・合成甘味料の科学


(1)報道が「合成甘味料」を悪者にした

ヒトは、甘いものを食べると、その刺激により、脳内でβ -エンドルフィンなどの麻薬様物質が分泌され、快の感覚を生じさせることが分かっています。つまり、「甘味」というのは、ヒトの最も根源的な欲求につながる感覚であるといえます。甘い化合物、すなわち糖類というのは、カロリーが高く、身体を動かすエネルギーの元になる重要な化合物です。食料が乏しかった原始時代においては、カロリーの確保こそが、生存のための最優先課題であったでしょうから、糖類を取り入れると快楽を感じるように人類の味覚が進化したことは、ある意味当然のことであったでしょう。

しかし、食料の豊富な現代にあっては、砂糖などの糖類は、糖尿病や肥満、メタボリックシンドロームなど、数多くの生活習慣病の原因となっています。この問題を解消するには、「カロリーにならない甘味」という都合のいいものがあれば、まさに理想的です。したたかな人類は、そうした物質を追い求め、現実にそれを作り出しました。それこそが、この項で取り上げる「合成甘味料」なのです。しかしながら、「合成甘味料」というのは、恐らく現在用いられている食品添加物の中で、最もイメージが悪いものの1つでしょう。その原因を作ったのは、「正義」を謳う報道であり、そして標的にされたズルチンやチクロ、サッカリンといった、かつて大量に用いられた甘味料です。これらは砂糖とは随分違う構造を持ちますが、いずれも砂糖の数十倍から数百倍という強い甘味を持ちます。

このうち、ズルチンは肝機能障害や発ガン性などの毒性が判明したため、1969年より食品への添加が全面禁止されました。日本でも、大量摂取による死亡事故が何度か起きています。

 

.1  ズルチンは砂糖の約280倍の甘味を持つ

 

また、チクロも分解物であるシクロヘキシルアミンに発ガン性や催奇形性の疑いがあるとされ、今では市場から姿を消しています。ただし、チクロは実際には非常に分解されにくく、その心配は実際にはないともいわれています。チクロが禁止された後、アカゲザルの長期経口投与実験で、発ガン性が確認できなかったからです。「発ガン性を実証した」という実験も、チクロの錠剤をネズミの膀胱に直接埋め込むという、現実からかけ離れた条件であり、そんなことをすれば、障害が出ない方が不思議でしょう。今さらチクロに発ガン性がないといわれても、今までチクロを用いた甘い食品を食べられなかったという事実は返ってきません。チクロは他の合成甘味料に比べ、すっきりした砂糖に近い甘味を持ち、人気を博していました。チクロが使えなくなった結果、味が変化したり、安価なチクロが使えなくなったことによる価格上昇で、売り上げを落としたりして姿を消した食品もあります。

「危なそうなものには、注意してもし過ぎることはない。これを契機に合成甘味料についての関心が高まったのだから、むしろ評価されるべき」という意見もありますが、報道は事実を伝えることが期待されているのであって、危険を煽るために報道がある訳ではありません。なぜ、報道は危険を煽るだけ煽って、後で「やはり害がなかった」ということが分かっても、その事実を報道しないのでしょうか。昨今では、「正義であるならば、たとえ事実と違っていても構わない」というような危うい風潮がまかり通っていますが、「事実がすべてであり、何よりも優先される」という確信と信念の下に働くことは、科学の世界もメディアの世界も同じであるはずです。事実と違っても、結果が良ければそれで良いなどということは、科学の世界では口が裂けてもいえません。

 

.2  チクロは砂糖の約30倍の甘味を持つ

 

(2)サッカリンの発見

 サッカリンは、1879年に偶然発見されました。ジョンズ・ホプキンス大学で、コールタールの研究に従事していたコンスタンチン・ファールバーグが、たまたま自分の合成した物質を口に入れてしまい、これが異常に甘いことに気が付いたのです。当時は、化学物質の害がよく知られておらず、合成したものを舐めることに、抵抗のない時代でした。今では考えられない――といいたいところですが、甘味化合物のほとんどは、このような偶然によって発見されています。ちなみに、この時代の論文には、化合物の融点、色、溶解度などと並んで、「味」という項目が堂々と掲載されています。ファールバーグは、この化合物の特許を取得し、量産方法も確立して、「サッカリン」の名で発売します。スクロースの約300倍も甘く、体内で吸収されないので、カロリーはほとんどないという、夢のような甘味料の登場でした。彼の研究室の教授が、「自分に無断で特許を取って儲けたのはけしからん」と激怒したほどに、その売り上げは莫大でした。

