・理科の選択科目について


【目次】

(1) 高校理科の教育課程

(i) 物理とは?

(ii) 化学とは?

(iii) 生物とは?

(iv) 地学とは?

(2) 選択科目の種類

(3) 理系学部の理科選択

(4) 物理と生物のどちらが有利か


(1) 高校理科の教育課程

 高校理科の教育課程は、戦後の学制の改革により、1948年に新制高等学校が誕生したことから制定されました。高校は義務教育ではないので、戦後の1950年代前半は高校進学率が50%以下でしたが、その後の高度経済成長期に上昇を続け、1970年代半ば頃には90%以上となりました。その後はほぼ横ばいで漸増という傾向にあり、近年は99%近くの進学率になっています。つまり、1970年代以降の世代は、高校教育は「準義務教育」となっている訳です。

 新制高校用検定教科書は、1949年から使われました。当時は、「物理」「化学」「生物」「地学」から1科目を必修する教育課程になっていました。その後、科学技術立国を目指す日本では、1954年の理科教育振興法(理振法)に基づいて、理科備品の購入に国の予算が付くようになり、これによって理科の設備や機器類が急激に整備されました。特に19631973年は高校理科がピークの時代で、普通課程(普通科)では、文系の生徒も「物理」「化学」「生物」「地学」が必修でした。あとにも先にも、「物理」「化学」「生物」「地学」の4分野すべての履修が必須だったのはこの世代だけです。

 

.1  高校理科教育課程の推移

告示年度

開始年度

科目・単位数( )内は単位数

備考

1952

1953

「物理(5)」「化学(5)」「生物(5)」「地学(5)」から1科目必修(卒業に必要な最低単位数は5単位)

 

1956

1956

「物理(3 or 5)」「化学(3 or 5)」「生物(3 or 5)」「地学(3 or 5)」から2科目必修(卒業に必要な最低単位数は6単位)

3単位は職業高校、5単位は普通高校。

1960

1963

「物理A(3)」「物理B(5)」「化学A(3)」「化学B(4)」「生物(4)」「地学(2)」から12単位必修(卒業に必要な最低単位数は12単位)

理科教育のピーク時代。

1970

1973

「理科基礎(6)」「物理I(3)」「物理II(3)」「化学I(3)」「化学II(3)」「生物I(3)」「生物II(3)」「地学I(3)」「地学II(3)」から理科基礎1科目またはI2科目必修(卒業に必要な最低単位数は6単位)

高校進学率が90%超に。

共通一次試験開始(19791月)。

1978

1982

「理科I(4)」「理科II(2)」「物理(4)」「化学(4)」「生物(4)」「地学(4)」のうち理科I必修(卒業に必要な最低単位数は4単位)

1987年共通一次の理科が1科目に。

理科I以外の履修者の減少が始まる。

1989

1994

「総合理科(4)」「物理IA(2)」「物理IB(4)」「物理II(2)」「化学IA(2)」「化学IB(4)」「化学II(2)」「生物IA(2)」「生物IB(4)」「生物II(2)」「地学IA(2)」「地学IB(4)」「地学II(2)」のうちから総合理科、各IAIBから2区分に渡って2科目必修(卒業に必要な最低単位数は4単位)

家庭科男女必修。

社会科が地歴・公民になり拡大。

「理科離れ」が顕著に。

1999

2003

「理科基礎(2)」「理科総合A(2)」「理科総合B(2)」「物理I(3)」「物理II(3)」「化学I(3)」「化学II(3)」「生物I(3)」「生物II(3)」「地学I(3)」「地学II(3)」のうちから理科基礎・理科総合A・理科総合Bから少なくとも1科目を選択し、さらにそれら3科目の残りとIの中から1科目選択の2科目必修(卒業に必要な最低単位数は4単位)

情報必修。

総合的な学習の時間の導入。

全面実施は2003年。

2009

2013

「物理基礎(2)」「化学基礎(2)」「生物基礎(2)」「地学基礎(2)」「科学と人間生活(2)」「物理(4)」「化学(4)」「生物(4)」「地学(4)」「課題研究(1)」から物理基礎・化学基礎・生物基礎・地学基礎から3科目を選択するか、科学と人間生活と物理基礎・化学基礎・生物基礎・地学基礎から1科目を選択

