・反応速度と化学平衡
【目次】
(ii) 反応に無関係な物質を加えても、濃度や温度が一定ならば平衡は移動しない
(1) 反応速度の定義
化学反応とは、反応物の結合が切れ、原子間に新しく結合ができて、生成物が生じるものです。化学反応では、生成物を作るときに、結合を1回切らなければならないので、結合エネルギーの大きい分子などは、化学反応が起こりにくいのです。また、新しい結合ができる際にも、分子の構造が混み合っていると、立体的な障害により、生成物が生成しにくいというようなこともあります。したがって、化学反応というものは、一瞬で終わるようなものではなく、反応物にエネルギーを与えて、結合を切ったり作ったりしなければならず、ある程度の時間がかかるのです。
化学反応式における1つの物質に注目したとき、単位時間あたりのモル濃度の変化量を、その物質の「反応速度(reaction velocity)」といいます、反応速度は、一般的に絶対値で表します。物質量ではなくモル濃度を使う理由は、反応速度は体積の影響を受けるからです。例えば、ある物質1 molを反応させるとしましょう。大きい容器と小さい容器があれば、当然小さい容器の方が激しく反応が起こります。したがって、反応速度は、体積の影響を考えたモル濃度を使って表すのが合理的になります。ここで例として、A2とB2が反応し、ABが生成するという化学反応を考えてみましょう。A2のモル濃度[A2]の時間変化をグラフにすると、次の図.1のようになります。
A2 + B2 → 2AB
図.1 [A2]の時間変化
図.1のように、濃度の時間変化が、グラフによって連続的に与えられている場合は、各時間の瞬間の速度が、グラフの傾きから求めることができます。つまり、反応速度は、濃度の時間微分で与えられるのです。例えば、時間t1〔秒〕における瞬間のA2の反応速度をvAとすると、次のように求めることができます。
しかし、図.1のようにグラフを作るのが困難な場合、濃度の時間微分によって、反応速度を求めることができません。例えば、濃度がC1, C2 ・・・・・・、のようにとびとびにしか与えられていない場合、2つの時間t1〜t2〔秒〕における平均速度を、反応速度として求めることになります。ここで、時間t1〜t2〔秒〕における平均のA2の反応速度をとすると、次のように求めることができます。
また、この反応では、A2とB2が1個ずつなくなったら、ABが2個生じるので、濃度の変化量の間には、次のような関係が成り立っています。
そこで、この反応全体の共通の速度vとして、次のように定義することが多いです。
(2) 反応速度を支配する要因と反応速度式
化学反応を進行させるためには、化学結合を切るだけのエネルギーが必要になります。例えば、水素H2とヨウ素I2が反応して、ヨウ化水素HIが生成する反応について考えてみましょう。
H2 + I2 → 2HI + 9.0 kJ
この反応を進行させるためには、まずは反応物の粒子同士が衝突しなければなりません。しかし、反応物同士が衝突したからといって、必ず反応するとは限りません。多くの化学反応では、反応が起こるためには、ある一定以上のエネルギーを加えて、化学結合が切れやすい「活性化状態(activated state)」にしなければならないのです。その加えるべく最小のエネルギーを、一般的に「活性化エネルギー(activation energy)」といいます。活性化エネルギー以上の運動エネルギーを持たない粒子同士の衝突では、反応は進行しないのです。
図.2 反応経路とエネルギー状態
したがって、反応物に活性化エネルギー以上のエネルギーを与え、反応速度を大きくするためには、一般的に次のような工夫が必要となります。
(i) 反応物の濃度を大きくする
化学反応を進行させるためには、反応物同士の衝突が必要不可欠です。一般的に単位時間当たりに衝突する粒子の数が多いほど、反応速度は大きくなります。粒子が移動しやすい気体や溶液中の反応では、反応物の濃度を大きくすると、反応物同士が衝突する確率が大きくなるので、反応速度は大きくなります。
一方で、固体が関係する反応では、固体を細かくしていくと、反応速度は大きくなります。これは、同質量では、塊状より粉末状の方が、表面積が著しく大きくて、互いに接触できる粒子の数が、極めて大きくなるためです。例えば、鉄Feは塊状では、空気中での反応性が低いのですが、微細な粉末状にすると、空気と触れただけで発火するようになります。このため、消防法によって、一定量以上の鉄粉は危険物扱いとなっています。
