・おいしさの科学


(1)おいしさとは何か?

私たちが食べ物を口に含んだとき、「おいしい」と感じる要因は何でしょうか?「おいしさ」とは、「味」「香り」「食感」「音」「記憶」など、様々な要因によって決定される、複雑な感覚です。さらに、おいしさは、そのような直接的な要因だけではなく、間接的な要因にも左右されることが分かっています。

例えば、私たちは激しい運動のあとでは、塩味や甘味の強い食べ物が、普段よりも格段においしく感じます。その他には、海外旅行中に、和食がとてもおいしく感じられたり、テレビや雑誌で評判の食べ物がおいしく感じられたり、病気のときに栄養のある食べ物がおいしく感じられたりなど、様々な要因が考えられます。この「おいしさの科学」では、複雑な感覚である「おいしさ」について、科学的な視点から説明をしたいと思います。

 

(2)味の基本5要素

皆さんは、「味」というものは、一体いくつあるのかご存知ですか?一般的には、「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「うま味」の5つの味覚があるといわれていますが、実は「味」というものは、文化や地域によって、捉え方が少し違うのです。1916年、ドイツの心理学者であるヘニングは、世界のどこの人々でも感じる味覚として、「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」を提唱しました。これは、味の5基本味のうち、「うま味」を除いた4基本味です。なぜヘニングは、うま味を基本味に加えなかったのでしょうか?これには、文化的な理由があったのです。

欧米では、土壌や川の水が、カルシウムなどのミネラルを多量に含む硬水であり、古くから硬水を料理などに用いてきた欧米人は、基本味以外に金属味を感じることができると考えられています。それに対して、私たち東洋人は、古くから味噌や鰹節などのアミノ酸を多く含む発酵食品を食べてきたので、うま味をよく感じることができると考えられています。

特に日本では、出汁を使う料理が多く、このうま味がなくては、日本食は考えられないといっても過言ではありません。日本では、1908年に東京帝国大学(現在の東京大学)の池田菊苗が、「グルタミン酸塩を主成分とせる調味料製造法」の特許を取得。翌1909年、東京化学会誌に「新調味料に就きて」という題の論文(池田菊苗、東京化学会誌、30820-836(1909))を発表しました。この論文で、池田は昆布のうま味成分として、グルタミン酸塩の抽出に成功したことを述べたのです。そして、この1909年には「味の素」が売り出され、世界的にもユニークなアミノ酸工業が誕生しました。現在の味の素株式会社の発端です。

このため、「うま味」は、「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」のどれにも属さないとして、日本では、古くからうま味を基本味に加えて認識していました。しかし、欧米では、グルタミン酸などのうま味を味わう料理が発展していなかったので、長らくうま味を除く4基本味が支持され続け、うま味の存在が認められたのは、つい最近のことなのです。これら「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「うま味」の5基本味は、舌上にある味蕾細胞を介して感じる味であり、生理学的には、この5つが味覚であるといえるため、現在では、ヘニングの説にうま味を加えた5つの味を、基本味としています。

しかし、私たちには、普段感じる味覚として、「辛味」「渋味」「冷味」「刺激味」などの味があります。これらと5基本味の違いは、何なのでしょうか?「辛味」「渋味」「冷味」「刺激味」と5基本味との決定的な違いは、これらの味覚は、味蕾細胞を介することなく、直接神経を刺激して、大脳新皮質味覚野に伝達されるということです。誤解を恐れずにいうなら、これらは味覚というよりも「痛覚」なのです。

例えば、辛味成分であるカプサイシンを、目などの粘膜に触れさせると、ヒリヒリと痛みます。これは、辛味を味蕾細胞で感じていないことの確かな証拠です。辛味は、味覚神経ではなく、温度・痛み・圧力などを感じる三叉神経によって感じるのです。