理数教育充実へ。

全面実施は2013年(理科と数学は2012年から実施)。

2017

2022

「物理基礎(2)」「化学基礎(2)」「生物基礎(2)」「地学基礎(2)」「科学と人間生活(2)」「物理(4)」「化学(4)」「生物(4)」「地学(4)」から物理基礎・化学基礎・生物基礎・地学基礎から3科目を選択するか、科学と人間生活と物理基礎・化学基礎・生物基礎・地学基礎から1科目を選択

理数探究の新設なども踏まえて、理科課題研究を発展的に廃止。

2017

2022

「理数探究基礎(1)」「理数探究(25)

必修ではなく選択科目。

理科からも数学からも履修可能。

 

 1982年から高校に設置された共通必修科目「理科I」は、「物理」「化学」「生物」「地学」の基本部分の寄せ集めといえる科目です。高校の教員は理科の教職免許を持っているとはいえ、それぞれ「物理」「化学」「生物」「地学」のいずれかの専門性が強い場合がほとんどです。そのため、共通必修科目の「理科I」が登場したときには、教員が一人で総合的に教えるのは困難だから、「理科I」は羅列的な授業にならざるを得ないという批判が現場から出ました。そうした声もあって、結局「理科I」は、1989年の高等学校学習指導要領において廃止されました。その後、1994年には「総合理科」、2003年には「理科総合」といった具合に、高校生が全員学ぶ共通必修科目としての理科が復活することもありました。しかし、専門的な指導が困難だという理由により、2012年の学習指導要領改訂以降は「理科I」のような共通必修科目はなくなり、すべての科目が選択になりました。

 しかし、科目を選択すればよいという状況が続いてみると、「理科I」のような「物理」「化学」「生物」「地学」の4分野すべてを学ぶ共通必修科目のプラス面も浮かび上がってきます。2002年から2011年にかけて行われた「ゆとり教育」の時代では、「生きる力の育成」と称しながら、義務教育の内容が約三割削減され、小学校の削減内容は中学校へ、中学校の削減内容は高校へと移行しました。ゆとり教育の時代の高校生は、かつて中学理科で学んだはずの内容(仕事・イオン・遺伝・進化など)を高校から初めて習うことになり、理科の知識の定着が不十分なまま高校を卒業する生徒が増えました。そして、2010年代になるとゆとり教育による学力低下が社会的な問題となり、ゆとり教育の進行の中で高校に回されていた内容は、再び中学校に戻されました。しかし、現在でも相変わらず、高校生が全員学ぶ共通必修科目はありません。

 2025年現在では、高校生が全員学ぶ選択制の理科基礎科目として「物理基礎」「化学基礎」「生物基礎」「地学基礎」があります。これらは、2012年の学習指導要領改訂時に廃止された「理科総合A」や「理科総合B」に比べて、ずっとレベルが高い内容になっています。なぜなら、「理科総合A」や「理科総合B」には、もともと中学校で学ぶはずだった内容が含まれていましたが、それらは2010年代になって中学校に戻っているからです。現在の教育課程には、「科学と人間生活」という「物理」「化学」「生物」「地学」4分野の内容を含む科目も存在していますが、大学入学共通テストの受験科目ではないため、履修する高校生は限られています。

 

(i) 物理とは?

理科には、「物理」「化学」「生物」「地学」など、様々な分野があります。これは、私たちを取り巻く自然環境、すなわち素粒子から宇宙に至るまで、「自然の階層構造」に基づく分類です。私たちを取り巻く様々な物質は、そのスケールやサイズの大きさによって、またそれらを支配する力の性質によって、次のような階層構造に分けることができます。

 

宇宙 銀河集団 銀河 恒星系 地球(惑星) 大陸・海洋 生態系 生物集団 生物 細胞 分子 原子 核子(陽子・中性子) 素粒子

 

 これらの階層構造について、一般に下の階層から上の階層に行くにつれて複雑さは増し、下の階層にはない性質や法則が現れます。それぞれの階層には、その階層に応じた固有の性質と法則が存在し、それぞれで扱う対象も異なるので、当然その研究方法も違ってきます。自然科学に、「物理」「化学」「生物」「地学」といった様々な分野があるのはこのためです。「地学」では宇宙〜大陸・海洋の階層、「生物」では生態系〜細胞の階層、「化学」では分子〜核子(陽子・中性子)の階層の自然現象を主に扱います。それでは「物理」はどうなのかというと、「物理」は物質とその運動のすべて、宇宙から素粒子まで、自然の階層のあらゆる場面に関係する学問です。「物理」は自然科学の要であり、最も基本的で普遍的な物質の性質や運動について学ぶので、他の自然科学の分野と比べても、共通性と普遍性が高い学問です。物理を学ぶことで、科学的自然観の基礎を身につけることができます。

