・遷移元素


(1)遷移元素

周期表で、第3族から第11族に位置する元素を、総称して遷移元素(transition element)といいます。これらの遷移元素は、電子構造に特徴があり、典型元素と異なって、d軌道あるいはf軌道などの内殻が閉殻になっていません。そして、原子番号の増加によって変化するのは、主にd軌道ないしf軌道電子なのです。すなわち、原子番号21のスカンジウムScから原子番号29の銅Cuまでは、順に3d軌道が電子で占められていき、原子番号39のイットリウムYから原子番号47の銀Agまでは4d軌道が、原子番号72のハフニウムHfから原子番号79の金Auまでは5d軌道が、それぞれ電子によって順に占有されます。これらを、主遷移元素(main-transition element)といいます。

また、原子番号57のランタンLaから原子番号71のルテチウムLuまでは、電子が4f軌道を順に占め、原子番号89のアクチウムAcから原子番号103のローレンシウムLrまでは、5f軌道を電子が順に占めていきます。f軌道が順に占有される元素を、内部遷移元素(inner transition element)といいます。このうち、ランタンLaからルテチウムLuまでの元素をランタノイド(lanthanoid)といい、アクチウムAcからローレンシウムLrまでの元素をアクチノイド(actinoid)といいます。

さらに、ランタノイドは、ハイテク製品の材料として重宝されるものが多く、ランタノイドにスカンジウムScとイットリウムYを加えた元素群は、総称して希土類元素(rare earth element)と呼ばれます。これらの元素の単体は、常温常圧では金属の結晶であり、多くのものは室温で常磁性、あるいは強磁性を示します。

希土類元素は、「レアアース」と呼ばれることもあります。「レア」は希少という意味ですが、地殻中の存在量を考えると、少ないとはいえません。ユウロピウムEuやネオジウムNd、イッテルビウムYb、ホルミウムHo、ランタンLaは、銅Cuや亜鉛Znと同じような存在量です。しかし、レアアースの元素は、鉱石からの分離がしにくく、加工が難しいものが多く、需要に対して品薄になりやすいのです。そのために「レア」という言葉が使われています。

レアアースと似た言葉に、「レアメタル」という言葉があります。レアメタルという用語は、国際的には通用しない日本独自のもので、経済産業省の定義によれば、「レアメタルは地球上の存在量が稀であるか、技術的・経済的な理由で抽出困難な金属のうち、現在工業用需要があり、今後も需要があるものと、今後の技術革新に伴い新たな工業用需要が予測されるもの」と定義されています。該当する元素は、レアアースが17元素であるのに対し、レアメタルは47種類にも上ります。金属は、微量の不純物を混ぜることで、性質が大きく変化することがあります。レアメアルは、金属の性質を微調整するのに使われます。レアメタルをハイテク素材に少量添加するだけで、性質が飛躍的に向上するため、「産業のビタミン」とも呼ばれています。主な用途としては、テレビや携帯電話をはじめとした電子機器があります。

主遷移元素の単体は、遷移金属(transition metal)と呼ばれます。主遷移元素は、陽イオンとなりやすく、d軌道の電子配置の多様性を反映して、多くの酸化数を取ります。これに対して、希土類元素では、もっぱら+3の酸化状態が安定です。

 

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.1 周期表(画像はこちらからお借りしました)

 

ここで、遷移元素の性質における一般的な傾向や、単体が金属となる主要族元素の性質との違いをまとめておきましょう。遷移元素のスカンジウムScから銅Cuを第一系列、イットリウムYから銀Agを第二系列、ランタンLaから金Auまでを第三系列と名付けます。原子やイオンの大きさは、同一系列内で見ると、次の表.1のように、原子番号の増加とともに、若干減少する傾向が見られます。これは、同一系列内では、電子は同じd軌道に入り、しかもd軌道電子が原子核の正電荷を遮蔽する効果はあまり大きくないため、原子番号の増加に伴う原子核の正電荷の増加により、最外殻電子が原子核に強く引き付けられるためです。このような傾向は、内殻に存在するf軌道においてより顕著に見られ、ランタノイド収縮やアクチノイド収縮として知られています。第三系列の遷移元素は、ランタノイド収縮の影響を受けます。このため、第三系列の原子半径やイオン半径は、第二系列とほとんど等しくなります。これは、アルカリ金属やアルカリ土類金属には見られない現象です。

 

.1  金属元素の金属半径(単位はpm)

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また、遷移元素の単体の融点は、一般的に高くて、ほとんどのものが1,000℃を超えています。これは、アルカリ金属やアルカリ土類金属などの主要族元素の金属の融点が、数十℃から数百℃であることと好対照です。遷移金属結晶における原子の大きさは、アルカリ金属やアルカリ土類金属に比べると小さく、遷移元素の場合は、d軌道やf軌道のように、外部に広く分布する電子が金属結合に参加します。このため、遷移元素では、原子間結合力が強く、融点も高くなると考えられています。同じ族の遷移元素を比較すると、例外はあるものの、原子番号が大きい元素の単体ほど、融点は高いです。特に第三系列のタングステンWやレニウムReは、3,000℃を超える融点を持ちます。これは他の元素の単体と比べて、際立って高い値です。

遷移元素のイオン化エネルギーは、約550 kJ/molから900 kJ/molの間です。これは、リチウムLiやストロンチウムSrから、ホウ素BやリンPまでの範囲に相当します。このことは、遷移元素の作る結合が、イオン結合性から共有結合性まで、多様であることを示しています。系列間で比較すると、第一系列と第二系列のイオン化エネルギーの間には、それほど差がないものの、第三系列のイオン化エネルギーは、他の系列より大きくなっています。これは、上記の原子半径と関係しています。すなわち、第三系列は、第二系列と比べて原子半径がそれほど変わらないのにもかかわらず、原子核の正電荷は増えているため、イオン化エネルギーは大きくなるのです。

 

(2)クロム

クロム(chromium)は、銀白色の光沢を持つ硬い金属です。様々な鉱物に含まれており、エメラルドの緑色、ルビーの赤色は、不純物として微量に含まれるクロムCrのためです。クロムCrの単体は、常温では、空気や水H2Oに対して安定であり、錆びにくいので、鉄製品のめっきとして用いられたり、ステンレス鋼として用いられたりします。硫酸塩の水溶液は緑色であり、塩基性にすると、水酸化クロム(III) Cr(OH)3の灰緑色沈殿を生じます。また、この溶液に水酸化ナトリウムNaOH水溶液を十分に加えると、テトラヒドロキソクロム(III)イオン[Cr(OH)4]- となって、再溶解します。

 

Cr3+ + 3OH- → Cr(OH)3(灰緑)

Cr(OH)3 + OH- → [Cr(OH)4]- ()

 

クロムCrは、非常に多くの酸化状態を取り、酸化数で-2から+6までの状態が確認されています。酸化数で-2から+1といった低酸化数の状態は、錯体において見られます。最も安定な状態は、酸化数+3の状態であり、酸化数+6の化合物は、極めて毒性が強いです。かつては、酸化数+6の化合物をめっき用途で使うことが多かったのですが、土壌汚染を起こすなどで、しばしば問題視され、現在では使われなくなってきています。

酸化数+3の状態であるクロム(III)イオンCr3+ は、化学的にはアルミニウムイオンAl3+ と同じく両性を示します。クロム(III)イオンCr3+ を含む代表的な化合物は、酸化クロム(III) Cr2O3であり、これは、酸化アルミニウムAl2O3と全く同じ構造です。クロム(IV)イオンCr4+ は、酸化クロム(IV) CrO2に含まれます。これは、酸化物では珍しく、室温で強磁性を示す物質であり、磁気記録用テープに利用されたことがあります。高い酸化数を持つクロム(VI)イオンCr6+ は、オキソ酸やオキソ酸イオン、およびオキソ酸塩を作ります。これには、クロム酸イオンCrO42- および二クロム酸イオンCr2O72- が知られており、これらは水溶液中では、次のような平衡状態にあります。