図.3 表面積による反応速度の違い
(ii) 温度を上げる
温度を上げると、高い運動エネルギーを持った分子の割合が増加します。そのため、反応物同士が衝突したときに、活性化エネルギー以上の運動エネルギーを持った粒子の割合が増加します。温度が高くなると、ボルツマン分布における活性化エネルギー以上のエネルギーを持つ分子数が、急激に増加するのです。多くの化学反応で、室温付近では、温度が10 K上がるごとに、反応速度はおよそ2〜3倍になります。
図.4 温度が高くなると、活性化エネルギー以上のエネルギーを持つ分子数が急激に増加する
(iii) 触媒を加える
反応の前後でそれ自身は変化しないものの、反応速度を大きくするような物質を、一般的に「触媒(catalyst)」といいます。触媒は、化学工業において非常に重要であり、現在の化学工業のプロセスの80%以上が、触媒を用いて操業されています。低コストで良質な触媒を開発・発見することが、今後も重要になってきます。
触媒は、反応物との間で、反応中間体を作ります。そして、反応中間体から生成物ができるとともに、触媒が再生されます。触媒を加えると、反応の仕組みが変わって、活性化エネルギーが小さくなるため、活性化エネルギー以上の運動エネルギーを持つ分子の割合が増加します。触媒は、新たな活性化状態を作って、活性化エネルギーを小さくし、反応速度を大きくする効果があるのです。ただし、触媒は活性化エネルギーを小さくしますが、反応エンタルピーは変化させません。また、触媒は逆反応の活性化エネルギーも小さくするので、逆反応の反応速度も大きくなります。
図.5 触媒は活性化エネルギーを小さくする
以上のことより、反応速度vは、次のような式になることが想定できます。A2+B2→2ABの反応において、
このような式を「反応速度式(reaction rate equation)」といい、kを「反応速度定数(reaction rate constant)」、α+βを「反応次数(order of reaction)」といいます。この反応では、A2とB2が1:1の割合で反応するため、α=β=1で反応次数は2になることが予想されます。しかし、これは必ずしも係数通りになるとは限らず、多くの場合は実験によって決定されます。この理由は、実際の反応では、反応物の粒子が反応式の係数の数だけ同時に衝突して、一段階で反応するとは限らないからです。実際の反応機構は、予想よりも複雑である場合が多く、いくつかの反応が組み合わさって進む場合があるのです。そのような場合は、反応速度が単純に反応物の濃度に比例するとは限りません。また、二段階で起こる反応でも、反応速度は最も遅い反応段階に依存して、一段階のように扱えるときもあります。
(3) アレニウスの式
反応速度vは、温度や活性化エネルギーにも支配されるのですが、反応速度式中の濃度の部分([A2]α[B2]β)には、これらの因子が全く含まれていません。したがって、温度や活性化エネルギーは、反応速度定数kの中に含まれることになります。、反応速度定数kの値は、実験や理論より、次の「アレニウスの式(Arrhenius equation)」で与えられます。
ここで、Rは気体定数、Eaは活性化エネルギー、T は系の温度、Cは頻度因子の定数です。アレニウスの式では、式の複雑さから、応速度定数kがいまひとつイメージがしにくいですが、アレニウスの式において、温度T の極限を取ってみると、次のような簡潔な関係になります。
これらの式から分かることは、温度T が大きいほど、反応速度定数kが大きくなり、反応速度vが増加するということです。アレニウスの式において、独立変数部分のe-Ea/RT を「ボルツマン因子(Boltzmann factor)」といい、温度T で活性化エネルギーEaより大きな運動エネルギーを持つ粒子の割合(確率)を表します。つまり、アレニウスの式は、温度を上げると活性化エネルギーより大きな運動エネルギーを持つ分子の割合が増えるということを、如実に表した式なのです。例えば、活性化エネルギーがEa=0なら、温度Tに関係なくe0=1となるので、すべての分子が活性化エネルギーを上回る運動エネルギーを持つことになります。活性化エネルギーがEa=0の反応は、分子同士が衝突すれば必ず結合が組み替わる反応を意味し、自然界で最も速い反応となります。平凡な例として、酸と塩基の中和反応は、活性化エネルギーEaがほぼ0だと分かっています。
