンジ、そしてミルク自体からも、放射線が出ています。とはいっても、これらは普通に生活している分には、何ら問題になるレベルではありません。しかし、私たちが放射線によって日常的に被曝をしていることは事実です。放射線は無味無臭で、しかも肉眼では見えないので、その存在に気が付かないだけなのです。

 放射線は、発生源の違いで、もともと自然にあった自然放射線と、人の手で作られた人工放射線の2つに分けることができます。どちらも放射線であることに変わりはなく、自然放射線だから無害、人工放射線だから有害ということはありません。

人工放射線の身近な例は、健康診断などで行われる胸部レントゲン写真撮影です。また、原子力施設の事故や、大気圏内の核実験により、放射性物質が大気中に放出され、雨や塵と共に地上に降り注いでくる放射性降下物も存在しています。その他、産業機械などからも、人工放射線が生み出されています。

一方で、自然放射線には、宇宙からの放射線(宇宙線)や、太陽からの放射線(太陽粒子)、大気中の放射性物質からの放射線、地面や地下の岩石などに含まれる放射性物質からの放射線などがあります。また、実はほとんどの食物には、放射線を出すカリウム40などが含まれていて、なんと天然カリウムの0.0117%は、このカリウム40なのです。さらには、私たちの身体を構成する物質にも、放射性物質が含まれており、私たちの身体は、常に内側からも放射線を受けている状態にあります。

 

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.1  生活に関わる放射線の被曝線量(単位:μSv)

 

 図.1に、生活に関わる放射線の被曝線量を示しました。単位は、シーベルト(Sv)を用いています。シーベルトというのは、放射線による人体などへの影響度合いを表す単位であり、放射性物質の種類や、放射線量、放射線の種類などによって数値は変わってきます。このシーベルトを用いると、放射線による医学的重篤度が、どの程度であるのかが分かりやすくなり、とても便利になるのです。ちなみに、μというのは「1/106」を表す接頭語であり、1 Sv=106 μSv, 1 mSv=103 μSvなので、ニュースで見るときには、単位によく注意する必要があります。

さて、日常的に受ける被曝線量は、胸部X線集団検診の場合では50 μSv1年間に自然放射から受ける世界平均値が2,400 μSv1回のCTスキャンで6,900 μSv、ガラパリに1年間住むと10,000 μSvです。さらに、自衛隊・警察・消防が1年間に浴びて可とされる線量が50,000 μSv、そして99%の人が死亡する線量が7,000,000 μSvです。2,400 μSvの自然放射の内訳は、宇宙から380 μSv、大地から480 μSv、食物から240 μSv、空気中のラドンなどから1,300 μSvの被曝量だといわれています。

ちなみに、ガラパリというのは、ブラジルの南大西洋沖のリゾート地であり、この地域では、地磁気が弱くて放射線帯が垂れ下がっていることから南大西洋磁気異常と呼ばれ、ここでは地球上で最も多く宇宙線が降り注いでくることで知られています。

なお、シーベルトが人体などへの被曝の総量を表すのに対して、シーベルト毎時(Sv/h)は人体への被曝の強さを表します。例えば、2 Sv/hだったら「1時間で2 Svの被曝量を受ける強さ」を表します。また、年間被曝量とは1年でどれくらい放射線の影響を受けるのかを表す数値であり、シーベルト毎時から、次のように算出されます。

 

シーベルト毎時(Sv/h) × 24(時間) × 365() = 年間被曝量

 

また一方で、放射線量の単位として、ベクレル(Bq)が使われることもあり、1秒間に1個の原子核が崩壊して、放射線を出すと1 Bqになります。つまり、ベクレルは、放射性物質の放射能の強さを示す単位なのです。ただし、物質によって出される放射線の種類や、エネルギーの大きさが違うため、同じベクレル数でも、人体などへの影響はそれぞれの物質によって違うということに留意が必要です。

さらに、放射線が物質に当たったときに与えるエネルギー量は、グレイ(Gy)で表されます。1 Gy1 J/kgとも表され、1 Gyは物質1 kgについて1 Jのエネルギーが吸収されたことを意味します。ただし、グレイはエネルギー量を表すといっても、放射線の人体への影響を直接表す数値ではないことに注意が必要です。吸収線量(グレイ)と線量当量(シーベルト)には、一般的に次のような関係があります。