 

2CrO42- () + 2H+ Cr2O72- (赤橙) + H2O

Cr2O72- (赤橙) + 2OH- 2CrO42- () + H2O

 

二クロム酸イオンCr2O72- は、酸性水溶液中で安定であり、赤橙色を呈します。一方で、クロム酸イオンCrO42- は、塩基性水溶液中で安定であり、黄色を呈します。クロム酸イオンCrO42- は、水溶液中で銀イオンAg+ や鉛(II)イオンPb2+、バリウムイオンBa2+ と反応し、それぞれクロム酸銀Ag2CrO4やクロム酸鉛(II) PbCrO4、クロム酸バリウムBaCrO4の独特な色を持った沈殿を生成します。このため、これらの反応は、金属イオンの定性分析や水溶液中のクロム(VI)イオンCr6+ の確認に用いられます。

 

Ba2+ + CrO42- → BaCrO4()

Pb2+ + CrO42- → PbCrO4()

2Ag+ + CrO42- → Ag2CrO4(赤褐)

 

また、二クロム酸イオンCr2O72- の硫酸酸性水溶液は、強い酸化剤であり、第一級アルコールをアルデヒドやカルボン酸に変える他、第二級アルコールをケトンに変えます。欧米では、化学的酸素要求量(COD)を計測する際の試薬としても用いられます。

 

Cr2O72- (赤橙) + 14H+ + 6e- → 2Cr3+() + 7H2O

 

(3)マンガン

マンガン(manganese)は、地殻中に比較的豊富に存在する銀白色の金属です。マンガンMnの単体は、硬くてもろい金属であり、融点も1,240と比較的低いです。マンガンMnは、単体としては産出せず、二酸化マンガンMnO2や炭酸マンガンMnCO3などとして産出します。海底の火山活動や熱水活動などで、海水に溶け出したマンガンMnや鉄Feが、水酸化物になって海底に沈殿し、ジャガイモ状の塊(一般に黒褐色で多くは直径110 cm程度)を作ります。これを「マンガン団塊」といい、主成分はマンガンMnや鉄Feですが、その他に有用金属として銅Cu、ニッケルNi、コバルトCoなどを含むことから、重要な海底鉱物資源として注目されています。マンガン団塊は、1873年、イギリスの海洋探検船「チャレンジャー号」が、アメリカ北西沿岸の沖合の海底で初めて発見しました。

また、マンガンMnも、クロムCrと同様に非常に多くの酸化状態を取り、酸化数で-3から+7までの状態が知られています。酸化数が-3,-1,0,+1の低酸化数の状態は、錯体で見られます。なお、酸化数-2の状態は、まだ確認されていません。最も安定な状態は、酸化数+2の状態であり、マンガン(II)イオンMn2+ を含む多くの化合物が確認されています。マンガン(III)イオンMn3+ は酸化マンガン(III) Mn2O3において、マンガン(IV)イオンMn4+ は二酸化マンガンMnO2において、マンガン(V)イオンMn5+ はマンガン(V)酸カリウムK3MnO4において、それぞれ存在します。二酸化マンガンMnO2は黒色の固体であり、乾電池の酸化剤(正極活性物質)として利用される他、過酸化水素H2O2や塩素酸カリウムKClO3から酸素O2を発生させる無機触媒としても利用されています。

 

2H2O2 (二酸化マンガン) O2 + 2H2O

2KClO3 (二酸化マンガン) 2KCl + 3O2

 

マンガン(VI)イオンMn6+ とマンガン(VII)イオンMn7+ は、マンガンMnの代表的なオキソ酸イオンである、マンガン酸イオンMnO42- と過マンガン酸イオンMnO4- にそれぞれ含まれます。これらの陰イオンは、いずれも酸化力が強いです。特に過マンガン酸カリウムKMnO4は、酸化還元滴定に用いられる典型的な化合物で、酸化剤として作用しますが、液性によって反応が異なります。

 

(酸性溶液中では)MnO4- (赤紫) + 8H+ +5e- → Mn2+(淡桃) +4H2O

(中性〜塩基性溶液中では)MnO4- (赤紫) + 2H2O +3e- → MnO2() +4OH-

 

(4)

(iron)は、金属元素では、アルミニウムAlの次に地殻中に多く存在し、地球の地殻の約5%を占めます。鉄Feの単体は、強磁性を持つ銀白色の金属固体であり、酸と反応して、水素H2を発生しながら溶けます。また、高温の水蒸気とも、一部が反応して四酸化三鉄Fe3O4となります。

 

Fe + 2H+ → Fe2+(淡緑) + H2

3Fe + 4H2O (高温) Fe3O4() + 4H2

 

一方で、鉄Feは、濃硝酸HNO3などの酸化力のある酸とは反応しません。これは、濃硝酸HNO3中で、鉄Feの表面に厚さ数nm程度の緻密な構造を持つ酸化皮膜が生じて、この膜がさらなる酸化反応を抑制するためです。このような状態は不動態と呼ばれ、鉄Feの他にも、クロムCrやアルミニウムAl、コバルトCo、ニッケルNiなどで見られます。鉄Feの錆には、赤錆と黒錆がありますが、赤錆は錆の内部をボロボロにし、鉄Feはやがて朽ちてしまいます。しかし、黒錆は不動態となって、酸素O2が錆の内部に侵入するのを防ぎます。インドにあるチャンドラバルマンの鉄柱や、法隆寺の鉄釘は、このような不動態になっていると考えられます。

Feは、イオン化傾向が大きいため、湿った空気中では、容易に錆を生じ、見かけ上、黒ずんだり褐色になったりします。これは、鉄面上で性質がわずかに異なった部分が、電解質水溶液に覆われて、それぞれが正極または負極となり、一種の電池を形成して反応するためです。鉄面上で、錆の酷い箇所と酷くない箇所があるのは、そのためです。酸素O2に触れやすい箇所では、酸素O2が酸化剤として働くので、正極となります。

 

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.2  鉄面が錆びる仕組み

 

Feは、産業用金属の代名詞ともいえる存在ですが、この「錆びやすい」という点は、鉄Feの最大の落ち度であり、その対策に毎年莫大な費用がかかっています。しかしながら、鉄Feは多様な合金を作ることができ、それらの合金の性質を、超高硬度から特段の引っ張り強度、優れた振動減衰性まで、自在に調整できるなど、山ほどの長所があります。溶解や鋳造、機械加工、鍛造、冷間加工、焼き入れ、焼き戻し、焼きなまし、延伸などがいずれも容易で、どんな形や性質にもできるという点で、鉄Feは他の金属の追随を許しません。

また、金属としての鉄Feがあまりに活躍しているため、多くの生命体が、鉄原子なしでは生きられないことは、つい忘れがちです。鉄Feは、私たちの身体の中に45 g程度含まれており、そのうちの約70%は、血液中に含まれています。鉄Feの生物学的役割は、非常に重要であり、タンパク質の一種であるヘモグロビンに含まれる鉄原子は、血中で酸素O2を運ぶ大役を担っています。このヘモグロビンは、複雑なタンパク質であり、よく似た2種類のタンパク質が2個ずつ、合計4個で集団を作っています。4個のタンパク質には、それぞれ同じ環状構造を持つ分子が包み込まれており、これをヘムといいます。ヘムは、ポルフィリンという有機物部分と、中心の金属部分からできており、クロロフィル(葉緑素)との違いは、中心の金属元素です。すなわち、ヘモグロビンはその中心が鉄Feですが、クロロフィルはその中心がマグネシウムMgなのです。

毒物には、呼吸毒といわれるものがあります。これは、呼吸作用を妨げるもので、青酸カリKCNや一酸化炭素CO、硫化水素H2Sなどが典型です。これらの毒物は、ヘムの鉄Feと不可逆的に結合することで、毒性を現すのです。すなわち、一度鉄Feと結合すると、もう離れなくなってしまうのです。そのため、鉄Feは酸素運搬を行うことができなくなり、細胞は呼吸ができなくなって、死に至ります。