また、アレニウスの式をグラフにする場合、横軸に温度Tを取ると、反応速度定数kはすぐに発散してしまいます。そこで、アレニウスの式の両辺の自然対数を取ると、次のように一次式y=ax+bの形に変形できます。このように両辺の対数を取ることで、複雑な関数を一次関数にすることができるのです。
そして、縦軸にlnk、横軸に1/Tを取り、グラフを書くと、次の図.6のようになります。このようにしてグラフを作成することを、「アレニウスプロット(Arrhenius plot)」といいます。反応速度定数kと温度Tは、実験により測定可能な値なので、このグラフより、傾きを求めることができます。そして、このグラフの傾きより、活性化エネルギーEaを実験的に求めることができます。
図.6 アレニウスプロット
(4) ギブスの自由エネルギー
化学反応が自然に進行するかどうかを、定量的に判断する方法はないのでしょうか?この方法を見出したのは、アメリカの物理化学者ウィラード・ギブスです。化学反応を定量的に分析できる式として、「ギブスの自由エネルギー(Gibbs' free energy)」という式があります。ギブスの自由エネルギー変化ΔGは、一般的に次のように表すことができます。なお、記号Δ(デルタ)は英語の「difference(差)」の頭文字のギリシア文字で、変化量を表します。
ここで、Gを「自由エネルギー(free energy)」、Hを「エンタルピー(enthalpy)」、Sを「エントロピー(entropy)」といいます。「熱力学第二法則(second law of thermodynamics)」より、系は自由エネルギーGが減少方向に進行します。つまり、この式において、自由エネルギー変化ΔGがΔG<0であるなら、その反応は自然に進む反応であり、ΔGがΔG>0であるなら、その反応は自然には進まない反応になります。また、エンタルピーHは、系のエネルギーに関係する因子であり、エントロピーSは、系の乱雑さ(散らばり具合)に関係する因子です。つまり、化学反応が進行するかどうかは、系の「エネルギー変化」と「乱雑さの変化」によって決まるのです。
(i) 内部エネルギー
物質の構成粒子は、熱運動による運動エネルギーを持っています。また、これらの粒子は、互いに力を及ぼし合い、粒子間の力による位置エネルギーを持っています。これらのエネルギーの総和を、物質の「内部エネルギー(internal energy)」といいます。内部エネルギーはエネルギーの次元を持ち、記号Uで表されます。内部エネルギーUは、その圧力や体積に関係なく、物質量と温度だけで決まります。物質の温度Tが高いほど、粒子の熱運動は激しくなり、内部エネルギーUは大きくなります。
物質の内部エネルギーUは、外部から加えられる熱Qや外部からされる仕事Wによって変化します。このとき、系に加えられた熱量Qと外部からされた仕事Wの和は、系の内部エネルギー変化ΔUと等しくなります。これを「熱力学第一法則(first law of thermodynamics)」といい、この法則は「エネルギーの保存」を表す法則の1つです。なお、熱と仕事の向きについて、正の向きをどちらとするかは文献によって様々です。ここでは、熱と仕事の向きを、「外部(外界)から系に向かう方向」を正としています。
図.7 内部エネルギーと熱力学第一法則
なお、系の体積を一定にする条件(等積過程)では、外部からされる仕事Wは0になります。このような等積過程では、外部から熱を加えると、そのすべてが内部エネルギーの上昇に使われることになります。つまり、体積一定の条件ならば、内部エネルギー変化ΔUは、系に加えられた熱Qそのものになります。
ただし、化学反応を考える際には、等積過程よりも等圧過程(圧力を一定にする条件)の方が多いです。圧力一定の条件で熱を表したいときに用いるのが、次項の「エンタルピー」なのです。
(ii) エンタルピー
「エンタルピー(enthalpy)」とは、物質の発熱や吸熱の挙動に関わる状態量です。ギリシア語の「温まる(enthalpein)」に由来しており、「熱含量(heat content)」ともいいます。系に外部(外界)から熱を加えると、系の内部エネルギーは増大しますが、加えられた熱の一部は、気体の膨張の仕事に使われてしまいます。この膨張に使われた仕事のエネルギーを内部エネルギーに加えたものが、エンタルピーです。エンタルピーHはエネルギーの次元を持ち、内部エネルギーをU、圧力をP、体積をVとすると、エンタルピーHは次のように定義されます。
