・おいしさの科学


(1)おいしさとは何か?

私たちが食べ物を口に含んだとき、「おいしい」と感じる要因は何でしょうか?「おいしさ」とは、「味」・「香り」・「食感」・「音」・「記憶」など、様々な要因によって決定される、複雑な感覚です。さらに、おいしさは、そのような直接的な要因だけではなく、「経験」・「状態」・「知識」・「文化」などの間接的な要因にも左右されることが分かっています。

例えば、小さい頃から薄い塩味の味噌汁を飲んできた人は、濃い塩味の味噌汁をしょっぱいと感じて、おいしく感じません。また、私たちは激しい運動のあとでは、塩味や甘味の強い食べ物が、普段よりも格段においしく感じられます。その他には、海外旅行中に、和食がとてもおいしく感じられたり、テレビや雑誌で評判の食べ物がおいしく感じられたり、病気のときに栄養のある食べ物がおいしく感じられたりなど、様々な要因が考えられます。この「おいしさの科学」では、複雑な感覚である「おいしさ」について、科学的な視点から説明をしたいと思います。

 

(2)味の基本5要素

皆さんは、「味」というものは、一体いくつあるのかご存知ですか?一般的には、「甘味」・「塩味」・「酸味」・「苦味」・「うま味」の5つの味覚があるといわれていますが、実は「味」というものは、文化や地域によって、捉え方が少し違うのです。1916年、ドイツの心理学者であるハンス・ヘニングは、世界のどこの人々でも感じる味覚として、「甘味」・「塩味」・「酸味」・「苦味」の4基本味を提唱しました。これは、味の5基本味の中から、「うま味」を除いた4基本味です。なぜヘニングは、「うま味」を基本味に加えなかったのでしょうか?これには、文化的な理由があったのです。

欧米では、土壌や川の水が、カルシウムなどの「ミネラル」を多量に含む硬水であり、古くから硬水を料理などに用いてきた欧米人は、基本味以外に「金属味」を感じることができると考えられています。それに対して、私たち東洋人は、古くから味噌や鰹節などの「アミノ酸」を多く含む発酵食品を食べてきたので、「うま味」をよく感じることができると考えられています。

特に日本では、「出汁」を使う料理が多く、このうま味なしでは、日本食は考えられないといっても過言ではありません。日本では、1908年に東京帝国大学(現在の東京大学)の池田菊苗が、「グルタミン酸塩を主成分とせる調味料製造法」の特許を取得。翌1909年、東京化学会誌に「新調味料に就きて」という題の論文(池田菊苗、東京化学会誌、30820-836(1909))を発表しました。この論文で、池田は昆布のうま味成分として、「グルタミン酸塩」の抽出に成功したことを述べたのです。そして、この1909年には「味の素」が売り出され、世界的にもユニークなアミノ酸工業が誕生しました。これが、現在の味の素株式会社の発端です(グルタミン酸ナトリウムの科学を参照)

 

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.1  池田菊苗は、「グルタミン酸ナトリウム」が「うま味」を持つことを世界で初めて発見した

 

このため、「うま味」は、「甘味」・「塩味」・「酸味」・「苦味」のどれにも属さないとして、日本では、古くから「うま味」を基本味に加えて認識していました。しかし、欧米では、ブイヨンやコンソメのように、出汁によってうま味を増す料理法も一部は存在したものの、多くの料理では、トマトやチーズのような酸味が強い食材によってうま味を補給したり、何より肉料理では、肉の煮汁自体がうま味の供給源となったため、うま味を増すことに多くの意識は向けられませんでした。そのため、日本の学者の主張するうま味の存在は、多くの欧米の学者には懐疑的に受け止められ、うま味の存在が認められたのは、つい最近のことなのです。以前は、欧米人に昆布出汁を味わわせても、「味がしない」とか「磯臭い」などのコメントしか返ってきませんでした。しかし、和食の普及とともに、出汁に対する理解も深まり、欧米人も、うま味を正しく表現することができるようになってきています。これら「甘味」・「塩味」・「酸味」・「苦味」・「うま味」の5基本味は、舌上にある「味蕾細胞」を介して感じる味であり、生理学的には、この5つが味覚であるといえるため、現在では、ヘニングの説にうま味を加えた5つの味を、基本味としています。

しかし、私たちには、普段感じる味覚として、「辛味」・「渋味」・「冷味」・「刺激味」などの味があります。これらと5基本味の違いは、一体何なのでしょうか?「辛味」・「渋味」・「冷味」・「刺激味」と5基本味との決定的な違いは、これらの味覚は、味蕾細胞を介することなく、直接「神経」を刺激して、大脳新皮質味覚野に伝達される感覚ということです。誤解を恐れずにいうなら、これらは「味覚」というよりも「痛覚」なのです。例えば、辛味成分であるカプサイシンを、目などの粘膜に触れさせると、ヒリヒリと痛みます。これは、辛味を味蕾細胞で感じていないことの確かな証拠です。辛味は、味覚神経ではなく、「温度」・「痛み」・「圧力」などを感じる三叉神経によって感じるのです。

なお、「渋味」については、「苦味」と似ていますが、どちらもタンニンやカテキンなどが、味蕾細胞のタンパク質を変性させることで感じる味覚であり、生理学的には、同一の味覚を指します。味覚の差は、苦味物質の混合比率や濃度により変化するので、「渋味」も5基本味に加えて、第6の味とすることもあります。

 

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.2  食味の関係(図はこちらより引用しました)

 

(i)甘味

 「糖分」は、人間に最も必要とされるエネルギー源であり、これが含まれる食べ物は、大体おいしく感じます。この理由は、甘いものを食べたときに、その刺激により、脳内で「β -エンドルフィン」などの麻薬様物質が分泌され、報酬系に働きかけて、快の感覚を生じさせるからです。このため、5基本味の中でも、「甘味」は特殊な味覚となっているということができます。