私たちの血液が赤いのは、ヘモグロビンのせいです。人が硫化水素H2Sで亡くなると、鉄Feが硫化水素H2Sと結合し、硫化ヘモグロビンとなります。そのため、血液が緑っぽくなって、遺体が腐敗色を帯びるといいます。

なお、呼吸に関係する金属は、鉄Feだけではありません。タコやイカなどの軟体動物では、ヘモシアニンという物質に含まれる銅Cuが、酸素O2の運搬をしています。軟体動物の血液が青いのは、銅(II)イオンCu2+ の色によるものです。

 

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.3  ヘモグロビン1分子には4個の鉄(II)イオンFe2+ が含まれる

 

 20151225日、文部科学省は、日頃口にする食品の栄養成分をまとめた「日本食品標準成分表」の改訂版を発表しました。この改訂により、「鉄分の王様」とも呼ばれていたヒジキの鉄分が、100 g当たり55 mgから6.2 mgへと、約1/9の量に変更されました。これは、流通しているヒジキの製造に使う釜の多くが、鉄製からステンレス製に変わったために、ヒジキに含まれる鉄分が大幅に減少したからだと考えられています。切り干し大根も、ステンレス製の包丁の普及を受け、100 g当たりの鉄分が、9.7 mgから3.1 mgへと変更されました。

 実際、鉄製の調理器具を使うことで、料理中の鉄分は増えます。この現象を利用して、カンボジアでは、調理の際に鉄製の魚「ラッキーアイアンフィッシュ」を鍋に入れるそうです。カンボジアを訪れたカナダの医師が、現地の人の鉄分不足の現状を目の当たりにし、何とかそれを解消できないかと考えていたときに、このことを思い付いたといいます。最初は鉄Feの塊をそのまま鍋に入れることを提案したカナダ人医師ですが、鉄Feを料理に入れることに馴染みのなかったカンボジアの人々は、それを中々受け入れることができなかったそうです。そこで、現地で幸運の象徴として親しまれている「魚」を型取って、鉄製の魚「ラッキーアイアンフィッシュ」を作ってみたところ、一気に広まったのだとか。何ともユニークな裏話です。

金属鉄の工業的な製造には、磁鉄鉱Fe3O4や赤鉄鉱Fe2O3が原料として用いられます。これらの酸化鉄を還元して鉄Feにするのには、初めは木炭を使い、自然の風や人力または水力で送風していました。日本では、砂鉄と木炭で行う「タタラ製鉄」が有名です。その後、溶鉱炉で石炭を蒸し焼きにして作ったコークスを使い、蒸気機関で送風して、鉄鉱石を還元するようになり、大量生産体制に移りました。

コークスは還元剤として働きますが、鉄鉱石もコークスも融解しにくいため、ただ混ぜて加熱するだけでは、反応は起こりません。そこで、コークスを燃やして一酸化炭素COにし、一酸化炭素COを鉄鉱石に衝突させて、還元することにしています。また、二酸化ケイ素SiO2などのケイ酸成分は、石灰石CaCO3から生じさせる酸化カルシウムCaOと反応させ、ケイ酸カルシウムCaSiO3とします。

 

Fe2O3 + 3CO (加熱) 2Fe + 3CO2

CaCO3 (加熱) CaO + CO2

SiO2 + CaO (加熱) CaSiO3

 

このようにして生じた鉄Feやケイ酸カルシウムCaSiO3は、高温ではどちらも液体なので、下方へ流れ落ち、比重の大きい鉄Feが下層、ケイ酸カルシウムCaSiO3が上層になって、たまってきます。このとき、ケイ酸カルシウムCaSiO3はスラグ(浮遊物)となって、鉄Feの上部を覆うことで、生じた鉄Feが再び酸化するのを防ぐ役割をします。このようにして得られた金属鉄を、銑鉄(pig iron)といいます。これには、34%程度の炭素Cと、微量のケイ素SiやリンP、硫黄Sなどが含まれているため、硬さはありますが、もろいです。また、凝固点降下のために、融点は純粋な金属鉄よりもやや低く、銑鉄は、鋳型などの曲げの力が加わらない物の材料に使われています。

そして、この銑鉄を転炉に入れて、かき混ぜながら酸素O2を吹き込んで、炭素Cやその他の不純物を酸化して除くと、炭素Cの割合が2%以下になった金属鉄になります。この金属鉄は、もろさが少なくて延性や展性に富み、建築材料をはじめとして、様々な用途に使えます。この金属鉄を、鋼鉄(steel)といいます。鋼鉄にクロムCrなどを加えると、錆びにくいステンレス鋼ができます。

 

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.4  一酸化炭素COの還元作用により、金属鉄の酸化物が還元されていく

 

 日本刀は、武器としての役割と共に、美しい姿が象徴的な意味を持っており、美術品としても評価の高いものが多いです。日本刀は、銑鉄を外側に、鋼鉄を内側にすることで、折れにくくて、硬くて鋭いという性質を得ているのです。長編アニメーション映画「もののけ姫」に登場する「タタラ製鉄」は、日本刀剣美術保存協会の尽力で、島根県横田町で現在唯一行われています。ここでは、正統な日本刀の素材のために、高品質の鋼鉄である「玉鋼」が製造されています。映画に登場するダイダラボッチは、タタラ製鉄の製鉄者の名前に由来するともいわれる巨人の妖怪であり、各地の民話や昔話では、共通して山や川、湖などの地形を作ったといわれています。有名なものでは、富士山を作るために近江の土を掘り、その掘った跡地が、琵琶湖になったともいわれています。

 

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.5  日本刀は「折れず、曲がらず、よく斬れる」の3要素を非常に高い次元で同時に実現させている

 

また、ここでは、鉄Feの性質を上手に利用している、トタンとブリキの違いについても説明しておきましょう。トタンは、亜鉛Znでめっきした鉄板のことであり、主に建築資材などとして利用されています。亜鉛Znは、鉄Feよりもイオン化傾向が大きいため、外部の亜鉛Znが優先して酸化されることで、内部の鉄Feの酸化を防ぐ効果があるのです。トタンのめっき方法としては、面白いものがあります。容器に亜鉛Znを入れ、加熱して融解するのです。ここに鉄板を入れ、引き上げると、鉄板の表面に亜鉛Znが付いて、これを冷ませば、亜鉛めっきされたトタンになります。これを、業界では「天ぷらめっき」というそうです。

一方で、ブリキは、スズFeでめっきした鉄板のことであり、缶詰やバケツなどに利用されています。スズSnは、鉄Feよりもイオン化傾向が小さいため、全面を覆うことで、内部の鉄Feの酸化を防ぐことができます。しかし、トタンと異なり、一部でも内部の鉄Feが露出すると、その箇所から鉄Feの酸化が広がるのが欠点です。なお、イオン化傾向が鉄Feよりも小さい金属のうちで、スズSnがめっきとして利用されているのは、スズSnは、人体や動物には容易に吸収されず、害の少ない金属であるからです。

 

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.6  トタン()は建築資材などに使用され、ブリキ()は缶詰などに使用される

 

Feには、酸化数で+2+3の化合物があり、鉄(II)イオンFe2+ を含む硫酸鉄(II) FeSO4水溶液は、淡緑色をしています。硫酸鉄(II) FeSO4水溶液に塩基を加えると、淡緑色の水酸化鉄(II) Fe(OH)2が沈殿します。また、液性が中性塩基性の条件下で硫化水素H2Sを吹き込むと、黒色の硫化鉄(II) FeSが沈殿します。

 

Fe2+ + 2OH- → Fe(OH)2(淡緑)

Fe2+ + H2S → FeS↓()

 

また、鉄(II)イオンFe2+ を含む水溶液に、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウムK3[Fe(CN)6]の水溶液を加えると、濃青色沈殿を生じます。これは、水溶液中にKFeIIFeIII(CN)6の構造を持つ濃青色沈殿が生じたためです。水溶液中の鉄(II)イオンFe2+ は酸化されやすく、空気中の酸素O2などにより酸化されやすいです。

