・化学物質の科学


(1)「化学物質」は「悪」なのか

あなたは、「化学」という言葉から、どのようなことを連想しますか?「難しい?」「嫌な臭い?」「危険?」「汚染?」「発ガン性?」「爆発?」――以前、私がこの種の質問を勤務する学校で生徒に投げかけたところ、意外なほど、このような答えが多く返ってきました。「面白い」「楽しい」「役に立つ」などと答えた生徒は、あまりいませんでした。

世の中には、「化学」という言葉を聞いただけで、拒否反応を示す人さえいます。何であろうと、「化学物質」が入っているというだけで毛嫌いし、まるで病原菌でもあるかのように、神経質にこれを避けたがります。「化学」をこのように考える人が多いのは、科学教育に問題があるのかもしれません。しかし、マスコミにも責任があると思います。新聞を広げれば、「危険な化学物質」「有害な化学物質」「発ガン性化学物質」「有毒な化学物質」など、「化学物質」という名詞には、たいてい非難の意味を含む枕詞が付いています。「役に立つ化学物質」「安全な化学物質」「有益な化学物質」という言葉は、ほとんど目にすることがありません。

多くの人は、「化学物質は危険だから、天然物質や有機物質を使うべきだ」と考えています。しかし、これには大きな誤りがあります。まず、「化学物質」は「原子や分子、および分子の集合体など、独立かつ純粋な物質」という意味であり、「万物の基本成分」なのです。「化学物質」に良いも悪いもなく、毒性の有無や天然・人工の区別は、本来問われません。窓ガラスはケイ酸ナトリウム、木はリグニンやセルロース、食肉はアクチンやミオシン、空気は窒素や酸素といった物質の集まりであり、すべて「化学物質」でできています。私たちの身の回りには、「化学物質」でないものは、1つとしてないのです。「化学物質」が存在しないのは、完全な真空空間だけです。宇宙空間にだって、「水素原子」という「化学物質」が、平均すると1 cm3当たり1個から数個存在しています。「天然物質」にも、毒性の強いものがあり、「有機」という言葉も、たいていは何の意味もなく使われているということに、多くの人が気付いていないのです。そしてなにより、この100年ほどの間に、「化学」の知恵が、日常生活の数々の苦難から私たちを開放し、未来を希望あるものに変えたという事実が、世間に全く浸透していないのです。

「化学物質」はただの物質――万物を構成する物質なのだから、それをどう使用するのかは、私たちの判断にかかっています。同じ「化学物質」が、人を殺すことも、病を治すこともできるのです。例えば、1943122日、イタリアのバーリ港に停泊していた連合国の護送船団にドイツ軍は爆撃を仕掛け、輸送船やタンカーを始めとする艦船16隻が沈没しました。その中の1隻の船には、100 tものマスタードガス(糜爛性毒ガスの一種で、第一次世界大戦でドイツ軍が初めて使用しました)が積まれており、漏れたマスタードガスがタンカーから出た油に混じって海中に流出したため、港内は一大惨事となりました。爆撃の後、幸いにも83名が救出されましたが、救出された全員が、1カ月後には命を落としました。彼らの血液サンプルを調べたところ、標準より白血球数が少ないことが分かりました。ところが、その後に、白血球は非常に速く分裂することも判明したので、あるアイディアが生まれました。――マスタードガスで、ガン細胞を殺せないだろうか。実は、白血球とガン細胞には、意外な共通点があります。それは、どちらの細胞も「増殖速度が速い」ということです。そこから、「マスタードガスを使えば、白血球と同じように細胞増殖のスピードが速いガン細胞も殺すことができるのではないか」と医師のT・ドハティは考えたのです。そこで、当時はX線照射療法しかなかった悪性リンパ腫の治療が試みられました。マウスで成果が確かめられた後、1946年の8月には、末期ガン患者に対してマスタードガスの誘導体が使用されました。こうして、マスタードガスは世界初の抗ガン剤として歴史の1ページを開いた訳です。

 

.1  マスタードガスは、マスタードやニンニクに似た臭気を持ち、これが名前の由来である

 

その他にも、このような例があります。例えば、ボツリヌストキシンは、体重60 kgの人でわずか0.03 mgで致死量になる、最も強力な天然毒素の1つです。しかし、ボツリヌストキシンは、内斜視の治療に使われたり、「ボトックス」という商品名で、眉間の皺の除去に利用されたりしています。また、アンモニアは、化学肥料にもなるし、爆薬になる硝酸アンモニウムの原料にもなります。塩素は、毒ガスとしても利用できますが、一方では、防疫消毒薬の役割も果たしており、毎年、腸チフスやコレラ、ジフテリア感染から、数百万の人々の命を守っています。さらに、モルヒネは、未熟なケシの抽出物に含まれる天然物質であり、アヘンの有効成分として知られています。モルヒネには依存性があるため、モルヒネのせいで、人生を破滅させてきた中毒者は数知れません。しかし、同時に、モルヒネの鎮痛作用は、痛みに苦しむ多くの人たちの生活を、耐えられるものにしてきました。――つまり、同じ化学物質が、このように全く違う用途で使われているのです。