 

線量当量(Sv) = WR × 吸収線量(Gy)

 

ここで、WRは放射線荷重係数を示します。吸収線量は、J/kgSI単位系できっちり定義された愛昧のない物理量です。それに対して、放射線が人体にどのくらい影響があるのかという生物学的影響を表した量が、線量当量なのです。線量当量は、いわば「被曝の重篤さ」を表した量であるから、吸収線量と比べると、やや恣意的で愛昧な表現な訳です。そこで、この両者の量を結び付ける係数が、放射線荷重係数です。放射線荷重係数は、動物の種類や部位や年齢などによって異なり、放射線の種類によっても変化します。吸収線量に放射線荷重係数をかけることで、吸収線量を曖昧な線量当量に変換することができるのです。

かくして、「グレイはデジタル的、シーベルトはアナログ的」という人もいますが、シーベルトも動物実験を行ってきちんと算出した値であり、放射線が人間にどう影響するのかということを分かりやすく表現したシーベルトの方が、グレイよりも好まれて使われる傾向があります。

 

.1  放射線に関する単位

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(2)原子と放射能

 英語で原子を「atom」といいますが、「atom」は、「それ以上小さく分割できない最小単位」という意味です。自然界には、水素HからウランUまで90の原子が存在し、その原子の組み合わせで、物質が作られているのです。原子は、その中心にある1個の原子核と、その周囲を運動する電子からできています。さらに、原子核は、正の電荷を持つ陽子と、電荷を持たない中性子からできており、この陽子と中性子を総称して、核子と呼びます。原子核の陽子は、正の電荷を持っていますが、原子核の周囲を運動する電子は、反対の負の電荷を持ちます。原子は、電気的に中性になろうとするので、陽子の数と電子の数は同じになります。また、原子核中の陽子の数で元素の種類が決まり、その数を原子番号といいます。さらに、電子の質量は非常に小さいため、原子核中の陽子の数と中性子の数でおよその原子の質量が決まり、その和を質量数といいます。質量数を示すときには、元素記号の左上に質量数を書きます。例えば、陽子2個と中性子2個からなるヘリウムは、4Heと書きます。

 

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.2  有名な原子モデル(画像はこちらからお借りしました)

 

同じ元素の原子核であれば、原子核に存在する陽子の数は同じです。しかし、中性子の数は、必ずしも同じではありません。このように、陽子の数は同じであるが、中性子の数が違う原子同士を、同位体といいます。日本語で同位体を表すには、元素名の次に質量数を添えるようにします。例えば、最も小さな原子である水素原子の同位体としては、中性子が0のもの(水素1, 1H:軽水素)、中性子が1個あるもの(水素2, 2H:重水素またはジュウテリウム)、中性子が2個あるもの(水素3, 3H:三重水素またはトリチウム)3種類があります。また、水素の同位体に限り、重水素を「D」、三重水素を「T」と固有記号で表す場合があります。

 

.2  水素の同位体

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同じ元素の同位体であれば、化学的性質は変わりません。しかし、同位体によっては、安定なものと不安定なものがあり、不安定な同位体は、その原子核に固有の早さで別の原子核に変化します。これを原子核崩壊(放射性崩壊)といい、原子核崩壊を起こす同位体を、特に放射性同位体といいます。放射性同位体は、原子核崩壊をするときに放射線を放出し、陽子の数が変われば、別の元素に変化します。例えば、水素の場合、1H2Hは安定な同位体ですが、3Hは不安定な放射性同位体であり、3Hβ線を出しながら、3Heに変化していきます。このように原子核崩壊をすると、ある一定の割合で、放射性同位体の原子数が減っていきます。これは、放射性同位体の崩壊数が、その物質の量そのものに比例するからです。原子数が半分になるまでの期間を半減期といい、放射線量も半分になります。この期間は物質によって決まっており、数十秒と短いものから数十億年かかるものまで様々です。次の表.3に、主な放射性同位体の半減期を示しました。ちなみに、3Hの場合、半減期は約12.4年になります。

 

.3  主な放射性同位体の半減期

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 放射性同位体から出る放射線の強度は、それぞれ半減期を持っており、半減期をTとすると、T時間経てば、放出される放射線の強度は半分に減ってしまいます。放射線の強度が半分になったときから数えて、さらにT時間経つと、放射線の強度はさらに半分に減ります。これは無限に繰り返されて、ついには放射線を検知できない低レベルまで減ってしまいます。