 高校までの物理の中心は、近代物理学の二大柱である「ニュートン力学」と「電磁気学」です。現代科学の「すべての物質は原子からできている。原子はさらに原子核と電子からなり、それぞれ固有の質量と電荷を持っている」という物理学的な物質観を前提にすれば、すべての物質は質量と電荷を持っていることになります。「質量」についての法則がニュートン力学、「電荷」についての法則が電磁気学です。具体的に物理学が扱う内容は、重さ・体積・密度・力・運動・音・光・温度・熱・状態変化・エネルギー・電流・磁界・原子などです。これらは抽象性が高く、ときには数式表現が要求されるため、物理に苦手意識を持つ人が多いのも事実です。

ちなみに、化学と物理では、「物質」の扱いが少し異なります。化学では「物質種」の認識を中心に扱うのに対し、物理ではすべての物質が持っている共通性、すなわち重さ(質量)とその保存性・体積・状態変化・物質の粒子的構造など、科学の物質概念の土台になるような内容を学ぶからです。

 

(ii) 化学とは?

 「化学」は、この世の中に存在するあらゆる物質の構造やその性質について研究する学問です。化学が対象としているのは、原子や分子などの非常に小さい粒子です。原子の種類(元素)は、現在およそ118種類あり、原子が様々に結びつくことで、私たちを取り巻く多種多様な物質種の世界が形づくられます。化学では、物質とその特性を理解し、さらにその性質について知るために、別の物質との間に起きる変化や反応についても研究します。そのため、実験や実習が最も多い学問の一つでもあります。化学を理解するためには、物質固有の性質を見る「巨視的な物質概念」と、原子や分子として見る「微視的な物質概念」の両方を獲得する必要があります。中学校までは、実験を通して巨視的な物質概念を獲得しつつ、微視的な物質概念を形成することが目的です。高校では、微視的な物質概念に基づいた物質概念の拡大が目的になります。

高校理科の「基礎」がついた科目では、「生物基礎」の選択者が最も多く、次いで「化学基礎」が二番目です。そして、理系の生徒が選択する「物理」「化学」「生物」「地学」の中では、「化学」の選択者が一番多くなるのですが、それは「化学が一番魅力的だから」というより、別の理由があります。まず最も主要な理由として考えられるのは、大学受験の科目選択です。化学は、理系の生徒では受験科目に使いやすいのです。私立大学の受験では、一部の難関大学を除いて、理系でも理科一科目で受験できる場合がほとんどなので、どの学科に進もうとも理科は化学だけで済みます。そして、化学は物理と比べると抽象度が低いように思えること、生物に比べて記憶することの量が少ないように見えるので、比較的とっかかりやすい印象を持たれます。しかし、実際は物理のように計算もたくさんあり抽象度も高く、生物のように記憶しなければならない用語もたくさんあります。ビジネスマンなどのアンケート調査で、化学は「学習して役に立たない科目」や「苦手科目」の上位にあげられることが多い理由は、恐らくそれが影響しているに違いありません。

ネガティブな印象を持たれることが多い化学ですが、化学は日常生活の数々の苦難から私たちを開放し、未来を希望あるものに変えてきた学問でもあります。例えば、化学の進歩により登場した「抗生物質」によって、かつては「死の病」といわれていた数々の病気が、現在ではやすやすと治るようになりました。抗生物質は、今やそこらの病院へ行けば、数百円で処方してくれるごくありふれた薬になりました。現代社会には欠かせなくなったスマートフォンやコンピューターの製造にも、化学の技術が不可欠です。また、現在までに地球上で最も多く人工的に化学合成された物質は何でしょうか?正解は「アンモニアNH3」です。これは、1910年にアンモニアNH3の工業的製法である「ハーバー・ボッシュ法」が発明されたからです。ハーバー・ボッシュ法の登場により、アンモニアNH3を原料とした窒素肥料が大量に製造されるようになり、農作物の収穫量は飛躍的に増加しました。ハーバー・ボッシュ法のおかげで、食糧不足の心配はなくなり、大勢の人々がたくさんの食物にありつけるようになったのです。このように、化学が現代社会に与えた影響はかなり大きく、今後も化学の重要性は揺るぎないでしょう。

 

(iii) 生物とは?