 

4Fe2+ + 2H2O + O2 → 4Fe3+(黄褐) + 2OH-

 

(III)イオンFe3+ を含む塩化鉄(III) FeCl3水溶液は、黄褐色をしています。沸騰水に塩化鉄(III) FeCl3水溶液を加えると、次の反応により、赤褐色の水酸化鉄(III) Fe(OH)3コロイド溶液が作成できます。このコロイドは、表面の-OH基がプロトン化されて-OH2+ 基となっているので、表面が正に帯電した疎水コロイドです。生じたコロイド溶液を、半透膜であるセロハン袋に入れて、流水中に浸して透析を行います。すると、水素イオンH+ や塩化物イオンCl- は、拡散の原理に従って、セロハン膜を通過して出ていきますが、水酸化鉄(III) Fe(OH)3のコロイド粒子は、大きいために半透膜を通過できず、セロハン膜内に留まることになります。この操作によって、水酸化鉄(III) Fe(OH)3のコロイドを、セロハン袋中に精製できるのです(コロイド化学を参照)

 

FeCl3 + 3H2O → Fe(OH)3(赤褐) + 3HCl

 

また、鉄(III)イオンFe3+ を含む水溶液に、ヘキサシアノ鉄(II)酸カリウムK4[Fe(CN)6]の水溶液を加えると、濃青色沈殿を生じます。これは、水溶液中にKFeIIFeIII(CN)6の構造を持つ濃青色沈殿が生じたためです。鉄(III)イオンFe3+ の検出には、チオシアン酸カリウムKSCN水溶液もよく用いられます。チオシアン化物イオンSCN- は、鉄(III)イオンFe3+ [Fe(SCN)(H2O)5]2+ の構造を持つ錯イオンを形成し、血赤色の溶液となります。

 

.2  (II)イオンFe2+ と鉄(III)イオンFe3+ の検出

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四酸化三鉄Fe3O4は黒色の固体で、鉄Feの酸化物の一種であり、自然界では、鉱物の磁鉄鉱や砂鉄に含まれています。四酸化三鉄Fe3O4は、いわゆる黒錆のことです。四酸化三鉄Fe3O4は、Fe2+Fe3+O2- =124の割合で結合しており、別名として、酸化鉄(III)(II)とも呼ばれます。また、酸化鉄(III) Fe2O3は赤褐色の固体で、自然界では、鉱物の赤鉄鉱に含まれています。酸化鉄(III) Fe2O3は、いわゆる赤錆のことです。酸化鉄(III) Fe2O3は、水酸化鉄(III) Fe(OH)3の加熱により生じます。

 

2Fe(OH)3 (加熱) Fe2O3(赤褐) + 3H2O

 

また、鉄(III)イオンFe3+ の塩として、塩化鉄(III) 水和物FeCl36H2Oがあります。塩化鉄(III) 水和物FeCl36H2Oは黄褐色の固体であり、潮解性があります。塩化鉄(III) FeCl3は、フェノール類に加えると紫色系統の呈色を示すため、それらの検出に用いられます。

 

(5)コバルト

コバルト(cobalt)は、強磁性を持つ銀白色の金属固体であり、コンピュータなどのハードディスクの磁気ヘッドや、リチウムイオン電池の電極材料などに利用されます。コバルトCoの合金としての用途は非常に重要であり、鋼鉄にコバルトCoを添加したコバルト鋼は、最も硬く強靭な合金の1つなので、ドリルやフライス盤の刃としてよく見かけます。

また、ガラス小物が好きな人なら、深い青色のコバルトガラスをご存じでしょう。このガラスには、瓶から絶縁体まで、様々な用途があります。コバルトガラスの青色は、ガラスに添加された微量のコバルト化合物によるものです。

 

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.7  コバルトガラスの容器

 

コバルトCoは、酸化数で-10のような低酸化数状態から、+4までの酸化状態を取ります。低酸化数の状態は、錯体において見られます。最も普通の酸化数の状態のイオンは、コバルト(II)イオンCo2+ とコバルト(III)イオンCo3+ であり、酸化コバルト(II) CoOや四酸化三コバルトCo3O4のような酸化物、塩化コバルト(II) CoCl2や臭化コバルト(II) CoBr2のようなハロゲン化物が存在します。塩化コバルト(II) CoCl2の無水塩は青色ですが、水H2Oを吸収すると、赤色の塩化コバルト(II) 六水和物CoCl26H2Oとなります。この色変化は、水分の検出に利用でき、シリカゲル中に混ぜたり、ろ紙にしみ込ませたりして、水分の指示薬として用いられます。

 

CoCl2() + 6H2O → CoCl26H2O()

 

コバルト(III)イオンCo3+ に、アンモニアNH3や塩化物イオンCl- が配位した錯塩[CoClx(NH3)y]Clzは比較的安定であり、様々なものがあります。これらの錯塩では、配位する原子の種類や数によって錯塩の性質が異なり、これらの錯塩は、互いに構造異性体となります。また、この錯塩は、水に溶かすと次のように電離します。なお、この錯塩では、「x+y=6および「x+z=3の関係が成立します。

 

[CoClx(NH3)y]Clz () [CoClx(NH3)y]z+ + zCl-

 

この錯塩のうち、テトラアンミンジクロロコバルト(III)イオン[CoCl2(NH3)4]+ には、シス形とトランス形と呼ばれる立体異性体があります。また、1 molのテトラアンミンジクロロコバルト(III)塩化物[CoCl2(NH3)4]Clに、硝酸銀AgNO3水溶液を加えると、塩化銀AgCl1 molしか生じませんが、類似の構造を持つヘキサンアンミンコバルト(III)塩化物[Co(NH3)6]Cl3に、硝酸銀AgNO3水溶液を加えると、塩化銀AgCl3 molだけ生じます。これは、配位結合とイオン結合の塩化物イオンCl- の性質に違いがあり、化学反応には、イオン結合の塩化物イオンCl- しか使われないということを示しています。

 

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.8  シス形とトランス形のテトラアンミンジクロロコバルト(III)イオン[CoCl2(NH3)4]+

 

 また、コバルト(III)イオンCo3+ を含む錯体には、人体にとって重要なビタミンB12が含まれます。ビタミンB12の構造は、極めて複雑ですが、これを全合成した化学者がいます。20世紀最大の有機化学者ともいわれる、アメリカのロバート・バーンズ・ウッドワードです。この全合成によって、ウッドワードは、1965年にノーベル化学賞を受賞しました。

ウッドワードは、後年、アメリカの化学者であるロアルド・ホフマンと共に、ウッドワード・ホフマン則という理論によって、もう一度ノーベル化学賞を受賞するはずでした。しかし、残念ながら死去したため、2度目の受賞はなりませんでした。もし受賞したら、物理学賞と化学賞のキュリー夫人、化学賞と平和賞のポーリングに次いで3人目、しかも、同一部門でのダブル受賞となるところでした。

ビタミンB12は、身体のすべての細胞の代謝に関与しており、特にDNA合成と調整に加え、脂肪酸の合成とエネルギー生産に関与しています。ビタミンB12は欠乏すれば、人体に対して、深刻かつ不可逆的な損傷を持たしうるビタミンであり、人体にとって極微量ながらも、他の元素では代替の利かない必須成分なのです。

 胃腸薬のキノホルムの副作用で起こった公害のスモン病は、キノホルムがビタミンB12を破壊することによって起こる、ビタミンB12不足が原因といわれています。キノホルムは、現在ではアルツハイマー病の治療薬として知られていますが、患者にキノホルムを処方するときには、同時にビタミンB12も処方することになっています。

 