甘味を感じる代表的な物質としては、砂糖などの「糖類」があります。砂糖の原料であるサトウキビは、すでに紀元前2000年頃には、インドで栽培されていました。その後、貴重な甘味資源として、次第に世界中に広まっていきました。砂糖の主成分は「スクロース(ショ糖)」であり、スクロースは世界中で広く、また大量に使用されています。無数にある糖類の中で、なぜスクロースが最も広く使用されているのかというと、これには理由があります。普通の糖は、温度が変わると、甘味が変化することが多いのですが、スクロースは温度変化に関わらず、甘味が安定しています。これは、調理において優れた特性であり、また甘味の質が良いことも、古くから甘味料として最もよく使用されている理由となっています。私たちはスクロースの甘味に慣れているので、一般的にスクロースと甘味の質に差異が感じられるとき、「クセのある甘味」と表現されます。

「甘味の強さ」を客観的に表すには、官能試験によって測定される「甘味度」という尺度が用いられます。スクロースが「標準物質」として使用され、任意の濃度のスクロースと同等の甘味強度を示す濃度の比率、あるいは同条件で求めたスクロースの閾値との比率から、甘味度が判定されます。ただし、甘味と濃度は、常に直線関係とは限らないため、基準とするスクロースの濃度が違えば、甘味度は異なった値となります。次の表.1に、主な「糖類」の甘味度を示します。

 

.1  主な「糖類」の甘味度

糖類

甘味度※

スクロース

1

グルコース

0.640.74

フルクトース

1.151.73

ガラクトース

0.32

ラクトース

0.2

イソマルトース

0.4

ソルビトール

0.50.7

キシリトール

0.651

マンニトール

0.5

スクロースを1としたときの甘味度

 

 このように、スクロースは甘味の強さにも優れているので、その結晶である「砂糖」は、糖類の代名詞になっています。ところで、砂糖が日本へ伝わったのは、唐僧の鑑真によるとされています。756(天平勝宝八歳)、奈良東大寺の正倉院に奉納された60種の薬物の中に、約630 gほどの砂糖があったことが、その薬物のリストである「種々薬張」に記載があります。当時、砂糖は「医薬品」としての用途があり、栄養状態の悪かったこの時代においては、カロリーの高い砂糖を与えるだけで、病人が元気を回復したケースが多かったのでしょう。砂糖は高級品であり、支配者貴族層で珍重されていました。比較的安価な甘味料として、砂糖が庶民の間に広まったのは、室町時代からになります。

 

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.3  正倉院は、大規模な高床式倉庫で、聖武天皇などのゆかりの品をはじめとして、多数の美術工芸品を収蔵していた

 

 スクロースの他、「麦芽糖(マルトース)」や「ブドウ糖(グルコース)」、「果糖(フルクトース)」なども、甘味を呈する糖類です。近年では、「キシリトール」や「ソルビトール」といった「糖アルコール類」も注目され、甘味度はスクロースより弱いものの、甘味の質が良いことや、体内に吸収されにくいことから、低カロリー食品などに利用されています。特にキシリトールは、ガムや歯磨き粉などに配合され、口腔内で酸発酵されず、しかも一般に虫歯菌として知られる「ミュータンス菌」の代謝を阻害することで、虫歯になりにくくする効果があります。ただし、キシリトールは虫歯の「予防効果」はあるものの、「治療効果」はないので、キシリトールで虫歯が治るということはありません。

キシリトールなどの糖アルコール類は、溶解する際の吸熱反応で、「冷感」を生じさせるため、清涼飲料水や氷菓子に使用されることが多いです。これらの糖アルコール類は、天然にも存在しますが、甘味料としては、主に糖類の還元反応により合成されます。

 

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.4  「キシリトール」は、甘味の質が良く、カロリーはグルコースより約4割も低い

 

糖類以外では、何種類かの「アミノ酸」に甘味があります。例えば、「グリシン」は、すっきりとした甘味を持つアミノ酸で、エビやカニなどの主要な甘味成分になっています。グリシンには静菌作用もあることから、甘味料としてだけでなく、日持向上剤として、食品に添加されることがあります。例えば、グリシンをご飯に入れると、腐敗しにくくなり、味も良くなります。「アラニン」は、甘味とうま味を持つアミノ酸で、シジミやハマグリなどの貝類に多く含まれています。次の表.2に、代表的な「アミノ酸」の味を示します。

 

.2  代表的な「アミノ酸」の呈味

アミノ酸

閾値※

[mg/dL]

甘味

苦味

うま味

酸味

グリシン(Gly)

110

アラニン(Ala)

60

セリン(Ser)

150

スレオニン(Thr)

260

プロリン(Pro)

300

オキシプロリン(Hyp)

50

リジン塩酸塩

50

グルタミン(Gln)

250

アスパラギン酸(Asp)

3

閾値は味を感知できる最低濃度

 

 スクロースよりも甘い化合物は、1879年に偶然発見されました。ジョンズ・ホプキンス大学で、コールタールの研究に従事していた研究員コンスタンチン・ファールバーグが、たまたま自分の合成した物質を口に入れてしまい、これが異常に甘いことに気が付いたのです。当時は、化学物質の害がよく知られておらず、合成したものを舐めることに、抵抗のない時代でした。今では考えられない――といいたいところですが、このような偶然で発見された化合物は、他にもたくさんあります。ファールバーグは、この化合物の特許を取得し、量産方法も確立して、「サッカリン」の名で発売します。スクロースの300倍も甘く、体内で吸収されないので、カロリーはほとんどないという、夢のような甘味料の登場でした。彼の研究室の教授が、「自分に無断で特許を取って儲けたのはけしからん」と激怒したほどに、その売り上げは莫大でした。

 サッカリンの成功を追うようにして、「チクロ」や「ズルチン」、「アスパルテーム」、「アセスルファムカリウム」のような、化学合成された甘味物質が相次いで登場しました。これらは、いずれもスクロースの数十倍から数百倍の甘味を有し、「合成甘味料」と総称されています。合成甘味料は、食品に添加する量が少量で済む、カロリーが少ない、貯蔵性が向上するなどの、天然甘味料にはない優れた性質があります。これらの合成甘味料の中で、チクロとズルチンは、安全性に関する疑問から、日本では使用禁止になっています。しかし、サッカリンやアスパルテーム、アセスルファムカリウムは、食品添加物としての使用が認められています。サッカリンは独特の苦味を伴い、アスパルテームはスクロースに近い甘味を持つとされています。また、アセスルファムカリウムもスクロースに近い甘味を持っており、食品添加物として有望視されています。なお、チクロは日本では許可されていませんが、EUや中国では許可されています(合成甘味料の科学を参照)

