・スポーツの科学


(1)筋肉とは何か?

筋肉と一言でいっても、筋肉には大きく分けて、2種類あるのはご存知でしょうか?筋肉とは、収縮性を持つ筋繊維からなる組織のことです。筋繊維は、その種類によって、横紋筋と平滑筋に区別されます。

横紋筋は、筋繊維を構成するタンパク質が、規則正しく並んでいる筋肉です。そのため、横紋筋は、外見上規則正しい横紋を見ることができます。さらに、横紋筋は、存在する場所によって骨格筋と心筋に区別することができます。

平滑筋は、横紋筋と異なり、1つの筋繊維が単核細胞からできているため、横紋が確認できません。平滑筋は、消化管や血管、性器などに見られ、食物を消化するときの蠕動運動や瞳孔の拡大のような不随意運動を司ることで知られています。

 

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.1  左から横紋筋と平滑筋(画像はこちらからお借りしました)

 

横紋筋の中でも骨格筋は、骨格に対して関節をまたぐように結びつき、走ったり、ボールを投げたりするときに骨格を動かす筋肉のことです。心筋は、心臓を構成する筋肉であり、骨格筋と同じ横紋筋ですが、ミトコンドリアの数が非常に多く、骨格筋と違って不随意筋です。私たちが一般的にトレーニングなどをして鍛えている筋肉は、骨格筋です。「スポーツの科学」では、主にこの骨格筋について、詳しく説明していきたいと思います。

 

(2)筋肉へのエネルギー供給機構

身体を動かすという作業は、私たちが想像している以上に、実はずっと大変なことです。例えば、ボールを投げるという単純な行動だけでも、私たちの身体の中では、複雑な化学反応が起こっているのです。筋肉は、収縮と弛緩しかできませんから、いってしまえば、筋肉はゴムのようなものに過ぎません。私たちの身体は化学反応を起こし、筋肉の収縮を連動させることで、複雑な運動を可能にしているのですね。

骨格筋のような随意筋の収縮を制御しているのは、基本的に脳です。筋肉の収縮を始めさせる情報は、骨格筋では、脳から運動神経を伝わってきます。運動神経から筋繊維の細胞へ電気信号が伝わると、細胞では、刺激を受けてカルシウムイオンCa2+ が放出されます。筋肉の収縮は、筋繊維の細胞に存在するカルシウムイオンの濃度変化によって制御されているのです。カルシウムイオンは、筋繊維のタンパク質と結合すると、タンパク質はATPを分解し、エネルギーを発生させます。筋肉はこのエネルギーを利用して、収縮しているのです。

ATPとは、アデノシン三リン酸のことであり、エネルギーの貯蔵物質のようなものです。つまり、筋肉の収縮には、エネルギーの発生源、すなわちATPの存在が必要不可欠なのです。筋肉でATPを生産する仕組みは、無酸素系エネルギー供給機構と有酸素系エネルギー供給機構の2種類があります。

 

(i)無酸素系エネルギー供給機構

無酸素系とは、酸素を必要としないエネルギー供給機構です。よく有酸素運動だとか、無酸素運動だとか耳にすることがあると思いますが、その「無酸素」と同じ意味です。無酸素系エネルギー供給機構は、いわゆる無酸素運動のエネルギー供給機構なので、短距離走やボール投げなどの、瞬発力が求められる競技に影響します。無酸素系エネルギー供給機構には、主にATP-PCr系と解糖系の2種類があります。

 

(i-1) ATP-PCr

実は、筋肉の中には微量ですが、ATPが元々存在しています。ATP-PCr系は、筋肉に元々存在するATPとクレアチンリン酸PCrを利用して、エネルギーを得ようとするものです。一般的にATPは、分解されるとエネルギーを放出して、アデノシン二リン酸ADPとなります。細胞はこのエネルギーを利用するのですが、PCrADPATPに再合成して、エネルギーを発生させるのです。この系はATPをすぐに供給できるので、最も強度の高い運動を可能にするのですが、筋肉中のATPPCrの量には限りがあるので、最大限に動員されると、たった78秒でATP供給は停止してしまいます。