なお、渋味については、苦味と似ていますが、どちらもタンニンやカテキンなどが、味蕾細胞のタンパク質を変性させることで感じる味覚であり、生理学的には、同一の味覚を指します。味覚の差は、苦味物質の混合比率や濃度により変化するので、渋味も5基本味に加えて、第6の味とすることもあります。

 

a.png

.1  食味の関係(図はこちらより引用しました)

 

(i)甘味

 糖分は、人間に最も必要とされるエネルギー源であり、これが含まれる食べ物は、大体おいしく感じます。この理由は、甘いものを食べたときに、その刺激により、脳内でβ -エンドルフィンなどの麻薬様物質が分泌され、報酬系に働きかけて、快の感覚を生じさせるからです。このため、甘味は特殊な味覚となっているということができます。

甘味を感じる代表的な物質としては、砂糖などの糖類があります。砂糖の原料であるサトウキビは、すでに紀元前2000年頃には、インドで栽培されていたらしく、貴重な甘味資源として、次第に世界中に広まっていきました。砂糖の主成分はスクロース(ショ糖)であり、スクロースは世界中で広く、また大量に使用されています。

 756(天平勝宝八歳)、奈良東大寺の正倉院に奉納された60種の薬物の中に、約630 gほどのスクロースもあったことが、その薬物のリストである「種々薬張」に記載があります。当時、砂糖は医薬品としての用途があり、栄養状態の悪かったこの時代においては、カロリーの高い砂糖を与えるだけで、病人が元気を回復したケースが多かったのでしょう。ただし、このスクロースの現物は残っていません。虫にでもやられたのでしょうか。それとも、古代の人々がすべて舐めてしまったのでしょうか。

 スクロースの他、麦芽糖(マルトース)やブドウ糖(グルコース)、果糖(フルクトース)なども甘味を呈する糖類です。近年では、虫歯を予防する効果があるとして、キシリトールが注目され、ガムなどに配合されています。しかし、キシリトールは、虫歯の原因となる口内細菌(ミュータンス菌など)に代謝されて、酸を生じることがないというだけで、虫歯を治療する積極的な効果はありません。なお、キシリトールはスクロースと同程度の甘味を持つのに、カロリーは4割ほど低いですから、ダイエット効果はあるかもしれません。糖類以外では、アミノ酸のグリシンにも甘味があります。実際、カニの甘味の主成分はグリシンです。グリシンは、最も簡単なα -アミノ酸として知られています。

 スクロースよりも甘い化合物は、1879年に偶然発見されました。ジョンズ・ホプキンス大学で、コールタールの研究に従事していた研究員コンスタンチン・ファールバーグが、たまたま自分の合成した物質を口に入れてしまい、これが異常に甘いことに気が付いたのです。当時は、化学物質の害がよく知られておらず、合成したものを舐めることに、抵抗のない時代でした。今では考えられない――といいたいところですが、このような偶然で発見された化合物は、他にもたくさんあります。ファールバーグは、この化合物の特許を取得し、量産方法も確立して、「サッカリン」の名で発売します。スクロースの300倍も甘く、体内で吸収されないので、カロリーはほとんどないという、夢のような甘味料の登場でした。彼の研究室の教授が、「自分に無断で特許を取って儲けたのはけしからん」と激怒したほどに、その売り上げは莫大でした。

 サッカリンの成功を追うようにして、チクロやズルチン、アスパルテーム、アセスルファムカリウムのような、化学合成された甘味物質が相次いで登場しました。これらは、いずれもスクロースの数十倍から数百倍の甘味を有し、合成甘味料と総称されています。これらの合成甘味料の中で、チクロとズルチンは、安全性に関する疑問から、日本では使用禁止になっています。しかし、サッカリンやアスパルテーム、アセスルファムカリウムは、食品添加物としての使用が認められています。サッカリンは独特の苦味を伴い、アスパルテームはスクロースに近い甘味を持つとされています。また、アセスルファムカリウムもスクロースに近い甘味を持っており、食品添加物として有望視されています。なお、チクロは日本では許可されていませんが、EUや中国では許可されています。