 

.3  主な「合成甘味料」の甘味度

糖類

甘味度※

アスパルテーム

200

ネオテーム

10,000

サッカリン

300

アセスルファムカリウム

200

チクロ

3080

ズルチン

280

スクラロース

600

スクロースを1としたときの甘味度

 

 一方で、植物由来の糖類以外の甘味物質も、種々発見されています。例えば、その1つは、中国原産のマメ科植物の「甘草」の根に含まれる「グリチルリチン酸」です。グリチルリチン酸には、スクロースの約170倍の甘味があります。日本には、奈良時代に渡来し、古くから甘味料として用いられてきました。その甘味は独特で、口腔に含むと、最初は甘味を感じませんが、次第に甘味を増し、そして甘味が消えるまでかなりの時間がかかります。グリチルリチン酸は、アミノ酸系の調味料とよく調和し、「相乗効果」を発揮するので、醤油の甘味料として利用されている例が見られます。

パラグアイ原産のキク科植物の「ステビア」の甘味主成分である「ステビオシド」は、スクロースの約300倍の甘味を呈します。ステビオシドは、現在実用化されている天然甘味料の中では、最高の甘味を持つとされています。ステビオシドには、整腸作用や抗ガン作用を持つ可能性が指摘されており、日本では、ポカリスエットなどの清涼飲料水の甘味料などに応用されています。ステビアは、庭での栽培も簡単で、春先になると、苗木を買うこともできます。ステビオシドは、葉中に910%ほど含まれており、生の葉をハーブティーなどに入れると、おいしく飲めるといいます。

 

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.5  原産国のパラグアイでは、古くから「ステビア」をマテ茶などに甘味を付与するために加えていたという

 

 さらに、近年では、甘味を有する「タンパク質」の研究も、盛んに進められています。一般的には、タンパク質のような巨大分子は、「味覚受容体」に結合できないため、味覚刺激を示さず、これを分解して低分子化することで、初めて呈味を示すと考えられていました。タンパク質ではありませんが、糖類である「デンプン」が甘味を示さないのも、これが理由です。分子があまりに大きすぎて、そのままでは、「味覚受容体」に結合できないのです。デンプンを分解することによって生成する「マルトース」や「グルコース」は、分子が小さいので甘味を示します。ところが、強力な甘味を有するタンパク質が発見されたことによって、その定説は覆されました。これらの「タンパク質甘味料」は、糖尿病などにより、糖分の摂取を制限されている患者向けの卓上用の甘味料として、有用である可能性があります。しかし、タンパク質は、pHや温度が極端に変化すると、立体構造が破壊されて変性してしまうため、加工食品への用途は限られてしまいます。

 「モネリン」は、西アフリカ原産のツヅラフジ科植物の果実「セレンディピティ・ベリー」に含まれる、分子量10,700の塩基性タンパク質です。「モネリン」の名は、これを発見したアメリカのフィラデルフィアにある「モネル研究所」に由来します。甘味度は、重量比でスクロースの約3,000倍あり、天然の甘味物質としては、最も甘味が強いです。甘味の発現は遅く、長時間に渡って、後味が生じる特徴があります。モネリンとその他の強い甘味料を併用することにより、後味を軽減させ、甘味の「相乗効果」を得ることができます。

 「ソーマチン」は、西アフリカ原産のクズウコン科の果実「カタンフ」に含まれる、分子量22,000の塩基性タンパク質です。甘味度は、68%スクロース水溶液の甘味相当濃度のときの2,0003,000倍、さらに「マスキング効果」や「フレーバー増強作用」も持ち、食品添加物として使用されています。モネリンと同様に、甘味の発現は遅く、長時間に渡って、後味が生じる特徴があります。「甘味タンパク質」に共通の性質として、「塩基性タンパク質」であることが注目され、塩基性アミノ酸残基を中心とした変異タンパク質の甘味の調査から、甘味活性に必要な部位が現在研究されています。

 

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.6  「ソーマチン」が含まれる西アフリカ原産のクズウコン科の果実「カタンフ」

 

 こうして見ると、甘味を持つ物質というのは、糖類以外にもたくさんあることが分かります。「甘味」と「化学構造」の関係は、現在でも完全に解明できていません。経験的にある種の「官能基」が存在する場合、甘味を感じることが知られています。例えば、甘味物質には、プロトンH+ を他に与える「供与基AH」と、プロトンH+ を他から受け取る「受容器B」とがあって、これらは互いに平均0.3 nmの距離に位置しています。甘味受容体の方にも、同様の「供与基AH」と「受容器B」があって、甘味物質と受容体との間に2つの「水素結合」が生じることで、甘味刺激が引き起こされると考えられています。「供与基AH」としては、ヒドロキシ基(-OH)、イミノ基(-NH-)、アミノ基(-NH2)、フェニル基(-C6H5)などがあり、「受容器B」としては、カルボニル基(-CO-)、カルボキシ基(-COO-)、クロロ基(-Cl)などがあります。しかし、天然甘味料の中にも、まだ構造が未知のものがあり、一概に官能基だけでの説明は難しいです。また、糖尿病の発症メカニズム、体内で糖が果たしている役割などについても、まだまだ未解明の部分が大きいです。「甘味」というものは、生化学に残された、重要なフロンティアの1つなのです。

 

(ii)塩味

 「塩味」は、イオンが味蕾細胞の「チャネル」を通過することによって感じます。塩味の代表といえば、「塩化ナトリウムNaCl」ですが、塩化ナトリウム以外は、塩味と認識しにくいです。「減塩」としてよく「塩化カリウムKCl」が使用されますが、塩化ナトリウムと比べると苦味があって、あまりおいしくはありません。他にも塩味を示す化合物は数多くありますが、どれも違和感が残ります。