 

.2  未熟なケシの実に傷を付け、そこからしみ出す乳状の液体を集めて、乾燥させるとアヘンになる

 

「化学物質」の悪いイメージは、遡って考えてみると、利潤ばかりを追求する化学産業の過失に行きつきます。「化学」という言葉を聞いて、水俣病、酸性雨、シックハウス、ダイオキシン、有毒廃棄物などを連想する人も多いでしょう。ところが、アスピリン、ペニシリン、インシュリン、ナイロン、LED、テレビ、スマートフォンなどは、すべて化学者が重ねてきた創意工夫の結晶であることを、理解している人はほとんどいません。「化学物質」の否定的な面は、肯定的な面よりずっと注目を浴びやすいのです。「化学物質○○は危険である」と叫ぶのは簡単ですが、「化学物質○○は安全である」と叫ぶ方は、後から危険性が発覚した場合に、責任を負わなければならない訳で、よほどの覚悟と自信がない限り、なかなか「安全宣言」をできるものではありません。危険を叫ぶのは、誰でも簡単にできて商売にもなりますが、安全を立証する方は、負担が大きくリスキーで、大概得るものは多くありません。マスコミは、「新たな有害物質を発見」などといえば、視聴者や読者が注目して、販売部数が増えたり、視聴率が上がったりする訳ですから、何でもそうすればいいと思っているといっても、過言ではないほどです。かくして、世の中には、「危険な食べ物」や「恐るべき化学物質」というような報道がはこびっていく訳です。

 

(2) 恐怖の化学物質「DHMO

 1997年、当時14歳の中学生だったネイサン・ゾナーが書いた「私たちはいかにだまされやすいか?」というタイトルのレポートが、アメリカのアイダホ科学展で優秀賞を受賞し、マスコミにも取り上げられて、インターネットを中心に大きな話題を呼びました。ネイサンは、「ジハイドロジェンモノオキサイド(以下、DHMO)」という化学物質の害を指摘し、この物質の使用規制を求めて、街頭で50人の通行人に署名を求め、うち43名のサインを得ることに成功したのです。彼の挙げた「DHMO」の危険性は、次のようなものです。

 

@ 水酸と呼ばれ、酸性雨の主成分である。

A 強い温室効果を持ち、地球温暖化の原因となっている。

B 高濃度のDHMOにさらされることで、植物の成長が阻害される。

C 末期ガン患者の悪性腫瘍から検出される。

D 固体状態のDHMOに長時間触れていると、皮膚の大規模な損傷を起こす。

E 多くの金属を腐食・劣化させる

F 各種の残酷な動物実験に用いられる

 

そして、この危険な物質は、アメリカ中の工場で冷却・洗浄・溶剤などとして、何の規制もなく使用・排出され、さらには生物兵器や化学兵器の製造、原子力発電所でも使われているといいます。その結果として、全米の湖や川、果ては母乳や南極の氷にまで、高濃度の「DHMO」が検出されていると、ネイサンは訴えました。アメリカ政府は、この物質の製造および拡散の禁止を拒んでいます。あなたなら、この規制に賛成し、呼びかけに応じて、署名をするでしょうか?そして、この世にも恐ろしい化学物質「DHMO」の正体は、一体何なのでしょうか?

 勘の鋭い人ならお気付きの通り、「DHMO(dihydrogen monoxide)は、和訳すれば「一酸化二水素」であり、要するにただの「水H2O」なのです。読み返してみると、多少大げさに言ってあるところはあっても、「DMHO」の性質に関しては、一切嘘は言っていないことが分かります。確かに、水は酸性雨の主成分ですし、水蒸気は温室効果ガスとして最大の温室効果をもたらしますし、残酷かどうかはさておき、動物実験に水は必要不可欠です。

 

.3  恐怖の化学物質「DHMO

 

 これと同じように、身の回りのあらゆる物質について、その危険性を指摘することも可能でしょう。例えば、「高濃度のガスを吸引すれば、痙攣症状などの中毒を引き起こす。酸化力が非常に強く、火種さえあれば、火災や爆発などの激しい燃焼が引き起こされる」といえば「酸素」のことですし、「多くの病気や疾患の原因となり、過剰摂取は依存症を形成する。高濃度では、あらゆる雑菌が死滅するため、腐食することがない」といえば「砂糖」のことです。

 身近で、普段何気なく日常で使っているものでも、非日常的な科学的用語を用いて、毒性や性質について否定的かつ感情的な言葉で説明をするだけで、いかにも危険なもののように見え、規制の対象になりかねなくなる――これは、非常に恐ろしいことです。実際に2003年には、アメリカ合衆国カリフォルニア州アリン・ビエホ市の議会で、「DHMO」のジョークを真に受けた担当者らが、「DHMO」規制の決議を試みるという出来事が起きました。決議自体は、ジョークが判明したために中止されましたが、これは、笑いごとでは済まされないことなのです。「DHMO」の話から、ネイソンが訴えたかったことは、「あらゆるレベルで科学教育をもっと充実させるべきである」ということです。署名を求められた50人のうち、回答を留保した6人を除き、「DMHO」が水であると見抜いたのは1人だけでした。ネイソンの指摘は、これからの社会を生き抜く上で、私たちに重要な教訓を与えてくれたと思います。