放射性同位体が原子核崩壊するとき、微小時間dtにおける原子の崩壊数dNは、ある時刻における原子数Nに比例するので、これを数式で表すと、次のようになります。ここで、λは減衰係数といわれるもので、tは経過時間、Nt年後の原子数を表します。

 

dN = -λN dt

dN/N = -λ dt

 

これを両辺で積分すると、次のような式になります。ここで、N0は崩壊する前の原子数、lnは自然対数を表します。

 

∫(1/N) dN = -λ dt

lnN = -λt + C

t =0 C = lnN0

 

初期条件t = 0より、積分定数はC = lnN0となりました。これをlnN = -λt +Cに代入すると、次のようになります。

 

lnN = -λt + lnN0

ln(N/N0) = -λt

N = N0 exp(-λt)

 

また、半減期をTとすると、t = TではN = N0/2となるので、この式はT = (ln2)/λとも書くことができます。ここで肝心なことは、半減期Tが物質ごとに異なるということです。放射性廃棄物の処分という実用的な問題にも、この半減期が鍵となっています。もし半減期が短ければ、放射性廃棄物の寿命は処分場の中で尽きますが、半減期の長い放射性廃棄物の場合は、処分場の中で寿命が尽きることはなく、危険も長期化することを意味しています。

 ちなみに、この半減期の性質を上手く利用したものが、放射性炭素年代測定法です。これは、考古学上の最大6万年スケールの年代測定法であり、自然の生物圏内において、炭素14の存在比が常に一定であることを利用したものです。炭素14は、大気上層で宇宙線の衝突により窒素原子から作られ、大気中の二酸化炭素には、放射性同位体である炭素14が常に一定量存在しています。また、生物体は生きている限り、大気中と同じ存在比で炭素14を保持していますが、死滅すると、外界から炭素14の補給がされなくなるため、死滅後は時間の経過とともに、原子核崩壊が起きて安定な窒素14へと変化していきます。初めの原子数をN0、半減期をTとすると、時間tだけ経過したときに、崩壊せずに残っている原子数Nは、N = N0(1/2)t/Tで表されます。これにより、考古学では、遺物などの炭素14の含有率を調べることで、その遺物が何年前のものか分るのです。

 

(3)放射線の種類

原子核崩壊によって放出される放射線には、α(ヘリウム原子核の流れ)β(高速の電子の流れ)γ(電磁波)があります。放射線には、物質を通り抜ける透過力があり、物質に当たると、物質中の原子から電子を引きはがして、イオンを作る電離作用もあります。これらの働きの強さは、放射線の種類によって異なります。例えば、γ線は、透過力が非常に強い放射線ですが、電離作用は弱いです。一方で、α線は、透過力こそ弱いものの、電離作用が非常に強い放射線です。次の表.4に、各放射線の比較を示します。

 

.4  各放射線の比較

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(i)α崩壊

 原子核がα崩壊すると、原子番号が2小さく、質量数が4小さい原子核になります。このα崩壊により放出されるのが、中性子2個と陽子2個からなるα線です。α線は、ちょうどヘリウムの原子核と同じ粒子で、放射線の中でも最も大きく重く、しかも電荷を持っているので、防御は比較的容易です。紙やアルミ泊でも防ぐことができ、空気中でも、数cm程度しか進むことができません。しかしながら、α線は電子を奪う電離作用が非常に強いため、α線を出す放射性物質を体内に取り込んだ場合の内部被曝には十分注意しなければなりません。

 

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.3  α崩壊(画像はこちらからお借りしました)

 

)ウラン238からトリウム234へのα崩壊

 

(ii)β崩壊

原子核がβ崩壊すると、原子核の中性子が陽子に変化して、原子番号が1大きい原子核になります。中性子が陽子に変化しただけなので、質量数は変わりません。このときに放出される放射線のことを、β線といいます。β線は、電子の高速な流れです。物質を透過する力は、それほど強くないので、厚さ数mmのアルミ板や厚さ1 cmほどのプラスチック板で防ぐことができます。空気中でも、飛距離は1 m程度しかありません。ただし、β線が物質に当たると、X線を放出するので、その防御も必要になります。β線も、α線と同様に内部被曝が問題になります。