また、塩化ナトリウムNaClでは、「ナトリウムイオンNa+」か、それとも「塩化物イオンCl」か、どちらが「塩味の主役」なのかが長年論じられてきました。しかし、今ではやはり、「ナトリウムイオンNa+」が主役であると結論されています。しかし、「塩化物イオンCl」などの陰イオンも、塩味に影響を与えることが分かっており、陰イオンが「塩化物イオンCl」であるとき、つまり構造が「塩化ナトリウムNaCl」のときに、塩味を一番強く感じることが分かっています。

 

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.7  「塩化ナトリウム」が結晶化して、鉱物として産出するものは「岩塩」と呼ばれる

 

食物を味わうときは、多数の味要素が互いに作用しあうため、同じ味質や味強度でも、単一の味覚の場合とは異なる場合が多いです。これを「味の相互作用」と呼びます。例えば、甘味と塩味の「対比効果」というものがあり、甘味を持つ食物に少量の塩を添加すると、甘味が際立って、より明瞭に甘味が感じられるようになります。スイカやトマト、お汁粉などに少量の塩を加えることがあるのは、甘味と塩味を同時に味わうことによって、塩味が甘味を強めることを狙ったものであり、これを「同時対比」と呼びます。また、甘いものを食べたあとに塩味のものを食べる、あるいは塩味のものを食べたあとに甘いものを食べることによって、より明瞭に甘味が感じられることがありますが、これは「経時効果」と呼ばれます。甘いお菓子と塩辛いお菓子を交互に食べて楽しむのは、この好例です。

 

(iii)酸味

 「酸味」は、塩味と同様に、イオンが味蕾細胞の「チャネル」を通過することによって感じます。酸味を感じるイオンは、「水素イオンH+」です。したがって、酸味は、食材の発酵や腐敗によって生じた「酢酸」、あるいは果物などに含まれる「クエン酸」などの、酸性を示す化合物で感じます。他には、「乳酸」や「コハク酸」、「フマル酸」、「アスコルビン酸(ビタミンC)」、「リン酸」などが酸味を呈し、「食品添加物(酸味料)」として応用されています。以上で取り上げた中で、リン酸は無機化合物ですが、他の酸はいずれも有機化合物です。コハク酸は、貝類のうま味成分としても知られています。なお、学校の化学で習う「塩酸」や「硫酸」などの酸も、毒性はありますが、味わえばきちんと酸味を感じるはずです。

 

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.8  レモンの酸味の原因は、「クエン酸」の味によるものが多い

 

 「シュウ酸」は、「スカンポ」とも称されるタデ科のオオイタドリやスイバの酸味成分として知られていますが、私たちの体内に入ると、カリウムイオンK+ と結合してしまうことから、カリウム欠乏症を呈します。そのため、シュウ酸は、山菜などをたべるときには、灰汁抜きによって捨て去られるべき化合物の1つです。

また、梅干などの酸味の強い食べ物を食べると、唾液が大量に分泌されますが、これにはきちんとした理由があります。唾液には、炭酸水素イオンHCO3などのイオンが含まれており、唾液は、酸性を弱める「緩衝液」になっているのです。そのため、酸を含んだ食べ物を食べると、唾液が大量に分泌され、唾液の緩衝作用により、中和反応が進行して、酸味が和らぐのです。よく夏みかんを食べるときに、「重曹(炭酸水素ナトリウムNaHCO3)」を夏みかんに振り掛けて食べたりしますが、これは、重曹の緩衝作用を利用したものです。

 

HCO3 + H+  CO2 + H2O

 

なお、酸味に関する面白い研究としては、「ミラクルフルーツ」という西アフリカ原産の果実に含まれる「ミラクリン(miraclin)」というタンパク質を舐めておくと、どんなに酸っぱいものでも、甘く感じてしまうということが知られています。例えば、ミラクリンを舐めてレモンを味わうと、甘いオレンジのような味になります。これは、ミラクリンの活性中心がヒトの甘味受容体に結合すると、酸性条件下で味細胞膜の構造が変化し、ミラクリンの活性中心が甘味受容体と結合できるようになり、強い甘味が誘導されるためだと考えられています。その結果、どんなに酸っぱいものでも、甘く感じることになるのです。カロリーを摂らなくても甘く感じる訳ですから、この成分を上手く利用して商品化すれば、甘いものへの依存が和らぎ、肥満や生活習慣病に悩む人々の体質改善にも、役立てられるかもしれません(ミラクルフルーツで味覚実験!を参照)

 

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.9  「ミラクルフルーツ」を利用して商品化すれば、肥満や生活習慣病に悩む人々の体質改善に役立つかもしれない

 

 (iv)苦味

 「苦味」は、他の4つの基本味と異なり、「危険信号」の意味合いが強いです。子供が苦い食べ物を初めて口にしたときに、思わず口から吐き出してしまうように、もともと苦味というものは、多くの毒物や有害な物質の持つ味であり、「毒の味」と認識されていたのです。

例えば、毒として有名なトリカブトには「アコニチン」が、ジャガイモの芽には「ソラニン」などのような、「アルカロイド」と呼ばれる種類の毒が含まれています(毒の科を参照)。ほとんどのアルカロイドは苦味を持ち、植物は動物から自身を防御するために、アルカロイドを生産する能力を、進化の過程で身に付けたといわれています。タバコに含まれる「ニコチン」や、茶やコーヒーに含まれる「カフェイン」も、すべてアルカロイドの仲間であり、いずれも苦味を持つ物質です。子供の嫌いな野菜の代表と言えばピーマンですが、ピーマンの苦味も、「アトロピン」と呼ばれるアルカロイドが原因であるといわれています。ただし、ピーマンに含まれるアトロピンは微量なので、普通に食べる分には、何も心配する必要はありません。つまり、子供のピーマン嫌いは、動物としては自然な反応であり、苦味は、「毒を予測するセンサー」でもあったのです。

実際にそういう役割もあり、苦味を感じる舌の感度は、甘味の1,000倍以上です。しかし、コーヒーや魚の内蔵などの苦味を持つ食品を愛好する人も多く、適度な苦味は、逆においしいと親しまれる場合もあります。これは、人間が成長して経験を積むとともに、苦くても毒ではないと、学習できるからだと考えられます。苦い食べ物が苦手な人でも、訓練すれば、食べられるかもしれません。

 

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.10  子供のピーマン嫌いは、「アルカロイド」の苦味が原因である