 21世紀は「生命科学の時代」といわれるように、近年の生物学の発展は目覚ましく、社会の中での利用がますます増えつつあります。また、環境問題や生物種の減少、生物資源の利用や枯渇、子供の自然体験の減少など、生物に関わる問題は21世紀の大きな課題になっています。「生物」は、自然界の生命の本質とその在り方を研究する学問です。生物学が対象としている階層は、「細胞−個体−種−生態系」なので、細胞内部の非常に小さいミクロの世界から、生物の生態や行動など地球規模に渡る非常に大きなマクロな世界まで幅広いです。生命現象の仕組みを極めて広い範囲から研究する「生理学」「生化学」、遺伝の仕組みを研究する「遺伝学」の他、「発生学」「生態学」「行動学」「進化系統学」などの分野があります。

 生物学の大きな柱の一つは、「地球上の生物は祖先をたどれば、ごく少数の生命体から進化によって枝分かれしてきた仲間同士である」という進化の考えです。私たちヒトを含めた生物が、それぞれ具体的にどのように生きているか、生物界の仕組みはどうなっているのか、自然の中での人間の位置はどうなっているのか、自分の体の仕組みはどうなっているかなどを知ることを通して、生物についての興味と関心を深め、生物についての基本的な事実・概念・法則などを学びます。

 

(iv) 地学とは?

 「地学」とは、地球や地球を取り巻く環境を研究する学問です。地球の内部や誕生してから現在までに起こった自然現象・大陸や海洋・火山活動・鉱物など、地球の歴史の過程で造られてきたあらゆる事象が研究対象となります。1948年に高等学校の一教科として誕生した最初の地学は、「天文学」「固体地球物理学」「気象学」「地質学」「鉱物学」「海洋学」など非生物界の自然現象を集めて構成された寄せ集めてきな内容の教科でした。

 しかし、今日の各研究の領域は相互の関連性にまで及んでいるので、固体地球ばかりでなく、宇宙や人間、社会と自然界の相互関係をも含めた「地球と宇宙の科学」へと発展しつつあります。具体的には、宇宙の構造と歴史、地球内部のエネルギーと現象、太陽放射とその影響、地球と生命の進化などです。地学を学ぶことで、地球の特徴とその成立過程および地球環境と人類の関係、宇宙の特徴とその成立過程を理解し、地球が生命にとってかけがえのない存在であることを認識し、科学的自然観の基礎を身につけることができます。

 

(2) 選択科目の種類

 高等学校の履修科目は、中学校に比べてかなり選択の幅があります。特に理科社会は、多くの高校で生徒の側で自由に選択でき、かつ大学受験に大きく関わってくる教科です。自由度が高く「好きな科目を選べる」反面、どの科目を選ぶべきか悩む生徒も少なくありません。本稿では、高校理科の選択科目について、詳しく説明していきたいと思います。

現在の教育課程の高校理科の選択科目は、次の表.1のようになっています。参考までに、令和4年度の大学入学共通テストの受験者数(大学入試センター発表)も併記しました。教育課程上は「科学と人間生活」という科目もあるのですが、共通テストの受験科目になっていないので割愛しました。必履修科目は「物理基礎」「化学基礎」「生物基礎」「地学基礎」の4科目で、文系や理系を問わず、その中から3科目を選択して履修することになっています。

 

.1  高校理科の選択科目の一覧

科目

標準単位数

必履修科目

履修状況1

共通テスト受験者数

物理基礎

2

65.6%

19,395

化学基礎

2

93.4%

100,461

生物基礎

2

94.3%

125,498

地学基礎

2

34.6%

43,943

物理

4

 

22.8%

148,585

化学

4

 

38.3%

184,028

生物

4

 

28.2%

58,676

地学

4

 

1.2%

1,350

1 文部科学省「平成27 公立高等学校における教育課程の変性・実施状況調査」より

 

