状態変化


【目次】

(1) 物質の状態

(2) 二相間平衡

(i) 開放系では、液体がいくら蒸発しても、その分圧は蒸気圧以下の値しか取りえない

(ii) 開放系では、蒸気圧と外圧が等しくなると、沸騰が起こる

(3) 状態図

(i) 状態図の見方

(ii) アイススケートの科学


(1) 物質の状態

物質を構成する粒子は、絶えず「熱運動(thermal motion)」をしているので、放っておくと互いにばらばらの状態になっていきます。例えば、水に赤インクを一滴落とすと、水中に赤インクが徐々に広がっていきます。このように、物質の構成粒子が自然に散らばっていく現象を「拡散(diffusion)」といいます。拡散は、秩序から無秩序に向かう変化であり、このことを「乱雑さ(randomness)」が増大する方向に進むといいます。

 

.1  臭素Br2の拡散

 

一方で、粒子間にはファンデルワールス力などの分子間力が働いていて、互いに集合しようとする傾向もあります。しかし、粒子の熱運動は温度が高くなるほど大きくなりますが、粒子間に働く引力は温度が高くなってもほとんど変化しません。そこで、一般的に温度を上げていくと、粒子の熱運動は激しくなるので、粒子同士が互いに集合しようとする力よりばらばらの状態になろうとする力の方が強くなり、粒子の集合状態が変わってきます。すなわち、「状態変化(physical change)」というのは、ミクロ的には「粒子の集合状態の変化」なのです。

一般的に温度や圧力を変化させていくと、物質は「固体(solid)」・「液体(liquid)」・「気体(gas)」の三態間で状態変化をします。例えば、固体の氷を加熱すると液体の水になり、さらに加熱すると気体の水蒸気になります。固体・液体・気体というものは、歴史的には、巨視的な性質により区別されていました。すなわち、固体は一定の体積と形を持ち、液体は一定の体積と自由な形を持ち、気体は自由な体積と形を持つという分類です。しかし、現代の化学では、物質の状態は粒子間の相互作用で区別されます。すなわち、固体では粒子間の相互配置が定まっており、液体では近接粒子は接触しているが相互配置は定まっておらず、気体では粒子同士が離れているので粒子間の相互作用は熱運動にほとんど影響を与えません。

 

.1  物質の三態

固体(solid)

液体(liquid)

気体(gas)

一定の体積と形を持つ。温度が下がって粒子の運動エネルギーが小さくなり、粒子間に働く引力で粒子が規則正しく密に並んだ状態

一定の体積と自由な形を持つ。温度が上がって粒子の運動エネルギーが大きくなり、粒子間に働く引力を振り切ってある程度運動できるようになった状態

自由な体積と形を持つ。粒子の熱運動に比べて粒子間の引力がほとんど無視できるようになり、粒子が自由に運動できるようになった状態

 

気体は、固体や液体より粒子間の距離が大きく、粒子は熱運動により、空間を激しく動き回っています。したがって、気体は体積や形が一定せず、固体や液体に比べて、密度が非常に小さいです。一方で液体は、粒子が熱運動によりその位置を自由に変えることができるので、流動性があって自由な形を持ちます。しかし、粒子間の距離は近く、その間に働く分子間力も強いので、圧力が変わってもほぼ一定の体積を示します。液体の密度や粒子間の距離は、固体とほぼ同程度であり、粒子間距離では約数パーセントの違いしかありません。固体は、粒子の熱運動よりも粒子間に働く分子間力の影響の方が強いので、粒子は一定の位置に固定され、その位置を中心に振動しています。そのため、固体は一定の形を持ち、圧力が変わっても一定の体積を示します。固体では、室温常圧の気体と比べ、粒子間距離は1/10程度、体積は1/1,000程度になっています。

 

.2  物質の三態間の粒子間距離と体積の変化(固体を1とする)

 

固体

液体

気体

粒子間の距離

1

1.05

10

体積

1

1.15

1,000

 

固体には、食塩NaClのように粒子が規則的に配列している「結晶(crystal)」と、ガラスのように粒子配置が不規則な「アモルファス(amorphous)」があります。結晶には明確な融点や凝固点がありますが、アモルファスには明確な融点や凝固点がなく、状態変化が連続的に起こります。ガラスを炎で熱すると徐々に軟化し始めるため、適度に軟らかくなったときに引き延ばしたり曲げたりして、ガラス細工をすることができます。なお、ガラスは「粘度が非常に高くなった液体」であると以前は考えられていましたが、現在では固体であると考えられています。