ところで、今や人類は、100 m10秒以下のタイムで走りますが、100 m走の要点が「後半にいかに失速せず最高速度を維持したままゴールできるか」ということであるのはご存知ですか?オリンピックに出場するような一流の100 m走選手でも、各地点での速度を分析すると、100 m走の後半では必ず失速しているのです。ウサイン・ボルトやカール・ルイスのような選手は、後半でスピードが上がっているかのように見えますが、それは他の選手が彼らよりも相対的に失速しているからであって、決して速度が上がっているわけではありません。100 m走で減速するタイミングは、スタートしてから78秒後であり、これがATP-PCr系の限界なのです。

 

(i-2)解糖系

解糖系は、筋肉中に蓄えられているグリコーゲンをグルコースに分解し、グルコースを代謝してATPを得るものです。グリコーゲンとは、多数のグルコースが重合した物質のことで、複雑な網目構造をとっています。解糖系では、グリコーゲンがグルコースに分解されると、酸素がないような状態では、ピルビン酸を経て乳酸となり、その過程でATPを生産していきます。しかし、解糖系は最大限に動員されると、細胞内の乳酸濃度が高まり、pHが酸性に傾いて運動能力を低下させるので、約30秒前後でATP供給を停止してしまいます。

解糖系のエネルギーの供給速度は、ATP-PCr系には劣りますが、それでも短時間でATPを生産することができるので、解糖系は有酸素系エネルギー供給機構と比べると、かなり高い強度の運動を可能にします。陸上の中距離走やサッカー、ボクシングなど、大抵のスポーツの主要なエネルギー供給機構は、解糖系になります。疲労物質である乳酸が特徴的で、運動をして疲労を感じるようなら、それは解糖系が働いている証拠です。スポーツにおいて解糖系は、エネルギー供給機構の中枢なのです。

 

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.2  グルコースとグリコーゲンの分子モデル

 

(ii)有酸素系エネルギー供給機構

有酸素系とは、酸素を必要とするエネルギー供給機構です。有酸素系エネルギー供給機構は、いわゆる有酸素運動のエネルギー供給機構のことなので、ウォーキングやジョギング、エアロビクスなどの運動がこれにあたります。酸素は呼吸をして細胞内に取り込む必要があり、また有酸素系エネルギー供給機構は複雑な代謝方法のため、エネルギー供給速度は無酸素系に劣りますが、無酸素系よりも長時間ATPを生産することができるという長所があります。有酸素系エネルギー供給機構には、主にクエン酸回路と電子伝達系の2種類があります。

 

(ii-1)クエン酸回路(TCA回路)

クエン酸回路は、アセチルCoAを代謝して、ATPを得るものです。アセチルCoAは、グルコースやアミノ酸、脂肪酸より補給されます。酸素が十分に供給され、アセチルCoAがなくならないような状態であれば、長時間エネルギーを供給し続けることができます。クエン酸回路では、脂肪酸がアセチルCoAの原料となるので、一般的に有酸素運動により脂肪を燃焼させるという仕組みは、このクエン酸回路によるものです。しかしながら、脂肪酸だけを選択的に代謝するというのは、現実には不可能であり、通常はグルコースやアミノ酸と同時に、脂肪酸も代謝されていきます。代謝される割合は、運動強度によって一定でなく、強度の高い運動では、グルコースが主に代謝され、運動強度が低くなるにつれ、脂肪酸の割合が大きくなっていくと考えられています。アミノ酸は条件によらず、エネルギー供給にはわずかに関与するのみです。

運動強度が高く、酸素がないような状態では、グルコースは解糖系でピルビン酸を経て、乳酸まで代謝が進みます。しかし、運動強度が低く、酸素が十分にあるような状態では、解糖系はピルビン酸で代謝が停止して、そのピルビン酸がアセチルCoAに変換されるのです。解糖系は、最大限に動員されると、ATP生産を約30秒で停止してしまいますが、運動強度を落としてやれば、解糖系は、2時間以上もATPを生産することが可能になります。したがって、適度な運動強度では、解糖系とクエン酸回路の混じった運動となるのです。そこからさらに運動強度を下げていくと、解糖系の割合が減って、脂肪酸の代謝される割合が大きくなっていくので、脂肪を効率よく燃焼させるには、軽い運動を長時間行なうのが最適だということが分かります。

