・酸化還元


(1)酸化と還元とは何か?

 酸化反応(oxidation)は最も身近な化学反応の1つです。例えば、紙や木が燃えるのは炭化水素が酸素O2と反応して二酸化炭素CO2や水H2Oなどに化学変化する酸化反応で、発生するエネルギーが大量のため、発光と発熱を伴うのです。また、金属製品が錆びる現象も酸化反応の1つです。金属は空気中で酸素O2や水H2Oと反応し、複雑な構造の酸化物や水酸化物を作るのです。例として、次に鉄Feが錆びる現象を化学反応式で示します。

 

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錆については諸説がありますが、天然の鉄錆はオキシ水酸化鉄(III) FeOOHであると言われています。これらの反応は不可逆的であり、自然にオキシ水酸化鉄(III) FeOOHが鉄Feに戻ることはまずありません。この理由は、先にも述べましたが酸化反応の反応熱が非常に大きいからです。反応熱が大きいということは、酸化反応のエンタルピー変化はH<0であり、ギブスの自由エネルギーG=H-TSより酸化反応はたとえS<0でも、大きな反応熱のためにG<Oとなる反応が多いのです。また還元反応(reduction)については、身近ではFeや銅Cuなどのよく汎用される金属を製錬する場合に行われる化学反応です。地球上に存在する鉄Feや銅Cuなどの金属は、鉱石中では酸化物あるいは硫化物などになっており、このままでは加工したりして利用することができません。そこで金属を含む鉱石を溶鉱炉中で炭素Cを用いて還元し、単体金属にするのです。

 このように酸化と還元は昔から身近に起こっていた反応であり、人類が初めて酸化と還元を定義したのは18世紀でした。18世紀の後半には、石灰などに含まれる二酸化炭素CO2や空気中に多量に含まれる窒素N2、水の素となる水素H2などの気体が次々と分離され発見されていました。こうした中でラボアジエは、目に見えない気体も含めて化学反応を考えなくてはならないと考えたのです。ラボアジエは、反応を全て密閉容器の中で行い、反応前後での質量変化を正確に測定しました。すると何と言うことか、系の質量が反応の前後で変化することがなかったのです。これは質量保存の法則の発見でした。ラボアジエはこの実験結果をもとに、「燃焼とは空気中に含まれる酸素が可燃性化合物と化合することである」と提唱したのです。そしてラボアジエは、このときに酸化と還元を次のように定義しました。

 

「酸化とは物質が酸素と化合する反応であり、還元とは酸化物から酸素が抜ける反応である。」

 

(2)酸化と還元の定義

酸化と還元の定義については、ラボアジエの定義から始まり、歴史的に色々と変化をしてきましたが、現在では次のように電子e- の享受によって定義されています。

 

.1  酸化と還元の定義

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つまり、酸化還元反応において、電子e- が右辺にくる反応が酸化反応で、電子e- が左辺にくる反応が還元反応になるのです。よく酸化還元反応において、「酸素と化合する反応が酸化反応で、酸素を失う反応が還元反応である」などという18世紀頃の古い定義が未だに説明されますが、それでは反応の説明に不十分なのです。例えば、酸素中で炭素が燃焼する反応は酸化反応になり、反応式は次のように表せます。

 

C + O2 CO2

 

しかし、炭素を酸素中ではなく、塩素中で燃焼させたらどうなるでしょうか。反応式は次のように表せます。

 

C + 2Cl2 CCl4

 

もともと「酸化」とは、燃焼する反応と定義されていたのですから、この燃焼反応も間違いなく酸化反応です。つまり、酸化反応とは酸素が化合する反応だけとは限らないのです。このことは還元反応にも然りで、酸素を失う反応だけが還元反応とは限りません。また、酸化還元反応を電子e- の享受によって考えると、全体の反応では、酸化反応によって失われた電子が還元反応の電子に直接使われることになります。

 

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.1  酸化と還元の電子e- の移動

 

つまり、酸化還元反応において電子e- の移動の立場からすれば、酸化と還元は同時に起こる反応なのです。よって、C+2Cl2CCl4の反応では、炭素から見ればこの反応は「炭素の酸化反応」ですが、塩素の立場から見ればこの反応は「塩素の還元反応」になるのです。このように定義することで、様々な反応を酸化還元で広く考えられるようになりました。よく酸化還元反応を酸素原子や水素原子の移動によって説明する人がいますが、その考えだけでは現代の化学に通用しません。酸化還元反応とは、電子e- の享受による電子移動反応なのです。