 

 

.2  ガラス細工の様子

 

 物質の状態変化において、固体から液体への変化を「融解(melting)」といい、その逆を「凝固(solidification)」といいます。また、液体から気体への変化を「蒸発(evaporation)」といい、その逆を「凝結(condensation)」といいます。さらに、固体から気体への変化を「昇華(sublimation)」といい、その逆を「凝華(sublimation from gas)」といいます。一般的に粒子間に働く分子間力が強い物質ほど、融解や蒸発が起こりにくく、融点や沸点は高くなる傾向があります。したがって、一般的にイオン結晶や金属結晶は、分子結晶よりも融点や沸点が高くなります。

 

.3  物質の状態変化

 

昇華に関しては、一般的に固体から気体への変化を指すことが多いです。中国語では、固体から気体への変化を「昇華」、気体から固体への変化を「凝華」と呼んで区別をしていますが、日本語や英語には、両者を区別する用語はありません。また、昇華は、ヨウ素I2やナフタレンC10H8、二酸化炭素CO2などの無極性分子からなる物質によく見られる状態変化です。

 

.4  ヨウ素I2は昇華性があり、紫色の濃密の蒸気になる

 

融解や蒸発は、物質を構成する粒子が激しく熱運動し、その運動エネルギーが結晶構造を壊し、粒子間の分子間力を上回ることで起こります。次の図.5は、大気圧下で固体に一定量の熱を加え続けたときの、加熱時間と温度の関係をグラフにしたものです。加熱をすると、物質の温度は上がっていきますが、状態変化の際には、その熱が融解熱や蒸発熱などの「潜熱(latent heat)」に使われることになるので、いくら熱を加えても温度が一定になるのです(グラフで傾きが0になっているところ)。このことは、融解や蒸発に伴う潜熱が、吸熱反応であることを証明しています。

 

.5  固体の加熱と温度変化

 

(2) 二相間平衡

密閉した容器中に、適当な量の液体を入れて放置しておくと、液体の一部は蒸発して気体になります。気体の中には、凝縮して液体に戻るのも出てくるので、液体が十分に存在していれば、いずれは蒸発速度と凝縮速度がつり合い、見かけ上の変化がなくなります。この状態を「気液平衡(vapor-liquid equilibrium)」といい、このときの気体の圧力を「飽和蒸気圧(saturation vapor pressure)」または「蒸気圧(vapor pressure)」と呼びます。両者を別の意味で使い分けている人がよくいますが、飽和蒸気圧と蒸気圧は、本来同じ意味で使われる用語です。

 

.6  蒸気圧は蒸発した気体が示す圧力である

 

 ここで、A()A()の気液平衡が存在するとき、この反応の平衡定数をKとすると、「質量作用の法則(law of mass action)」より、次式が成立します。

 

A()A()

 

[A()][A()]は、各相でのA物質量nを各相の体積Vで割った値、すなわち各相でのAのモル濃度です。液体については、ある温度での体積が一定なので、密度もまた一定値になります。したがって、[A()]の値は、Aの質量をw gAの分子量をM、密度をd g/Lとすると、次のようになります。

 

 

つまり、温度Tが決まれば、[A()]は一定値を取るのです。さらに、ある温度では、Kは圧力によらず一定値を取るので、[A()]もまた一定値しか取れないことも分かります。そして、この[A()]は、理想気体の状態方程式PVnRTを使って、次のように表せます。

 

 

温度T は決まっているので、PAもまた一定値しか取れないようになります。気体は、固体や液体に比べて圧縮が自由であり、その濃度を大きく変化させることができます。しかし、気液平衡が成り立っている場合、気相の濃度[A()]はある温度で一定になるから、その蒸気圧PAもまた一定になるのです。したがって、ある温度では、圧力や体積によらず、その蒸気圧は一定になることが分かります。容器のような密閉系の中で、ある物質の気体と液体とが共存しているとき、一定時間が過ぎるとやがて気液平衡となるので、その気体の圧力(分圧)は、蒸気圧に等しいと考えて問題ありません。つまり、液体が存在する密閉系では、その物質の気体の圧力は、必ず蒸気圧となるのです。

 

@ ある温度において、蒸気圧は圧力や体積によらず、一定値を取る

A 密閉系で液体が存在するとき、その物質の気体の圧力は蒸気圧に等しい

 