 一方で、植物由来の糖類以外の甘味物質も、種々発見されています。例えば、その1つは中国原産のマメ科の甘草の成分であるグリチルリチンです。グリチルリチンには、スクロースの約170倍の甘味があります。さらに、パラグアイ原産のキク科植物のステビアの甘味主成分であるステビオシドは、スクロースの約300倍の甘味を呈し、現在実用化されている天然甘味料の中では、最高の甘味を持つとされています。ステビオシドには、整腸作用や抗ガン作用を持つ可能性が指摘されており、日本では清涼飲料水(ポカリスエットなど)の甘味料などに応用されています。ステビアは庭での栽培も簡単で、春先になると苗木を買うこともできます。生の葉も凄まじい甘味があり、それをハーブティーなどに入れると美味しく飲めるといいます。

 こうして見ると、甘味を持つ物質というのは、糖類以外にもたくさんあることが分かります。甘味と化学構造の関係は、現在でも完全に解明できていません。甘味を持つ物質の構造には、呆れるくらい何の共通点もないのです。また、糖尿病の発症メカニズム、体内で糖が果たしている役割などについても、まだまだ未解明の部分が大きいです。「甘味」というものは、生化学に残された、重要なフロンティアの1つなのです。

 

(ii)塩味

 塩味と酸味は、どちらもイオンが味蕾細胞のチャネルを通過することによって感じます。塩味の代表といえば、塩化ナトリウムNaClですが、塩化ナトリウム以外は、塩味と認識しにくいです。減塩としてよく塩化カリウムKClが使用されますが、塩化ナトリウムと比べて苦味があって、あまりおいしくはありません。他にも塩味を示す化合物は数多くありますが、どれも違和感が残ります。

また、塩化ナトリウムNaClでは、ナトリウムイオンNa+ か、それとも塩化物イオンCl- か、どちらが塩味の主役なのかが長年論じられてきました。しかし、今ではやはり、ナトリウムイオンが主役であると結論されています。しかし、塩化物イオンなどの陰イオンも、塩味に影響を与えることが分かっており、陰イオンが塩化物イオンであるとき、つまり構造が塩化ナトリウムのときに、塩味を一番強く感じることが分かっています。

 

(iii)酸味

 酸味は、塩味と同様に、イオンが味蕾細胞のチャネルを通過することによって感じます。酸味を感じるイオンは、水素イオンH+ です。したがって、酸味は、食材の発酵や腐敗によって生じた酢酸、あるいは果物などに含まれるクエン酸などの、酸性を示す化合物で感じます。他には、乳酸やコハク酸、フマル酸、アスコルビン酸(ビタミンC)、リン酸などが酸味を呈し、食品添加物(酸味料)として応用されています。以上で取り上げた中で、リン酸は無機化合物ですが、他の酸はいずれも有機化合物です。コハク酸は、貝類のうま味成分としても知られています。なお、学校の化学で習う塩酸や硫酸などの酸も、毒性はありますが、味わえばきちんと酸味を感じるはずです。

 シュウ酸は、スカンポとも称されるタデ科のオオイタドリやスイバの酸味成分として知られていますが、私たちの体内に入ると、カリウムイオンK+と結合してしまうことから、カリウム欠乏症を呈します。そのため、シュウ酸は、山菜などをたべるときには、灰汁抜きによって捨て去られるべき化合物の1つです。

また、梅干などの酸味の強い食べ物を食べると、唾液が大量に分泌されますが、これにはきちんとした理由があります。唾液には、炭酸水素イオンHCO3-などのイオンが含まれており、唾液は、酸性を弱める緩衝液になっているのです。そのため、酸を含んだ食べ物を食べると、唾液が大量に分泌され、唾液の緩衝作用により、中和反応が進行して、酸味が和らぐのです。よく夏みかんを食べるときに、重曹(炭酸水素ナトリウムNaHCO3)を夏みかんに振り掛けて食べたりしますが、これは、重曹の緩衝作用を利用したものです。