 多くの高校では、高校1年生のうちに「物理基礎」「化学基礎」「生物基礎」「地学基礎」の中から3科目を選択して履修します。そして、高校1年生の秋〜冬あたりに高校2年生以降の文理選択を行い、高校2年生になるタイミングで文系と理系クラスに分かれます。そして、高校2年生以降は、理系を選んだ生徒は「物理」「化学」「生物」「地学」の中から2科目を選択して履修し、文系を選んだ生徒は「物理基礎」「化学基礎」「生物基礎」「地学基礎」の中から受験に使う2科目を選択して受験対策をする、というような教育課程になっています。表.1の履修状況と共通テスト受験者数から、文系と理系の典型的な受験科目の選択例は次のようになります。

 

【文系】

「生物基礎+化学基礎」 または 「生物基礎+地学基礎」

【理系】

「化学+物理」 または 「化学+生物」

 

理系の国公立大学や私立大学医学部、早慶をはじめとする難関私立大学では、理科2科目が必要になる場合が多く、ほとんどの受験生は「化学+物理」または「化学+生物」の組み合わせを選択して受験します。国公立大学の理系学部を受験する場合は、共通テストと個別の二次試験の両方を受験する必要があり、共通テストで理科2科目を受験し、個別の二次試験で理科を02科目受験します。東京大学をはじめとする難関国公立大学では、二次試験でも理科2科目を受験するのが一般的です。一方で、MARCHを含む多くの私立大学では、理科1科目でも受験できる学部がほとんどです。しかし、いずれにしても受験科目は、事前に調べておく必要があります。

文系の受験生で、共通テストで理科基礎を受験する場合は、50点満点の基礎科目(物理基礎・化学基礎・生物基礎・地学基礎)の中から2科目を選んで、100点満点の理科1科目分とします。国公立大学の文系学部では、理科が1科目で受験できるので、「生物基礎+化学基礎」または「生物基礎+地学基礎」で受験する受験生が多いです。一方で、国公立大学の理系学部では、理科が2科目必要な大学が多く、理科基礎を受験科目として認めていない大学も多いです、そのため、理系では理科基礎科目を選択せず、「化学+物理」または「化学+生物」で受験する受験生が多いです。なお、少数ではありますが、一部の国公立大学では、理系学部でも理科基礎を受験科目として認めている大学もあります。理系学部で理科基礎を受験科目とする場合は注意が必要で、「同一名称の科目」を認める場合と認めない場合があります。詳細は、志望校の募集要項を参照してください。

 

【同一名称を認める場合】

「生物基礎+化学基礎」と「生物」 または 「化学基礎+物理基礎」と「化学」 などで受験可

【同一名称を認めない場合】

「生物基礎+化学基礎」と「物理」 または 「生物基礎+物理基礎」と「化学」などで受験

 

(3) 理系学部の理科選択

理系学部の大学受験では、理科の選択科目を指定しているところが少なからずあります。理科の選択科目によって受験できるかどうかが左右されるので、行きたい大学・学部がはっきり決まっている場合は、早めに志望校の募集要項を参照しておいた方が良いでしょう。一般的な傾向として、「物理」「化学」「生物」「地学」の中では、「物理」の選択を必須とする学部が最も多く、次いで「化学」の選択を必須とする学部が多いです。「生物」や「地学」の選択を必須とする学部は、比較的少ない傾向にあります。

国公立大学を例にして説明しましょう。例えば、国公立大学で「物理」の選択を必須とする主な学部学科は、理学部物理学科・工学部・医学部保健学科放射線技術科・医学部医学科・薬学部などが多いです。医学部医学科と薬学部については、「化学+生物」の選択では受験できない国公立大学がいくつかあるので注意が必要です。一方、国公立大学で「化学」の選択を必須とする主な学部学科は、理学部化学科・工学部・薬学部などが多いです。工学部では、「物理」のみを必須とする大学と、「物理+化学」の2科目を必須とする大学が見られます。工学部の中でも応用化学系の学科は、「化学」のみを必須とする場合が多いです。薬学部では、東日本の大学(東北大学・富山大学・金沢大学)で「物理+化学」を必須とする大学が多くみられる一方、西日本の大学では「化学」のみを必須とする大学(千葉大学・岡山大学・広島大学・徳島大学・九州大学・長崎大学・熊本大学)が多いです。また、国公立大学で「生物」の選択を必須とする大学は少なく、「生物」の選択を必須とするのは理学部生物学科がほとんどです。看護学科では、私立大学で「生物」の選択を必須とする大学がいくつか見られますが、国公立大学で「生物」の選択を必須とするのは一部の大学(北海道大学)のみです。