 

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.4  β崩壊(画像はこちらからお借りしました)

 

)アルゴン42からカリウム42へのβ崩壊

 

(iii)γ崩壊

これまで紹介したα線とβ線は粒子ですが、γ線は波長の短い電磁波です。放射性同位体には、α線やβ線と同時に、γ線を放出するものが多くあります。原子核がα線やβ線を放った直後では、原子核はまだ不安定な励起状態であり、γ線を放出して、より安定な状態になろうとするのです。要するに、γ線はエネルギーの放出です。物質は、低いエネルギー状態であるほど、反応に寄与しにくく安定なのです。また、γ線を放出しても、原子番号や質量数は変化しません。γ線は、電磁波なので透過力が強く、コンクリートや鉄板、鉛板などで防御する必要があります。ただし、鉛板でも、10 cm以上の厚みが必要となります。γ線は、内部被曝よりも、むしろ高い透過力による外部被曝の恐れの方が大きいです。

 

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.5  γ崩壊(画像はこちらからお借りしました)

 

 また、核分裂が起きたときに、原子核中の中性子が飛び出して生じる中性子線(中性子の流れ)も、放射線の一種です。中性子線は電荷を持たないため、原子との相互作用が少なく、透過力が極めて強いです。中性子線を遮蔽することは、非常に困難であるため、放射線の中でも、最も厄介なものと考えられています。

さらに、γ線と似たような電磁波に、レントゲンで使用されるX線がありますが、本質的には、どちらも同じ電磁波です。原子核崩壊により、原子核が励起して「原子核から」放出されるものをγ線と呼び、電子遷移により、電子が励起して「原子核外から」放出されるものをX線と呼び分けているだけです。どちらも、エネルギーの高い遷移状態から、エネルギーの低い基底状態になるときに放出される電磁波です。

なお、原子の内側の軌道から電子が叩き出されると、叩き出されて空いた場所には、外側の軌道にある電子が移ってきますが、このとき余分なエネルギーは、X線として放出されます。このときに放出されるエネルギーは非常に高く、この電磁波は、特性X線と呼ばれます。特性X線は、電子軌道が量子化されているために、元素の種類ごとに固有の波長を持ち、それぞれで異なっています。

そして、エネルギーにもよりますが、α線は紙1枚で止めることができ、β線は薄い金属箔で止められ、γ線はもう少し厚い金属板で止められます。中性子線は水やコンクリートで止めることができます。防護のためには、どこでどのような放射線が出るのかを、予め知っておく必要があります。

 

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.6  放射線の透過力

 

(4)被曝とは何か?

 2011311日、東北地方太平洋沖地震による地震動と津波の影響により、東京電力の福島第一原子力発電所で、炉心融解などの一連の放射性物質の放出を伴った原子力事故が発生しました。この事故の後、「被曝」という言葉を、ニュースなどで耳にすることが急に多くなったと思います。被曝には「放射線などにさらされること」という意味があり、その形態により、外部被曝と内部被曝に分けることができます。

 

(i)外部被曝

 外部被曝というのは、人体の外側から、放射線を浴びて受ける被曝のことで、宇宙線や地表からの放射性物質の放射線を浴びることが、外部被曝の原因となっています。被曝を避ける最善の方法は、放射能汚染事故などを起こさないことですが、事故が起こってしまったら、被曝を防ぐ対策が必要となります。外部被曝を避ける最上の方法は、放射能線源に近付かないことです。そして、汚染地域の滞在時間をできるだけ短くすることです。そのためには、どこで汚染が起きているのかを、しっかりとしたモニタリングで明らかにしなければなりません。

 重大な放射能事故が起きている場合、放射性物質は風に乗って飛散し、屋外には放射性物質が漂っています。この場合、できるだけ屋外に出ないことが大切です。また、窓を開けたり換気扇などを付けたりすると、外気が室内に入ってくるので、止めておきましょう。どうしても外出する必要がある場合には、帽子を被り、眼鏡をかけ、内部被曝予防のための防じんマスクを着用します。さらに、皮膚が外気と触れないような服装をして、手袋や長靴を着用、そしてレインコートのようなものを着ると良いとされています。