また、よくトレーニングにおいて、激しい無酸素運動の後に、軽い有酸素運動を行いますが、これは解糖系とクエン酸回路の性質を、上手に利用しているものです。激しい無酸素運動の後では、筋肉中に疲労物質である乳酸が大量に存在しています。しばらく時間が経つと、乳酸は肝臓で処理されていきますが、これでは時間が掛かって大変です。クエン酸回路では、乳酸を解糖系と逆の経路でピルビン酸に再変換してアセチルCoAとし、エネルギー源として消費することができるのです。激しい運動の後にさらに軽い運動なんかして、逆に疲労が溜まるのではないかと思うかもしれませんが、この方法は乳酸をクエン酸回路ですぐに消費することができるので、何もしないでいるよりも、むしろ疲労が緩和されるのです。スポーツでは、ウォーミングアップの重要性はよく認知されていますが、クールダウンの重要性はあまり認知されていません。科学的にもクールダウンの有用性は確かめられていることなので、しっかり活用して欲しいものです。

 

(ii-2) 電子伝達系(酸化的リン酸化経路)

電子伝達系は、解糖系やクエン酸回路でATPを得るときに同時に生成する、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドNADHや還元型フラビンアデニンジヌクレオチドFADH2を利用して、ATPを得るものです。反応には酸素を消費して、有酸素運動では、クエン酸回路と併用してATPを生産していきます。電子伝達系は、エネルギーを生産するための代謝の最終到達点であり、グルコースやアミノ酸、脂肪酸などの代謝がこの反応に収束します。

 

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.3  エネルギー供給機構のまとめ

 

これまでに、無酸素系と有酸素系のエネルギー供給機構について述べてきましたが、これらのエネルギー供給機構は、相互に働き合いながら、私たちの筋肉の動きを支えています。強度が高く、短時間で終わるような運動(例えば100 m走など)では、最もエネルギー供給速度の大きいATP-PCr系から、エネルギーの大部分が供給されます。これよりも運動時間が長く、運動強度も低くなるに従い、徐々に解糖系の関与が大きくなっていき、さらにはクエン酸回路や電子伝達系などの有酸素系に取って代わられていきます。

スポーツでは、体力の発達が求められますが、これは単純な筋肉量の増加だけではなく、エネルギー供給機構の発達でもあるのです。スポーツでは、前者ばかりが注目されがちですが、後者の与える影響も大きいと考えられます。エネルギー供給の仕組みを理解し、活用できれば、各々の場でさらなる活躍ができることでしょう。

 

(3)筋繊維の種類と収縮特性

 魚を刺身で食べるとき、皆さんは、赤身の魚と白身の魚の2種類が存在していることを知っているかと思います。赤身の魚は、マグロやカツオなどの回遊魚に多く、白身の魚は、ヒラメやカレイなどあまり動かずじっとしているタイプの魚に多く見られます。この色の違いは、魚の筋肉を構成する筋繊維の種類が、赤身と白身で異なっているからです。

 

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.4  赤身魚や白身魚の寿司

 

マグロやカツオなどの赤身魚は、筋肉中にミオグロビンという色素タンパク質が多く含まれています。ミオグロビンは、酸素との親和性が高く、筋肉中で酸素を貯蔵する役割をするタンパク質です。ミオグロビンは赤色のタンパク質なので、このタンパク質を多く含むマグロやカツオなどの筋肉は、赤く見えるのです。一方で、ヒラメやカレイなどの白身魚は、筋肉中に含まれるミオグロビンが非常に少ないため、筋肉が白く見えます。これらの違いから、赤身魚に見られるようなミオグロビンを多く含む赤い筋繊維を遅筋といい、白身魚に見られるようなミオグロビンの少ない白い筋繊維を速筋といいます。この筋繊維の違いは、魚の生活行動と密接な関係があります。

