・電気化学(電気分解)
【目次】
(1) 電気分解の原理
電解質の水溶液や融解液に2つの電極を入れ、それらに一定値以上の直流電圧をかけます。すると、液中の物質やイオン、または電極自身が、一方の電極では酸化され、他方の電極では還元される反応が起こります。このように外部から電気エネルギーを供給して、化合物に電圧をかけることで、自発的には進行しない酸化還元反応を引き起こし、化合物を化学分解する操作のことを、「電気分解(electrolysis)」といいます。電気分解は、自発的には進行しない酸化還元反応を、無理やり進行させる方法です。そのため、電気分解を起こすには、逆起電力以上の起電力を持つ電源を用いる必要があります。
電気分解では、外部から与えられた電気エネルギーが、酸化還元反応によって化学エネルギーに変換されます。そのため、電気分解による生成物の化学エネルギーは、反応物よりも必ず高くなります。つまり、電気分解は、熱化学的には吸熱反応です。また、外部電源の正極とつながった電極を「陽極(anode)」といい、負極とつながった電極を「陰極(cathode)」といいます。
図.1 電源と電気分解の関係
電気分解においては、陰極には電子e- がたまり、陽極には電子e- が不足することにより、陰極はマイナスの電気を帯び、陽極はプラスの電気を帯びることになります。したがって、これらの電極を電解質液に入れると、陰極には陽イオンが集まり、陽極には陰イオンが集まってきます。そして、さらに陰極では陽イオンに電子e- を受け渡そうという反応が、陽極では陰イオンから電子e- を受け取ろうという反応が起こり、電解質液に直流電流が流れることになります。つまり、電気分解が起こっているとき、陽極では酸化反応、陰極では還元反応が起こることになるのです。同じ酸化還元反応でも、電池の場合は、負極で酸化反応、正極で還元反応が起こるので、注意が必要になります。
(2) 陰極の反応
外部電源より電子e- が流れ込む陰極では、最も還元されやすい物質(酸化剤)が、電子を受け取って反応します。つまり、陰極では還元反応が起こります。電解質水溶液の場合、水溶液中に存在するイオンの種類によって、水素H2が発生する場合と、金属単体が析出する場合があります。
表.1 陰極での反応
Li+・・・Al3+ |
Zn2+・・・Pb2+ |
H+ |
Cu2+・・・Ag+ |
・水溶液中では、一般に析出しない ・融解塩の電解により析出する |
陰極板の種類によっては、水溶液中からでも析出することがある |
・酸性水溶液では 2H+ + 2e- → H2 |
Ag>Cuの順で析出する @ Ag+ + e- → Ag A Cu2+ + 2e- → Cu |
・中性〜塩基性水溶液では 2H2O + 2e- → H2 + 2OH- |
一般的には、イオン化傾向の小さい金属イオンほど、酸化力が強いので、還元されて単体になりやすいです。したがって、複数のイオンが混在している水溶液に対し、電圧を0から徐々に上げながら電気分解していくと、まず銀Agが、次に銅Cuが、その次に水素H2が析出していきます。
Ag+ + e- → Ag
Cu2+ + 2e- → Cu
2H+ + 2e- → H2
ところが、水素イオンH+ については、水H2Oが存在する限り、次に示すような電離平衡で、必ず少しは水素イオンH+ が水中に存在しています、そのため、水素H2よりイオン化傾向の大きい金属については、水素イオンH+ が優先的に還元されていくために、析出しにくいのです。
H2O ⇄ H+ + OH-
しかし、水素H2の発生には、電極の種類によって「水素過電圧(hydrogen overvoltage)」が必要となります。そのため、場合によっては、水素H2よりイオン化傾向の大きい金属が析出することがありえます。ニッケルNiや亜鉛Znのメッキが可能なのは、このためです。例えば、水銀Hgは、水素過電圧が1.0〜1.3 Vと非常に大きいため、水銀Hgを電極に使うと、低電圧では水素H2が発生しにくくなり、イオン化傾向の大きい金属が析出しやすくなります。