屋外で着用した衣類には、放射性物質が付着している可能性があるので、外出から戻ったら、玄関先で衣服を脱ぎ、室内に放射性物質が入らないようにしましょう。脱いだ服はビニール袋に入れておき、後日除染します。そして、うがいや洗顔をよくして、シャワーを浴びたりして、髪や身体に付着した放射性物質を洗い流します。場合によっては、目や鼻も洗うと効果的です。さらに、事故時に屋外で自動車を運転した場合には、その自動車のボディやタイヤも、外部被曝の線源となります。これも除染が必要です。また、風向きや降雨についての情報についても、注意しなければなりません。風が吹くと、放射性物質は風に乗って運ばれてくるからです。また、雨が降ると、大気中に浮遊している放射性物質が、雨の水滴に吸着して地表に落ちてくるので、できるだけ雨に当たらないようにすることです。特に降り始めの雨には、放射性物質が多く含まれているとされています。

 一般的には、外部被曝を低減する3原則は、「時間・距離・遮蔽」であるといわれています。厚いコンクリートの壁などで放射性物質を隔離しておけば、放射線が外部に漏れることはありません。また、線量は距離の2乗に反比例するので、放射性物質から離れておけば、被曝を防ぐことができます。さらに、線量は滞在時間に比例して増加するので、放射線場での行動が少なくなるほど、リスクが減らせます。

 

(ii)内部被曝

 内部被曝というのは、食品などの摂取や呼吸により、外部の放射性物質を体内に取り込み、そこが被曝源となって受ける被曝のことをいいます。内部被曝を防ぐには、放射性物質を体内に取り込まないこと、そして取りこんでしまった放射性物質は、できるだけ早く排出することです。具体的な対策としては、空気中の塵などに付着した放射性物質が、呼吸により体内に取り込まれると内部被曝をしてしまうので、外出の際には、防じん用のマスクを着用することが考えられます。また、高濃度の放射能に汚染されている食物については、原則として絶対に食べないことです。流通して販売されている野菜などの食物については、よく洗ってから食べるようにすれば良いでしょう。万が一、放射性物質が体内に入ってしまった場合には、専門医の管理下で、肺や胃の洗浄、緩下剤、キレート剤などの投与が行われます。

 内部被曝についての食物モニタリングが様々な機関で行われていますが、これは連続的に同じ部位を測定したり、また飲料水の測定などを行ったりします。ただし、日本では、野菜の中でも根菜がよく食べられていますが、ICRP(国際放射線防護委員会)による勧告では、葉菜が中心ですから、はっきりとした根拠があるのは、葉菜だけです。また、肉類についても同様で、魚介類についてはあまり触れられていません。ヨーロッパでは、牛乳のモニタリングも行われていますが、これは必須のこととして重要視しています。何についてのモニタリングを重要視するのかは、各国それぞれの事情が反映されます。いずれにせよ、まずは数値の根拠を正確に理解することが大切です。次の表.5に、ICRPによる基準値をもとにした飲食物摂取制限に関する指標を示します。これは、1年間暫定基準値量を超えて飲食物を摂取すると、障害が起きる可能性があるという値です。

 

.5  飲食物摂取制限に関する指標

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現在、暫定基準値とされている値は、飲料水中の濃度でヨウ素131300 Bq/kg, セシウム137200 Bq/kgとなっており、これが日本の安全基準値となっています。葉菜では、ヨウ素1312,000 Bq/kg、セシウム137500 Bq/kgです。ここで注意すべきは、表.5はもともとヨーロッパでの食事を対象として定められたものであるということです。ここでの基準値は、文字通り暫定的であって、将来はもっと慎重に考察した基準が登場するだろうと思っています。

 

(5)放射線の生物影響

 X線が発見された当時、X線が人体に有害であることは、研究者をはじめ、世の中では理解されていませんでした。X線は、それまでに発見されていたどんなものより、はるかに強力な透過光線であり、X線の発表から数か月と経たないうちに、胆石や骨折の検査を行うためのレントゲン撮影機が設計・製造されました。やがて、ビスマスやバリウムを飲むことによって、消化管内部のX線撮影も可能になりました。

