・硫酸の性質
【目次】
(1) 実験操作
[実験1:濃硫酸の溶解熱]
@ 試験管に純水5.0 mLを入れて、温度t1℃を測る。
A 駒込ピペットを使って、濃硫酸H2SO4 0.5 mLを加えて振り混ぜ、溶液の最高温度t2℃を測る。
[実験2:濃硫酸の脱水作用]
@ 実験1で調製した希硫酸H2SO4をガラス棒に付け、コピー用紙に希硫酸H2SO4で文字を書く。
A コピー用紙を少し乾かしてから、ガスバーナーを用いて、コピー用紙を遠火であぶる。
B 蒸発皿にスクロースC12H22O11 5.0 gを取り、水H2Oを数滴加えたあと、濃硫酸H2SO4を5.0 mL加えて反応を観察する。このとき、加える水H2Oの量が多過ぎると、炭化が全体に広がらないことがあるので注意する。
[実験3:希硫酸の強酸性]
@ 空の試験管に濃硫酸H2SO4 2.0 mLを入れ、粒状の亜鉛Znを一粒だけ加える。
A 実験1で調製した希硫酸H2SO4に、粒状の亜鉛Znを一粒だけ加える。
[実験4:硫酸とアンモニアの反応]
@ ガラス板の中央に濃硫酸H2SO4を1滴付け、濃硫酸H2SO4の付いているガラス面が下向きになるようにして、50 mLビーカーに被せる。
A 濃アンモニア水NH3 1.0 mLを駒込ピペットでビーカー内に注いで、濃硫酸H2SO4の変化を観察する。
※ 濃硫酸H2SO4が皮膚や衣類に付けないように注意する。もし濃硫酸H2SO4が付着した場合は、すぐに大量の水でよく洗うこと。
(2) 理論
硫酸H2SO4は、水分子との強い親和力により、水に溶かすと大きな発熱が起こります。このため、濃硫酸H2SO4を希釈する場合は、発熱に注意しながら、水に少しずつ濃硫酸H2SO4を加えていかなければなりません。もし濃硫酸H2SO4に水を加えてしまった場合は、比重の小さい水が、濃硫酸H2SO4の上で沸騰して、周囲に熱い硫酸H2SO4の液を飛び散らせることになります。硫酸H2SO4の溶解熱を表す熱化学方程式は、次の通りです。
H2SO4(l) + aq = H2SO4aq + 73 kJ
また、濃硫酸H2SO4には強い脱水作用があり、有機化合物から水素Hと酸素Oを水分子H2Oの形で引き抜く作用があります。スクロースC12H22O11に濃硫酸H2SO4をかけると炭化したり、濃硫酸H2SO4が皮膚に付くと火傷を起こすのは、この脱水作用のためです。なお、スクロースC12H22O11に濃硫酸H2SO4を加える前に水H2Oを少量加えるのは、濃硫酸H2SO4の溶解熱で高温にして、スクロースC12H22O11の炭化反応を起こしやすくするためです。ただし、加える水H2Oの量が多過ぎると、濃硫酸H2SO4が希釈されて脱水作用が弱くなり、炭化が全体に広がらないことがあるので注意が必要です。スクロースC12H22O11の量は多い方が失敗しにくく、大きく膨らむため、見た目のインパクトは大きいです。
C12H22O11 → 12C + 11H2O
図.1 炭化したスクロースC12H22O11
また、硫酸H2SO4は塩酸HClなどとは異なり不揮発性であるため、濃度の低い硫酸H2SO4であっても、放置して水分が蒸発すると濃縮されるので、衣服や皮膚に付いた場合などは、すぐに洗い落とす必要があります。今回の実験では、希硫酸H2SO4をガラス棒に付け、コピー用紙に希硫酸H2SO4で文字を書きました。これを乾かすと、水分が蒸発して濃硫酸H2SO4となり、紙の主成分であるセルロース(C6H10O5)nが脱水されて炭化し、黒い文字が浮かび上がってきます。
(C6H10O5)n → 6nC + 5nH2O
図.2 希硫酸H2SO4で文字を書き、遠火であぶると、炭の文字が浮かび上がってくる
希硫酸H2SO4は、水素Hよりイオン化傾向の大きな金属と反応し、水素H2を発生させます。これは、希硫酸H2SO4は強い酸性を示し、溶液中に大量にある水素イオンH+ が、金属を酸化するためです。亜鉛Znとの反応は、実験室で手軽に水素H2を発生させる方法として、汎用されています。
Zn + H2SO4 → ZnSO4 + H2
しかし、濃硫酸H2SO4は、亜鉛Znとはほとんど反応しません。一般に濃硫酸H2SO4は、質量パーセント濃度が90%以上のものを指します。濃硫酸H2SO4には、水素イオンH+ の受容体である水分子H2Oがあまり存在しておらず、濃硫酸H2SO4は電離して、水素イオンH+ を出すことができないのです。このため、濃硫酸H2SO4は水素イオンH+ を受け渡す力は強いので「強酸」ですが、濃硫酸H2SO4には水素イオンH+ を受け取る分子が存在しないので、「酸性」は弱いのです。そのため、濃硫酸H2SO4は、亜鉛Znとはほとんど反応しません。しかし、濃硫酸H2SO4を加熱したものは「熱濃硫酸(hot concentrated sulfuric acid)」と呼ばれ、強い酸化力を持ち、酸化剤として用いられます。
図.3 希硫酸H2SO4(左)と濃硫酸H2SO4(右)の亜鉛Znとの反応
ガラス板の中央に濃硫酸H2SO4を1滴付け、濃硫酸H2SO4の付いているガラス面が下向きになるようにして、50 mLビーカーに被せます。そして、濃アンモニア水NH3をビーカー内に注ぐと、揮発したアンモニアNH3が硫酸H2SO4と反応して、硫酸アンモニウム(NH4)2SO4の塩が、ガラス板に析出してきます。
H2SO4 + 2NH3 → (NH4)2SO4
図.4 揮発したアンモニアNH3が硫酸H2SO4と反応して、硫酸アンモニウム(NH4)2SO4が析出する
(3) 結果
実験1において、純水5.0 mLに濃硫酸H2SO4 0.5 mLを加えたところ、濃硫酸H2SO4の溶解熱により、水温が上昇しました。濃硫酸H2SO4を加える前の水温をt1℃、濃硫酸H2SO4を加えたあとの最高温度をt2℃とすると、次のような結果が得られました。
表.1 濃硫酸H2SO4を加える前後の水温の測定
温度t1 |
最高温度t2 |
20℃ |
37℃ |
ここで、濃硫酸H2SO4の密度を1.8 g/mL、希硫酸H2SO4の比熱を4.2 J/(g・℃)とすると、発生した熱量は、次のように求めることができます。
用いた濃硫酸H2SO4の濃度は95%、硫酸H2SO4のモル質量は98 g/molなので、これより濃硫酸H2SO4の溶解熱を求めると、次のようになります。
理論値は73 kJ/molなので、実験値は、それよりもかなり小さい値になりました。この理由としては、断熱容器を用いていないために、外部からの熱の出入りがあったことが考えられます。濃硫酸H2SO4は、水に溶解すると発熱しますが、同時に周囲へ熱が逃げて放冷するため、真の最高温度は、もっと高い温度になるはずです。真の最高温度に近い値を求めるためには、試験管に布を巻くなどして、断熱効果を高める必要があります。
・参考文献
1) 辰巳敬/伊藤眞人/窪田好浩/他11名「化学」数研出版(2016年発行)
2) 久保田港「硫酸と硝酸の性質」化学と教育66巻6号(2018年)