・無機化学(無機化学反応)


(1)分解反応

ある物質が常温で安定であるとき、その理由としては、2つが考えられます。1つは、分解した状態より、もとの物質の方がエネルギー的に安定であることです。もう1つは、活性化エネルギーが大きく、常温では分解した状態に至らないことです。前者の場合は、その状態を熱力学的(thermodynamic)に安定であるといい、その物質を高温にすると、系は一般的に吸熱方向へ移動するので、分解反応が起こります。後者の場合は、その状態を速度論的(kinetic)に安定であるといい、触媒を加えて活性化エネルギーの小さい反応経路を作るか、温度を上げて活性化エネルギーを超える運動エネルギーを持つ分子を増やしてやれば、分解反応が起こります。

 

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.1  反応が起こりにくくなる2つの要因

 

 分解反応の特徴は、その式の形にあります。つまり、A→B+Cのように、左辺の反応物が1つに限られる反応は、ほとんど分解反応と見なしてよいです。また、分解反応というものは、反応において、物質がバラバラになることに注目し、命名された反応です。それ故に、分解反応は、一般的に分子数が増加し、乱雑さが大きくなる反応です。乱雑さは温度に比例して大きくなり、また乱雑さが大きいほど、その系は安定になるので、反応温度が高くなるほど、分解反応が起こりやすくなります。したがって、どんな物質でも、反応温度を上げていけば、必ず次々と分解し、最終的には原子の状態になっていきます。分解反応は、無限といってよいほどたくさんあります。だから、ここでとりあげる反応は、よく見かけるという程度の意味しかありません。

さて、原子状態というゴールに向かって進んでいく一連の分解反応の中で、考えられる途中分解物としては、どんなものが考えられるでしょうか?

まず、ゆるく結合した物質、つまり、配位子や水和水などが出て行った状態が考えられます。例えば、塩化カルシウム六水和物CaCl26H2Oを加熱すると、水和水が取れて、塩化カルシウム無水物CaCl2になります。

 

CaCl26H2O (加熱) CaCl2 + 6H2O

 

次に、発熱的に起こった反応が、逆戻りした状態が考えられます。例えば、炭酸カルシウムCaCO3を加熱すると、二酸化炭素CO2が抜けて、酸化カルシウムCaOとなります。

 

CaCO3 (加熱) CaO + CO2

 

さらに、酸化数的にやや無理のある状態から、無理の少ない状態になることも考えられます。例えば、亜硝酸アンモニウムNH4NO2を加熱すると、窒素N2と水H2Oに分解します。このとき、アンモニウムイオンNH4+ の窒素Nの酸化数は-IIIで、亜硝酸イオンNO2- の窒素Nの酸化数は+IIIですが、生成物である窒素N2の酸化数は0です。

 

NH4NO2 (加熱) N2 + 2H2O

 

これらの分解反応では、たいていエネルギー的に安定な気体が、分解物の1つとなっています。安定な気体が少しでも生じて、それらが系から逃げ去ると、反応が戻れなくなるために、この安定な気体が生じるような分解反応が進行するとも考えられます。

(i)(vi)に、よく出てくる分解反応を物質別に整理します。

 

(i)含水塩の分解

 

CaCl26H2O (加熱) CaCl24H2O (加熱) CaCl2H2O (加熱) CaCl2(乾燥剤)

CuSO45H2O() (加熱) CuSO43H2O (加熱) CuSO4H2O (加熱) CuSO4()

 

 含水塩は、無水塩と水H2Oに分解します。含水塩をゆっくりと加熱すると、何段階かに分かれて、水H2Oが出ていくことが多いです。特に無水硫酸銅(II) CuSO4は、エタノール中の微量の水H2Oの検出に使えます。無水硫酸銅(II) CuSO4を加えて青くなれば、エタノールに水H2Oが含まれているということです。

 

(ii)金属水酸化物の分解

 

2Al(OH)3 (加熱) Al2O3 + 3H2O

2AgOH (室温) Ag2O + H2O

 

金属水酸化物は、金属酸化物と水H2Oに分解します。水酸化銀(I) AgOHは、エネルギー的に非常に不安定であり、室温程度の熱でもこの反応が起こって、酸化銀(I) Ag2Oと水H2Oに分解します。ただし、水酸化ナトリウムNaOHや水酸化バリウムBa(OH)2のような強塩基の場合は、加熱しても融解するだけで、分解しにくいものが多いです。