(6)ニッケル

ニッケル(nickel)は、強磁性を持つ銀白色の金属固体です。遷移元素のうち、鉄FeやコバルトCo、ニッケルNi3つの元素を、総称して鉄族元素と呼ぶことがあります。これらは化学的性質が特に似通っており、このように呼ばれています。鉄族元素は、常温常圧で強磁性を示すのが特徴です。ニッケルNiは、鉄Feよりもイオン化傾向が小さいので、錆びにくく、鉄Feのめっきに用いられる他、形状記憶合金や硬貨の原料などにも使用されます。日本で発行されている50円硬貨や100円硬貨は、銅CuとニッケルNiの合金(白銅)です。米国も5セント硬貨も白銅ですが、通称「ニッケル」と呼ばれています。

また、白銅だけでなく、純粋なニッケルNiも、硬貨の材料として用いられたことがあります。これは、ニッケルNiが合金や薬莢(やっきょう)の材料である白銅の原料として重要であるため、国家が、平時では硬貨として流通させ、有事に際しては他の素材の硬貨や紙幣で代替して、ニッケルNiを回収するためです。日本でも、第二次世界大戦の直前の1933年から1937年にかけて、5銭と10銭のニッケル硬貨が発行されており、その名目で、軍需物資であるニッケルNiを輸入していました。ただし、戦後もニッケル硬貨は発行されていて、1955年から1966年まで発行されていた50円硬貨は、ニッケル硬貨です。

 

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.9  米国の5セント硬貨には約25%のニッケルNiが含まれている

 

また、ニッケルNiは、触媒としての利用価値も高く、有機化合物の炭素-炭素不飽和結合に対する水素付加の触媒として用いられます。ニッケルNiは、表面に水素ガスを吸着し、水素分子を金属表面に固定します。すると、水素分子から水素原子への解離が起こり、解離吸着した原子は、非常に反応しやすい状態となるのです。そして、この水素原子が、炭素-炭素不飽和結合に付加することにより、対応する炭素-炭素飽和結合が生成します。この反応は、還元反応でもあるので、接触還元とも呼ばれています。

 

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.10  不飽和炭素結合の水素化

 

ニッケルNiには、多くの酸化状態が存在し、酸化数で-1から+4までの状態を取ります。最も安定な酸化数の状態のイオンは、ニッケル(II)イオンNi2+ です。ニッケルNiは、希塩酸HClや希硫酸H2SO4と反応して、水素H2を発生しながら溶けますが、その反応は、鉄Feと比較して極めて遅いです。ニッケル(II)イオンNi2+ は、水中では、緑色のアクア錯イオンとなっています。また、濃硝酸HNO3のような酸化力の強い酸に対しては、不動態を形成して、反応しにくくなります。

 

Ni + 2H+ → Ni2+() + H2

 

この水溶液を塩基性にすると、緑色の水酸化ニッケル(II) Ni(OH)2が沈殿します。ただし、この沈殿にアンモニア水を過剰量加えると、ヘキサンアンミンニッケル(II)イオン[Ni(NH3)6]2+ となって、再溶解します。また、ニッケル(II)イオンNi2+ を含む水溶液に、中性塩基性条件で硫化水素H2Sを吹き込むと、黒色の硫化ニッケル(II) NiSが沈殿します。

 

Ni2+ + 2OH- → Ni(OH)2()

Ni(OH)2 + 6NH3 → [Ni(NH3)6]2+() + 2OH-

Ni2+ + H2S → NiS↓() + 2H+

 

(7)

(copper)は、特有の赤色光沢を持つ金属固体であり、周期表では、銀Agや金Auと同じく、第11族に属する遷移元素です。第11族元素は、第1族元素と同様に、最外殻に1個の電子を有します。しかし、内殻のd軌道と最外殻のs軌道とのエネルギー差は小さいので、内殻のd軌道電子も一部が励起して、金属結合に参加します。その結果、第11族元素の金属結合は、第1族元素よりはるかに強くなるのです。この高い金属結合性は、電気伝導性や延展性といった金属結合に起因する性質に強く影響します。

これらの金属は、すべて電気伝導率や熱伝導率が高く、延性や展性に富みます。金Auは最も延性と展性に富む金属です。また、室温で最も電気伝導率の高い金属は銀Agであり、最も熱伝導率の高い金属もやはり銀Agです。銅Cuと金Auも、銀Agに次いで高い電気伝導率と熱伝導率を持ちます。また、これらの金属は、金属結合が強いので、単体からイオンになる反応は起こりにくくなり、イオン化傾向はいずれも水素H2よりも小さくなります。

 

.3  金属の電気伝導率と熱伝導率

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Cuは、古代から人類との関わりが深く、より重要な金属として扱われていました。銅Cuは、金属製品や貨幣の材料として、多くの文化で使用されてきた歴史があります。現代でも、様々な場で使用されており、銅Cuは、鉄Feに次いで重要な金属材料といえます。銅Cuは、手で持って使う工具や小型電動工具で加工できるぐらいに軟らかい一方で、合金にすると、様々な用途に適した硬さになります。特にスズSnと混ぜた青銅(ブロンズ)や、亜鉛Znと混ぜた真鍮が有名です。

例えば、真鍮は、トランペットやサックスなど、金管楽器の材料になります。しかし、銅Cuと亜鉛Znの混合割合は色々あり、楽器として用いた場合には、それぞれに固有の音があるといいます。例えば、イエローブラスはCuZn7030であり、ゴールドブラスはCuZn8515、レッドブラスはCuZn9010です。一般的には、亜鉛Znの割合が多いほど「硬く明るい音」になり、銅Cuの割合が多いほど「柔らかく温かみのある音」になるといいます。どの音色が良いかは演奏者の好みなので、一概に良し悪しはいえませんが、一般的に銅Cuの割合が多くなるほど、価格は高くなります。

管楽器ではありませんが、シンバルも真鍮製のものがあります。鍋の蓋のような形状ですが、作るのはそんなに簡単ではありません。真鍮の針金を渦巻き型に巻いてあの形にし、その後溶接して作るのです。そうしないと、あの「シャリーン」という美しい音は出ないのだそうです。

 

.4  様々な銅合金と主な用途

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Cuは、黄銅鉱CuFeS2など硫化物の形で産出することが多いです。しかし、銅鉱石中の銅濃度は、平均して0.6%ほどしかなく、この黄銅鉱CuFeS2から銅Cuを取り出すためには、まず銅鉱石を粉砕して、銅成分と鉄成分を分離させなくてはなりません。そのために、銅鉱石に燃料としてのコークスの他、石灰石CaCO3やケイ砂SiO2を加えて、溶鉱炉内で酸化しながら融解させます。このようにすることで、鉄成分はケイ酸鉄(II) FeSiO3としてスラグ(浮遊物)となり、銅成分は硫化銅(I) Cu2Sとなって互いに分離されます。なお、このときに、石灰石CaCO3とケイ砂SiO2からケイ酸カルシウムCaSiO3が生成し、これが融剤として凝固点降下を引き起こし、銅鉱石の融点を下げます。

 

4CuFeS2 + 9O2 (加熱) 2Cu2S + 2Fe2O3 + 6SO2

2Fe2O3 + C +4SiO2 (加熱) 4FeSiO3 + CO2

SiO2 + CaCO3 (加熱) CaSiO3 + CO2

 

そして、得られた硫化銅(I) Cu2Sを転炉の中に入れて、酸素O2を吹き込み、空気酸化しながら加熱することで、硫化物は酸化物へと変換され、硫黄分は完全に酸化除去されます。次に、酸化銅(I) Cu2Oを高温で加熱することで分解反応が起こり、銅含有率が約98%の粗銅が生成します。

 

2Cu2S + 3O2 (加熱) 2Cu2O(赤褐) + 2SO2

2Cu2O (加熱) 4Cu + O2

 

粗銅には約2%の不純物が含まれているため、ここから銅Cuのみを取り出して、純銅にしなければなりません。粗銅を純銅にするためには、粗銅板を電池の正極に繋ぎ、純銅板を電池の負極に繋いで、硫酸銅(II) CuSO4水溶液を0.30.4 V程度の電圧で電気分解(電解精錬)します。このようにすることで、粗銅板中の銅Cuから電子を奪って銅(II)イオンCu2+ とし、水溶液から純銅板へ銅(II)イオンCu2+ のみを析出させることができます。