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Pt |
Au |
Ni |
Fe |
Cu |
Zn |
Hg |
水素過電圧 |
0.005 V |
0.02 V |
0.21 V |
0.3 V |
0.4〜0.6 V |
0.6〜0.7 V |
1.0〜1.3 V |
ただし、イオン化傾向の非常に大きい金属(Li〜Al)の陽イオンについては、還元が難しいので、通常これらの金属単体は水溶液中で析出しません。これらの金属の単体を析出させたいときには、固体の塩を融解して、液体状態にしたものを直接電気分解する必要があります。このようにすることで、水素イオンH+ や水H2Oが還元されることなく、金属の陽イオンだけを還元することができるのです。この方法を、「融解塩電解(molten salt electrolysis)」といいます。
(3) 陽極の反応
外部電源へ電子e- が流れ出す陽極では、最も酸化されやすい物質(還元剤)が、電子を失って反応します。つまり、陽極では酸化反応が起こります。このとき、陽極自身が酸化される場合と、電解液中の物質が酸化される場合があります。
表.3 陽極での反応
陽極に使われている物質 |
起こる反応 |
イオン化傾向がAg以上の金属 |
極板自身が酸化され、溶解する M → Mn+ + ne- |
PtやCのような酸化されにくい物質 |
電解液中の陰イオンが酸化される @ 2Cl- → Cl2 + 2e- A 4OH- → O2 + 2H2O + 4e-(塩基性) 2H2O → O2 + 4H+ + 4e-(中性〜酸性) |
イオン化傾向が銀Ag以上の金属を電極に用いた場合、陽極自らが酸化され、溶けてしまいます。しかし、電極として金Auや白金Pt、炭素Cのように、酸化されにくい物質を用いた場合、電解液中の陰イオンが、代わりに酸化されることになります。また、陽極に鉛Pbを用いた場合は、酸化されて酸化鉛(IV) PbO2となります。これは、鉛蓄電池の充電時の反応と同じです(電気化学(電気分解)を参照)。
Pb + 2H2O → PbO2 + 4H+ + 4e-
ただし、硫酸イオンSO42- や硝酸イオンNO3- は、極めて酸化されにくいので、これらはよほどの高圧でない限り、陽極では酸化されません。つまり、通常、硫酸イオンSO42- や硝酸イオンNO3- は反応しません。硫酸イオンSO42- や硝酸イオンNO3- が水溶液中に存在する場合、水H2Oが代わりに酸化されることになります。
2H2O → O2 + 4H+ + 4e-
また、ハロゲン化物イオンでは、還元力の大きさは、I->Br->Cl- の順なので、析出のしやすさも、I->Br->Cl- の順になります。一方で、水酸化物イオンOH- が酸化される反応については、ハロゲン化物イオンの酸化反応よりも起こりやすいです。
2Cl- → Cl2 + 2e-
4OH- → O2 + 2H2O + 4e-
しかし、水酸化物イオンOH- は、中性〜酸性条件では酸化されにくくなる上に、電極によっては、「酸素過電圧(oxygen overvoltage)」の問題があるため、酸素O2が発生する反応は起こりにくくなることがあります。したがって、電気分解における陽極では、酸素過電圧の大きい白金Ptなどを使っている場合、事実上、I->Br->Cl->OH- の順に酸化されると考えて問題ありません。
表.4 主な金属の「酸素過電圧」
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Ni |
Fe |
Cu |
Ag |
Pt |
酸素過電圧 |
0.12 V |
0.24 V |
0.25 V |
0.40 V |
0.44 V |
(4) 電気分解の例
(i) 硫酸銅(II)水溶液の電気分解