可逆反応は、すべて平衡状態を目指して変化していきます。ある物質の気体と液体が密閉系で共存しているとき、その物質の気体の圧力は蒸気圧に等しくなります。また、蒸気圧はある温度においては一定になるのだから、その物質の気体の圧力が蒸気圧より大きくなることはありえません。そこで、次のようにして、密閉系にある物質の状態を判別します。

 

@ 密閉系の液体がすべて蒸発して、気体になっていると仮定する

A 物質すべてが気体であると仮定したときの圧力Pifを、理想気体の状態方程式PVnRTなどで求める

B 次にようにして状態を判別する

 (i) Pif≦蒸気圧のとき

  まだ気液平衡に達していないので、すべてが蒸発して気体になっている。このときの気体の圧力はPifと等しい

 (ii) Pif>蒸気圧のとき

  気液平衡になるまで気体の凝縮が起きるので、液体と気体が共存している。このときの気体の圧力は蒸気圧と等しい

 

このように考えることで、密閉系にある物質の状態を判別することができます。密閉系では、物質量と体積が一定なので、理想気体の状態方程式PVnRTを使って、圧力を出すことができます。しかし、屋外などの開放系では、気体粒子が拡散していくので、状態方程式を使うことができません。したがって、開放系においては、次のように考えます。

 

(i) 開放系では、液体がいくら蒸発しても、その分圧は蒸気圧以下の値しか取りえない

コップの中に水を入れて、ふたをせずに放置したとします。時間が経てば、コップの中の水はすべて蒸発して、気体となってしまいます。水がすべて蒸発してしまう理由は、蒸発した気体分子が空気中に拡散していくため、いくら水が蒸発しても気液平衡に達しないからです。そこで、液体の表面では、決して叶わぬ気液平衡を目指して、蒸発がどんどん進みます。屋外などの開放系に濡れた洗濯物を干して乾かすことができるのは、空気中の水蒸気の圧力が蒸気圧に達していないからなのです。屋内などの密閉系に近い環境で洗濯物を干したときは、屋外に比べて洗濯物は乾きにくくなります。

ちなみに、空気中の水蒸気の圧力が蒸気圧と等しいときは、空気中の湿度が100%のときです。このときは、気液平衡が成立しているので、濡れた洗濯物は決して乾きません。また、蒸発した水蒸気の示す圧力は、その温度の蒸気圧よりは大きくならないので、地表近くの空気が上昇して温度が下がると、水蒸気が液体の水に凝縮してきます。霧や雲は、このようにして生じているのです。

 

.7  水蒸気を含む湿った大気が冷やされると、湿度100%に達したところで水蒸気が凝縮し、雲ができる

 

(ii) 開放系では、蒸気圧と外圧が等しくなると、沸騰が起こる

「沸騰(boiling)」とは何かと問うと、「沸騰は液体が気体になる現象である」と答える人がよくいます。しかし、これは違います。沸騰とは、液体内部からも蒸発が起こる現象のことです。液体が沸騰する温度を「沸点(boiling point)」といいますが、液体は沸点より低い温度でも、気液平衡を目指して蒸発します。そもそも、沸点でしか液体が蒸発しないのだったら、常温で洗濯物が乾くことなどありえないのです。

また、蒸気圧は、物質の種類と温度によってのみ決まります。温度と蒸気圧の関係を示したグラフは、「蒸気圧曲線(vapor pressure curve)」と呼ばれます。このグラフから分かるように、蒸気圧は温度の上昇とともに大きくなります。つまり、温度が上がると、気液平衡において気体の割合が増え、蒸発しやすくなるのです。一般的に分子間力の大きい物質ほど、分子同士が強く引き合って蒸発しにくくなるので、蒸気圧は小さくなります。分子量の割に水H2Oの蒸気圧が小さいのは、水H2Oは分子間で4本の水素結合をして、互いに強く引き合っているからです。

 

.8  蒸気圧曲線

 

ところで、沸騰はどういう仕組みで起こるのでしょうか?加熱を続けると、分子の熱運動が激しくなって、液体内部で運動エネルギーの大きい分子が現れてきます。この分子は、周りの分子を押しのけて、液体内部に小さな空間を作ります。この空間には、内側からは蒸気圧が、外側からは大気圧がかかっています。もし蒸気圧よりも大気圧の方が大きければ、生じた空間は直ちに押しつぶされ、すぐに消滅してしまいます。しかし、液体の温度を上げていくと、蒸気圧は大きくなり、やがて外圧と等しくなります。そして、この蒸気圧が大気圧より大きければ、液体が気体になる妨げがなくなり、液体内部の空間に向かって蒸発が進み、熱が供給される限り、気泡が成長することになります。ガスバーナーなどで直接熱されている底面付近では、過熱状態になって運動エネルギーの大きな分子が発生しやすく、小さな空間が作られやすくなります。こうして、液体内部で生じた空間に向けた蒸発が起こり、成長した気泡が浮力で浮き上がって、沸騰という現象が見られるようになるのです。

