・イオン化傾向


(1)イオン化傾向とは何か?

 金属が水溶液中で陽イオンになろうとする傾向を、イオン化傾向(ionization tendency)といいます。また、そのイオン化傾向の大きさの順に並べた序列を、電気化学列(electrochemical series)あるいはイオン化列(ionization series)といいます。イオン化傾向が大きい金属ほど、陽イオンになって酸化されやすいということになるので、一般的にイオン化傾向の大きな金属は強い還元剤であり、イオン化傾向の小さな金属イオンは強い酸化剤であるといえます。

 

.1  主な金属のイオン化傾向

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金属元素の単体が、水中で電子e- を出して陽イオンになるとき、そのなりやすさの順序がイオン化傾向であるから、金属単体のイオン化傾向は、次に示す熱化学方程式の反応熱Q kJ/molが大きいほど大きいといえます。つまり、反応熱Q kJ/molが大きいほど、生成物である陽イオンが、熱力学的に安定になるのです。

 

M(固体) + aq = Mn+ (aq) + ne- + Q kJ

 

ところで、この反応は、さらに3つの段階に分けることができます。すなわち、反応熱Q kJ/molの値は、次の図.1のように、昇華熱Q1 kJ/molとイオン化エネルギーQ2 kJ/mol、水和熱Q3 kJ/molから求められます。

 

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.1  反応熱Q kJ/molについてのエネルギー図

 

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Q = Q3 - (Q1 + Q2)

 

これより、イオン化傾向は、水和熱Q3が大きく、昇華熱Q1 とイオン化エネルギーQ2 が小さいほど、大きくなるということが分かります。したがって、イオン化傾向は、イオン化エネルギーQ2だけではなく、昇華熱Q1や水和熱Q3にも影響されるのです。このように定義すると、金属元素以外にもイオン化傾向を適用することができ、そのイオン化傾向は、次の表.2のようになります。

 

.2  その他の化合物・単体のイオン化傾向

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ただし、イオン化傾向は、その単体の反応性を単純に反映するものではないということに、注意する必要があります。このことでよく議論されているのが、カルシウムCaとナトリウムNaの順序です。カルシウムCaとナトリウムNaは、イオン化傾向の順序ではCa>Naですが、水H2Oとの反応性は、明らかにNa>Caです。すなわち、ナトリウムNaの方が、カルシウムCaよりも激しく水H2Oと反応します。イオン化傾向が、このような順序になる理由は、イオン化傾向が、昇華熱Q1 とイオン化エネルギーQ2 、水和熱Q3 3つの反応熱から決まるからです。カルシウムCaとナトリウムNaを比べたとき、昇華熱Q1とイオン化エネルギーQ2こそ、Ca>NaでナトリウムNaが有利ですが、水和熱Q3は、Ca>>NaでカルシウムCaの方が圧倒的に有利なのです。

したがって、イオン化傾向は、このように反応性の順序を完璧に反映しているとはいえない部分があり、反応性については、飽くまで定性的な1つの要素として留めるのが望ましいと思います。しかし、高校化学では、イオン化傾向の関係を用いて、化学反応を考察する問題が多く出題されるので、次の(2)(5)に代表的な例を示します。

 

(2)金属陽イオンとの反応

金属単体と金属陽イオンの反応が進行するかどうかを判断するとき、イオン化傾向を使うと、反応が進行するかどうかの判断をすることができます。例えば、亜鉛板を硫酸銅(II) CuSO4の水溶液に浸すと、亜鉛板はZn2+ となって溶け出し、亜鉛板の表面にはCuが析出してきます。

 

Zn + Cu2+ → Zn2+ + Cu

 

このようになるのは、イオン化傾向の大きさが、Zn>Cuだからです。イオン化傾向が大きいということは、それだけ亜鉛Znが陽イオンになりやすいということになるので、このような反応が起こるのです。ちなみに、この反応は、酸化還元反応であり、ここでは、亜鉛Znが還元剤、銅(II)イオンCu2+ が酸化剤として作用しています。イオン化傾向の順序は、金属単体と金属陽イオンとが、酸化還元反応を起こすかどうかの判断を与えるのです。