けれども、サッカリンの栄光は、そう長くは続きませんでした。1960年代のラットを対象とした動物実験において、弱い発ガン性の疑いがかけられたからです。発ガン性物質の指定を受け、多くの国での使用禁止命令の結果、先進国の食品会社の多くは、サッカリンの食品への添加を止め、使用量は激減しました。しかし、その後の研究により、ラットでのガン発生はヒトには当てはまらないことが判明し、サッカリンに発ガン性はないとの見方が優勢になりました。また、糖尿病患者や肥満者のために、是非とも必要な甘味料であるとして、規制の見直しを求める運動が起こり、1991年に発ガン性物質の指定は解除されています。現在では、これに似た構造のアセスルファムカリウムも認可を受け、菓子類などに使用されています。アセスルファムカリウムは、砂糖の約200倍の甘味を持ち、すっきりとしてキレのある甘味を持ちます。

 

.3  サッカリンとアセスルファムカリウムは食品添加物として現在も使用されている

 

(3)アスパルテームの登場

 さて、こうした状況の中、アメリカの製薬会社G.D.サール社によって開発されたのが、アスパルテームです。砂糖の約200倍という甘味を持ちながら、カロリーは砂糖の1/20であり(大部分が分解も代謝も受けずにそのまま体外に排泄されるため)、まさに理想的な甘味料です。1965年、同社の研究員であるシュラッターは、胃液分泌促進ホルモンであるガストリンの中間体として、アスパルテームを合成しました。そして、指にこの化合物が付いているのに気が付かず、薬包紙を取ろうとして指を舐めたところ、驚くほど甘かったという経緯から、その甘味が発見されました。つまり、アスパルテームが指に付着する偶然と、研究員の指を舐める癖とが相まって、企業の研究方針とは無関係に、全く偶然にアスパルテームは発見されたのです。しかしながら、ズルチンやチクロの例から、アスパルテームについても危険性を警戒する声は数多く上がり、このためアメリカ食品医薬品局(FDA)は、理不尽といえるほど様々な試験を要求しました。

 

.4  アスパルテームは砂糖の約200倍の甘味を持つ

 

 アスパルテームは、一見するとややこしい構造ですが、実はアスパラギン酸とフェニルアラニンという2つの天然アミノ酸が結合しただけのものです。生物の身体の主要部分を構成するタンパク質は、20種類のアミノ酸が数珠つなぎになったものです。つまり、アスパルテームは、どこにでもあるありふれたタンパク質の断片に過ぎないのです。アスパルテームは、体内に入ると、2つのアミノ酸とメタノールに分解されます。アミノ酸はもちろん無害であり、メタノールには多少の毒性はありますが、摂取量がそれほど多くない限り、身体への影響は無視できる程度です。例えば、コーヒー1杯に入れるアスパルテームが、分解されてできるメタノールは3 mg前後ですが、フルーツジュースにはコップ1杯に約60 mg、ある種の発酵飲料は約300 mgものメタノールを含みます。この程度の量ならば、身体は問題なくこれを処理してしまいます。もしアスパルテームの毒性をメタノールに起因するのであれば、私たちは、フルーツジュースや発酵飲料も規制しなければならないことになります。

 

.5  アスパルテームは、アスパラギン酸とフェニルアラニンのメチルエステルとがペプチド結合した構造を持つ

 

 さらに、「アスパルテームはフェニルアラニンを含んでいるからいけない」という主張もあります。実のところ、フェニルアラニンは生体内で合成できない「必須アミノ酸」であり、極めて重要な栄養素です。そのフェニルアラニンが危険だというのは、一体どういうことかというと、「フェニルケトン尿症という遺伝病を持った新生児がフェニルアラニンを大量に摂取すると、知能に重篤な障害をもたらすため」だそうです。しかし、この病気を持った子供の割合は8万人に1人であり、しかも産まれたときに必ず行われる検査によって、容易に判定できます。これでアスパルテームがダメだというのなら、アレルギーの人がいるから蕎麦やエビは売るなという理論になってしまうでしょう。そもそも、産まれたばかりの自分の子供に、アスパルテーム入りのアイスやチューインガムを食べさせる親がいるとはあまり思えませんし、フェニルアラニンは牛乳や卵などのタンパク食品にも多く含まれているので、アスパルテームだけを規制しても無意味です。アスパルテームを規制したいがために、無理な粗探しをしているとしか思えません。こうした抗議があったため、「フェニルアラニン含有」と表示することを義務付けるという条件付きで、1981年になってようやく乾燥食品用に、1983年に飲料用に使用認可が下りました。これは、実に発見から18年を経てからで、アスパルテームを巡る攻防戦は、FDA史上最大ともいわれ、未だに語り草になるほどのものです。