 

HCO3- + H+ → CO2 + H2O

 

なお、酸味に関する面白い研究としては、ミラクルフルーツという果実に含まれる「ミラクリン」というタンパク質を舐めておくと、どんなに酸っぱいものでも、甘く感じてしまうということが知られています。これは、ミラクリンがヒトの甘味受容体に結合すると、酸性の条件下であっても、この甘味受容体を活性化させる働きがあるためだと考えられています。その結果、どんなに酸っぱいものでも、甘く感じることになるのです。カロリーを摂らなくても甘く感じる訳ですから、この成分を上手く利用して商品化すれば、甘いものへの依存が和らぎ、肥満や生活習慣病に悩む人々の体質改善にも、役立てられるかもしれません。

 

(iv)苦味

 苦味は、他の4つの基本味と異なり、「危険信号」の意味合いが強いです。子供が苦い食べ物を初めて口にしたときに、思わず口から吐き出してしまうように、もともと苦味というものは、「毒の味」と認識されていたのです。

例えば、毒として有名なトリカブトやジャガイモの芽には、アコニチンやソラニンなどの、「アルカロイド」と呼ばれる種類の毒が含まれています(毒の科学を参照)。ほとんどのアルカロイドは苦味を持ち、植物は動物から自身を防御するために、アルカロイドを生産する能力を進化の過程で身に付けたといわれています。タバコに含まれるニコチンや、茶やコーヒーに含まれるカフェインも、すべてアルカロイドの仲間であり、いずれも苦味を持つ物質です。

子供の嫌いな野菜といえばピーマンですが、ピーマンの苦味も、アトロピンと呼ばれるアルカロイドが原因であるといわれています。ただし、ピーマンに含まれるアトロピンは微量なので、普通に食べる分には、何も心配する必要はありません。つまり、子供のピーマン嫌いは、動物としては自然な反応であり、苦味は「毒を予測するセンサー」でもあったのです。

実際にそういう役割もあり、苦味を感じる舌の感度は、甘味の1,000倍以上です。しかし、コーヒーや魚の内蔵などの苦味を持つ食品を愛好する人も多く、適度な苦味は、逆においしいと親しまれる場合もあります。これは、人間が成長して経験を積むとともに、苦くても毒ではないと、学習できるからだと考えられます。苦い食べ物が苦手な人でも、訓練すれば、食べられるかもしれません。

なお、アルカロイド以外にも苦味を持つ物質があり、ビールに含まれるホップの成分や、サフランの成分が代表的です。ホップはクワ科のホップの花を集めたもので、ビールの製造に使用されます。その苦味の主成分として、フムロンが知られています。

一方で、サフランとは、アヤメ科のサフランのおしべを集めて、乾燥させたものです。サフランにはわずかに苦味があり、この苦味の主成分は、ピクロクロシンという物質です。サフランは、医薬品あるいはハーブとして使用される他、パエリアなどの料理にも使われ、さらに、天然の黄色色素としても使用されています。サフランの黄色を示す主成分は、クロシンです。クロシンは、クチナシの果実(山梔子)にも含まれています。

 

(v)うま味

 うま味は、昆布などに含まれるグルタミン酸の他に、シイタケに含まれるグアニル酸や、鰹節に含まれるイノシン酸、貝類に含まれるコハク酸、玉露などの茶に含まれるテアニンなどによって感じます。グルタミン酸は、タンパク質の原料になるアミノ酸の一種で、イノシン酸やグアニル酸は、DNAの原料となるヌクレオチドの一種です。特にグルタミン酸は、脳内では記憶・学習・認知などの脳高次機能に、重要な役割を果たす神経伝達物質でもあります。