 

なお、アルカロイド以外にも苦味を持つ物質があり、ビールに含まれるホップの成分である「フムロン」や、サフランの成分である「ピクロクロシン」が代表的です。ホップは、アサ科のホップの花を集めたもので、ビールの製造に使用されます。フムロンは、ビールの苦味や香り、泡の生成において重要な役割を果たしており、また雑菌の増殖を抑え、ビールの保存性を高める働きもあります。一方で、サフランとは、アヤメ科のサフランのおしべを集めて、乾燥させたものです。サフランは、医薬品あるいはハーブとして使用される他、パエリアなどの料理にも使われ、さらに、天然の「黄色色素」としても使用されています。

 

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.11  ホップに含まれる「フムロン」は、ビールに特徴的な苦味を与える

 

苦い食べ物が苦手な人でも、工夫次第で、おいしく食べられるようになります。例えば、苦い食べ物に高濃度の甘味を加えると、苦味が抑制されることが知られています。コーヒーに砂糖を入れて甘くすることで、苦味は著しく抑制され、ほとんど感じないか、あるいは苦味が和らいで、おいしく感じられるようになります。チョコレートや抹茶の苦味も、砂糖の甘味によって、穏やかなおいしい苦味として、楽しむことができるようになります。

 

(v)うま味

 「うま味」は、昆布などに含まれる「グルタミン酸」の他に、シイタケに含まれる「グアニル酸」や、鰹節に含まれる「イノシン酸」、貝類に含まれる「コハク酸」、玉露などの茶に含まれる「テアニン」などによって感じます。グルタミン酸は、タンパク質の原料になる「アミノ酸」の一種で、イノシン酸やグアニル酸は、DNAの原料となる「ヌクレオチド」の一種です。特にグルタミン酸は、脳内では記憶・学習・認知などの脳高次機能に、重要な役割を果たす神経伝達物質でもあります。

「うま味」は、日本の食品化学者である並木満夫が、世界食品科学工学会で「umami」と世界中に宣言して以来、日本だけではなく、世界中で「うま味」をそのまま「umami」と表記して使用することが、現在でもあります。しかし、「うま味」を英語における「savory(肉料理の風味がある)」や「brothy(肉の煮汁の風味がある)」と表現する場合もあるように、うま味物質というものは、もともとタンパク質をふんだんに含む肉類に多く含まれているものです。つまり、うま味物質は、「タンパク質の存在を知らせるセンサー」にもなっており、タンパク質やDNAの原料となる非常に重要な物質なので、うま味を感じると「おいしい」と感じるのでしょうね。

しかし、うま味物質の中には、毒性のあるものもあり、ベニテングタケやイボテングタケなどのキノコに含まれる「イボテン酸」は、グルタミン酸よりも一層強いうま味を感じさせますが、中枢神経系に存在するグルタミン酸受容体に作用して、強い毒性を示します。イボテン酸を含むキノコは、うま味調味料を振りかけたような食味で、非常に美味であるといわれています。どんな味がするのか興味が尽きませんが、食べられないのが残念です。

 

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.12  ベニテングタケの傘の表面のイボは、うま味成分である「イボテン酸」の塊

 

一方で、動物の中には、好んでベニテングタケを摂取するものもいます。シベリアに生息するトナカイは、ベニテングタケを好んで摂取するらしく、野生のベニテングタケを見つけると丸呑みし、方向感覚を失ってふらふらと歩き回り、頭をひくつかせながら数時間群れを離れてさまようといいます。ベニテングタケに含まれるイボテン酸は、体内でその一部が「ムッシモール」に変化します。これが実際に幻覚を生み出す成分です。イボテン酸は、体内でごく一部だけがムッシモールに変化し、約80%はそのまま尿として排出されます。トナカイは、このイボテン酸を含む尿を舐めると、ベニテングタケを食べたときと同じように酔えることを知っています。実際、このイボテン酸混じりの尿は、遠くからでもトナカイを引き付け、その魅力的な「黄色い雪のシミ」を巡って、トナカイ同士で争いが起こるほどだといいます。

 

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.13  トナカイは、好んでベニテングタケを摂取するという

 

 また、ヒトの母乳中に含まれる遊離アミノ酸の組成を調べると、グルタミン酸が非常に多く含まれていることが分かります。母乳中に含まれているグルタミン酸の生理学的役割については、現在研究が進められていますが、1つの可能性としては、グルタミン酸によるうま味は、食欲をコントロールし、「満足感」に関与している可能性があることが指摘されています。米国モネル化学感覚センターによる乳児を対象とした研究によれば、「グルタミン酸を多く含む粉ミルク」と「通常の粉ミルク」を摂取している乳児の体重増加を比較したところ、通常の粉ミルクを摂取している乳児の方が、過体重傾向にあることが分かったそうです。これは、グルタミン酸を多く含む食事を摂取すると、少量でも「満足感」が得られるためだと考えられます。乳児期の過体重や肥満は、成人後の肥満やそれに伴う様々な疾患の原因となることから、WHO(世界保健機関)では、生後6カ月までの間は、グルタミン酸を多く含む母乳摂取を推奨しています。

 

(vi)味蕾細胞

 つい最近まで、「舌の先端に甘味や塩味を感じる部分があり、舌の奥に苦味を感じる部分がある」というような、舌の上には「味覚地図」があるという誤った説が、学校の教科書だけではなく、医学の専門書にまで掲載されて、信じられていました。そもそも、この説を世に広めたのが、栄養学者でも生理学者でもないエドウィン・ボーリングという心理学者であり、誰でも簡単な実験をすれば誤りであると分かることなのですが、一度権威のある専門書に載ってしまうと、なかなかそれを疑うことができなかったのです。ボーリングが、アメリカ心理学会の学長を務めるほどの大物であったことも、その一因かもしれません。