化学反応は、大気圧下などのように圧力を一定にする条件(等圧過程)で考えることが多いです。そこで、圧力Pを定数と見なして、反応前後のエンタルピー変化ΔHを考えると、次のようになります。
ここで、系に加えられた熱をQ、系に加えられた仕事をWとすると、内部エネルギー変化ΔUはΔU=Q+Wのように表されます。また、等圧過程ではPΔVは「外界にした仕事」のことなので、PΔV=-Wの関係が成立します(加えられた仕事Wの向きと逆)。これより、上記のエンタルピー変化ΔHの式(ΔH=ΔU+PΔV)にΔU=Q+WとPΔV=-Wを代入すると、等圧条件下では、系に出入りする熱Qは、エンタルピー変化ΔHに等しくなることが分かります。
つまり、圧力一定の条件ならば、エンタルピー変化ΔHは、系に加えられた熱Qそのものなのです。等圧条件下にある系が発熱して外界に熱を出すとエンタルピーは下がり、吸熱して外界より熱を受け取るとエンタルピーは上がります。例として、塩化水素HClと水酸化ナトリウムNaOHの中和反応を考えてみましょう。
HCl + NaOH → NaCl + H2O
この中和反応は発熱反応であり、反応の過程で外界にエネルギーを57 kJ/molだけ放出します。つまり、圧力一定の条件ならば、発熱して外界に熱を放出した分(57 kJ/mol)だけ、生成系のエンタルピーHは、反応系のエンタルピーHより小さくなるはずです。したがって、生成系のエンタルピーHは、反応系のエンタルピーHよりも小さくなります。エンタルピー変化ΔHとは、反応系と生成系のエンタルピー差なので、この中和反応のΔHを式で表すと、次のようになります。
ΔH = (生成系のエンタルピーH ) - (反応系のエンタルピーH )
∴ ΔH = (NaClとH2OのエンタルピーH ) - (HClとNaOHのエンタルピーH )
これより、この中和反応のエンタルピー変化ΔHを求めると、ΔH=-57 kJになります。つまり、エンタルピー変化ΔHは、ΔH<0なら発熱反応であり、ΔH>0なら吸熱反応なのです。エンタルピー変化ΔHは、反応熱と同じ数値になりますが、符号が反応熱とは逆になるので注意が必要です。圧力一定の条件(開放された化学反応系)ならば、反応熱の正負を逆にした数値が、その反応のエンタルピー変化ΔHになります。
図.8 エンタルピー変化ΔHは、系に出入りする熱Qと等しい
(iii) エントロピー
「エントロピー(entropy)」とは、系の乱雑さの指標となる状態関数のことです。エントロピーSは、エネルギーを温度で割った次元を持ち、SI単位系ではJ/Kの次元です。温度Tの系に微小の熱ΔQを可逆的に加えたときのエントロピー変化ΔSは、次のように表されます。この式が意味することは、エントロピー変化ΔSは、加えられた熱量Qが大きく、かつその系の温度Tが低いほど、エントロピーの増減に与える影響が大きくなるということです。
孤立系において、自発的に起こる自然変化は、必ずエントロピーSの増大する方向に進行していきます。このことは、熱力学第二法則でも、「可逆反応ではエントロピーSは一定であり、不加逆反応(自発的変化)ではエントロピーSは増加する」と表現されています。孤立系のエントロピー変化をΔS全、系のエントロピー変化をΔS系、外界のエントロピー変化をΔS外とすると、自発的に起こる反応では、次の関係が成り立ちます。なお、孤立系のエントロピー変化がΔS全=0のときは、変化は可逆的で、どちらの方向にも進むことができます。
また、系の乱雑さは、一般的に「配置の多様性」と「行動のエネルギー」の積で表すことができます。乱雑さとは、言葉のイメージ通り、物質を構成している微粒子が、バラバラに散らばっている状態のことです。微粒子をきちんと整理整頓しておくより、バラバラに散らばった状態にしておく方が、エネルギー的に安定なのです。この乱雑さを表す式において、エントロピーSは、配置の多様性を表しています。
乱雑さ=(配置の多様性)×(行動のエネルギー)
乱雑さは、エントロピーSの大きさに比例するので、エントロピーSが大きい(微粒子の配置の仕方が多様になる)ほど、乱雑さは大きくなります。また、微粒子の行動のエネルギーが大きいほど、微粒子の配置を次々と変えていくことができるので、乱雑さは大きくなります。つまり、粒子の熱運動が激しくなる高温の方が、乱雑さは大きくなります。次に乱雑さが増加する反応(ΔS>0)の例を示します。