 

(3)酸化数

 酸化還元反応とは電子移動反応のことですが、現実にはそのe- の移動の成否の判定はそう単純ではありません。例えば、次に示す水H2Oの生成反応は、水素H2の酸化反応になります。

 

2H2 + O2 2H2O

 

しかし、この反応は電子移動反応の観点から見ると、電子が移動しているのかどうかが定かではないのです。もし水素H2が酸化されたというのなら、水素H2は水素イオンH+ となって電子e- を酸素O2に受け渡し、酸素O2は水素H2から電子e- を受け取って酸化物イオンO2- になるはずです。けれども現実には、水H2Oはそのような水素イオンH+ と酸化物イオンO2- によるイオン性の化合物になって存在してはおらず、水H2Oは共有結合性の化合物です。そこで、1938年にウェンデル・ラティマーは、酸化還元反応において各成分原子の間で起こる電子の享受の様子を分かりやすく説明する理論として、「酸化数(oxidation number)」という概念を提唱しました。酸化数は簡単に言えば、対象原子の電子密度が単体であるときと比較してどの程度であるかを知る目安の値のことです。例えば、酸化とは原子が電子を失うことであるから、単体であったときより電子密度は低くなります。それに対して還元とは原子が電子を得ることであるから、単体であったときより電子密度が高くなるのです。つまり、ある原子が酸化状態にある場合、電子密度は低くなっているのでその原子は部分的に正電荷を帯び、ある原子が還元状態にある場合、電子密度が高くなっているのでその原子は部分的に負電荷を帯びることになるのです。この過剰電荷のことを酸化数といい、ある原子が酸化状態にあるときは酸化数は正の値を取り、逆に還元状態にあるときは酸化数は負の値を取ります。酸化数は一般的に以下のようにして求めます。

 

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ここで例として、炭素の化合物における炭素原子の酸化数を示します。炭素の化合物で最も還元された化合物はメタンCH4であり、その酸化数は-IVです。メタンCH4は酸化されていくに従い、メタノールCH3OH→ホルムアルデヒドHCHO→ギ酸HCOOH→二酸化炭素CO2へと変化していき、それに伴って炭素原子の電子密度が減少していきます。つまり、酸化においては酸化数が増加し、還元においては酸化数が減少するということが言えます。

 

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.2  炭素化合物の酸化数

 

酸化数は図.2のように構造式を書き、「(」で線引きをし、「酸化数=中性原子における価電子の数-所有している電子の数」より過剰電荷を求めるというのが基本的な方法です。しかし、構造式をいちいち書くというのは大変面倒であるし、構造の分からない化合物では手も足も出なくなってしまうため、もう少し簡便な方法を考える必要があります。そこで、酸化数の求め方においては以下のルールを定め、代数計算によって酸化数を求めることが多いです。

 

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このようなルールに従って代数計算をすると、構造式を書かなくても容易に酸化数を求めることができるのです。このように酸化数を求めることができるのは、ほとんどの化合物において、構成元素の中で酸素Oは最も高い電気陰性度を持ち、水素Hを含む1族や2族の元素は最も低い電気陰性度を持つからです。しかしながら、過酸化水素H2O2や水素化ナトリウムNaHなどの化合物においては、このルールが当てはまらなくなります。

 

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.3  過酸化水素H2O2と水素化ナトリウムNaHの酸化数

 

この理由は、過酸化水素H2O2の場合は酸素同士-O-O-の結合があり、その共有電子対で電子を2等分するために過剰電荷が1減るからです。また、水素化ナトリウムNaHの場合は、水素HがナトリウムNaより電気陰性度が高いため、水素Hが電子対を占領してしまうのです。さらにフッ素Fが酸素Oと結合した場合も同様です。二フッ化酸素OF2は水H2Oの水素原子Hがフッ素原子Fに置換した構造ですが、酸素Oの電気陰性度よりフッ素Fの方が高い電気陰性度を持つため、その共有電子対はフッ素Fに占領されてしまうことになります。よって、二フッ化酸素OF2のフッ素Fの酸化数は-Iで、酸素Oの酸化数は+IIになります。

 

(4)酸化剤と還元剤

酸化と還元は同時に起こる反応ですが、見方によっては色々な捉え方があります。例えば、次に示す反応で、Aでは酸化反応が、Bでは還元反応がそれぞれ起こっています。

 

A + B A+ + B-

 (酸化反応) A A+ + e-

(還元反応) B + e- B-

 