1974年には、化学者のヴァージニア・コリングスが、ボーリングの実験データを再確認する実験を行い、「舌の部位によって感じる基本味の感度には変化が認められたものの、それは非常に小さく取るに足らないものである」と結論付けています。しかし、ワイングラスメーカーは、感度の変化があるという部分のみを強調し、それ以外の実験データを、敢えて「無視」したのです。ワイングラスメーカーによると、ワイングラスはその独特的な形状のために、ワインを飲むときは顔を垂直以上に傾ける必要があり、そうすることで舌の奥までスッとワインが届き、ワインを舌の両側にある酸味を感じる部分に触れさせずに楽しむことができるというのです。つまり、ワイングラスメーカーは、その形状の「科学的な裏付け」が欲しかったのだと思われます。このような影響もあって、未だに味覚地図を信じている人がいるのも事実です。

 

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.14  エドウィン・ボーリングの提唱した「味覚地図」は誤りだった

 

私たちの舌の上には、乳首の形をした3種類の「乳頭(有郭乳頭、葉状乳頭、茸状乳頭)」が多数あります。乳頭は舌だけではなく、喉や軟口蓋にも存在しており、ビールや水などの喉越しのうまさは、この部分で感じることが分かっています。乳頭のそれぞれには、細長い形態の味細胞が多数密着して蕾状になった「味蕾細胞」があり、食べ物を口に入れて噛むと、咀嚼運動によって味分子は唾液中に溶解し、それが味蕾細胞の「受容体」に結合することで、脳に味覚情報が伝わって、味を感じると考えられています。味分子の溶解性が悪い場合は、味を感じにくくなり、後味が強くなる原因となります。

5基本味のうち、甘味とうま味には、それぞれに対応した専用の「受容体」があり、塩味と酸味は、イオンが「イオンチャネル」を通過することによって、味を感じます。一方で、苦味は特定の受容体がなく、甘味やうま味の受容体に結合することによって、味を感じていると考えられています。なお、苦味を感じる受容体は多数発見されており、多様な構造の毒物の苦味を、もらさず検出して身を守っているものと考えられています。

また、最近の研究では、胃にもうま味受容体があることが判明しています。胃には、脳神経の1つである「迷走神経」が延びています。この迷走神経は、グルタミン酸のような「うま味物質」だけに反応します。つまり、おいしいものを食べると、胃でもうま味をキャッチし、脳にその情報が伝わります。その結果、脳からの指令によって、胃液や膵液などの分泌が促進され、食物の消化が進みます。胃から脳への情報伝達の役割を果たしたグルタミン酸の約95%は、小腸でエネルギー源として使われます。うま味の強いおいしいものを食べることは、食物の消化を促してくれる面もある訳です。

 

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.15  人間の舌には、約10,000個の「味蕾細胞」がある

 

ところで、2008年に、米国モネル化学感覚センターの研究チームは、「カルシウム」に反応する2種類の受容体が、マウスにあることを学会で発表しました。遺伝的に系統が異なる40種類のマウスに、カルシウムを含む溶液を飲ませたところ、多くのマウスがカルシウムの溶液を嫌う中で、それを好んで摂取する系統が発見されたといいます。遺伝子を比較した結果、「カルシウム味」を認識するのに、2種類の遺伝子が使われていることが特定されました。この受容体の遺伝子と似た遺伝子が、人間にもあることから、「カルシウム味」が基本味の1つになる可能性があります。なお、研究チームのマイケル・トルドフは、「カルシウム味は苦味に少し酸味が加わったようなものだ」と述べており、「カルシウムっぽい味としか言いようがない」とも話しています。

さらに、2010年には、オーストラリアのディーキン大学の研究チームが、「脂肪味」も基本味に加えるべきだと主張しています。研究によると、脂肪味には閾値があり、脂肪味に対して敏感な人もいれば、そうでない人もいて、人によって様々であることが分かったそうです。この研究の面白いところは、脂肪味に対して敏感な人は、脂肪の少ない食品でも満足でき、体重増や肥満が少ない傾向にあるということです。肥満傾向にある人は、脂肪味を感じにくくなっているために、つい脂肪分を摂りすぎているのかもしれません。

 

(3)うま味調味料は危険なのか?

 日本語で、「おいしい!」というところを「うまい!」ということもあるように、日本人にとって、「おいしさ」と「うま味」というものは、切っても切り離せない関係にあります。しかし、「おいしさ」と「うま味」というものは、同じものではありません。「うま味」は味覚の1つであり、「おいしさ」とは、味覚などを統合した感覚なのですから。

今や「うま味」というものは、「味の素」や「ハイミー」などの化学調味料の普及によって、私たちの食卓に身近なものとなっています。うま味調味料の代表格といえば、味の素株式会社が販売している「味の素」ですが、味の素をはじめとして、多くの化学調味料は、その安全性に疑問を持たれていることが多いです。例えば、うま味物質には発ガン性があるとか、神経毒性があるとか・・・・・・。世間には、そのようなぞっとする記述が目立ちます。まず先に断言しておきますが、うま味調味料は普通に使用する分には、何の危険性もありません。むしろ、うま味調味料を上手く活用することによって、料理のレベルは何段階も上がるのです。うま味は、食べ物の「コク」の形成に関与しており、うま味調味料を料理に添加すると、風味が全体に広がり、風味の持続性が感じられるようになることが知られています。

 

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.16  「味の素」は、世界で初めて販売されたうま味調味料である

 

 うま味物質の中でも、一番有名なのは、アミノ酸の一種である「グルタミン酸」です。味の素は、グルタミン酸のナトリウム塩である「グルタミン酸ナトリウム」が主成分(97.5wt%)であり、ほぼ純粋なグルタミン酸ナトリウムと考えることができます。味の素の残りの成分(2.5wt%)は、「イノシン酸」や「グアニル酸」などの核酸系なので、味の素は、100%うま味物質であるということができます。

ところで、なぜ味の素は、わざわざグルタミン酸の「ナトリウム塩」を使用しているのかご存知ですか?私たちの舌は、「グルタミン酸」であろうと「グルタミン酸ナトリウム」であろうと、同じようにうま味を感じることができます。ほとんどのうま味調味料で使われているグルタミン酸は「ナトリウム塩」ですが、わざわざ「ナトリウム塩」にしている理由は、グルタミン酸のままでは、「うま味」の他に「酸味」も感じてしまうからです。