 

.2  国公立大学理系学部の理科の選択科目について(データは20252月時点のものです)

物理+化学が必須の主な国公立大学

物理が必須の主な国公立大学

化学が必須の主な国公立大学

生物が必須の主な国公立大学

東北大学工学部・薬学部

群馬大学医学部医学科

千葉大学工学部

東京科学大(医学部と歯学部を除く)

横浜国立大学理工学部

富山大学薬学部

金沢大学医薬保健学域

名古屋大学工学部

三重大学工学部

京都大学工学部

大阪公立大学工学部

神戸大学工学部・システム情報学部

広島大学工学部

徳島大学工学部

愛媛大学医学部医学科

九州大学工学部・医学部医学科

佐賀大学医学部医学科

○○大学理学部物理学科

○○大学医学部保健学科放射線

北海道大学医学部医学科

東北大学工学部・薬学部

筑波大学総合選抜理系I

群馬大学医学部医学科

埼玉大学工学部

千葉大学工学部・情報データサイエンス

東京海洋大学海洋工学部

東京科学大(医学部と歯学部を除く)

東京都立大学システムデザイン学部

横浜国立大学理工学部

富山大学工学部・薬学部

金沢大学理工学域・医薬保健学域

福井大学工学部

岐阜大学工学部

名古屋大学工学部

名古屋市立大学医学部医学科

三重大学工学部

京都大学工学部

京都工芸繊維大学工芸科学部

大阪大学基礎工学部

大阪公立大学工学部

神戸大学工学部・システム情報学部

鳥取大学工学部

広島大学工学部

山口大学工学部

徳島大学工学部

香川大学創造工学部

愛媛大学医学部医学科

九州大学工学部・医学部医学科

佐賀大学医学部医学科

熊本大学工学部

大分大学理工学部

琉球大学工学部

○○大学理学部化学科

○○大学工学部応用化学科

○○大学医学部保健学科検査技術

東北大学工学部・薬学部

群馬大学医学部医学科

千葉大学工学部・薬学部

東京科学大(医学部と歯学部を除く)

横浜国立大学理工学部

富山大学薬学部

金沢大学医薬保健学域

名古屋大学工学部・医学部医学科

三重大学工学部

京都大学工学部

大阪公立大学工学部

神戸大学工学部・システム情報学部

岡山大学薬学部

広島大学工学部・薬学部

徳島大学理工学部・薬学部

愛媛大学医学部医学科

九州大学工学部・医学部・薬学部

佐賀大学医学部医学科

長崎大学薬学部

熊本大学薬学部

○○大学理学部生物学科

北海道大学医学部保健学科看護学

 

最後に「地学」についても説明しましょう。理系学部で「地学」を受験科目として認めている大学は少なく、すべての理系学部で「地学」を使って受験できるのは東京大学くらいなので、「地学」は高校でも履修科目として選択できない学校が多いです。共通テストの受験者数も全国で1,000名程度なので、問題集や参考書の数も少なく、受験勉強する上でのデメリットも多いです。

一方で、共通テストの受験者数が最も多い「化学」は、履修しておかないと受験できない大学が多いという事情から、多くの高校の理系コースで必修扱いになっています(「物理+生物」の組み合わせを選択できる高校も一部にはあります)。したがって、理系の生徒の多くは、「化学が必修で、物理または生物のいずれかを選択」することになります。理系を選んだ生徒で、工学部への進学を希望する場合は、「物理+化学」の選択以外の余地はほぼありません。「化学+生物」では、受験できる工学部が限定されるからです。しかし、他の理系学部へ進学したい場合は、「物理を選択するか」「生物を選択するか」を決めなくてはなりません。

 