つまり、全体の反応では、Aが電子e- Bに直接受け渡すという電子移動反応(酸化還元反応)が起こっているのです。ここで普通、「酸化反応」だとか「還元反応」だとか言うとき、それは「酸化される反応」と「還元される反応」であって、自らの原子分子に視点を置いたものです。しかし、このように全体の反応を眺めてやると、あることが分かります。それは、自らが酸化されるときは相手を還元し、自らが還元されるときは相手を酸化するということです。このように視点を相手の物質に定め、相手から電子を奪い相手を酸化する物質を酸化剤(oxidant)といい、相手に電子を与え相手を還元する物質を還元剤(reductant)といいます。酸化剤自身は還元反応が起こるので酸化数は減少する一方、還元剤自身は酸化反応が起こるので酸化数は増加します。

 

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.4  還元剤と酸化剤

 

ここで代表的な還元剤と酸化剤を次の表.2に示します。この表に示す物質ぐらいは覚えておきましょう。

 

.2  代表的な還元剤と酸化剤

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また、表.2に示す還元剤および酸化剤で、注意すべき反応がいくつかあります。次の(i)~(iv)を参照してください。

 

(i)マンガンMnの化合物について

 過マンガン酸イオンMnO4- は、液性によって酸化力の強さが変わってきます。液性が酸性の条件では、過マンガン酸イオンMnO4- は強い酸化力を発揮して反応後はマンガン(II)イオンMn2+ となりますが、液性が中性~塩基性の条件では、過マンガン酸イオンMnO4- は十分な酸化力を発揮できずに反応は二酸化マンガンMnO2で止まってしまいます。

 

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.5  液性によるマンガンMnの化合物の酸化力の変化

 

(酸性溶液中では)MnO4- + 8H+ +5e- Mn2+ +4H2O

(中性~塩基性溶液中では)MnO4- + 2H2O +3e- MnO2 +4OH-

 

(ii)クロムCrの化合物について

 二クロム酸イオンCr2O72- は、液性が酸性条件では酸化剤として働きますが、液性が塩基性条件になるとクロム酸イオンCrO42- になり、強い酸化作用を示さなくなります。

 

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.6  液性によるクロムCrの化合物の酸化力の変化

 

なお水溶液では、二クロム酸イオンCr2O72- とクロム酸イオンCrO42- は化学平衡の関係にあり、液性の酸性度が高いときは二クロム酸イオンCr2O72- が優勢になり、液性の酸性度が低くなるとクロム酸イオンCrO42- が優勢になります。また、二クロム酸イオンCr2O72- とクロム酸イオンCrO42- は共にCrの酸化数が+VIなので、この化学平衡は酸化還元反応ではありません。

 

2CrO42- + 2H3O+ Cr2O72- + 3H2O

 

(酸性溶液中では) 2CrO42- + 2H+ Cr2O72- + H2O

(塩基性溶液中では) Cr2O72- + 2OH- 2CrO42- + H2O

 

(iii)二酸化硫黄SO2について

 二酸化硫黄SO2は通常還元剤として働きますが、硫化水素H2Sなどの強い還元力を持つ物質と反応するときは、酸化剤として働きます。

 

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.7  酸化剤としても働く二酸化硫黄SO2

 

) SO2 + 2H2S → 3S + 2H2O

 

(iv)過酸化水素H2O2について

 過酸化水素H2O2は通常酸化剤として働きますが、過マンガン酸イオンMnO4- や二クロム酸イオンCr2O72- などの強い酸化力を持つ物質と反応するときは、還元剤として働きます。

 

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.8  還元剤としても働く過酸化水素H2O2

 

) 5H2O2 + 2MnO4- +6H+ 5O2 + 2Mn2+ + 8H2O

 

(5)酸化還元反応の反応式の作り方

酸化還元反応は電子移動反応ですが、A+BA++B-のような化学反応式では、電子e- の移動の様子がよく分かりません。そこで、酸化剤と還元剤の電子e- の享受の様子をB+e-B- AA++e- のように別々に表した式を半反応式といいます。この式を見れば、1 molの酸化剤または還元剤が享受する電子e- の物質量がすぐに分かるのです。一般的に半反応式は以下のようにして作成することができます。

 

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例えば、過マンガン酸イオンMnO4- の酸性水溶液中における半反応式は次のようにして作成できます。

 