@ 粒子数が増加する反応 2N2O5 → 4NO2 + O2 A より空間の多い状態への変化 H2O(液体) → H2O(気体) B 運動の自由度の多い状態への変化 H2O(固体) → H2O(液体) C 組み合わせの多様な分子への変化 (H-H, I-I) → (H-I, H-I) D より混合した状態への変化 水 + エタノール → 混合物 |
(iv) 自由エネルギー
等温等圧過程で、ある孤立系(系の周りに外界がある)の化学変化を考えてみます。熱力学第二法則によると、孤立系で起こる自発的変化は、必ずエントロピーSが増大する方向に進みます。そのため、孤立系のエントロピー変化をΔS全、系のエントロピー変化をΔS、外界のエントロピー変化をΔS外とすると、自発的に起こる反応では、次の関係が成り立ちます。
熱力学第二法則で理解が難しいのは、外界のエントロピー変化ΔS外です。外界のエントロピー変化ΔS外は、そのときの反応温度や移動した熱量によって変化するからです。そこで、自発的な変化の向きの判別を行う際に、外界のことを考えずに済み、系についてだけ考えればよいように導入されたのが、「ギブスの自由エネルギー(Gibbs' free energy)」です。ギブスの自由エネルギーは、次のように熱力学第二法則の式から導出することができます。
温度と圧力を一定に保った系で、自発的に反応が起こり、外界に熱が放出されたとします。ことのき、外界のエントロピー変化ΔS外は、外界から系に移動する熱をQ、系の温度をTとすると、ΔS外=-Q /Tのように表されます。なお、この式で符号が負になる理由は、外界から系に熱が移動する向きを正としたためです。また、熱力学第一法則より、ΔU=Q+Wの関係が成り立つので、Q=ΔU-WをΔS外=-Q /Tに代入すると、次のようになります。
また、等圧条件下では、PΔVは「外界にした仕事」のことなので、系に加えられた仕事Wは、W=-PΔVと表されます(外界にした仕事の向きと逆になります)。よって、孤立系のエントロピー変化ΔS全は、次のように変形できます。
上式のU+PV-TSの部分を「ギブスの自由エネルギー」といい、記号Gで表します。これより、等温等圧過程では、自発的変化はΔG<0となることが分かります。また、エンタルピーHは、H=U+PVで表されるので、ギブスの自由エネルギー変化は、ΔG=ΔH-TΔSのように表せます。この式において、エントロピー変化ΔSと温度Tが積になっているのは、乱雑さが温度Tに比例するからです。温度が上がると、微粒子の行動のエネルギーが大きくなるので、乱雑さも大きくなるのです。
化学反応が進行するかどうかは、自由エネルギー変化ΔGの値にかかっています。ΔG<0ならば化学反応は進行し、ΔG>0ならば化学反応は進行しません。たったこれだけなのですが、ΔGにおける独立変数は、ΔH・ΔS・Tの3つがあるため、これらの値すべてが分かっていなければ、ΔGの正確な値を決めることができません。しかしながら、ある化学反応が発熱的に起こり(ΔH<0)、エントロピー変化がΔS>0であることが分かっているなら、自由エネルギー変化は必然的にΔG<0となり、少なくともこの反応は温度Tによらず、自然に進行することが分かります(ΔHとΔSの符号は反応の種類によりますが、Tの符号は必ず正になるからです)。このようにΔH・ΔS・Tの値が正確に分かっていなくても、反応が進行するかどうかを判断する術はあるのです。次の表.1に、化学反応が自然に進行するかどうかの、定性的な判断を与える表を示します。
表.1 化学反応が自然に進行するかどうか
エンタルピー |
エントロピー |
自由エネルギー |
反応 |
発熱反応 (ΔH<0) |
ΔS>0 |
ΔG<0 |
自然に進行する |
ΔS<0 |
低温でΔG<0 |
自然に進行する |
|
高温でΔG>0 |
自然に進行しない |
||
吸熱反応 (ΔH>0) |
ΔS>0 |
低温でΔG>0 |
自然に進行しない |
高温でΔG<0 |
自然に進行する |
||
ΔS<0 |
ΔG>0 |
自然に進行しない |
化学反応が自然に進行するかどうかは、その反応が発熱反応かどうか、あるいは乱雑さが増加する反応かどうかの、2つの要因によって決定されます。ある反応が自然に進行するときは、進行することによって系のエネルギーが減少するか、あるいは乱雑さが増加するか、少なくともどちらか一方が成り立っていなければなりません。そのどちらか一方が保証されなければ、反応が自然に進行することはありえないのです。
(5) 化学平衡