グルタミン酸は、「カルボキシル基(-COOH)」を持つため、水素イオンH+ を電離して、酸味を感じさせてしまいます。したがって、グルタミン酸をナトリウム塩にすることによって酸味を消し、グルタミン酸のうま味を、最大限に引き出しているのです。しかし、ナトリウム塩にすると、塩味も出てしまうのではないかと思う人もいるかもしれません。確かに、グルタミン酸はナトリウム塩にすると、電離するナトリウムイオンNa+ によって、塩味も出てしまいます。しかし、塩味とうま味の相性は、抜群に良いことが分かっているので、ナトリウム塩でも、調味料として成立しているのです。実際に、味の素をそのまま舐めたことがある人は分かると思いますが、味の素には、食塩は一切含まれていないはずなのに、ほんのり塩味がすると思います。これは、味の素に含まれるナトリウムイオンNa+ の影響であると考えられます。

 

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.17  「グルタミン酸」と「グルタミン酸ナトリウム」の構造式

 

このように、うま味調味料には、グルタミン酸をナトリウム塩として使用する理由がきちんとあるのですが、それを逆手に取って、「グルタミン酸は天然に存在するうま味分子だから安全である。しかし、うま味調味料は人工的に製造したナトリウム塩だから危険だ」などと非難する人がいます。確かに、天然の昆布やトマトなどには、グルタミン酸が豊富に含まれています。しかし、本質的には、グルタミン酸もグルタミン酸ナトリウムも、どちらも同じ「うま味物質」なのです。水素イオンH+ やナトリウムイオンNa+ などの陽イオンを電離した状態の「グルタミン酸イオン」が、うま味を感じさせる物質なのですから、この議論は全くの無意味なのです。

ただ、グルタミン酸を「ナトリウム塩」にして何か弊害があるとすれば、それは、「塩分の摂り過ぎ」に繋がりかねないということです。「グルタミン酸ナトリウム」のモル質量(M169.1)は、食塩(M58.4)の約2.9倍なので、グルタミン酸ナトリウムを29 g摂取すれば、それは食塩10 gの塩分を摂取したことと同じになります。また、グルタミン酸ナトリウムの性質として、味覚から「過剰摂取」を感知できないという問題もあります。通常、食塩などの調味料は、投入量過剰状態になると、「塩辛すぎる」状態となり、過剰摂取に気が付きます。しかし、グルタミン酸ナトリウムは、ある程度の分量を超えると、味覚の感受性が飽和状態になり、味の濃さが変わらず、同じような味になってしまうため、過剰摂取に気が付きにくくなってしまうのです。そのため、飲食店も過剰量を投入してしまいがちになってしまい、調味料として、通常の使用では考えられないような分量のグルタミン酸ナトリウムを摂取してしまう場合があり、注意を要します。

1972年、味付け昆布にグルタミン酸ナトリウムを「増量剤」として使用し、健康被害が起きた事故がありました。その症状は、1960年以降から社会問題となっている「チャイニーズレストランシンドローム(グルタミン酸ナトリウム症候群)」に、似たものだったといいます。問題の味付け昆布からは、製品の質量の25.9243.60%もの大量のグルタミン酸ナトリウムが検出されました。このグルタミン酸ナトリウムの量は、「調味料としての一般的な使用量」とは、程遠いものです。これだけの量を一度に摂取すれば、身体に何か異常が出るのも当然でしょう。「グルタミン酸ナトリウム」だから害があったのではなく、他の調味料でも、これだけの量を摂取すれば、何らかの害が現れるに違いありません。

このような事故が度々報道されるため、未だにグルタミン酸ナトリウムを摂取すると、身体に異常が出ると信じている人が多いです。しかし、「応用生物学アメリカ協会(FASEB)が行った研究で、「調味料としての一般的なの使用量では、グルタミン酸ナトリウムに害はない」ということが、明らかになっています。「チャイニーズレストランシンドローム」も、「グルタミン酸」の摂り過ぎによるものではなく、グルタミン酸ナトリウムに含まれる「塩分」の摂り過ぎによるものなのではないかと、私は思っています。食塩の半数致死量LD50値は3.5 g/kgですが、グルタミン酸のLD50値は20 g/kgです。LD50値は、値が小さいほど危険性が高まるので、「グルタミン酸」よりも「食塩」の方が、むしろ毒性が強いとも考えられます。ちなみに、グルタミン酸のLD50値は20 g/kgなので、体重60 kgの人が1,200 gのグルタミン酸を一度に摂取すると、その半数が死亡する計算になります。しかし、これほどの量を一度に摂取するというのは、まず考えられません(グルタミン酸ナトリウムの科学を参照)

 

(4)グルタミン酸ナトリウム(MSG)

 「グルタミン酸ナトリウム」は、英語だと「Monosodium Glutamate」と発音し、食品業界では、頭文字を取って「MSG」と呼んでいます。また、グルタミン酸はアミノ酸なので、「調味料(アミノ酸)」と表記されることも多いです。

グルタミン酸ナトリウムの製造法については、当初は、小麦粉や石油由来成分である「アクリロニトリル」からの合成で試行錯誤していましたが、現在は、サトウキビを原料として、含まれる炭水化物を、「ミクロコッカス・グルタミカス」という微生物の働きで、発酵させて製造しているようです。昭和29年に取得された免許によると、100 gのグルコースから、約40 gのグルタミン酸を得ることができるとあります。現在の製造法の詳細は不明ですが、基本は同じ方法で製造していると思われます。

グルタミン酸ナトリウムを料理に添加するとき、グルタミン酸ナトリウムは多ければ多いほどうまいと、食塩のようにダバダバと振り掛ける人がいます。しかし、それは間違っています。一般的にあらゆる感覚の強さは、与えられた刺激の強さに比例しないのです。これを心理学では、「スティーヴンスのべき法則」といい、次式のように表せます。

 

 

ここで、Sは物理的刺激量、Rは刺激による心理的推定量(感覚量)nは刺激の種類によって定まる指数で、kは刺激の種類と使用する単位によって決まる比例定数です。スティーヴンスの論文によると、「電気ショック」ではn3.5、「冷たさ」ではn1.7、「長さの見た目」ではn1、「暑さ」ではn0.7、「明るさ」ではn0.5になることが分かっています。「味覚」の場合は、n1より小さくなることが多く、そのために、料理で加える調味料を増やしていっても、感覚量は必ずしも比例せず、ある感覚量に収束していきます。特に「うま味」は、他の味覚よりも値が小さく、大量に摂取しても、感覚量が増加しにくいのです。