硫酸銅(II)CuSO4水溶液を白金電極で電気分解すると、陰極では、次の式(I)のように銅(II)イオンCu2+ が還元され、電極に銅Cuが析出します。また、陽極では、次の式(II)のように酸化されにくい硫酸イオンSO42- に代わって水H2Oが酸化され、酸素O2が発生する反応が起こります。電気分解で酸素O2が発生するような場合、炭素電極は二酸化炭素CO2などに変化して徐々に侵されるので、白金電極を用いるようにします。
図.2 硫酸銅(II)CuSO4水溶液の電気分解
陰極(Pt):Cu2+ + 2e- → Cu・・・(I)
陽極(Pt):2H2O → O2 + 4H+ + 4e-・・・(II)
このとき、陰極付近の溶液では、銅(II)イオンCu2+ の濃度が減少するだけで、pHはほとんど変化しません。しかし、陽極付近の溶液では、水素イオンH+ が生じるために、pHが小さくなります。また、陰極で受け取る電子e- と陽極で放出される電子e- の量は同じなので、硫酸銅(II) CuSO4水溶液の電気分解全体では、式(I)×2+式(II)より、両辺から4e- を消去した、次のイオン反応式で表されます。
2Cu2+ + 2H2O → 2Cu + O2 + 4H+
(ii) 水の電気分解
純水中はイオン濃度が低いので、高い電圧をかけないと、電流が流れません。そのため、水H2Oの電気分解には、薄い水酸化ナトリウムNaOH水溶液や、希硫酸H2SO4を用います。例えば、水酸化ナトリウムNaOH水溶液を電気分解すると、ナトリウムイオンNa+ は還元されにくいため、陰極では、代わりに水H2Oが還元されます。また、陽極では、水酸化物イオンOH- が酸化されて、酸素O2が発生する反応が起こります。各極の反応は、次の通りです。
図.3 硫酸銅(II)CuSO4水溶液の電気分解
陰極(Pt):2H2O + 2e- → H2 + 2OH-・・・(III)
陽極(Pt):4OH- → O2 + 2H2O + 4e-・・・(IV)
このとき、陰極付近の溶液では、水酸化物イオンOH- が生じるために、pHが大きくなります。一方で、陽極付近の溶液では、水酸化物イオンOH- の濃度が減少するために、pHが小さくなります。また、陰極で受け取る電子e- と陽極で放出される電子e- の量は同じなので、全体の反応を1つの化学反応式で表すと、式(III)×2+式(IV)より、水H2Oの電気分解が起こったことが分かります。
2H2O → 2H2 + O2
(iii) 融解塩電解
塩化ナトリウムNaClをるつぼに入れて強熱すると、約800℃で融解して液体状態になります。これを「融解塩(molten salt)」といい、この状態ではイオンが自由に動き回れるので、導電性を示します。これを炭素棒を電極にして電気分解すると、陰極では、ナトリウムイオンNa+ が還元されてナトリウムNaの単体が生じ、陽極では、塩化物イオンCl- が酸化されて気体の塩素Cl2が発生します。このように電気分解で塩素Cl2が発生する場合、白金電極はテトラクロリド白金(II)酸イオン[PtCl4]2- などに変化して徐々に侵されるので、炭素電極を用いるようにします。
陰極(C):Na+ + e- → Na・・・(V)
陽極(C):2Cl- → Cl2 + 2e-・・・(VI)
このとき、陰極で受け取る電子e- と陽極で放出される電子e- の量は同じなので、全体の反応を1つの化学反応式で表すと、式(V)×2+式(VI)より、塩化ナトリウムNaClの電気分解が起こったことがわかります。
2NaCl → 2Na + Cl2
水溶液の電気分解では、イオン化傾向の大きい金属(Li〜Al)を析出させることはできません。しかし、溶解塩電解では、イオン化傾向の大きい金属を析出させて、単体を得ることができます。この方法は、ナトリウムNaやリチウムLi、カルシウムCa、マグネシウムMg、アルミニウムAlなどの工業的製法に用いられます。