水素H2とヨウ素I2の混合気体を、断熱密閉容器に入れて高温に保つと、分子間の激しい衝突が起こり、一部が化合して、ヨウ化水素HIが生成してきます。このときの水素H2の消滅速度をv1とすると、次のように表すことができます。
H2 + I2 → 2HI
よって、消滅速度v1は、[H2]と[I2]に比例するので、反応とともに水素H2が少なくなると、消滅速度v1は小さくなっていきます。一方で、生成するヨウ化水素HIも、衝突を通じて水素H2とヨウ素I2に変化していき、水素H2の生成速度をv2とすると、次のように表すことができます。
2HI → H2 + I2
この生成速度v2は、[HI]2に比例するので、反応とともに[HI]が多くなると、生成速度v2は大きくなっていきます。したがって、反応を進めていくと、いずれv1=v2の状態になって、水素H2の消滅速度と水素H2の生成速度が等しくなる瞬間が訪れます。このときには、水素H2の消滅と生成が同時に起こっていながら、水素H2の量は一定になるため、「見かけ上には反応が止まったような状態」になるのです。このような状態を、「化学平衡(chemical equilibrium)」といいます。なお、「平衡」の語源は、ラテン語の「equi(等しい)」と「libra(バランス)」によります。古代ローマでは、重量を表す「pound」のことを「libra」と呼んでいて、これが転じて「バランス」の意味になりました。また、このようにどちらの方向にも進む反応を「可逆反応(reversible reaction)」といい、右向きの反応を「正反応(forward reaction)」、左向きの反応を「逆反応(reverse reaction)」といいます。
次の図.9に、水素H2とヨウ素I2の混合気体について、正反応と逆反応の反応速度の時間変化を示しました。この反応で、v1>v2のときは、反応全体として正反応の向きに進み、その反応速度はv1-v2となって、ヨウ化水素HIが増加します。逆にv1<v2のときは、反応全体として逆反応の向きに進み、その反応速度はv2-v1となって、ヨウ化水素HIが減少します。
図.9 反応速度と化学平衡
一般的に、次に示すような反応が化学平衡にあるとき、平衡時の各物質の濃度の間には、次のような定数Kで定義できる式が成り立ちます。このKの値は、反応の種類や温度によって異なりますが、1つの化学反応では、温度が一定ならば、Kは一定の値になります。
このKを「平衡定数(equilibrium constant)」といい、この式で表される関係を、「化学平衡の法則(equilibrium law)」または「質量作用の法則(law of mass action)」といいます。一般に固体や溶媒は、濃度などを考えず、平衡定数Kの式には書きません。この式は、厳密には熱力学の理論から導かれますが、特に「反応速度式の濃度の項の次数がすべて化学反応式の係数に一致するとき」には、次のように証明することができます。
よって、平衡定数KはK=k1/k2となり、温度が一定ならば、Kは一定値となります。水素H2とヨウ素I2からヨウ化水素HIを合成する反応は、このように反応速度式から化学平衡の法則を導き出すことができるので、大学入試などでは頻繁に出題されます。しかし、これはかなり特殊な例であり、この反応以外に、化学反応式の係数が反応速度式に反映される例はほとんどありません。基本的には、反応速度式と平衡定数は別物と考えた方が良いでしょう。
なお、熱力学の理論から化学平衡の法則を導くには、反応比Qと活量αの概念を導入する必要があります。反応比とは、可逆反応に関する反応の進み具合の尺度のことです。また、活量とは、モル濃度に近い性質を持つ物理量(熱力学的濃度)で、一般には温度、圧力、物質量についての複雑な関数になります。溶液の場合では、活量はモル濃度(mol/L)で近似することができます。熱力学の理論から分かるように、平衡定数Kの式に固体や溶媒を書かないのは、それらの活量をα=1としているためです。
表.2 活量αについて
溶液の場合 |
モル濃度(mol/L)で近似する |
混合気体の場合 |
モル分率を分圧(Pa)で近似する |
溶媒の場合 |
α=1とする |
固体の場合 |
純粋な固体ならα=1とする |
化学平衡が成立しているときは、反応比Qの値は、平衡定数Kの値に等しくなるので、次のように化学平衡の法則を導き出すことができます。
また、平衡定数Kは、ギブスの自由エネルギー変化ΔGとの間に次のような関係があります。ここで、Rは気体定数、lnは自然対数を示します。この式によって、平衡定数Kの値を代入すれば、ギブスの自由エネルギー変化ΔGを求めることができます。