 

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.18  スティーヴンスのべき法則」 (Stevens,S.SThe psychophysics of sensory function」より一部改め引用)

 

 

グルタミン酸ナトリウムは、わずか0.03wt%の水溶液でも、うま味を感じる化学物質です。グルタミン酸ナトリウムを大量に加えるのは、塩分の摂り過ぎにもなり、身体の健康に良くありません。グルタミン酸ナトリウムのようなうま味調味料は、料理にほんの少し、隠し味程度に加えるだけで良いのです。また、グルタミン酸ナトリウムは、だ液にも少量含まれており、甘味や塩味などの味を際立てたり、抑えたり、まろやかにしたりする側面も持っています。唾液が少ないときに、味が薄く感じることがあるのはそのためです。だ液を洗い流す作用があるアルコールの肴が、塩辛い味にならざるを得ないのも理解できます。

それでは、具体的にグルタミン酸ナトリウムは、料理にどのくらい添加すれば、一番「おいしく」感じるのでしょうか?その結論に触れる前に、次の図.19に、「うま味」と「甘味」・「塩味」・「酸味」・「苦味」との関係グラフを示します。

 

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.19  グルタミン酸ナトリウム(MSG)と「甘味」・「塩味」・「酸味」・「苦味」の関係(太田静行「うま味調味料の知識」幸書房より一部改め引用)

 

スクロースは「甘味」、塩化ナトリウムは「塩味」、酒石酸は「酸味」、キニーネは「苦味」を感じる物質です。グラフは、それぞれの濃度について、グルタミン酸ナトリウムが100%のときの「うま味」の強さを100として、相対的に「うま味」の強さを示しています。4つのグラフからいえることは、塩化ナトリウムとグルタミン酸ナトリウムの相性が、抜群に良いということです。他の物質については、いずれの濃度でも、グルタミン酸ナトリウムの「うま味」が弱くなってしまいます。しかし、塩化ナトリウムだけは、ある濃度においては、逆に「うま味」を強めていることが分かります。このように「塩味」には、「うま味」の「相乗効果」をもたらす性質があるのです。

また、グルタミン酸ナトリウムの量が多すぎても少なすぎても、強いうま味が得られないというのは、大変興味深いです。これは、単純にグルタミン酸ナトリウムの量が、うま味に相関しないということを、如実に示しています。つまり、グルタミン酸ナトリウムのうま味を最大限に引き出すには、塩化ナトリウムすなわち食塩の濃度に合わせて、グルタミン酸ナトリウムの分量を決めてやれば良いのです。

 

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.20  食塩の「塩味」は、「うま味」の「相乗効果」をもたらす

 

 それでは、いったいどのくらいの比率で、グルタミン酸ナトリウムと食塩を使用すれば良いのでしょうか?図.19のグラフより、80 mmolのグルタミン酸ナトリウムの質量は約14 g50 mmolは約8.5 g20 mmolは約3.4 gなので、一般の家庭料理に使用するのには、減塩のことも考えて、グルタミン酸ナトリウムは20 mmolスケールで考えて良いでしょう。20 mmolのグルタミン酸ナトリウムに対して、うま味が増加しているポイントは、塩化ナトリウムが0230 mmolの範囲です。塩化ナトリウムのモル質量は58.5 g/molなので、塩化ナトリウムの質量が約13.4 g以下の範囲で、うま味が増加するということが分かります。つまり、グルタミン酸ナトリウムを料理に添加する際には、食塩約13.4 gに対して、3.4 gを加えれば十分であるということです。5人分ぐらいの料理を作るときは、この比率で作れば、問題ありません。

ただし、これは計算上のことであって、実際は、食材自体にもグルタミン酸が含まれていますし、他の調味料にも食塩が含まれているので、料理によっては、若干の補正が必要になります。結局のところ、グルタミン酸ナトリウムはどの程度加えるのが最適なのかというと、味付けとして加える食塩の質量の20%ほどを加えるだけで十分だと思います。それ以上は、うま味の増加も少ないですし、塩分の摂り過ぎにも繋がってしまいます。グルタミン酸ナトリウムは、このように上手く使えば、いつもの料理をさらにおいしくすることができます。化学調味料だからといって、毛嫌いしないで、いろいろな料理に、是非とも活用してみてください。


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・参考文献

1) 太田静行「うま味調味料の知識」幸書房(1992年発行)

2) 薬理凶室「アリエナイ理科ノ教科書VC」三才ブックス(2009年発行)

3) 都甲潔/飯山悟 共著「トコトン追究 食品・料理・味覚の科学」講談社(2011年発行)

4) 佐藤健太郎「炭素文明論」新潮社(2013年発行)

5) 薬理凶室「悪魔が教える 願いが叶う毒と薬」三才ブックス(2016年発行)

6) 齊藤勝裕「最強の「毒物」はどれだ?」技術評論社(2014年発行)

7) 船山信次「こわくない有機化合物超入門」技術評論社(2014年発行)

8) 石浦章一「タンパク質はすごい!」技術評論社(2014年発行)

9) デイヴィッド・J・リンデン 著/岩坂彰 訳「快感回路―なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか」河出書房新社(2012年発行)

10) 韮沢悟/栗原良枝 共著「味覚と高分子 甘味タンパク質および甘味誘導タンパク質の構造と機能」高分子456月号(1996年発行)

11) Stevens,S.SThe psychophysics of sensory functionSigma Xi, The Scientific Research Socirty(1960)

12) 高村一知「天然および合成甘味料について」聖徳栄養短期大学紀要6,34-44,1975-03-20

13) 前橋健二「甘味の基礎知識」日本醸造協会誌106(12),818-825,2011-12-15

14) 二宮くみ子「だしとうま味の食品化学」薬学雑誌2016;136(10):1327-1334

15) 西村敏英/江草愛 共著『食べ物の「コク」を科学する』日本農芸化学会 化学と生物54(2):102-108(2016)