 マグロやカツオなどの回遊魚は、集団生活をして高速で泳ぎ続け、たとえ寝ていようと、泳ぐことを止めません。寝ている間も泳ぎ続けているなど、信じがたいことですが、これが可能なのは、遅筋にミオグロビンが大量に存在し、有酸素系のエネルギー供給機構が非常に発達しているからです。有酸素系エネルギー供給機構には、長時間の運動が得意という長所があります。さらに、ミオグロビンは酸素との親和性が高いので、酸素不足にもなりにくく、長時間効率よくATPを生産することが可能になるのです。

それに対して、ヒラメやカレイなどの魚は、海底や岩陰でひっそりとしていることが多い魚です。海底や岩陰で獲物を待ち伏せして、一気に捉えるのです。このような魚は、長時間の回遊はできませんが、獲物を捉えるときなどの瞬発力に優れています。この理由は、速筋の無酸素系エネルギー供給機構が非常に発達しているからです。無酸素系エネルギー供給機構には、強度の高い運動が得意という長所があります。それ故に、白身の魚は、瞬間的に爆発的な力を出すことができるのですね。

ちなみに、サケの身は赤いのですが、生物学的には、速筋が発達した白身魚に分類されます。サケの身の赤色は、遅筋の色の原因となるミオグロビンによるものではなく、餌として摂取された、エビやカニなどの甲殻類の外殻に含まれるアスタキサンチンという赤色色素によるものなのです。イクラが赤いのも、この色素が原因です。エビやカニに含まれるアスタキサンチンは、エビやカニが生きている間は、タンパク質と結合していて、黒っぽい青灰色を呈しています。しかし、これらの甲殻類を煮たり焼いたりして熱にかけると、タンパク質が変性して、アスタキサンチンとタンパク質の結合が切れ、アスタキサンチンが本来持っている赤色を呈するのです。

 このような魚に見られる速筋と遅筋の違いは、人間の筋肉にも当てはめることができ、運動生理学に興味のある人ならば、「スプリンターは速筋が発達していて、マラソン選手は遅筋が発達している」というようなことを、一度は耳にしたことがあるかと思います。よくオリンピックの100 m走決勝で、出場選手が黒人選手ばかりなのを見て、「黒人は筋肉の質が違う」ということがありますが、これは、100 m走に出場している黒人選手の速筋が、非常に発達していることを言っているのです。さらに、筋繊維には、速筋や遅筋の他に、その中間的な性質を持った中間筋の存在も認められており、次の表.1に、それぞれの筋繊維の特性を示します。

 

.1  骨格筋繊維の特性

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このように、3種の筋繊維はそれぞれ違った特性を持っており、人によって、これらの筋繊維の割合が異なります。例えば、スプリンターの筋繊維は、速筋の比率が高く、ATP供給速度が速いため、瞬発力に優れますが、乳酸が蓄積しやすいため、持久力に劣ります。逆に、マラソン選手の筋繊維は、遅筋の比率が高く、ATP供給速度が遅いため、瞬発力に劣りますが、乳酸が蓄積しにくいため、持久力に優れているのです。このような筋繊維の比率は、遺伝よる影響が大きいと考えられ、速筋を遅筋に変えたり、遅筋を速筋に変えたりすることは、難しいとされています。

 日本人の場合は、速筋よりも遅筋が発達している民族であるといわれており、実際に高橋尚子を始めとして、オリンピックでマラソンの金メダリストは多いです。また、オリンピックの花形競技でもある100 m走では、黒人選手の中でも、西アフリカを出自とする選手の強さが目立っており、ウサイン・ボルトやマイケル・ジョンソンは、西アフリカを出自とする選手です。これらの選手は、遅筋よりも速筋が発達していると考えられています。

ただし、黒人だからといって、全員が速筋優位なのかといえば、そうでもありません。現に、長距離走やマラソンの世界記録保持者は、東アフリカを出自とする選手に多く、これらの選手は、速筋よりも遅筋が発達していると考えられます。要するに、スポーツに人種は関係なく、一番大きな要因は、その人の筋繊維の比率であるということです。日本人でも、伊東浩司や桐生祥秀のように速筋の比率が大きい選手は、西アフリカの短距離走選手に引けを取りません。

 

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.2  各スポーツ選手の筋繊維の比率 

※参考までに一般的なアメリカ人と日本人も加えている

 