 

(4)農薬を味見して発見

そして現在、合成甘味料の王者に君臨するのが、砂糖の約600倍もの甘味を誇るスクラロースです。この化合物は、砂糖のヒドロキシ基(-OH)の一部を、化学反応によって塩素原子(-Cl)に置き換えたもので、1976年にロンドン大学とテイト&ライル社の共同研究で初めて発見されました。これを合成した大学院生は、まだ英語に不慣れで、農薬の研究中に「その化合物をテスト(test)してくれ」と教授にいわれたのを、「その化合物を味見(taste)してくれ」と聞き間違え、舐めてみると驚くほど甘かったという、まるで冗談のような経緯で発見されました。ダイオキシンやDDTなどと同じ有機塩素化合物なので、普通に考えると、とても舐めてみたいような代物ではありませんが、幸いにして、スクラロースは人体にほぼ無害でした。

スクラロースの甘味は非常に強いので、使用量が少なくて済み、今や人工甘味料の王者的存在になっています。スクラロースの塩素原子は、ヒドロキシ基に大きさがよく似ているため、舌にある「甘味受容体」にすっぽりとはまり込み、本物の砂糖よりも強く結合して離れにくいため、強い甘味を感じさせます。しかし、胃腸はこれに騙されず、これは糖分ではないと認識するため、体内に吸収されることなく素通りしていくのです。スクラロースが驚くほど甘いのに、カロリーにはならないのはこのためです。サッカリンなどの人工甘味料と違って苦味がなく、虫歯の原因もならず、熱や酸に強いなどの長所が多く、安定性に優れた添加物として、現在数多くの飲食物に使用されています。他の合成甘味料の苦味消しのために用いられることも多くなっており、今後はますます用途が増えていく可能性が高いと思われます。

 

.6  スクラロースは砂糖の約600倍の甘味を持つ

 

(5)「合成甘味料」の在り方

 しかしながら、強烈に甘味を感じる人工甘味料の摂りすぎは、甘味になれてしまい、他の味を感じにくくなったり、他の甘味料による甘味に鈍感になり、摂りすぎてしまったりする心配もあります。また、糖類はカロリー源のごく一部なので、合成甘味料が生活習慣病に対する絶対的な切り札になる訳でもありません。実際に、合成甘味料が体脂肪減少に役立ったり、生活習慣病を防止したりするというデータは、ほとんど得られていないのです。

しかし、肥満や糖尿病がこれだけ増えている中、甘味をどうしても欲しいという人のためには、これら低カロリー甘味料は、選択肢の1つとして用意されていても良いと思います。WHO(世界保健機構)20153月に発表した「1日の砂糖摂取量に関するガイドライン」によると、「肥満や虫歯の予防のため、砂糖によるカロリーは総摂取カロリーの5%(25 g)までにした方が望ましい」と発表しています。これは、500 mLのコカ・コーラ(54 gの砂糖が含まれる)を飲んだら優に超える値であり、合成甘味料を避けるのであれば、私たちは清涼飲料水を一切飲めなくなってしまいます。比較的あっさりしているアクエリアスにも、500 mL当たり約23 gの砂糖が含まれています。

また、アメリカ心臓協会の発表によると、「糖分を含む清涼飲料水の過剰摂取によって、年間18万人が病気を発症して死亡している」といいます。これだけの被害が出ていて、「砂糖は無害で合成甘味料は有害」と果たしていえるのでしょうか。合成甘味料はむしろ使用基準を守って使われている訳で、無制限に使用されている砂糖と比べて、一体どちらの方が安全なのでしょうか。もし砂糖と同じリスクの合成甘味料が今作られたら、その化合物は必ず規制対象になるでしょう。結局これからは、こうした添加物についての知識を各自が持ち、各自の判断で使用するかどうかを決めていかなくてはならない時代になったということではないでしょうか。


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・参考文献

1) 武田邦彦「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」洋泉社(2007年発行)

2) 山崎幹夫「新化学読本-化ける、変わるを学ぶ」白日社(2005年発行)

3) 佐藤健太郎「炭素文明論」新潮社(2013年発行)

4) 佐藤健太郎「化学物質はなぜ嫌われるのか」技術評論社(2008年発行)

5) 船山信次「こわくない有機化合物超入門」技術評論社(2014年発行)

6) 大宮信光「面白いほどよくわかる 化学」日本文芸社(2003年発行)

7) 佐藤健太郎「世界史を変えた薬」講談社(2015年発行)

8) 佐藤健太郎『「ゼロリスク社会」の罠』光文社(2012年発行)