化学平衡において、生成物の方が有利な反応ではK>1なので、この式ではΔG<0となり、反応が自然に進むことを表します。また、この式を次のように書き直すと、アレニウスの式に似た関係となります。この式は、互いに平衡にある反応物と生成物の間にわずかなエネルギー差があるだけで、一方の化合物が非常に多量に存在するということを示しています。
(6) 圧平衡定数
次に示すような可逆変化において、A〜Dがすべて気体の場合、モル濃度の代わりに、平衡状態における分圧を用いて、平衡定数を表すことがあります。これを「圧平衡定数(pressure equilibrium constant)」といい、Kpの記号で表します。このように圧平衡定数Kpを用いる理由は、気体反応の場合は、濃度より圧力の方が測定しやすいからです。Aの圧力をPA、Bの圧力PB、Cの圧力をPC、Dの圧力をPDとすると、
各気体の濃度は、単位体積当たりの物質のモルで表されるので、理想気体の状態方程式PV=nRTより、圧平衡定数Kpは、次のように濃度平衡定数Kで表すことができます。
よって、温度Tが一定であれば、Kは一定で、またRTも一定であるから、圧平衡定数Kpの値も一定になることが分かります。気体反応の場合は、このように圧平衡定数Kpを使うことが多くなることに注意しましょう。
(7) ル・シャトリエの法則
化学反応は、生成物のエンタルピーHが小さく、生成物のエントロピーSが大きいほど、その状態が実現しやすいということになります。すなわち、その2つの因子を合わせた自由エネルギーGが小さいほど、反応生成物は安定になります。したがって、自由エネルギーGが、左辺と右辺で等しいときが、平衡状態であるということもできます。
ところで、エントロピーSは、乱雑さの指標になる値です。そのため、1粒子当たりの自由な空間が大きいほど、Sは大きくなります。つまり、エントロピーSは、粒子の濃度と負の相関があります。一方で、圧力を大きくすると、系を構成する粒子間の距離が短くなり、濃度が大きくなって、エントロピーSに影響を与えます。また、温度Tは、エントロピーSとの積であるTSの形で、自由エネルギーGに関わっています。以上のことより、平衡を支配する要因で、外界から変化させることができるのは、「濃度・圧力・温度」の3因子であるというが分かります。例えば、窒素N2と水素H2からアンモニアNH3を合成する反応は、エンタルピーHが減少する発熱反応であり、またエントロピーSが減少する反応です。
N2(気) + 3H2(気) → 2NH3(気) ΔH =−92 kJ
この反応は可逆反応なので、平衡状態から温度を上げると、反応は逆反応の向きに進みます。また、系の圧力を上げると、反応は正反応の向きに進み、それぞれ新たな平衡状態になります。このように、平衡状態にある系に何らかの外的変化を及ぼした結果、平衡状態が崩れて、正反応もしくは逆反応がしばらく進行し、その後に新たな平衡状態となる現象を、「平衡移動(mobile equilibrium)」といいます。そして、1884年にフランスの化学者であるル・シャトリエは、この平衡移動の向きについて、次の表.3のような規則性を発見しました。
表.3 ル・シャトリエの発見した法則
与える外的変化 |
反応の進行方向 |
ある物質の濃度を上げる |
その物質の濃度を減少させる方向へ |
ある物質の濃度を下げる |
その物質の濃度を増加させる方向へ |
温度を上げる |
吸熱方向(ΔH>0)へ |
温度を下げる |
発熱方向(ΔH<0)へ |
気体を圧縮する(圧力を上げる) |
気体粒子数の減少方向へ |
気体を膨張させる(圧力を下げる) |
気体粒子数の増加方向へ |
一般的に、可逆反応が平衡状態にあるとき、ある条件(濃度・圧力・温度)を変化させると、条件変化の影響を和らげる向きに反応が進み、新たな平衡状態になります。これを一般的に、「ル・シャトリエの法則(Le Chatlier's law)」といいます。条件変化の影響を和らげる向きとは、条件変化の効果を打ち消す向きのことです。例えば、ある物質の濃度を大きくすれば、その濃度を小さくする向きに反応が進み、温度を上げれば、熱を吸収する向きに反応が進むことを意味します。ル・シャトリエの法則は、化学平衡ばかりでなく、溶解平衡や気液平衡などの、物理変化における平衡でも成り立ちます。また、ル・シャトリエの法則においては、次のことに注意する必要があります。