.2に、各スポーツ選手と一般的なアメリカ人および日本人の筋繊維の比率を示しました。表.2からは、速筋の割合が多いスポーツほど瞬発力が求められ、逆に遅筋の比率が多いスポーツほど持久力が求められるということが分かります。このことは、筋繊維の特徴とも一致しており、厳しいことをいうなら、筋繊維の比率がそのスポーツの理想的なバランスに従っていない場合、そのスポーツでの活躍は難しいでしょう。つまり、多くの日本人にとって、陸上短距離走で金メダルを目指すということは、あまり現実的ではないのです。ただし、表.2で示した日本人の筋繊維の比率は、全体の平均値であり、もちろん人によっては、陸上短距離走選手に近いような筋繊維バランスの人もいます。

参考までに、以下に、簡単に筋繊維の比率を求めることができる計算式を示します。50 m走のタイムをX秒、12分間走の距離をY mとすると、

 

 

少し複雑な計算式ですが、上式より、速筋と遅筋の比率を、百分率で算出することができます。計算に50m走と12分間走の記録が必要なので、記録のない人にとっては少々面倒ですが、是非とも記録を計測して、計算してみてください。表.2の統計では、日本人の平均値が「速筋:遅筋=3070」なので、計算した多くの方は、この値に近い結果となるのではないでしょうか。しかし、速筋の比率が低いからといって、陸上短距離走やサッカーなどのスポーツを諦める必要は微塵もありません。現に、日本人の中でも、陸上短距離走やサッカーなどのスポーツで、世界的に活躍している選手はたくさんいます。確かに彼らの速筋は、生まれつき多くの日本人よりも発達していたかもしれませんが、平均的な日本人でも、筋繊維を鍛えて、瞬発力を発達させる方法があるのです。

 一般的に筋肉トレーニングをして、速筋や遅筋を鍛える場合、その原理は、筋繊維の肥大化や、運動神経およびエネルギー供給機構の発達などによるものです。それぞれの筋繊維を鍛えることで、たとえ速筋の比率が低くても、瞬発力を発達させることができますし、遅筋の比率が低くても、持久力を発達させることができるのです。しかしながら、いくら筋繊維を鍛えようとも、遅筋を速筋に直接変えて、数を増やすことはできませんし、速筋を遅筋に直接変えて、数を増やすこともできません。つまり、速筋や遅筋のみを鍛える方法には、限界があるのです。平均的な日本人のように、速筋の少ない人が瞬発力を発達させる鍵は、中間筋にあります。

中間筋は、速筋と遅筋の中間的な性質を持った筋肉のことであり、誰もが速筋や遅筋と同じように持っている筋繊維です。実は、この中間筋を鍛えることで、中間筋に速筋の性質を持たせることができると考えられているのです。したがって、トレーニング次第では、速筋が少ない人でも、中間筋を鍛えて、速筋の比率を大きくすることができるのです。逆に遅筋が少ない人は、中間筋を遅筋に変化させることはできないのかと、疑問に思うかもしれません。しかし、残念ながら、中間筋は速筋にしか変化させることができず、遅筋の数を増やすことはできないと考えられています。しかし、トレーニング次第では、速筋を中間筋に変化させることはでき、これによって、持久力を発達させることが可能になります。つまり、何事もトレーニング次第では、少ない筋繊維を中間筋で補い、各々のスポーツに適した筋繊維バランスにすることが可能になるのです。

 

(4)スポーツにおけるトレーニングの効果と方法

スポーツにおけるトレーニングで、よく議論になるのが、ウエイトトレーニングが、スポーツの競技力の向上に、果たして繋がるのかどうかということです。ウエイトトレーニングは、一般的に速筋の肥大化をねらうものです。速筋は、無酸素系が発達した筋繊維なので、速筋を肥大化させることで、強度の高い運動が可能になります。また、多くのスポーツで、主要なエネルギー供給機構は、ATP-PCr系や解糖系などの無酸素系なので、ウエイトトレーニングをすることは、間違った方法論ではありません。しかしながら、スポーツにおける持久力となると、筋肥大をねらったウエイトトレーニングをするだけでは、少し不十分です。スポーツには瞬発力だけではなく、持久力も同時に求められるものが多いからです。例えば、サッカーは瞬発力が求められるスポーツですが、トップ選手になると、1試合に10 km以上も走り続けられるような持久力も求められます。特に陸上長距離走やマラソンでは、瞬発力よりもむしろ持久力が重要視されます。