 

(iii)炭酸塩の分解

 

CaCO3 (加熱) CaO + CO2

MgCO3 (加熱) MgO + CO2

 

 炭酸塩は、金属酸化物と二酸化炭素CO2に分解します。ただし、炭酸ナトリウムNa2CO3や炭酸カリウムK2CO3のようなアルカリ金属炭酸塩の場合は、加熱しても融解するだけで、分解しにくいものが多いです。

 

(iv)炭酸水素塩の分解

 

2NaHCO3 (加熱) Na2CO3 + H2O + CO2

Ca(HCO3)2 (加熱) CaCO3 + H2O + CO2

 

 炭酸水素塩は、炭酸塩と水H2Oと二酸化炭素CO2に分解します。炭酸水素カルシウムCa(HCO3)2を含んだ水溶液を加熱すると、二酸化炭素CO2が発生して平衡が右へ移動し、炭酸カルシウムCaCO3の微粒子が水中に分散したコロイドとなります。

この反応は、鍾乳洞形成の原理となっています。すなわち、二酸化炭素CO2を含む弱酸性の雨水により、炭酸カルシウムCaCO3を主成分とする石灰岩が浸食され、このような浸食によって、石灰岩体の内部に多くの空洞が生じます。そして、石灰岩中の微細な割れ目などを満たした雨水が、洞窟内に滲出(しんしゅつ)すると、二酸化炭素CO2を含む雨水と炭酸カルシウムCaCO3との化学反応が可逆的であることから、二酸化炭素CO2が抜けると、炭酸カルシウムCaCO3が方解石として晶出し始め、沈積して、鍾乳洞などの洞窟生成物が形成するのです。

 

(v)HCOOH(COOH)2の分解

 

HCOOH (濃硫酸+加熱) H2O + CO

(COOH)2 (濃硫酸+加熱) H2O + CO + CO2

 

 ギ酸HCOOHに濃硫酸H2SO4を加えて加熱すると、一酸化炭素COと水H2Oに分解します。また、シュウ酸(COOH)2に濃硫酸H2SO4を加えて加熱しても、一酸化炭素COが発生します。これらの反応は、一酸化炭素COの実験室的な合成法として利用されています。

 

(vi)NH4NO2の分解

 

NH4NO2 (加熱) N2 + 2H2O

 

亜硝酸アンモニウムNH4NO2は非常に不安定であり、亜硝酸アンモニウムNH4NO2を、窒素N2と水H2Oに分解する反応は発熱反応です。亜硝酸アンモニウムNH4NO2に少量の水を加えて、70℃に加熱すると、窒素N2が発生します。この反応で加熱をする理由は、反応速度を上げるためです。この反応は、窒素N2の実験室的な合成法として利用されています。

 

(vi)KClO3H2O2の分解

 

2KClO3 (二酸化マンガン+加熱) 2KCl + 3O2

2H2O2 (二酸化マンガン) O2 + 2H2O

 

 塩素酸カリウムKClO3はイオン結晶であるから、水にはカリウムイオンK+ と塩素酸イオンClO3- となって溶解します。この状態では、分解反応は起こりにくいです。したがって、塩素酸カリウムKClO3の分解は、水に溶かさずに行います。そうすると、塩素酸カリウムKClO3も二酸化マンガンMnO2も固体であるので、加熱しないと反応しません。

一方で、過酸化水素H2O2は、水溶液中でも解離しません。そして、分子のまま自由に動けて、触媒表面と大いに接触できるので、二酸化マンガンMnO2を加えるだけで反応は進行します。

 

(2)酸塩基平衡

(i)弱酸遊離反応

酢酸ナトリウムCH3COONaはイオン結合性の塩であり、水中では酢酸イオンCH3COO- とナトリウムイオンNa+ とに完全電離しています。そして、この水溶液に希塩酸HClを加えると、水溶液中の水素イオンH+ が増加し、式(II)の平衡が右へ移動します。

 

CH3COONa → CH3COO- + Na+ ・・・(I)

CH3COO- + H+ CH3COOH ・・・(II)

 

よって、酢酸イオンCH3COO- は塩酸HClと反応すると、酢酸CH3COOHになるのです。また、この反応全体では、次のように表せます。

 

CH3COONa + HCl → CH3COOH + NaCl

 