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半反応式を作るにあたって、初学者は両辺のバランスを考えてe- を加えるのが間違いもなく正確です。しかし、式の作成に慣れてきたなら、酸化数の変化と享受する電子数とが対応していることも踏まえて半反応式を作ると、より酸化還元反応の理解が深まるでしょう。例えば、過マンガン酸イオンMnO4- が酸化剤として働くとき、マンガンMnの酸化数は+VIIから+IIに変化しますが、この変化に合わせて1 molの過マンガン酸イオンMnO4- 5 molの電子e- を受け取ります。なお、半反応式は酸化剤・還元剤が反応後にどのような物質になるのかが分かっていないと手が付けられません。そこで、次に主な還元剤と酸化剤の反応前と反応後の変化を示します。これさえ覚えておけば、半反応式は簡単に作ることができます。

 

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しかし、半反応式がいくら書けても、化学反応式を書けなければ酸化還元反応を完璧に学んだことにはなりません。そこで、酸化還元反応の化学反応式は、酸化剤と還元剤の半反応式をもとにして次のように作成できます。

 

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例として、硫酸を加えて酸性にした過マンガン酸カリウムKMnO4水溶液に、過酸化水素H2O2を加えたときに起こる反応の化学反応式を作ります。この反応では過マンガン酸イオンMnO4-が酸化剤、過酸化水素H2O2が還元剤として反応します。

 

MnO4- + 8H+ + 5e- Mn2+ + 4H2O ・・・(i)

H2O2 O2 + 2H+ + 2e- ・・・(ii)

 

(i)×2+(ii)×5より、電子e- を消去して式を整理すると、酸化還元反応のイオン反応式が得られます。

 

2MnO4- + 16H+ + 5H2O2 2Mn2+ + 8H2O + 5O2 + 10H+

2MnO4- + 6H+ + 5H2O2 2Mn2+ + 5O2 + 8H2O

 

また、この酸化還元反応の左辺の2MnO4-, 6H+ の対イオンは、それぞれ2K+, 3SO42- であるから、両辺に2K+, 3SO42- を加えると、両辺のイオンが消えて酸化還元反応の化学反応式が得られます。

 

2KMnO4 + 5H2O2 + 3H2SO4 K2SO4 + 2MnSO4 + 5O2 + 8H2O

 

(6)酸化還元滴定

 酸化還元反応を起こしやすい物質の濃度は、酸化還元反応を利用して求めることができます。このとき実験では、中和滴定など他の滴定と同様にホールピペットやビュレットなどの器具を使って実験をするのですが、反応の完了点を知るための指示薬があまりないので反応試薬は限られています。なお、酸化還元滴定では、酸化剤と還元剤の物質量は以下のような関係になります。

 

還元剤が与えるe- mol = 酸化剤が受け取るe- mol

 

(i)過マンガン酸カリウム(KMnO4)水溶液による滴定

 濃度未知の還元剤をホールピペットで正確に取り、十分量の希硫酸H2SO4を入れたコニカルビーカーへ移します。そこへ濃度既知の過マンガン酸カリウムKMnO4水溶液をビュレットで滴定すると、酸化還元反応が起こり、酸化剤の過マンガン酸カリウムKMnO4は次のように変化します。

 

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反応中は過マンガン酸イオンMnO4- がすぐに還元されてマンガン(II)イオンMn2+ になるため、ビュレットから滴下する過マンガン酸カリウムKMnO4水溶液の赤紫色はすぐに消失します。しかし、全ての還元剤が過マンガン酸イオンMnO4- と反応すると過マンガン酸イオンMnO4- が還元されなくなり、赤紫色が消えなくなります。つまり、過マンガン酸カリウムKMnO4水溶液による滴定は、滴下した過マンガン酸イオンMnO4- の赤紫色が消えなくなったら終点です。なお、この滴定で十分量の希硫酸H2SO4を加える理由は、酸性条件下でないと過マンガン酸イオンMnO4- がマンガン(II)イオンMn2+ にならないからです。ただし、注意として塩酸HClや希硝酸HNO3で酸性にしてはいけません。もし塩酸HClで酸性にした場合は、次のように塩化物イオンCl- が過マンガン酸イオンMnO4- によって酸化されます。

 

2Cl- Cl2 + 2e-

 

これは塩素ガスを発生させることができる反応なので有用ではありますが、酸化還元滴定では酸化剤の滴定量が変化してしまうため、滴定には邪魔な反応です。また、希硝酸HNO3は過マンガン酸イオンMnO4- に酸化されることはありませんが、硝酸イオンNO3- 自身が次のように酸化剤として作用します。