 間もなく、X線に火傷を引き起こす危険性があることが分かりましたが、実はX線の本当の危険性は、そんな生やさしいものではありませんでした。X線は、人体に根本的なダメージを引き起こす危険のある放射線です。細胞を死滅させたり、細胞に不可逆的な損傷を与えたりします。18975月には、すでに放射線による傷害事故が69件報告されていました。被害者はすべて、レントゲン撮影技師でした。それを知っていたかどうかはとにかく、彼らは、命がけの自己実験を行っていたのです。

 かの有名なトーマス・エジソンも、X線機器を使って実験を行っていましたが、視力を失いかけたので、実験を中止しました。エジソンの助手の1人であったクラレンス・ダリーの場合は、さらに悲惨でした。両腕にできた潰瘍の「治療」のため、信じられないことに、さらに大量のX線を照射されたのです。ダリーは両腕の切断を余儀なくされ、1年後に39歳の若さで死亡しました。

 レントゲン技師は、被曝の最前線にいました。彼らは防護服も着ていなかったし、初期のX線管には、ほとんどシールドが取り付けられていませんでした。患者も、放射線を過度に照射される危険にさらされていました。当時は、鮮明な写真の撮影を確実にするため、照射時間は信じられないぐらいに長かったのです。1896年に初めてX線を使って体内の異物(弾丸)が見つけ出されましたが、その際の照射時間は、実に2時間以上でした。ある5歳の少女は、多毛症の治療のため、毎日2時間、16日間に渡ってX線を照射されました。確かに、少女の背中の毛は抜け落ちましたが、そのあとには大きな壊死性潰瘍ができ、やがてガン化しました。こうした治療によって、何万人もの女性が醜い傷跡に苦しみ、ガンを発症することになりました。最後のX線脱毛器が引退したのは、ようやく1949年のことでした。

このように、数え切れないほど多くの人々に、不必要な照射が行われました。放射線の影響の度合いは、被曝量によって決まります。それでは、どれくらいの量の放射線を受けると、人体に影響が出てくるのでしょうか?放射線の人体への影響は、身体的影響と遺伝的影響の2つに分けることができます。

 

(i)身体的影響

身体的影響には、被曝した人自身が受ける影響により、さらに急性影響と晩発性影響に分けられます。このうち急性影響は、被曝後にごく短時間で洗われる影響のことで、急性放射線症や急性放射線皮膚障害、造血臓器機能不全などがあげられます。

一方で、晩発性影響は、放射線に被曝してから、数年ほど時間が経過してから現れる影響のことで、白内障やガン、白血病などがあげられます。身体的影響の潜伏期間は、原則として線量が高いほど短くなります。放射線の人体に対する急性影響は、次の表.6のようになります。

 

.6  放射線の人体に対する急性影響(単位:mSv)

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急性影響の場合、100 mSvで軽度のむかつきを感じます。250 mSvの放射線を受けると白血球の数が一時的に減少し、500 mSvではリンパ球の数が著しく減少し、1,000 mSvでは吐き気や嘔吐、食欲不振、めまい、倦怠感などの急性放射性障害が現れ始めます。さらに2,000 mSvでは出血や脱毛の症状が現れ、約5%の人が2週間以内に死亡します。3,000 mSvでは骨髄障害を起こし、放射線を受けた人の50%が死亡します。5,000 mSvでは局所的に被曝すると白内障や皮膚の紅斑を起こします。さらに7,000 mSvになると、放射線を受けた99%の人が生きていることができません。

 また、晩発性影響による発ガンには潜伏期間があり、比較的潜伏期間の短い白血病でも、ピークが来るのに6年ほどかかるといわれています。その他のガンの場合には、1020年ほど経過して、初めて発症します。なお、同じ放射線でも、臓器によって受ける影響が異なり、細胞分裂が盛んで放射線の感受性が高い乳房、肺、胃、骨髄、腸管、生殖腺などの細胞は、放射線影響が非常に大きいです。また、大人に比べて子供は放射線に対する感受性が高いとされています。甲状腺ガンや白血病は、被曝時の年齢が低いほど発生率が高く、これは細胞分裂を繰り返している細胞ほど、放射線の影響が大きくなるからです。したがって、大人は、将来のある子供たちが放射線の影響を受けないように、十分な注意を払わなければなりません。

 