うま味は、並木満夫が世界食品科学工学会で「umami」と世界中に宣言して以来、日本だけではなく、世界中でうま味をそのまま「umami」と使用することが、今でもあります。しかし、うま味を英語における「savory」(肉料理の風味がある)や「brothy」(肉の煮汁の風味がある)と表現する場合もあるように、うま味物質というものは、もともとタンパク質をふんだんに含む肉類に多く含まれているのです。つまり、うま味物質は「タンパク質の存在を知らせるセンサー」にもなっており、タンパク質やDNAの原料となる非常に重要な物質なので、食べるとおいしいと感じるのでしょうね。

しかし、うま味物質の中には毒性のあるものもあり、ベニテングタケやイボテングタケなどのキノコに含まれるイボテン酸は、グルタミン酸よりも一層強いうま味を感じさせますが、中枢神経系に存在するグルタミン酸受容体に作用して、強い毒性を示します。イボテン酸を含むキノコは、うま味調味料を振りかけたような食味で、非常に美味であるといわれています。

 

maxresdefault.jpg

.2  ベニテングタケの傘の表面のイボはうま味成分のイボテン酸の塊

 

(vi)味蕾細胞

 つい最近まで、「舌の先端に甘味や塩味を感じる部分があり、舌の奥に苦味を感じる部分がある」というような、舌の上には味覚地図があるという誤った説が、学校の教科書だけではなく、医学の専門書にまで掲載されて信じられていました。そもそも、この説を世に広めたのが、栄養学者でも生理学者でもないエドウィン・ボーリングという心理学者であり、誰でも簡単な実験をすれば誤りであると分かることなのですが、一度権威のある専門書に載ってしまうと、なかなかそれを疑うことができなかったのです。

1974年には、ヴァージニア・コリングスがボーリングの実験データを再確認する実験を行い、「舌の部位によって感じる基本味の感度には変化が認められたものの、それは非常に小さく取るに足らないものである」と結論付けています。しかし、ワイングラスメーカーは、感度の変化があるという部分のみを強調し、それ以外の実験データを無視したのです。ワイングラスメーカーによると、ワイングラスはその独特的な形状のために、ワインを飲むときは顔を垂直以上に傾ける必要があり、そうすることで舌の奥までスッとワインが届き、ワインを舌の両側にある酸味を感じる部分に触れさせずに楽しむことができるというのです。つまり、ワイングラスメーカーは、その形状の科学的な裏付けが欲しかったのだと思われます。このような影響もあって、未だに味覚地図を信じている人がいるのも事実です。

 

a.png

.3  エドウィン・ボーリングの味覚地図は誤りだった

 

舌の上には、乳首の形をした三種類の乳頭(有郭乳頭, 葉状乳頭, 茸状乳頭)があります。乳頭は舌だけではなく、喉や軟口蓋にも存在しており、ビールや水などの喉越しのうまさは、この部分で感じることが分かっています。乳頭のそれぞれには味蕾細胞があり、食べ物を口に入れて噛むと、咀嚼運動によって味分子は唾液中に溶解し、それが味蕾細胞の受容体に結合することで脳に情報が伝わって、味を感じると考えられています。5基本味のうち、甘味とうま味にはそれぞれに対応した受容体があり、塩味と酸味はイオンがイオンチャネルを通過することによって味を感じます。一方で、苦味は特定の受容体がなく、甘味やうま味の受容体に結合することによって味を感じていると考えられています。

また、最近の研究では、胃にもうま味受容体があることが判明しています。胃には、脳神経の1つである迷走神経が延びていますが、この迷走神経は、グルタミン酸のようなうま味物質だけに反応します。つまり、おいしいものを食べると、胃でもうま味をキャッチし、脳にその情報が伝わります。その結果、脳の指令によって、胃の消化が進みます。うま味の多いおいしいものを食べることは、胃の消化を促してくれる面もある訳です。