このような筋肉によって生み出される瞬発力や持久力などの「筋力」は、一般的に次のように定義されています。

 

筋力=筋肥大×神経発達度×瞬発力×持久力

 

つまり、スポーツに必要な「筋力」とは、速筋や遅筋の総合力なのです。よく「ボディービルダーの筋肉は役に立たない筋肉だ」などと、過度に肥大化した筋肉を揶揄するものがありますが、これは、筋肥大の要素ばかりが突出していて、神経発達度や瞬発力、持久力が伴っていないということを指摘するものなのです。ボディービルダー全員の筋肉が、果たしてそうであるのかは分かりませんが、「筋力」には筋肥大だけではなく、他の要素も同じぐらい重要であるということは、紛れもない事実です。

すなわち、筋力トレーニングとは、筋肥大によって絶対的な力を増やし、神経発達によってその筋肉の動員量を増やし、瞬発力によって発揮する速度を増やして、その筋力を持続させる力を増やすことなのです。これらの要素の積が「筋力」なので、どれか1つの要素だけを集中的に鍛えて、他の要素を疎かにするのは、あまり良いトレーニングとはいえませんが、スポーツで求められる「筋力」のバランスは、各々のスポーツで異なるのが通常です。そのスポーツに適した「筋力」の要素を決定して、それを意識したトレーニングメニューを組むことが、効果的であり大切なことです。

 

(i)無酸素運動によるトレーニング

 速筋や遅筋は、無酸素運動によって鍛えることができます。速筋では、筋肥大や神経発達度、瞬発力の要素を発達させることができ、遅筋では、神経発達度や持久力の要素を発達させることができます。遅筋は、速筋とは異なり、筋肥大させることができないのですが、これは発達した遅筋を備えているはずのマラソン選手の肉体を見れば、すぐに分かることだと思います。オリンピックなどで、筋肉隆々の大柄なマラソン選手は、全くいないはずです。

ここで、次の図.5に、各筋繊維の鍛えることができる筋力の要素をまとめました。速筋と遅筋で被っている要素は、神経発達だけです。したがって、神経発達はどのスポーツにおいても、非常に重要な筋力要素になります。残りの要素は、速筋と遅筋で分かれており、各々のスポーツによって、トレーニングの仕方が異なってくるので、自分に合ったトレーニングを選択する必要があります。

 

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.5  各筋繊維の鍛えることができる「筋力」の要素

 

(i-1)速筋の筋肥大について

筋肥大が生じる筋繊維は、速筋だけです。また、トレーニングによって、中間筋を速筋に変化させて、肥大化させることもできます。なぜこのように速筋でしか筋肥大が生じないのかというと、その理由は、筋肥大の仕組みを考えることで、理解することができます。

速筋は、ウエイトトレーニングなどで、日常生活では受けることのない強い負荷を何回も受けると、筋繊維の一部が損傷し、疲労状態になります。これはちょうど、「筋肉痛」が生じている状態です。損傷した筋繊維に発痛物質が作用して、痛みを生じさせているのです。この状態から筋繊維が回復する際に、身体の防御反応として、再び同じ負荷を受けても筋繊維が損傷しないように、筋繊維を肥大化させます。このような筋繊維の損傷と回復を繰り返すことで、徐々に筋肥大が進むのです。筋繊維が回復する際に筋肥大が見られるので、これを超回復といいます。超回復期間は、疲労や筋肉痛を感じていることが多く、この状態で筋肉へ過負荷を与えるトレーニングなどを行うと、筋肥大はおろか、怪我にまで繋がる危険性もあります。筋肥大をねらうトレーニングをする場合は、筋肉を休ませる超回復期間が、非常に重要になります。