これは、弱酸由来の塩と強酸の反応ですが、この反応がほぼ100%起こる原因は、式(II)の平衡が大きく右へ傾いているためです(K=104.75)。生成する酢酸CH3COOHが弱酸であり、加えた塩酸HClが強酸なので、この平衡で逆反応が進むことはほぼありません。また、酢酸ナトリウムCH3COONaは弱酸由来の塩なので、水溶液中では加水分解して、弱塩基性を示します。つまり、この反応は、酢酸ナトリウムCH3COONaと塩酸HClの酸塩基反応と見なすこともできるのです。そこで、このような反応を、一般的に次のようにまとめることができます。

 

弱酸由来の塩 + 強酸 弱酸 + 強酸由来の塩

 

(ii)弱塩基遊離反応

塩化アンモニウムNH4Clはイオン結合性の塩であり、水中ではアンモニウムイオンNH4+ と塩化物イオンCl- とに完全電離しています。そして、この水溶液に水酸化ナトリウムNaOH水溶液を加えると、水溶液中の水酸化物イオンOH- が増加し、式(IV)の平衡が右へ移動します。

 

NH4Cl → NH4+ + Cl-  ・・・(III)

NH4+ + OH- NH3 + H2O ・・・(IV)

 

よって、アンモニウムイオンNH4+ は水酸化ナトリウムNaOHと反応すると、アンモニアNH3になるのです。また、この反応全体では、次のように表せます。

 

NH4Cl + NaOH → NH3 + H2O + NaCl

 

これは、弱塩基由来の塩と強塩基の反応ですが、この反応がほぼ100%起こる原因は、式(IV)の平衡が大きく右へ傾いているためです(K=104.75)。生成するアンモニアNH3が弱塩基であり、加えた水酸化ナトリウムNaOHが強塩基なので、この平衡で逆反応が進むことはほぼありません。また、塩化アンモニウムNH4Clは弱塩基由来の塩なので、水溶液中では加水分解して、弱酸性を示します。つまり、この反応は、塩化アンモニウムNH4Clと水酸化ナトリウムNaOHの酸塩基反応と見なすこともできるのです。そこで、このような反応を、一般的に次のようにまとめることができます。

 

弱塩基由来の塩 + 強塩基 弱塩基 + 強塩基由来の塩

 

(iii)揮発性酸遊離反応

 揮発性の酸由来の塩に、濃硫酸H2SO4などの不揮発性酸を加えて加熱すると、揮発性の酸が遊離します。例えば、塩化ナトリウムNaClの固体に、濃硫酸H2SO4を加えて加熱すると、揮発性の塩化水素HClが遊離します。

 

NaCl() Na+ + Cl- ・・・(V)

Cl- + H2SO4 (加熱) HSO4- + HCl・・・(VI)

 

硫酸H2SO4は極性分子であり、濃硫酸H2SO4中には、ほんの少量ですが水H2Oも溶けています。したがって、塩化ナトリウムNaCl()に濃硫酸H2SO4を加えてかき混ぜると、塩化ナトリウムNaCl()は、濃硫酸H2SO4中の水H2Oに溶けて、溶解平衡状態(V)になります。また、硫酸H2SO4は、塩化水素HClより少し強い酸であるから、(VI)式のような平衡状態ができます。生じた塩化水素HClは、濃硫酸H2SO4中によく溶けているので、この状態では、溶液中から塩化水素HClはほとんど出てきません。しかし、この溶液を加熱すると、気体である塩化水素HClの溶解度が減少し、揮発性の塩化水素HClだけが、溶液中から遊離してきます。そこで、(VI)式の平衡は右に移動することになるので、反応全体では、次のように表せます。

 

NaCl() + H2SO4(conc) (加熱) NaHSO4 + HCl

 

これと同様な反応として、次の2つがよく問題にされます。例えば、硝酸カリウムKNO3の固体に、濃硫酸H2SO4を加えて加熱すると、硝酸HNO3が遊離します。また、フッ化カルシウムCaF2の固体に、濃硫酸H2SO4を加えて加熱すると、フッ化水素HFが遊離します。

 

KNO3() + H2SO4(conc) (加熱) KHSO4 + HNO3

CaF2() + H2SO4(conc) (加熱) CaSO4 + 2HF↑

 