 

.9  液体中に生じた気泡

 

日常の中で水を加熱した場合は、二酸化炭素CO2や酸素O2などのもともと溶存していた空気成分が、加熱によって過飽和状態(温度が上がると水に溶ける気体の量が少なくなる)になり、溶けきれなくなった空気成分が水中で微小気泡を作ります。この微小気泡が核となり、微小気泡が成長することによって、沸騰が起こるのです。しかし、同じように水を加熱した場合でも、一度煮沸するなどして溶存気体を除いた水を再加熱する場合や、電子レンジを用いるなどして短時間で温度を上げる場合には、液体内部に微小気泡が発生せず、沸点になっても沸騰が起こらなくなって、過熱状態となることがあります。この状態は大変危険であり、物理的な衝撃や異物が液体に加えられるやいなや、爆発的な沸騰を起こすのです。この現象を「突沸(explosive boil)」といいます。突沸が起こると、蒸発熱が多量に奪われて温度が下がり、しばらくは静かな状態が続きますが、加熱を続けていくと、再び突沸が起こるというような状態を繰り返すようになります。突沸は、高温の液を周りに飛び散らせる危険性があるので、注意しなければならない現象です。

 

.10  液体の試薬を加熱した場合には、突沸が起こりやすくなる

 

学生実験などでは、突沸を防ぐために、液体を攪拌したり、沸騰石を入れたりします。沸騰石は、多数の細かい穴を持つ「多孔質(porous)石です。液体に沸騰石を加えると、ここに閉じ込められた気泡が沸騰の核となって、突沸を防ぎます。沸騰石が手元にない場合は、細かく砕いた植木鉢でも、代用することができます。使用済みの沸騰石には、空気ではなく液体が含まれているので、このままではほとんど役に立ちません。しかし、使用した沸騰石でもよく乾燥させることで、再び使用することができるようになります。

 

.11  沸騰石を液体に加えることで、突沸を防ぐことができる

 

一般的には、外圧を1気圧760 mmHg1.013×105 Paにしたときに沸騰する温度を、その物質の「沸点(boiling point)」といいます。しかし、外圧が変わると、沸騰する温度が変化することに注意しましょう。例えば、標高3,776 mの富士山山頂では、大気圧は630 hPaとなって、水H2Oは約87℃で沸騰します。富士山山頂でカップラーメンを食べる人がいますが、この温度ではデンプンの糊化が進まず、カップラーメンがおいしく食べられません。また、標高8,848 mのエベレスト山頂では、大気圧は300 hPaとなり、水H2Oは約70℃で沸騰するようになります。

 

.12  富士山山頂では、H2Oは約87℃で沸騰する

 

一方で、一般的な圧力鍋は、空気や液体が逃げないように内部を密閉系にすることで、鍋の中の気圧を2.4気圧程度まで上げています。この気圧では、H2Oの沸点は約125℃になります。反応速度は、温度が10℃上がるごとに24倍にもなります。この高温や高圧により、野菜類ならば細胞壁が早く破壊され、肉類ならタンパク質や繊維が早く分解されるため、短時間で調理することが可能となります。さらに、加熱時は通常の鍋で煮るよりも、中の食材の動きが静かで少ないので、大きな食材によく火を通しても、煮崩れが起こりにくいという利点もあります。

 

.13  圧力鍋を用いることで、食材を通常より高い温度と圧力の下で、比較的短時間で調理することができる

 

(3) 状態図

(i) 状態図の見方

 ある圧力と温度のもとで、その物質の状態を示した図を「状態図(phase diagram)」といいます。次の図.14のように、状態図は縦軸に圧力、横軸に温度を取って示します。圧力と温度さえ与えられていれば、状態図を見て、その物質の状態が何なのか一目で分かるのです。

 

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.14  状態図

 