 

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.11  電解精錬により純銅を生成する

 

このとき、陽極にした粗銅板からは、銅Cuよりイオン化傾向の大きな亜鉛Znや鉄Fe、鉛Pbがまず酸化されて、溶け出していきます。しかし、電圧を低くすれば、銅Cuよりイオン化傾向の小さな銀Agや金Auがイオン化されることはなく、単体のまま陽極の下に沈殿させることができます(陽極泥)。なお、このときに鉛Pbは鉛(II)イオンPb2+ となりますが、硫酸銅(II) CuSO4水溶液を使っているため、硫酸イオンSO42- と反応して硫酸鉛(II) PbSO4となり、陽極泥と一緒に沈殿します。一方で、水溶液中に銀(I)イオンAg+ は存在していないので、陰極で銀Agが析出することはありません。したがって、水溶液中で最もイオン化傾向の小さい銅(II)イオンCu2+ が、優先的に還元されていくことになります。

Cuは、酸化数で+1および+2の酸化状態が最も安定であり、銅(I)イオンCu+ および銅(II)イオンCu2+ を含む多くの化合物が知られています。(I)イオンAg+ より弱いものの、銅(II)イオンCu2+ にも抗菌および殺菌作用があります。そのため、雑菌によって生じるぬめりや臭いを防ぐ効果があります。実用例としては、靴下の防臭目的で、布地の中に銅線を織り込むことなどが行われています。

Cuは水H2Oとは反応しないものの、空気中の酸素O2とは徐々に反応して、表面に黒色の酸化銅(II) CuOの被膜を形成します。生じた錆によって全体が酸化されてしまう鉄Feとは対照的に、銅Cuの表面に形成される酸化被膜は、さらなる酸化の進行を防止します。ただし、この酸化被膜は塩基性酸化物なので、酸と反応すると溶けてしまいます。

 

2Cu + O2 → 2CuO()

CuO + 2H+ → Cu2+() + H2O

 

また、酸化銅(I) Cu2Oは赤褐色の固体であり、フェーリング液をアルデヒドなどで還元すると生成します(カルボニル化合物(アルデヒドとケトン)を参照)。このときの酸化剤は、銅(II)イオンCu2+ です。また、銅Cuを高温で加熱すると、酸化反応が進んで酸化銅(II) CuOが生成しますが、これをさらに加熱すると、酸化銅(I) Cu2Oが生成します。

酸化銅(I) Cu2Oは船舶の塗装にも使われ、船底が一面真っ赤に塗られているのは、塗料にこの成分が含まれているからです。酸化銅(I) Cu2Oはフジツボなどの水棲生物の忌避物質であり、これを塗ることで、船舶にフジツボなどの付着を防ぐことができるのです。

 

RCHO + 2Cu2+ + 5OH- → RCOO- + Cu2O↓(赤褐) + 3H2O

4CuO (加熱) 2Cu2O(赤褐) + O2

 

湿った空気中に銅Cuを長時間放置すると、二酸化炭素CO2の作用により、緑色の緑(ろくしょう)を生成します。緑青には、水酸化炭酸銅(II) CuCO3Cu(OH)2などが成分として含まれ、自由の女神像や大阪城天守閣の屋根などのような、古い銅の建築物においてしばしば見られます。緑青は、長年毒性が高いと思われていましたが、最近、毒性の低いことが明らかになりました。銅Cuの精錬技術の低い頃には、ヒ素Asなどの有毒な物質が混ざり、その有毒性が、緑青のものと間違えられたようです。銅屋根に生じた緑青は、水にも不溶であり、内部を保護する働きがあります。

 

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.12  大阪城天守閣の屋根は緑青により緑色になっている

 

 銅Cuは、イオン化傾向が水素H2よりも小さいため、塩酸HClや希硫酸H2SO4といった酸とは反応しませんが、硝酸HNO3や熱濃硫酸H2SO4のような酸化力の強い酸とは反応します。このときに発生する気体は水素H2ではなく、濃硝酸HNO3なら二酸化窒素NO2、希硝酸HNO3なら一酸化窒素NO、熱濃硫酸H2SO4なら二酸化硫黄SO2が発生します。

 

Cu + 2H2SO4(heat.conc) → CuSO4 + SO2 + 2H2O

3Cu + 8HNO3(dil) → 3Cu(NO3)2 + 2NO + 4H2O

Cu + 4HNO3(conc) → Cu(NO3)2 + 2NO2 + 2H2O

 

硫酸銅(II)五水和物CuSO45H2Oは青色結晶で、加熱すると段階的に水和水を失って、無水物の白色粉末になります5つのH2Oのうち4つは配位水であり、加熱により比較的失われやすいです。残りの1つは陰イオン水といわれるもので、硫酸イオンSO42- と水素結合をしているので、比較的失われにくいです。硫酸銅(II) CuSO4水溶液は青色であり、銅めっきや顔料、防腐剤、フェーリング液の原料などに用いられます。特に、無水物は強力に水H2Oを吸着するので、アルコール類を厳密に乾燥させるときの脱水剤としても用いられます。また、水溶液の溶解度が温度によって大きく変化するので、飽和水溶液の冷却による再結晶が容易であり、また水和物の結晶が美しいことから、結晶の成長実験が理科教育の実験教材として、しばしば取り上げられます。

 

CuSO45H2O() (加熱) CuSO43H2O (加熱) CuSO4H2O (加熱) CuSO4()

 

 銅(II)イオンCu2+ を含む水溶液に、硫化水素H2Sを吹き込むと、黒色の硫化銅(II) CuSが沈殿します。この沈殿は、水には溶けにくいですが、硝酸HNO3には溶けます。

 

Cu2+ + H2S → CuS↓() + 2H+

CuS (硝酸) Cu2+() + S + 2e-

 

 青色の硫酸銅(II) CuSO4水溶液に、塩基を少量加えると、水酸化銅(II) Cu(OH)2の青白色沈殿が生じます。この沈殿は、比較的熱に不安定であり、加熱すると容易に脱水して分解し、黒色の酸化銅(II) CuOに変化します。

 

Cu2+ + 2OH- → Cu(OH)2(青白)

Cu(OH)2 → CuO() + H2O

 

また、水酸化銅(II) Cu(OH)2は、アンモニア水を過剰量加えると、深青色溶液となります。これは、水酸化銅(II) Cu(OH)2が、アンモニア分子を配位子とするテトラアンミン銅(II)イオン[Cu(NH3)4]2+ となって、水溶性になったからです。

 

Cu(OH)2 + 4NH3 → [Cu(H2O)4]2+(深青) + 2OH-

 

(8)

(silver)は、銀白色の金属固体であり、熱や電気の伝導率は、すべての金属の中で最も大きいです。延性や展性も、金Auに次いで大きく、1 gの銀Agは、1,800 m以上の線に伸ばすことができます。可視光の反射率も、金属中で最大であり、可視光の反射率が、98%程度と非常に高いことから、古くから鏡などの材料として用いられてきました。銀Agは、金Au並ぶ貴金属の雄であり、多くの宝飾品に使われています。金Auと銀Agでは、金Auの方が貴重とされるのが一般的です。しかし、古代エジプトにおいては、銀Agの方が貴重とされたようで、金Auに銀めっきをした宝飾品が発掘されているといいます。

銀めっきは、トレンス試薬を用いた銀鏡反応により製造できます。銀(I)イオンAg+ を含んだ水溶液に、アルデヒドなどの還元剤を作用させることにより、還元された銀Agの微粒子が、ガラス器壁の表面などに付着するのです(カルボニル化合物(アルデヒドとケトン)を参照)

 

RCHO + H2O + 2[Ag(NH3)2]+ → 2Ag↓() + RCOO + NH3 + 3NH4+

 