そして、なぜ速筋でしか筋肥大が生じないのかという疑問についてですが、この理由は、運動をして疲労を感じるのは、解糖系によるエネルギー供給のみだからです。また、強い負荷を受けるようなトレーニングにおいては、高い強度の運動を可能にする無酸素系エネルギー供給機構の多い速筋が中心に収縮します。このような理由から、筋肥大は、速筋でしか見られないと考えられています。

 

(i-2)速筋と遅筋の神経発達について

 筋肉は、ウエイトトレーニングなどで、自分の限界に近い強い負荷を受けると、脳が運動神経を通して電気信号を伝達する筋繊維の量が増加します。このようなトレーニングをして、筋肉の神経機能が発達すると、より多くの筋線維を動員できるようになり、より大きな力を出せるようになるのです。つまり、これは「神経伝達の効率化」であり、できるだけ少ない筋肉で、最大限の能力を引き出そうとするものです。自然な身体の反応としては、筋肉を肥大化させるよりも、神経伝達の無駄をなくして、効率化を図ったほうが、代謝も少なく楽なのです。

よく「火事場の馬鹿力」とはいいますが、これも原理は一緒です。脳は緊急事態を察知して、神経伝達を活性化して、筋肉の動員量を増加させるのです。また、神経発達は、反復練習によっても発達することが分かっており、これは同じ動作を繰り返すことによって、神経伝達の無駄がなくなるためです。よく「身体が覚える」という表現をしますが、これは効率化された神経発達が、「手続き記憶」になったものだと考えられています。なお、ウエイトトレーニングによって、神経発達をねらう方法は、筋肥大をねらうウエイトトレーニングと似ていますが、神経発達の場合は、筋肥大よりもより強い負荷を、ほんの数回だけ行なうのが効果的です。

 

(i-3)速筋の瞬発力について

 ウエイトトレーニングなどのように、筋肉に負荷を掛けるトレーニングでは、「できるだけゆっくりと筋収縮させるのが効果的である」という旨の記述をよく見かけます。これは、ダンベルやバーベルを持ち上げるときに、ゆっくりと持ち上げるということです。ただ、このような場合のトレーニングは、筋肥大をねらったトレーニングであることが多いので、瞬発力を鍛えたい場合は、ゆっくりとではなく、素早く持ち上げます。運動によって、素早く筋収縮をさせることで、筋肉の収縮力や神経の反応力が発達し、高い瞬発力を出すことができるようになるのです。

また、このようなトレーニングを繰り返すことで、ATP供給速度が速い解糖系などの無酸素系エネルギー供給機構が発達し、中間筋を速筋に変化させて、瞬発力を発達させることもできると考えられます。

 

(i-4)遅筋の持久力について

 筋肉における持久力とは、筋肉が疲労に耐えて、長時間収縮することができる能力です。ウエイトトレーニングなどの無酸素運動で、筋肉に何回も繰り返しできるような低負荷をかけることで、筋肉のエネルギー供給機構が発達し、持久力を高めることができるのです。これは、低負荷の無酸素運動を繰り返すことで、解糖系における乳酸の処理能力が高まるからです。

遅筋に多く存在しているのは、有酸素系エネルギー供給機構ですが、遅筋にも、無酸素系エネルギー供給機構は存在しています。先にも述べたことですが、適度に負荷を落とした運動においては、そのエネルギー供給機構は、解糖系と有酸素系が混ざった運動になるのです。この事実として、高い持久力が求められるマラソンの選手の運動形態を分析すると、クエン酸回路や電子伝達系などによる有酸素運動よりも、解糖系による無酸素運動の比重の方が多いそうです。マラソン選手の筋肉は、このような優れた解糖系により、速筋や遅筋で生じた乳酸が蓄積されにくく、疲労が溜まりにくい筋肉となっていることが考えられます。

また、このようなトレーニングを繰り返すことで、乳酸を処理する速筋の有酸素系エネルギー供給機構も発達し、速筋を中間筋に変化させて、持久力を発達させることもできると考えられます。

 

(i-5)無酸素運動のトレーニング内容

 実際にトレーニングをする場合、鍛えたい要素に応じて、どのくらいの負荷を掛ければ良いのかを、理解していなければなりません。ウエイトトレーニングで負荷を設定するためには、自分の最大筋力を知る必要があります。ここでいう最大筋力とは、「自分が連続して反復できない最大の負荷」のことを指します。例えば、「60 kgのバーベルを2回は持ち上げることはできないが、何とか1回は持ち上げることができる」という人の最大筋力は、バーベルでは60 kgとなります。