(i) 固体の絶対量は平衡移動と無関係である
例えば、溶解平衡にある飽和食塩水に、塩化ナトリウムNaCl(固)を加えても、平衡移動は起こらず、[Na+]と[Cl-]は一定です。この理由は、塩化ナトリウムNaCl(固)のような固体では、構成粒子がびっしりと詰まった結晶状態であり、単位体積当たりの粒子数、つまり[NaCl(固)]を変えることは、事実上不可能だからです。
NaCl(固) + aq ⇄ Na+ (aq) + Cl- (aq)
(ii) 反応に無関係な物質を加えても、濃度や温度が一定ならば平衡は移動しない
例として、二酸化炭素CO2を炭素Cで還元して、一酸化炭素COを合成する平衡反応を考えます。この系に体積一定でアルゴンArを加える場合と、圧力一定でアルゴンArを加える場合で、平衡にどのような影響が出るかを考えましょう。
CO2(気) + C(固) ⇄ 2CO(気)
(ii-1) 体積一定でArを加える
体積一定でアルゴンArを加えると、系の体積Vが一定なので、理想気体の状態方程式P全V=n全RTより、全圧P全は大きくなります。しかし、体積Vが一定である以上、反応物(CO2, CO)の分圧は変化しません。各気体の分圧に変化がないので、体積一定でアルゴンArを加えても、平衡は移動しません。
図.10 体積一定でアルゴンArを加えた場合
(ii-2) 圧力一定でArを加える
圧力一定でアルゴンArを加えると、系の圧力Pが一定なので、理想気体の状態方程式PV全=n全RTより、全体積V全は大きくなります。したがって、体積Vが大きくなることにより、各気体の濃度が減少するので、反応物(CO2, CO)の分圧は小さくなってしまいます。つまり、圧力一定でArを加えると、各気体の分圧は小さくなるので、気体粒子増加方向である右へ平衡が移動します。
図.11 圧力一定でアルゴンArを加えた場合
(ii-3) 触媒を加えても平衡は移動しない
触媒は、反応の仕組みを変えて、活性化エネルギーがより小さい経路で反応が進みようにします。ある可逆反応で触媒を加えたとき、活性化エネルギーはΔEだけ小さくなるとして、触媒を加えたときの速度定数をk1cat, k2catとすると、アレニウスの式より、次のようになります。
すなわち、k1cat, k2catは、eΔE/RTという同じ割合だけ大きくなり、v1, v2もまた、同じ割合で大きくなるのです。つまり、触媒は正逆両反応ともに反応速度を大きくして、平衡状態に達するまでの時間を短くするものの、平衡を移動させることはありません。
(8) 化学平衡における反応エンタルピー
化学平衡を利用することで、その反応が発熱反応なのか、吸熱反応なのかが判断できるようになります。例えば、可逆反応であるA(気)+B(気)⇄C(気)の平衡を考えたとき、正反応のエントロピー変化ΔSは、粒子数が減少するのでΔS<0です。よって、ギブスの自由エネルギーΔG=ΔH-TΔSより、-TΔSの項は正になるので、仮にΔH>0だと必然的にΔG>0となり、正反応が自然に進まないということになります。正反応が自然に進まないということは、可逆反応が成立しなくなるということなので、この反応においては、少なくともΔH<0であることが保証されます。つまり、平衡状態にあるこの反応は、発熱反応であることが分かるのです。
表.4 平衡状態におけるΔSとΔHの関係
正反応のΔS |
正反応のΔH |
例 |
ΔS>0(乱雑さ増加) |
ΔH>0(吸熱反応) |
2SO3(気) ⇄ 2SO2(気) + O2(気) − Q kJ |
ΔS<0(乱雑さ減少) |
ΔH<0(発熱反応) |
2NO(気) + O2(気) ⇄ 2NO2(気) + Q kJ |
表.4で示した関係は、飽くまでも可逆反応でしか成り立たないということに注意しなければなりません。平衡状態における可逆反応については、発熱方向(ΔH<0)の反応は、必ず乱雑さが減少し、吸熱方向(ΔH>0)の反応では、必ず乱雑さが増加する反応になっています。つまり、平衡反応においては、正逆反応のどちらかが「発熱反応」で、他方が「乱雑さが増大する反応」となるのです。
・参考文献
1) 石川正明「新理系の化学(下)」駿台文庫(2005年発行)
2) 齊藤烈/藤嶋昭/山本隆一/他19名「化学」啓林館(2012年発行)
3) メートランド・ジョーンズ「ジョーンズ有機化学(上)」東京化学同人(2000年発行)
4) 渡辺正/北條博彦 共著「高校で教わりたかった化学」日本評論社(2008年発行)