Agは、貴金属の中では比較的化学変化しやすく、空気中に硫黄化合物が含まれていると、金属表面に黒色の硫化銀(I) Ag2Sが生成して、黒ずんできます。俗にいう「銀の錆」とは、この物質のことです。銀Agは、古くから支配階級や富裕階級に食器材料として用いられてきましたが、その理由の1つは、雄黄As2S3などの硫黄化合物の毒物を食品に混入された場合に、化学変化による変色で、いち早く異変を察知できる性質があるからです。日本でも、キノコに銀Agの簪(かんざし)を刺して黒くなったら、それは毒キノコだという言い伝えがあります。

また(I)イオンAg+ は、バクテリアなどに対して強い毒性を示すため、現在では、体臭の脱臭効果を狙ったデオドラントスプレーなど、広く殺菌剤として利用されています。体臭の多くは、身体から分泌される有機物を、体表の細菌が分解することによって起こることから、殺菌が体臭除去につながるというものです。加齢臭の原因は、ノネナールという有機物といわれますが、これは、身体から出るヘキサデセン酸という有機物が、細菌によって分解されることによって生じるといわれています。

この他にも、Agはほんの微量は水H2Oに溶けて(I)イオンAg+ を生じることから、昔から牛乳の中に銀貨を入れておいたり、銀食器に料理を盛り付けたりすると、腐敗しにくくなることは知られていました。生活の知恵として、銀(I)イオンAg+ の殺菌作用を利用していたのです。なお、銀(I)イオンAg+ の殺菌効果は、酸化力の強さに由来するものではなく、多くの細菌が持つ硫黄Sとの、強力な親和性によるものであると考えられています。

また、銀アクセサリーを身に付けたまま、硫黄泉の温泉に入ると、たちどころにアクセサリーが黒紫色に変化します。これも、銀Agが硫黄Sと化合して、硫化銀(I) Ag2Sとなるためです。アクセサリーを輪ゴムなどで束ねるのも、ゴムに含まれる硫黄Sで変質することがあります。

しかし、アクセサリーを元通りにする方法があります。まず、アルミニウム箔を敷いた容器に、重曹NaHCO3と沸騰水を入れて、くすんだアクセサリーを浸けておきます。熱水中で、重曹NaHCO3は二酸化炭素CO2を放出して、炭酸ナトリウムNa2CO3になります。ここで、炭酸ナトリウムNa2CO3水溶液中の硫化銀(I) Ag2SとアルミニウムAlで、一種の電池が作られるのです。電池の酸化還元反応により、負極のアルミニウムAlが酸化され、正極の硫化銀(I) Ag2Sが還元される結果、くすんだアクセサリーは元通りになります。

 

2Ag + H2S → Ag2S() + H2

 

Agは、塩素Cl2などのハロゲンとは直接反応して、ハロゲン化銀を生成します。ハロゲン化銀には感光性があり、光照射により、還元された金属Ag生成します。フッ化銀AgFは、潮解性があって水に溶けやすいですが、塩化銀AgClや臭化銀AgBr、ヨウ化銀AgIは、いずれも水に溶けにくいです。 

 

2Ag + Cl2 → 2AgCl()

 

また、臭化銀AgBrは、感光性を利用して、写真のフィルムや印画紙に用いられたことがあります。最近はすっかりデジタルカメラにとって代わられましたが、それ以前の写真は銀塩写真といい、フィルムを用いていました。フィルムに塗った臭化銀AgBrに光が当たると、金属銀Agが遊離します。この銀Agは溶媒に溶けないので、適当な洗浄液(現像液)でフィルムを洗うと、光の当たったところだけ、銀Agの微粒子が析出して、黒くなって残るという訳です。

 

2AgBr () 2Ag + Br2

 

 ヨウ化銀AgIは、結晶構造が氷に似ているため、人工降雨の材料に用いられることがあります。雨が降るためには、雲の温度が−15ぐらいにならなければなりません。これは、過冷却によって、水蒸気がなかなか氷滴にならないからです。そこで、大気中に強制的に氷滴を作るような物質を散布すれば、雨を降らせることができるという訳です。ヨウ化銀AgIは、水が結晶化する際の種となることができます。そのため、ヨウ化銀AgIの粒子を大気中に散布すると、それを核にして雲が発生し、雨を降らせることができます。ヨウ化銀AgIの場合は、地上に設置した発煙炉から煙状にして、雲に到達させる方法もあります。ただし、ヨウ化銀AgIには毒性があるため、環境に与える影響を懸念する声もあります。

ハロゲン化銀は、アンモニア水やチオ硫酸ナトリウムNa2S2O3水溶液、シアン化カリウムKCN水溶液には溶解して、無色の溶液となります。これは、ハロゲン化銀が錯イオンの塩となって、水溶性になったためです。ただし、ハロゲン化銀の中でも、ヨウ化銀AgIは共有結合性が特に強いために、溶解度が極めて小さく、水1 Lに対して10-8 mol程度しか溶解しません(Ksp=1×10-16)。そこへアンモニア水を加えても、0.1 mol/Lのアンモニア水1 Lに対し、10-5 mol程度までしか溶解度が上がらないので、事実上、ヨウ化銀AgIはアンモニア水には溶解しません。

 

.5  ハロゲン化銀の溶解反応

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また、銀Agは、酸に対して化学的に安定ですが、酸化力の強い硝酸HNO3や熱濃硫酸H2SO4には溶解して、銀(I)イオンAg+ を生成します。ただし、銀Agは王水(aqua regia)には溶けにくいです。王水は、濃塩酸HClと濃硝酸HNO331で混合したものであり、非常に強い酸化力を示しますが、王水に含まれる塩素Cl2と反応してできる塩化銀AgClが、金属表面に不溶性の酸化被膜を形成して、反応の進行を妨げるのです。

 

2Ag + 2H2SO4(heat.conc) → Ag2SO4 + SO2 + 2H2O

3Ag + 4HNO3(dil) → 3AgNO3 + NO + 2H2O

Ag + 2HNO3(conc) → AgNO3 + NO2 + H2O

 

無色の硝酸銀AgNO3水溶液に、塩基を少量加えると、暗褐色の酸化銀(I) Ag2Oが沈殿します。なぜ生成物が、水酸化銀(I) AgOHではないのかと思うかもしれませんが、水酸化銀(I) AgOHは、熱力学的に不安定な化合物であり、室温程度の熱で容易に分解して、酸化銀(I) Ag2Oと水H2Oになってしまうのです。また、酸化銀(I) Ag2Oを空気中で加熱すると、熱分解して、金属銀Agが生成します。

 

2Ag+ + 2OH- → Ag2O↓(暗褐) + H2O

2Ag2O (加熱) 2Ag + O2

 

酸化銀(I) Ag2Oの沈殿は、アンモニア水などを過剰量加えることにより、沈殿が溶解して、無色の溶液となります。これは、沈殿が錯イオンの塩となり、水に溶けやすくなったからです。

 

Ag2O + 4NH3 + H2O → 2[Ag(NH3)2]+(無色) + 2OH-

 

(9)

(gold)は、貴金属の一種であり、単体の金属として古くから知られていました。金Auは、化学的に非常に安定であるため、化合物を作らずにそのままの形で自然界に存在しています。そのため、精練が必要な鉄Feなどより、早くから人類が発見し、利用できたのです。イギリスの貴金属調査会社トムソン・ライターGFMS社の統計によれば、これまでに採掘および精製加工された金Auの総量は、2014年時点で183,600 tだといいます。

Auは、金色と呼ばれる光沢のある黄色い金属固体であり、延展性に非常に優れ、最も薄く延ばすことができる金属です。平面上に延ばしたものを金箔といい、糸状に延ばしたものを金糸といいます。1 gの金Auを糸状に延ばすと、なんと2,800 mにもなるといわれています。金箔は、表面装飾に用いられることが多く、金閣寺に代表される建築物の外装や内装など、多くのものに対して利用されます。金糸は豪華な衣装を作るために、綿や絹など一般的な繊維素材と併用されます。