 

(3)空気中の酸素との反応

 

.3  空気中の酸素O2との反応

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金属は酸化されると、その酸化被膜が金属と酸素O2との接触を断ち、反応は途中で止まります。しかし、酸化被膜がはがれやすいとか、湿気を吸って溶解しやすいとか、反応熱が大きいため反応熱で酸化被膜がすぐに高温になり、酸化被膜の分子運動が激しくなって、酸素O2が浸透しやすくなるなどの要因があると、金属は内部まで酸化されるようになります。イオン化列では、アルカリ金属やアルカリ土類金属が、常温でも速やかに内部まで酸化されます。

 

4Na + O2 → 2Na2O

2Ca + O2 → 2CaO

 

Cuや鉄Feなどは、通常内部まで酸化されることはなく、高温で加熱すると、速やかに表面が酸化物に変化して、内部を保護するようになります。

 

2Cu + O2 (高温) 2CuO

4Fe + 3O2 (高温) 2Fe2O3

 

また、銀Agなどは、空気中で加熱しても酸化されません。むしろ、酸化銀(I) Ag2Oは、加熱により酸素O2を発生して分解します。

 

2Ag2O (高温) 4Ag + O2 (-Q kJ)

 

この反応は、エンタルピー変化がΔH >0の吸熱反応です。しかしながら、反応は2分子から3分子になるので、エントロピー的にはΔS >0となります。よって、ギブスの自由エネルギー式より、温度Tが十分に大きければ、TΔSが大きくなってΔG <0となり、還元反応が優位に進行することになります。

 

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Agよりもイオン化傾向が大きい金属(KCu)は、この反応が進行しません。この理由は、エンタルピー変化ΔHがあまりにも大きくて、自由エネルギーがΔG <0となりにくいからです。参考として、次の表.4に、主な金属酸化物の標準生成エンタルピーを示します。この表.4からは、酸化銀(I) Ag2Oの標準生成エンタルピーが、他の金属酸化物と比べて、非常に大きいことが分かります(値が小さいほど、大きな発熱反応)。すなわち、銀Agの酸化物である酸化銀(I) Ag2Oは、熱力学的にはさほど安定化されていないため、高温では容易に分解反応が起こるのです。

 

.4  主な金属酸化物の標準生成エンタルピー

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M + O2 = MO2 ΔHf

MO2 = M + O2 + ΔHf

 

(4)水との反応

 

.5  H2Oとの反応

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 純水中では、H2OH+ + OH- の電離平衡が存在することにより、少量の水素イオンH+ が常に存在しています。金属の単体を純水に入れると、イオン化傾向が水素H2より大きい金属は、基本的にはこの水素イオンH+ を還元して、水素H2を発生させるはずです。しかし、亜鉛Znを水H2Oと反応させると、亜鉛Znの表面には、不溶性の水酸化亜鉛(II) Zn(OH)2が生じて、内部を保護するために、反応はすぐに止まってしまいます。

 

Zn + H2O → Zn(OH)2 + H2

 

したがって、水H2Oとよく反応する物質は、イオン化傾向が水素H2より大きく、かつ金属水酸化物が水によく溶けるものであるということが分かります。イオン化傾向が大きいKNaに代表されるアルカリ金属やアルカリ土類金属は、常温でも水H2Oと反応して、水素H2を発生させます。これらは、金属水酸化物が水に溶けやすいので、強塩基性を示します。

 

2Na + 2H2O → 2NaOH + H2

Ca + 2H2O → Ca(OH)2 + H2

 

また、マグネシウムMgは、常温の水H2Oでは反応しにくいのですが、沸騰水とならよく反応します。

 

Mg + 2H2O (加熱) Mg(OH)2 + H2

 