 

NO3- + 3e- + 4H+ NO + 2H2O

 

いずれにしても過マンガン酸イオンMnO4- の滴定量が変化してしまうため、塩酸HClや硝酸HNO3では酸性にしないのです。ちなみに、実験室で塩素ガスを発生させるときは、過マンガン酸イオンMnO4- を使わずに酸化力を一段階落とした二酸化マンガンMnO2で反応させます。

 

MnO2 + 4HCl MnCl2 + Cl2 +2H2O

 

このようにする理由は、過マンガン酸イオンMnO4- を用いると反応が自発的に進行し過ぎて暴走してしまう可能性があるからです。塩素ガスは有毒ガスであるため、発生させる際は反応をコントロールできる試薬を選択しなければなりません。二酸化マンガンMnO2の場合は酸化力がわずかにCl2> MnO2であるため、塩素ガスを発生させるためには加熱をしなければならないのです。これは言い換えれば、加熱を止めれば塩素ガスの発生を直ちに止めることができるということです。したがって、実験室で塩素ガスを発生させるときは、たとえ反応速度が遅くとも、酸化力の弱い二酸化マンガンMnO2を使用するのです。

 

(ii)ヨウ素I2滴定

 ヨウ素滴定とは、ヨウ素I2の入ったコニカルビーカーに還元剤をビュレットから滴下し、ヨウ素I2の物質量を定量的に求める実験です。この実験ではヨウ素I2は酸化剤として作用し、還元剤としてはチオ硫酸ナトリウムNa2S2O3水溶液をよく用います。

 

I2 + 2S2O32- S4O62- + 2I-

 

この滴定の終点直前に指示薬としてデンプンを加えると、ヨウ素デンプン反応によって青紫色に呈色します。そして、ヨウ素I2が全て消費されると青紫色が無色になり、そこが終点となるのです。なお、あまり早い段階でデンプンを加えないのは、ヨウ素デンプン複合体に対するチオ硫酸イオンS2O32- の還元反応の反応速度が小さいからです。また、ヨウ素滴定では様々な方法がありますが、大きく分類するとヨウ素滴定は次の2種類になります。

 

(i)酸化剤の物質量を求める

 ヨウ素滴定では酸化剤の物質量を求めることができます。ヨウ素I2は酸化剤なのにどうやって?と思うかもしれませんが、工夫をして2段階の反応をさせることで、酸化剤の物質量を間接的に求めることができるのです。ただし条件があって、それは酸化剤の酸化力がヨウ素I2よりも強いことです。高校化学でよく問題にされるのは、塩素Cl2の定量です。まず十分量のヨウ化物イオンI- を含む水溶液に塩素ガスを吸収させます。すると、ヨウ化物イオンI- が塩素Cl2に酸化されて、塩素Cl2の物質量と同じだけのヨウ素I2が生成します。

 

Cl2 + 2I-  2Cl- + I2

 

ここで生成したヨウ素I2にビュレットを用いてチオ硫酸ナトリウムNa2S2O3水溶液を滴定すれば、生成したヨウ素I2の物質量が分かるのです。つまり、先の反応より、「生成したヨウ素I2mol=反応させた塩素Cl2molなので、結果としてヨウ素滴定で酸化剤の物質量が分かるのです。

 

I2 + 2S2O32- S4O62- + 2I-

 

(ii)還元剤の物質量を求める

 ヨウ素滴定で酸化剤の物質量を求めるときは、一度酸化剤の物質量をヨウ素I2の物質量に変換するという回りくどい方法をとりましたが、還元剤の物質量を求めるときは簡単です。例として、硫化水素H2Sの物質量を定量する場合を考えましょう。まず、十分量のヨウ素I2を含む水溶液に硫化水素H2Sを吸収させ、完全に反応させます。すると硫化水素H2Sが酸化され、硫化水素H2Sの物質量分だけヨウ素I2の物質量が消費されます。

 

I2 + H2S S + 2HI

 

ここで残ったヨウ素I2にビュレットを用いてチオ硫酸ナトリウムNa2S2O3水溶液を滴定すれば、残ったヨウ素I2の物質量が分かるのです。つまり、全体の反応では、「ヨウ素I2mol=硫化水素H2Smol + 1/2 チオ硫酸ナトリウムNa2S2O3molということになります。

 

I2 + 2S2O32- S4O62- + 2I-


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・参考文献

1) 石川正明「新理系の化学()」駿台文庫(2005年発行)