揮発性の酸由来の塩に、濃硫酸H2SO4を加えて加熱すると、塩化水素HClや硝酸HNO3、フッ化水素HFなどが生じてくるのは、結局のところ、濃硫酸H2SO4が不揮発性のために、これが出ていかないことに原因があります。そこで、このような反応を、一般的に次のようにまとめることができます。

 

揮発性の酸由来の塩+ 不揮発性の酸 (加熱) 不揮発性の酸由来の塩 + 揮発性の酸

 

(3)気体発生反応

(i)実験室での主な発生方法

 

.1 主な気体物質の製法

気体物質の製法.png

 

(ii)捕集方法

実験室的な気体の捕集方法には、水上置換法や上方置換法、下方置換法があります。この中で水上置換法は、主に水に溶けにくい気体の捕集に用いられます。また、少し水溶性があっても、気体の毒性や引火性が高い場合は、安全のために水上置換法を用いることがあります。初めに発生口から出る気体は、気体を発生させる装置内の空気なので、しばらく待ってから気体を容器に集めます。水上置換法は、空気の混入も少なく、気体の捕集量の計測にも使われます。

それに対して、上方置換法は、主に水に溶けやすく空気(密度1.3 g/L, 平均モル質量29 g/mol)より軽い気体の捕集に用いられます。この方法では、空気の混入があるため、容器の口から気体が出てくるまで集めます。下方置換法は、主に水に溶けやすく空気より重い気体の捕集に用いられます。下方置換法も、空気の混入は避けられません。

 

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.2  主な気体の捕集方法

 

ただし、フッ化水素HFの分子量は20ですが、フッ化水素HFは気体状態では、分子間水素結合で会合して(HF)nの形で存在するので、空気より重くなって、下方置換法で集めます。

また、気体を水上置換法で捕集すると、捕集された気体は、水蒸気が飽和した混合気体になっています。したがって、捕集気体の分圧は、捕集気体の全圧から水蒸気の分圧を引いた値です。なお、このときの混合気体の全圧は、大気圧と等しいです。すなわち、捕集気体の分圧は、大気圧からその温度における水蒸気圧を引いた値になります。

 捕集気体の分圧 = 大気圧 – 水蒸気圧

 

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.3  水上置換法では見かけの捕集気体の圧力は水蒸気圧の分だけ大きくなっている

 

(iii)乾燥方法

水上置換法で気体を捕集した際には、捕集した気体は、水蒸気との混合気体であるから、混合気体から水分を取り去る操作が必要になります。目的のものから水分を除去し、乾燥した状態にすることを、乾燥(drying)といいます。気体を乾燥させるには、固体乾燥剤を詰めたガラス管に捕集した混合気体を通過させるか、濃硫酸H2SO4を入れたガス洗瓶に捕集した混合気体を通過させます。

 

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.4  気体の乾燥

 

固体乾燥剤には、通常、塩化カルシウムCaCl2や十酸化四リンP4O10、ソーダ石灰、シリカゲルSiO2nH2Oなどが用いられます。これらの乾燥剤は、水分子を選択的に吸着して、混合気体を乾燥させます。また、濃硫酸H2SO4は水H2Oとの親和性が非常に強く、水H2Oと次のような反応をして、混合気体を乾燥させます。

 

H2SO4 + H2O → H2SO4H2O + 27.8 kJ

H2SO4 + H2O → HSO4- + H3O+ + 73.4 kJ

 

ただし、いずれにしても、乾燥剤と目的の気体が化学反応をするような場合は、乾燥剤として用いることができません。乾燥剤を選択する際には、乾燥させる気体と中和反応や酸化還元反応が起こらないようしなければなりません。例えば、ソーダ石灰は、水酸化カルシウムCa(OH)2と水酸化ナトリウムNaOHからできているので、二酸化炭素CO2などの酸性の気体とは、中和反応してしまうので乾燥に不適当です。次の表.2に、乾燥剤と乾燥に不適当な気体の組み合わせを示します。

 

.2  乾燥剤と乾燥に不適当な気体の組み合わせ

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(iv)気体の性質

 

.3  主な気体の性質

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(v)気体の検出方法

 

.4  主な気体の検出方法

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・参考文献

1) 石川正明「新理系の化学()」駿台文庫(2005年発行)

2) 化学同人編集部「続 実験を安全に行うために-基本操作・基本測定編-」化学同人(2007年発行)