(ii)遺伝的影響

遺伝的影響は、被曝した本人ではなく、その子孫へ伝わる影響のことで、ICRPがまとめた動物実験結果では、10 mSv1/10,000の確率で、遺伝的影響が現れるとの報告があります。これは、放射線が細胞を通過すると、細胞の中にある遺伝情報を持つDNAが損傷するからです。放射線は、非常に高いエネルギーを持っており、これらが細胞を通過するとき、細胞内の分子をいきなりイオン化させたり、細胞内でいきなり活性酸素を発生させたり、細胞内でいきなり水素イオンや水酸化物イオンといった酸やアルカリを発生させたりするのです。もし放射線やこれらの物質の影響でDNAが損傷してしまうと、DNAの遺伝子が突然変異して正常な細胞分裂ができなくなり、細胞が死滅したり細胞の活動が異常化したりして、ガンや白血病などの病気の原因になってしまいます。そして、このときに人の生殖細胞が放射線の影響を受けると、染色体異常や遺伝子の突然変異が起こり、親とは違った形質が子孫に出現し、子孫の身体的または生理的な形質や機能に悪影響が現れるのです。

 

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.7  DNAの二重らせん構造

 

DNAは、2本の鎖状ポリヌクレオチドが一組になってできています。もし放射線の影響が原因で、二重らせん構造の1本のみが切れた場合には、DNAはほとんど元通りに修復されます。しかし、鎖が2本とも切断されてしまった場合には、切れた隙間に他のDNAが紛れ込んだり、間違ったところが繋がったりして、DNAの修復が上手くいかないことがあるのです。こうなってしまうと、正常な細胞分裂ができなくなってしまいます。

ただし、DNAの修復が上手くいかなかった場合でも、私たちの身体は、損傷した細胞が次の細胞分裂を起こす前に、その細胞を排除する仕組みになっています。これを、アポトーシスといいます。アポトーシスは、「プログラムされた細胞死」とも呼ばれ、簡単にいえば、これは細胞の自殺のようなものです。私たちの身体では、毎日5,000個ものガン細胞が発生しているのですが、異常化した細胞は、アポトーシスによって常に取り除かれているのです。このように、生物の細胞は、放射線に対してDNAの修復とアポトーシスの2つの防御機能で守られています。

 

(6)放射線の有効利用

 放射線は、人体へ様々な影響を及ぼします。しかし、一方で、放射線の特性を生かして、医療や工業、農業などの分野で有効利用もされています。医療分野では、X線検診がまずあげられます。骨や内臓が透けて見えるX線写真は、おなじみですね。そしてガン治療では、放射線を照射して、ガン細胞を殺す放射線治療が広く行われています。その他にも、核医学検査や医療器具の滅菌などにも、放射線が利用されています。

 

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.8  上腕骨のX線写真

 

 工業分野でも、放射線は広く利用されています。耐熱性電線や蛍光灯のグロー放電管、発砲ポリエチレンなど、放射線を使った様々なものがあります。さらに、ジェットエンジンの非破壊検査や、高温の鉄板の厚さの測定、空港の手荷物検査、煙探知機、静電除去機などに広く用いられています。農業分野では、土壌改良や農薬の開発、害虫の駆除、ジャガイモの発芽防止などに利用されています。食品に関する放射線利用については、WHO(世界保健機構)が認めており、食品照射による殺菌などに応用されています。また、放射線を当てて遺伝子を損傷させ、わざと突然変異を起こすことで、品種改良に利用しています。日本では、この技術を使い、梨や米の品種改良が行われました。

このように、放射線は医療から産業分野まで広く利用されていますが、文化財の調査など、歴史的な分野でも活用されています。古い仏像をX線で調べると、仏像の内部の構造や、修復の痕跡など、外側を見ただけでは分らないことが分るのです。その他には、先にも説明したように、放射性同位体を使って、岩石や化石などの年代測定にも利用されています。また、環境保全にも放射線は応用され、ゴミ焼却炉から出る排煙に放射線を照射して、排煙に含まれる窒素酸化物や硫黄酸化物などの大気汚染物質を、除去する研究開発が進められています。


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・参考文献

1) 藤高和信「放射能と放射線」誠文堂新光社(2011年発行)

2) 船山信次「毒の科-毒と人間のかかわり-」ナツメ社(2013年発行)

3) トレヴァー・ノートン「世にも奇妙な人体実験の歴史」文藝春秋(2012年発行)