(4) 物理と生物のどちらが有利か

「物理」と「生物」のどちらを選択するのが有利かというのは、受験関係者の中でも意見が分かれるところです。一部には、「医学部受験には物理が有利」という意見もあります。これは、「生物は大学入試では実験問題の考察や論述問題が多く、満点が取りにくい」という根拠によるものです。例えば、令和6年度の共通テストにおいて、物理で満点の受験者は2%程度(50人に1)いましたが、生物ではわずか0.05%(2,000人に1)と大きな開きがあります。しかし、たとえ高得点勝負になる地方国立大学の医学部であっても、物理で満点を取れる受験生はそもそもごく少数であり、生物の入試でも、満点は難しくても高得点を取ることは十分に可能です。物理と生物のどちらが難しいかも大学によって違い、物理の方が難しいという大学も少なからずあります。また、物理は高得点者が多い一方で低得点者も多く、差が付きやすい科目です。物理を選択した受験生が必ずしも高得点を取れるとは限らず、物理が苦手科目となってしまった場合、大きく差を付けられてしまう懸念もあります。その一方で、生物は平均点付近の人数が多く、高得点者が少ない一方で低得点者も少ないという、比較的差が付きにくい科目です。理科が苦手だという受験生は、物理よりも生物を選択した方が、得点を取りやすいかもしれません。「物理と生物のどちらが受験に有利か」ということは、一概には言えないというのが実際のところでしょう。

 

.3  令和6年度 大学入学共通テストの得点者の分布(独立行政法人 大学入試センターHPより)

 

物理

化学

生物

地学

受験者数

142,525

180,779

56,596

1,792

平均点

62.97

54.77

54.82

56.52

020

4.42%

3.61%

2.37%

1.80%

2140

14.68%

25.39%

21.24%

20.49%

4160

22.89%

31.29%

36.22%

38.34%

6180

31.75%

26.12%

32.54%

24.57%

81100

26.23%

13.58%

7.6%

14.85%

100

2.01%

0.63%

0.05%

1.28%

 

それでは、他の教科との関連はどうでしょうか?物理の概念はどれも数学との関連が深く、入試では計算力も要求されます。物理では三角関数を使う場面も多く、微分積分の考え方が物理の理解に役立つ場面も多いです。そのため、「数学が得意な人は物理も得意であることが多い」とはよく言われます。一方で、生物の入試問題は、概念を文章で説明したり、複雑な実験の結果を考察させたりするものが多く、理科の中でも論述力や読解力が最も問われます。したがって、国語の能力、特に現代文の力が要求されます。ただし、実際には得意科目がそのまま連動するとも限りません。数学ができるけれども物理はできないという人もいるし、国語はできないけど生物ができるというような人もいます。これは、向き不向きの参考程度に考えておくのが良いでしょう。

 

.4  物理と生物の特性

 

物理

生物

問題の特徴

複雑な計算問題が多い

実験の考察や論述問題が出題される

得点の特徴

満点を取りやすいが低得点者も多い

満点を取りにくいが低得点者は少ない

関連

数学

国語(現代文)

 

それでは、結局どうすればいいのかというと、「選択の余地があるなら、迷わず好きな方を選ぶべき」です。これは、「どちらを選んでもあまり変わらないから好きなのを選べばいい」という意味ではありません。「好きな科目」を選ぶことが、受験の結果に直結するからです。大学入試の理科では、「受験生が高校の授業で習っていない現象」を扱った初見の問題がしばしば出題されます。高校理科よりさらに進んだ内容を踏まえた出題や、最新の研究成果を反映した出題などです。もちろん、知識として知らなくても解けるような配慮はなされています。しかし、そうした内容を事前に知識として知っていれば、圧倒的に有利なのは言うまでもありません。直接的に内容を知らなくても、最新の研究の話や進んだ内容に親しんでいれば、はるかに有利になります。大学側がそのような出題をするのも、「高校内容に留まらず、科学に積極的な興味・関心を持っている受験生に入学して欲しい」という意図が含まれているからです、そうした最新の知識や深い理解は、もともとの科目への興味・関心がなければ得られるものではありません。また、生物は暗記すべき事項が大量にありますし、物理の計算は習熟するのに時間がかかります。好きな科目でなければ、そのような努力のモチベーションを得るのも困難です。好きな科目について、高校内容に留まらないトピックを自分どんどん調べていけば、受験にも大学進学後の学習にも繋がっていきます。そのために最も大事なのは、「その科目を好きであること」です。「好きなことを学ぶ」ことこそが、高校の科目選択の自由度の原点です。有利や不利という情報を気にし過ぎず、自信をもって好きな科目を選ぶのが良いでしょう。


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・参考文献

1) 隠岐さや香「文系と理系はなぜ分かれたのか」講談社(2020年発行)

2) 左巻健男「こんなに変わった理科教科書」三松堂印刷(2022年発行)

3) 左巻健男/内村浩 共著「授業に活かす!理科教育法 中学・高等学校編」東京書籍(2009年発行)