ところで、2008年に、カルシウムに反応する2種類の受容体が、マウスにあることが判明しました。この受容体の遺伝子と似た遺伝子が人間にもあることから、カルシウム味が基本味の1つになる可能性があります。

さらに2010年には、オーストラリアのディーキン大学の研究者たちが、脂肪味も基本味に加えるべきだと主張しています。研究によると、脂肪味には閾値があり、脂肪味に対して敏感な人もいれば、そうでない人もいて、人によって様々であることが分かったそうです。この研究の面白いところは、脂肪味に対して敏感な人は、脂肪の少ない食品でも満足でき、体重増や肥満が少ない傾向にあるということです。肥満傾向にある人は、脂肪味を感じにくくなっているために、つい脂肪分を摂りすぎているのかもしれません。

 

(3)うま味調味料は危険なのか?

 日本語で「おいしい!」というところを「うまい!」ということもあるように、日本人にとって、「おいしさ」と「うま味」というものは、切っても切り離せない関係にあります。しかし、「おいしさ」と「うま味」というものは、同じものではありません。「うま味」は味覚の1つであり、「おいしさ」とは味覚などを統合した感覚なのですから。

今や「うま味」というものは、「味の素」や「味覇(ウェイパー)」などの化学調味料の普及によって、私たちの食卓に身近なものとなっています。うま味調味料の代表格といえば「味の素」ですが、味の素をはじめとして、多くの化学調味料は、その安全性に疑問を持たれていることが多いです。例えば、うま味物質には発ガン性があるとか、神経毒性があるとか・・・・・・。世間には、そのようなぞっとする記述が目立ちます。まず先に断言しておきますが、うま味調味料は普通に使用する分には何の危険性もありません。むしろ、うま味調味料を上手く活用することによって、料理のレベルは何段階も上がるのです。

 うま味物質の中でも、一番有名なのはグルタミン酸です。味の素は、グルタミン酸のナトリウム塩であるグルタミン酸ナトリウムが主成分(97.5wt%)であり、ほぼ純粋なグルタミン酸ナトリウムと考えることができます。味の素の残りの成分(2.5wt%)は、イノシン酸などの核酸系なので、味の素は、100%うま味物質であるということができます。

ところで、なぜ味の素は、わざわざグルタミン酸のナトリウム塩を使用しているのかご存知ですか?私たちの舌は、グルタミン酸であろうとグルタミン酸ナトリウムであろうと、同じようにうま味を感じることができます。ほとんどのうま味調味料で使われているグルタミン酸はナトリウム塩ですが、わざわざナトリウム塩にしている理由は、グルタミン酸のままでは、うま味の他に酸味も感じてしまうからです。

グルタミン酸は、カルボキシル基(-COOH)を持つため、水素イオンH+を電離して、酸味を感じさせてしまいます。したがって、グルタミン酸をナトリウム塩にすることによって酸味を消し、グルタミン酸のうま味を、上手く引き出しているのです。しかし、ナトリウム塩にすると、塩味も出てしまうのではないかと思う人もいるかもしれません。確かに、グルタミン酸はナトリウム塩にすると、電離するナトリウムイオンNa+によって、塩味も出てしまいます。しかし、塩味とうま味の相性は、抜群に良いことが分かっているので、ナトリウム塩でも、調味料として成立しているのです。実際に、味の素をそのまま舐めたことがある人は分かると思いますが、味の素には食塩は一切含まれていないはずなのに、ほんのり塩味がすると思います。これは、ナトリウムイオンNa+の影響であると考えられます。

 

a.png

.4  グルタミン酸とグルタミン酸ナトリウムの構造式

 

このように、うま味調味料には、グルタミン酸をナトリウム塩として使用する理由がきちんとあるのですが、それを逆手に取って、「グルタミン酸は天然に存在するうま味分子だから安全だが、うま味調味料は人工的に製造したナトリウム塩だから危険だ」などと非難する人がいます。確かに、天然の昆布などにはグルタミン酸が多く含まれていますが、本質的には、グルタミン酸もグルタミン酸ナトリウムも同じ物質なのです。水素イオンH+やナトリウムイオンNa+などの陽イオンを電離した状態のグルタミン酸イオンが、うま味を感じさせる物質なのですから、この議論は全くの無意味なのです。