状態図において、気相と固相の境界である曲線OBを「昇華圧曲線(sublimation curve)」、気相と液相の境界である曲線OAを「蒸気圧曲線(vapor pressure curve)」、液相と固相の境界である曲線OCを「融解曲線(melting curve)」といいます。この曲線上の条件では、2つの状態の間で平衡が成り立っており、曲線上は2つの状態が安定して共存できる温度と圧力を示しています。蒸気圧曲線の高温高圧側の終点は「臨界点(critical point)」と呼ばれ、それ以上の温度と圧力においては、「超臨界流体(supercritical fluid)」という状態になります。

超臨界流体は、物質的には気体の振る舞いをするものの、高い密度のために液体の性質も併せ持つ物質の状態です。例えば、超臨界流体の二酸化炭素CO2は、デカフェコーヒー製造の際に、カフェインを抽出して除くために用いられています。また、超臨界流体の水H2Oは、アセトンのような有機溶媒として振る舞い、無機化合物をほとんど溶解せず、メタンCH4のような有機化合物をよく溶かすようになります。また、極めて高い酸化力を持つので、白金Ptや金Auまで酸化してしまいます。この酸化力を利用して、超臨界流体の水H2Oを、PCB(ポリ塩化ビフェニル)やダイオキシン類などの難分解性有機物の処理に利用しようという研究があります。

 

.15  超臨界流体の二酸化炭素CO2

 

さらに、状態図において、3つの曲線が交わる点は「三重点(triple point)」と呼ばれます。三重点では、固相・液相・気相の三相が共存し、簡単に言えば「氷水が沸騰している」ような状態です。その物質固有のある一点の温度と圧力でしか存在できません。水H2Oの場合では、三重点は273.16 Kで約610 Paの状態です。現在では、水H2Oの三重点はSI単位系において、温度の定義に用いられています。この定義により、水の三重点は厳密に611.657±0.010 Pa0.01℃とされています。

 

.16  H2Oの三重点では、氷がある状態で沸騰が起こる

 

また、水H2Oの状態図では、固体と液体の共存を示す固液平衡の融解曲線が、やや左上がりになっています。これは、水H2Oならではの性質であり、固体の氷より液体の水の方が、密度が大きいことに由来しています。水H2Oのように、固体より液体の状態の方の密度が大きい物質を「異常液体(abnormal liquid)」といいます。異常液体は、水H2Oの他にはケイ素SiやゲルマニウムGe、ガリウムGa、ビスマスBiなどが知られています。異常液体では、同温で圧力を上げていくと、固体から液体に状態変化します。

 

(ii) アイススケートの科学

このように、氷は圧力を上げると液体になって溶けます。そのため、アイススケートやスキーなどの氷上を滑る競技ができるのは、「氷が刃などの圧力で融解し、氷上に薄い水膜ができることで摩擦力が小さくなり、氷の上を滑れるようになるから」という説があります。圧力によって氷の融点がどれだけ低下するのかは、物理化学的に計算可能です。例えば、体重240 kgの力士が長さ30 cm、幅1 mmのスケートの刃にまっすぐに立っているとすると、約800 kg/cm2の圧力が氷にかかりますが、これによる融点降下は約0.60℃に過ぎず、融点付近の限られた条件でしか説明できません。実際、フィギュアスケートでは氷の温度はやや軟らかめの-3℃(氷に刃を引っ掛けて飛ぶ必要があるため)、スピードスケートではやや硬めの-5(氷との摩擦を少なくするため)となっているため、圧力による融点降下が起こっても、氷が融解することはありません。

 

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.17  体重240 kgの力士がスケート靴を履いたとしても、氷の融点は0.60℃しか下がらない

 

 近年、氷の表面構造についての研究が進んでおり、氷の滑りやすさは、表面の融解により生じる「疑似液体層」が、潤滑剤の役割を果たすためと考えられています。氷の温度の上昇とともに、表面最外層の水分子の熱運動は激しくなり、幾何学的に荒れた表面を作ります。表面に生じた数十〜数百nmの液体層は、下地である結晶構造の影響を多少受けるので、完全な液体とは異なるという意味で「疑似液体層」と呼ばれます。実際に、疑似液体層の存在で摩擦係数が低下することや、氷の表面の傷が自発的に修復されたことが実験的に示されています。


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・参考文献

1) 石川正明「新理系の化学()」駿台文庫(2005年発行)

2) 卜部吉庸「化学の新研究」三省堂(2013年発行)

3) 齊藤烈/藤嶋昭/山本隆一/19名「化学」啓林館(2012年発行)

4) 松岡雅忠『「溶ける」と「融ける」』化学と教育693(2021)