(5) 電気分解の量的関係
白金電極と希硫酸を用いて、水H2Oの電気分解を行います。すると陰極では、水素イオンH+ が還元されて水素H2が発生し、陽極では、水H2Oが酸化されて酸素O2が発生します。このときの各極の反応式は、それぞれ次のように表されます。
陰極(Pt):2H+ + 2e- → H2・・・(VII)
陽極(Pt):2H2O → O2 + 4H+ + 4e-・・・(VIII)
このとき、授受される電子の数(物質量)は、両極で等しくなります。例えば、水溶液に電子が4 mol流れると、陽極では水H2Oが2 mol酸化され、酸素O2が1 mol発生します。一方で、陰極では水素イオンH+ が4 mol還元され、水素H2が2 mol発生します。このように、電気分解によって変化する物質の量は、移動した電子の物質量に比例するのです。また、電子1個が持つ電気量Qは、-1.602×10-19 Cで一定です。つまり、電気分解では、変化する物質の物質量は、通じた電気量Qに比例します。これを「ファラデーの電気分解の法則(Faraday's laws of electrolysis)」といい、1833年にイギリスの化学者であるマイケル・ファラデーが発見しました。
酸塩基説で知られるスヴァンテ・アレニウスが、「電荷を帯びた電子もしくは原子の集団がイオンである」という仮説を立てたのは、ファラデーの電気分解の法則から50年もあとの1884年のことです。ファラデーの発見が、当時どれほど画期的なものであったかが伺えます。ファラデーは、ロンドンの貧しい家庭に生まれ、小学校を中退して13歳頃から家計を支えるために働き始めたため、高度な数学などはほとんど知らなかったといいます。当時は、自然科学をニュートン力学のモデルで記述するような数理物理学の傾向が強かったのですが、イタリアの物理学者であるアレッサンドロ・ボルタが1800年にボルタ電池を発明したあと、電気分解現象や電流の磁気作用現象などの諸発見があり、実験的手法が注目されるようになりました。数学教育を受けていなかったファラデーが自然科学研究の道に入れたのは、こうした当時の時代背景があったことによります。ファラデーは、実験によって様々な事象を明らかにしたため、ファラデーを「科学史上最高の実験主義者」と呼ぶ人も多いです。酸化数、陽極、陰極、イオンなどの用語は、すべてファラデーが一般化させたものです。
図.4 イギリスの化学者マイケル・ファラデーは、電磁気学および電気化学の分野での貢献で知られる
ファラデーの法則は、モル比と反応式の係数比が等しいというだけの内容です。これが法則として残っている理由は、電子の存在が明らかでなかったときに、ファラデーが実験的にこの法則を見出したからです。電子1 molが持つ電気量は、電子1個が持つ電気量 -1.602×10-19 Cとアボガドロ定数6.022×1023 /molの積で表せるので、
この絶対値9.65×104 C/molを「ファラデー定数(Faraday constant)」といい、記号Fで表します。また、電気分解において、微小時間dt当たりに流れる電気量dQのことを、電流Iといいます。つまり、電気量Qは、時間tの関数で表すことができ、電流Iは、電気量Qを時間tで微分したものです。
これより、電流Iを時間tで積分すると、次のような という関係が導けます。
つまり、電気分解においてi〔A〕の電流をt〔s〕流すと、it〔C〕の電気量が回路に流れるのです。ちなみに、1 Cはどのくらいの電気量なのかというと、大きさの目安として、1回の落雷の電荷が、約1 Cといわれています。さらに、電気量Qをファラデー定数Fで割れば、電気分解の反応に関与してくる電子e- の物質量が求められます。
・参考文献
1) 齊藤烈/藤嶋昭/山本隆一/他19名「化学」啓林館(2012年発行)
2) 石川正明「新理系の化学(下)」駿台文庫(2005年発行)
3) 渡辺正「電気化学のしくみ」化学と教育65巻12号(2017年)