ただ、ナトリウム塩にして何か弊害があるとすれば、それは、塩分の摂り過ぎに繋がりかねないということです。グルタミン酸ナトリウムのモル質量は、食塩の約2.9倍なので、グルタミン酸ナトリウムを29 g摂取すれば、それは食塩を10 g摂取したことと同じことになります。また、グルタミン酸ナトリウムは塩味を感じにくく、大量に摂取しても気付きにくいので、使用するときは特に注意が必要です。

1960年以降から社会問題となっているグルタミン酸ナトリウム症候群(チャイニーズレストランシンドローム)も、グルタミン酸の摂り過ぎによるものではなく、単なる塩分の摂り過ぎによるものなのではないかと、私は思っています。食塩の半数致死量LD50値は3.5 g/kgですが、グルタミン酸のLD50値は20 g/kgです。LD50値は、値が小さいほど危険性が高まるので、グルタミン酸よりも食塩の方が、むしろ毒性が強いとも考えられます。ちなみに、グルタミン酸のLD50値は20 g/kgなので、体重60 kgの人が1200 gのグルタミン酸を一度に摂取すると、その半数が死亡する計算になります。しかし、これほどの量を一度に摂取するというのは、まず考えられません。

 

(4)グルタミン酸ナトリウム(MSG)

 グルタミン酸ナトリウムは、英語だと「Monosodium Glutamate」と発音し、食品業界では、頭文字を取って「MSG」と呼んでいます。また、グルタミン酸はアミノ酸なので、「調味料(アミノ酸)」と表記されることも多いです。

グルタミン酸ナトリウムの製造法については、当初は小麦粉や石油由来成分であるアクリロニトリルからの合成で試行錯誤していましたが、現在は、サトウキビを原料として、含まれる炭水化物を、ミクロコッカス・グルタミカスという微生物の働きで、発酵させて製造しているようです。昭和29年に取得された免許によると、100 gのグルコースから、約40 gのグルタミン酸を得ることができるとあります。現在の製造法の詳細は不明ですが、基本は同じ方法で製造していると思われます。

グルタミン酸ナトリウムを料理に添加するとき、グルタミン酸ナトリウムは多ければ多いほどうまいと、食塩のようにダバダバと振り掛ける人がいます。しかし、それは間違っています。一般的にあらゆる感覚の強さは、与えられた刺激の強さに比例しないのです。これは心理学では、スティーヴンスのべき法則と呼ばれ、以下のように表せます。

 

R = kSn

 

ここで、Sは刺激の強さ、Rは刺激による感覚量、nは刺激の種類によって定まる指数で、kは刺激の種類と使用する単位によって決まる比例定数です。味覚の場合は、n1より小さくなることが多く、そのために、料理で加える調味料を増やしていっても、感覚量は必ずしも比例せず、ある感覚量に収束していきます。

 

a.png

.5  味覚の強さと調味料の量の関係

 

グルタミン酸ナトリウムは、わずか0.03wt%の水溶液でも、うま味を感じる化学物質です。グルタミン酸ナトリウムを大量に加えるのは、塩分の摂り過ぎにもなり、身体の健康に良くありません。グルタミン酸ナトリウムのようなうま味調味料は、料理にほんの少し、隠し味程度に加えるだけで良いのです。

また、グルタミン酸ナトリウムは、だ液にも少量含まれており、甘味や塩味などの味を際立てたり、抑えたり、まろやかにしたりする側面も持っています。唾液が少ないときに、味が薄く感じることがあるのはそのためです。だ液を洗い流す作用があるアルコールの肴が、塩辛い味にならざるを得ないのも理解できます。