金箔は、金Auを叩いて薄く延ばして作ります。しかし、ただ叩けばよいというものではありません。極少量の金Auの薄板を紙の間に挟み、これを100枚程度重ねて束にしたものを、箔師と呼ばれる伝統技能士が、ハンマーで叩くのです。すると、金Auは薄く一様に広がって、美しい輝きを持った金箔になるのです。

また、この紙は、箔紙という30 cm角ほどのものですが、ただの紙ではありません。特別に漉いた美濃紙を、「特別な水」に半年ほど漬け込み、それを乾燥させたものを用います。この水ですが、わら灰や卵白、柿渋など、箔師の家に伝わる、秘伝の調合に従ったものです。この紙は、一度作ってしまうと、何回でも繰り返して使うことができます。そして、弱っていよいよダメだということになると、最後の出番が待っています。10 cm角ほどに切られて祇園に行き、舞妓や芸妓の化粧を落ち着かせる油取り紙になるのです。金属を叩けば薄くなるのは道理ですから、金Auを挟む紙は、特別なものでなくともよいであろうということで、上質のコピー用紙に挟んで金Auを叩いた実験があります。しかし、ボロボロの穴だらけで、金箔といえる代物ではなかったといいます。やはり、秘伝の箔紙でないと、あの美しい金箔にはならないのです。

 

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.13  金閣寺には約20 kgの金箔が使用されている

 

 金Auのイオン化傾向は、あらゆる金属の中で最も小さく、空気中では浸食されません。熱や湿気、酸素O2、その他ほとんどの化学的腐食に対して非常に強く、永遠に美しく輝き続けるものは、金Au以外にはありません。そのため、貨幣の材料や装飾品として、古くから用いられてきた歴史があります。また、電気伝導性も高く、変質しないので、最良の電気接点となります。

極めて細い接点で2つの回路が接続されているとき、わずかでも腐食が起これば、接続異常が起こります。それ故に、精密電子機器には金Auが使われており、そうした機器から金Auを取り出すリサイクル事業も、ビジネスとして成立します。国立研究開発法人国立環境研究所の資源循環・廃棄物研究センターによると、1 tパソコン基盤からは約140 gの金Auが取り出せるということです。実際の金鉱山から採掘した場合、1 tの金鉱石からは約35 g程度の金Auしか取ることができないので、「都市鉱山」は無視できない存在です。2008年に独立行政法人物質・材料研究機構が行った調査では、日本にこのような都市鉱山として存在する金Auの総量は約6,800 tにもなり、これは、全世界の金Auの現有埋蔵量の約16 %にもおよぶ量です。

 

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.14  「都市鉱山」という観点でみると、日本は世界有数の資源大国である

 

 また、金Auは純粋な金属として用いられる他、別の金属を混ぜて合金とされることもあります。その際、金Auの含有量を表す指標として、「K(カラット)を用います。これは、純金を24 Kとして、金Auの純度を表したものです。例えば、21.6 Kの金貨ならば金Auの割合は90%(21.6/24=0.90)18 Kの装飾具ならば金Auの割合は75%(18/24=0.75)14 Kの万年筆の金ペンならば金Auの割合は58.3%(14/24=0.583)で、残りは別の金属という訳です。純金は、硬度がそれほど高くないので、金Auの実用品は、18 Kのものが有名です。

 名古屋城は、天守閣のシャチホコで有名です。名古屋城が最初にできたときのシャチホコは、慶長小判1,940枚を鋳潰したもので、純度は20 K、金Auの質量は320 kgもあったといわれています。しかし、その後、尾張藩の財政が逼迫すると、質の悪い金Auに張り替えられていきました。最後は10 Kだったとも、8 Kだったともいいます。すなわち、金Auのシャチホコは、尾張藩の「貯金箱」でもあったのです。

 シャチホコは、第二次世界大戦の空襲で焼け落ち、その際に融解した金Auは、進駐軍によって接収されました。1967年に名古屋市に返還されましたが、そのときの質量は、わずか6.6 kgに過ぎませんでした。現在のシャチホコは、18 Kの薄板を張ったもので、金Auの重量は、一対で88 kgといいます。

また、金Auは、酸化力の強い熱濃硫酸H2SO4や硝酸HNO3に対しても安定であり、ほとんど反応しませんが、王水には反応して、溶解します。これは、以下の反応より、王水中で、塩化ニトロシルNOClと塩素Cl2が生成するからです。塩化ニトロシルNOClは、酸化力が非常に強く、ほとんどの金属を酸化することができます。

 

3HCl + HNO3 → NOCl + Cl2 + 2H2O

Au + NOCl + Cl2 + HCl → H[AuCl4] + NO

 

王水と金Au にまつわるエピソードとして、こんなものがあります。第二次世界大戦中にデンマークに滞在していたハンガリーの化学者であるゲオルク・ド・ヘヴェシーは、デンマークがナチス・ドイツに占領されて、ドイツ軍に追われる身となりました。ヘヴェシーはそのとき、ナチス政権に反対していたドイツの物理学者であるマックス・フォン・ラウエとジェイムス・フランクから、ノーベル物理学賞の金メダルを預かっていたのです。メダルといえども、金Auを国外へ持ち出すことは禁止されていたので、ヘヴェシーは金メダルを王水に溶かして、それをニールス・ボーア研究所の実験室に隠して、スウェーデンへ亡命しました。戦後、実験室に戻ってみると、王水の瓶は無事でした。ノーベル賞を発行したノーベル財団は、その経緯を知ると、その溶液から取り出した金Auを使ってメダルを復元し、二人に改めてメダルを贈りました。ノーベル財団の粋な計らいです。

 金Auでは、酸化数で+1+3が安定であり、特に酸化数+3が安定です。金(I)イオンAu+ には、水酸化物やハロゲン化物が存在します。金(I)イオンAu+ は、水溶液中で不均化反応を起こして、安定な金(III)イオンAu3+ と金Auに変化しやすいです。一方で、金(III)イオンAu3+ では、水酸化物や酸化物、ハロゲン化物などが知られています。金化合物は一般的に不安定であり、光の作用により分解して、単体の金Auを遊離しやすいです。

 

3Au+ → Au3+ +2Au

 

 金Auのもう1つの特色は、重いということでしょう。金Auの比重は19.3であり、銀Ag(比重10.5)2倍もあります。ギリシア時代の科学者アルキメデスが、純金製であるはずの王冠に銀Agが混ぜられていることを証明するのに、密度を用いたという話があります。これは、金Auと銀Agでこのような比重の違いがあるからこそ、できた証明法といえます。最近は、この密度を逆手に取った犯罪がありました。タングステンWの塊に金めっきしたものを、金塊として売ったというものです。これは、タングステンWの比重が、金Auと同じ19.3であることを悪用したものです。タングステンWの偽金塊を見抜くためには、蛍光X線検査や、超音波が内部を伝わる速さの検査などが必要になります。

また、金Auは人体に対して、良くも悪くも影響しないといわれていましたが、最近では、金Auを用いた医薬品が注目されています。金チオリンゴ酸ナトリウム(商品名シオゾール)という化合物が、リウマチに効くことが明らかになったのです。リウマチは自己免疫疾患であり、有効な薬物がほとんどありませんでしたが、金チオリンゴ酸ナトリウムの開発を契機に、有効な医薬品が、次々と開発されるかもしれません。

 

.15  抗リウマチ薬として用いられる金チオリンゴ酸ナトリウム


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・参考文献

1) 齊藤烈/藤嶋昭/山本隆一/19名「化学」啓林館(2012年発行)

2) 卜部吉庸「化学の新研究」三省堂(2013年発行)

3) セオドア・グレイ「世界で一番美しい元素図巻」創元社(2011年発行)

4) 平尾一之/田中勝久/中平敦「無機化学」東京化学同人(2013年発行)

5) 斉藤勝裕「最強の「毒物」はどれだ?」技術評論社(2014年発行)

6) 左巻健男「面白くて眠れなくなる元素」PHP研究所 (2016年発行)

7) 齋藤勝裕「へんな金属すごい金属」技術評論社(2009年発行)