イオン化傾向が中程度のアルミニウムAlや亜鉛Zn、鉄Feなどは、高温の水蒸気とならば反応します。反応の結果生成した金属水酸化物は、高温では不安定なので、水H2Oを放出して、酸化物の形となります。この反応は、イオン化列の鉄Feまで起こり、鉄Feでは逆反応も起こるため、平衡状態となります。

 

2Al + 3H2O (高温) Al2O3 + 3H2

Zn + H2O (高温) ZnO + H2

3Fe + 4H2O (高温) Fe3O4 + 4H2

 

ニッケルNiよりイオン化傾向の小さな金属は、水H2Oとは反応しにくく、高温では、逆に酸化物を水素H2で還元することができます。

 

NiO + H2 (高温) Ni + H2O

CuO + H2 (高温) Cu + H2O

 

(5)酸との反応

 

.6  酸との反応

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 水素H2よりイオン化傾向が大きい金属は、酸の水素イオンH+ が酸化剤として働き、金属は酸化されて陽イオンとなり、酸に溶けます。

 

Zn + 2HCl → ZnCl2 + H2

Fe + H2SO4 → FeSO4 + H2

 

ただし、鉛Pbは、水素イオンH+ で酸化されるものの、塩酸HClや硫酸H2SO4にはほとんど溶けません。この理由は、水に難溶な塩である塩化鉛(II) PbCl2や硫酸鉛(II) PbSO4が金属表面に生じて、反応がそれ以上進行しなくなるからです。

また、CuAgまでの金属は、イオン化傾向が水素H2よりも小さいため、水溶液中の水素イオンH+ とは反応しませんが、水素イオンH+ より酸化力が強い酸とは反応します。このような酸化力の強い酸としては、硝酸HNO3や熱濃硫酸H2SO4があります。このとき発生する気体は水素H2ではなく、濃硝酸HNO3なら二酸化窒素NO2、希硝酸HNO3なら一酸化窒素NO、熱濃硫酸H2SO4なら二酸化硫黄SO2が発生します。

 

Cu + 2H2SO4(heat.conc) → CuSO4 + SO2 + 2H2O

3Cu + 8HNO3(dil) → 3Cu(NO3)2 + 2NO + 4H2O

Cu + 4HNO3(conc) → Cu(NO3)2 + 2NO2 + 2H2O

 

2Ag + 2H2SO4(heat.conc) → Ag2SO4 + SO2 + 2H2O

3Ag + 4HNO3(dil) → 3AgNO3 + NO + 2H2O

Ag + 2HNO3(conc) → AgNO3 + NO2 + H2O

 

イオン化傾向の非常に小さな金属(Auや白金Pt)は、酸化力の強い熱濃硫酸H2SO4や硝酸HNO3でも酸化されず、王水(aqua regia)にしか溶けません。王水は、濃塩酸HClと濃硝酸HNO331で混合したものであり、非常に強い酸化力を示します。このような強い酸化力を示す理由は、次の反応より、塩化ニトロシルNOClと塩素Cl2が生成するからです。塩化ニトロシルNOClは、酸化力が非常に強く、ほとんどの金属を酸化することができます。

 

3HCl + HNO3 → NOCl + Cl2 + 2H2O

Au + NOCl + Cl2 + HCl → H[AuCl4] + NO

 

さらに、クロムCrやアルミニウムAl、鉄Fe、コバルトCo、ニッケルNiなどの三価以上の陽イオンを作る金属は、濃硝酸HNO3のような水H2Oの少ない状況下で酸化されると、金属表面に厚さ数nm程度の緻密な構造を持つ酸化皮膜が生じて、金属内部を保護するようになります。このような状態を、不動態(passivity)といいます。不動態が生じると、本来反応すべき金属が反応しなくなり、酸や塩基に対して、極めて安定になります。不動態を利用した商品には、アルマイトやステンレスなどがあります。アルマイトは、アルミニウムAlを人工的に不動態化処理したもので、ステンレスは、含有するクロムCrが空気酸化により不動態化したものです。


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・参考文献

1) 石川正明「新理系の化学()」駿台文庫(2005年発行)