それでは、具体的にグルタミン酸ナトリウムは、料理にどのくらい添加すれば、一番おいしく感じるのでしょうか?その結論に触れる前に、次の図.6に、「うま味」と「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」との関係グラフを示します。

 

無題.png

.6  グルタミン酸ナトリウム(MSG)と「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」の関係(太田静行「うま味調味料の知識」幸書房より一部改め引用)

 

スクロースは「甘味」、塩化ナトリウムは「塩味」、酒石酸は「酸味」、キニーネは「苦味」を感じる物質です。グラフは、それぞれの濃度について、グルタミン酸ナトリウムが100%のときの「うま味」の強さを100として、相対的に「うま味」の強さを示しています。4つのグラフからいえることは、塩化ナトリウムとグルタミン酸ナトリウムの相性が、抜群に良いということです。他の物質については、いずれの濃度でも、グルタミン酸ナトリウムの「うま味」が弱くなってしまいますが、塩化ナトリウムだけは、ある濃度においては、逆に「うま味」を強めていることが分かります。

また、グルタミン酸ナトリウムの量が多すぎても少なすぎても、強いうま味が得られないというのは、大変興味深いです。これは、単純にグルタミン酸ナトリウムの量が、うま味に相関しないということを、如実に示しています。つまり、グルタミン酸ナトリウムのうま味を最大限に引き出すには、塩化ナトリウムすなわち食塩の濃度に合わせて、グルタミン酸ナトリウムの分量を決めてやれば良いのです。

 それでは、いったいどのくらいの比率で、グルタミン酸ナトリウムと食塩を使用すれば良いのでしょうか?グラフより、80 mmolのグルタミン酸ナトリウムの質量は約14 g50 mmolは約8.5 g20 mmolは約3.4 gなので、一般の家庭料理に使用するのには、減塩のことも考えて、グルタミン酸ナトリウムは20 mmolスケールで考えて良いでしょう。20 mmolのグルタミン酸ナトリウムに対して、うま味が増加しているポイントは、塩化ナトリウムが0230 mmolの範囲です。塩化ナトリウムのモル質量は58.5 g/molなので、塩化ナトリウムの質量が約13.4 g以下の範囲で、うま味が増加するということが分かります。つまり、グルタミン酸ナトリウムを料理に添加する際には、食塩約13.4 gに対して3.4 gを加えれば十分であるということです。5人分ぐらいの料理を作るときは、この比率で作れば、問題ありません。

ただし、これは計算上のことであって、実際は、食材自体にもグルタミン酸が含まれていますし、他の調味料にも食塩が含まれているので、料理によっては、若干の補正が必要になります。結局のところ、グルタミン酸ナトリウムはどの程度加えるのが最適なのかというと、「味付けとして加える食塩の質量の20%ほど」を加えるだけで十分だと思います。それ以上は、うま味の増加も少ないですし、塩分の摂り過ぎにも繋がってしまいます。

グルタミン酸ナトリウムは、このように上手く使えば、いつもの料理をさらにおいしくすることができます。化学調味料だからといって、毛嫌いしないで、いろいろな料理に、是非とも活用してみてください。


戻る

 

・参考文献

1) 太田静行「うま味調味料の知識」幸書房(1992年発行)

2) 薬理凶室「アリエナイ理科ノ教科書VC」三才ブックス(2009年発行)

3) 都甲潔/飯山悟「トコトン追究 食品・料理・味覚の科学」講談社(2011年発行)

4) 佐藤健太郎「炭素文明論」新潮社(2013年発行)

5) 薬理凶室「悪魔が教える 願いが叶う毒と薬」三才ブックス(2016年発行)

6) 齊藤勝裕「最強の「毒物」はどれだ?」技術評論社(2014年発行)

7) 船山信次「こわくない有機化合物超入門」技術評論社(2014年発行)

8) 石浦章一「タンパク質はすごい!」技術評論社(2014年発行)