最大筋力を求める方法には、例で説明したような、限界の負荷を掛けて測定する直接法と、最大筋力よりも弱い負荷を掛けて、できた反復回数から測定する間接法があります。直接法は怪我をする恐れがあるので、間接法から最大筋力を測定するのが一般的です。次の表.3に、最大筋力を求める表を示しました。測定したときの負荷をXkg〕として、最大筋力を求めてみましょう。

 

.3  負荷Xkg〕に対する反復回数と最大筋力の対応表

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具体的な表の使い方としては、まず適当な負荷を設定して、普通にトレーニングをします。例えば、そのとき40 kgのバーベルを20回持ち上げるのが限界だったとしましょう。測定したときの負荷はX=40 kgなので、表.3より、最大筋力は1.7×40 kg68 kgとなります。これは、最大筋力がバーベルで68 kgの人は、40 kgのバーベルを20回まで持ち上げることができるということです。

それでは、最大筋力を求めたところで、各要素をトレーニングする方法論を紹介しましょう。次の表.4に、目的別の具体的なトレーニング方法を示しました。表.3で求めた最大筋力をYkg〕とすると、発達させたい要素によって、次のようなメニューになります。

 

.4  目的別トレーニングメニュー

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瞬発力のトレーニングだけは、少し特殊なので、注釈を付けました。瞬発力のトレーニング方法で気を付けなければならない点は、運動するときに、素早く筋収縮をさせなければならないという点です。したがって、瞬発力をトレーニングする場合は、最大スピードでトレーニング動作を行う必要があります。よって、※1反復回数については、最大スピードを維持できなくなる回数まで行なうのが効果的です。※2セット数については、負荷を変えて、複数回行なうのが理想的であり、負荷は最初のセットでは弱くして、徐々に強くしていくのが良いでしょう。

今回は、最大筋力をバーベルなどの器具を用いて測定する場合と想定して、単位を〔kg〕としていますが、この理論は、走り込みや反復横跳びなどにも応用することができます。

 

(ii)有酸素運動によるトレーニング

 エアロビクスやジョギングのような有酸素運動は、残念ながら、一般的に筋力の発達の効果が少ないとされています。つまり、有酸素運動によるトレーニングだけでは、運動能力の上限の底上げをすることは難しいのです。しかしながら、有酸素運動には、酸素の摂取と運搬にかかわる呼吸や循環器系などの心肺機能を活性化し、促進する効果があるとされ、結果的には、持久力を高めることができると考えられます。また、有酸素運動は、有酸素系エネルギー供給機構を主に働かせる運動形態なので、クエン酸回路により、疲労物質である乳酸を取り除いてくれる効果があります。したがって、有酸素運動によるトレーニングを、無酸素運動によるトレーニングに組み込むことで、より高いトレーニング効果が得られるのです。

筋肉を鍛えたいという人や、様々なスポーツで活躍するアスリートの人たちにとっては、有酸素運動だけのトレーニングでは、十分な効果を望むことができません。しかし、健康のための運動ということなら、有酸素運動は、とても効果的な運動です。有酸素運動は、心肺機能を高め、冠動脈疾患のリスクを減少させ、ガンや糖尿病の発症率を下げ、さらには神経症や鬱病の予防にも良いとされているのです。また、有酸素運動には、脂肪を燃焼させる効果もあります。強度の高い運動である無酸素運動では、その主要なエネルギー源は炭水化物ですが、強度の低い有酸素運動では、そのエネルギー源は脂肪となるのです。健康を促進するためにも、有酸素運動は必要不可欠な運動です。


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1) 別冊宝島編集部編「新装版 スポーツ科学・入門」宝島社(2007年発行)

2) 塚原典子/麻見直美「好きになる栄養学」講談社(2008年発行)

3) 平澤栄次「はじめての生化学」化学同人(1998年発行)

4) 船山信次「こわくない有機化合物超入門」技術評論社(2014年発行)