 

(3)「天然」と「合成」の違い

 現在、巷には「天然」や「自然」という言葉を前面に出した商品で溢れています。こういった言葉が付いた商品に、消費者は信頼を置きます。その一方で、「合成」や「化学」という言葉のイメージは最悪です。「合成」「化学」と付けば、すべて身体に悪いもの、「天然」「自然」と付くものは、すべて身体に良いものというイメージであり、「自然の味わい」「自然のやさしさ」「天然ビタミン」という言葉をラベルに表示するだけで、商品の売り上げがぐんと伸びます。これは、「天然物質は合成物質より身体に良い」と決め込んでいる人が多いからです。

しかし、私たち化学者の目から見れば、その物質が「天然」であるか「合成」であるかという区分は、実はあまり意味がありません。フグやトリカブトの毒は、「天然」から得られるものですが、毒性の強い危険な化合物ですし、化学的に「合成」された化合物にも、事実上無害なものはいくらでもあります。その化合物が危険であるかどうかは、その化合物の化学構造だけで決まるものであり、その化合物が「天然」であるのか、それとも「合成」であるのかとは、一切関係のないことなのです。「天然」であろうと、「合成」されたものであろうと、その化学構造が同じなら、全く同一の化合物であり、その化合物が「天然」であるか、「合成」であるかの区別は付きませんし、また区別する必要性もありません。「安全=天然」や「危険=合成」といった短絡的な考えは、世間にはこびる科学的な誤解の中で、最たるものでしょう。

 

.4  トリカブトには猛毒アコニチンが含まれている

 

 それにもかかわらず、「天然物質の効能は、工場で合成されたものより優れている」と信じる消費者は多く、そのためなら喜んで余計にお金を払います。例えば、バラの実から抽出した天然ビタミンCは、工場でグルコースから化学合成されたビタミンCよりずっと値が張りますが、この2つは完全に同一です。これらの化学構造は全く同じであり、天然ビタミンCと合成ビタミンCを区別する方法を、私たち化学者は知りません。また、ラン科のバニラの果実であるバニラビーンズから抽出した天然バニラ香料は、製紙用パルプの廃物から作ることができる合成バニラ香料よりずっと高価です。「廃物」と聞くと、確かにあまり食欲をそそられませんが、合成バニリンは、天然バニリンと全く同じ化合物です。

200710月、国立国際医療センター研究所の元研究員であった山本麻由が、「天然バニリンの抽出」によりイグ・ノーベル賞を受賞しましたが、その原材料は「牛糞」でした。山本は、牛糞1 g当たり4 mLの水を加えて、200℃で60分間加熱し、牛糞1 gからバニリン約50 μgを得ました。その製造コストは、バニラビーンズを原材料にする方法に比べて、およそ半分であったそうです。原材料が「バニラビーンズ」であろうと「牛糞」であろうと、そこから得られる「バニリン」は同一のものです。しかし、この方法は実用化されることはないでしょう。なぜなら、消費者は多少値段が高くても、バニラビーンズから抽出した天然バニリンを選ぶに決まっているからです。原料が「牛糞」であるバニリンは、天然バニリンであることに違いありませんが、化学的に「合成」されたものと同じように、イメージが最悪なのです。

 

.5  ビタミンCとバニリンに「天然」と「合成」の区別はない

 

 そこで、多くの企業は、酵素の働きをする特殊な微生物の発見に大きな関心を寄せています。というのも、こうした微生物の力を利用した発酵食品には、堂々と「天然」というラベルを貼ることができるからです。例えば、リンゴの主な味わいは、リンゴ酸という化学物質にあり、これがあの爽やかなリンゴの酸味の素になっています。理論的には、リンゴから直接抽出したリンゴ酸に、「天然リンゴ香料」とラベルを貼ることもできます。そして、これを利用して、リンゴ味の食品を作れば、「天然リンゴ香料入り」と表示することもできます。しかし、リンゴから直接リンゴ酸を抽出するのは、コストの面で実用的でなく、実際に抽出できたとしても、その製品は非常に高価になるでしょう。それ故に、多くの企業は、特殊な微生物を利用して、デンプンなどの安価な化合物から、リンゴ酸を製造しているのです。デンプンからリンゴ酸ができるまでの化学変化は、すべて自然に発生する微生物によって行われているので、こうしてできた製品には、「天然」というラベルを貼ることができます。

 

.6  リンゴ酸は爽快感のある酸味を持つ

 

 もちろん、微生物を用いずに、リンゴ酸を石油などから化学合成することもできます。こうした方法は一般的にコストがかからず、製品は安価になることが多いです。ところが、このリンゴ酸は、天然リンゴ酸と全く同じ物質であるにもかかわらず、法の定めにより、「天然」と表示することができません。だから売れないのです。なぜ多くの企業が、デンプンのようなありふれた原料から、様々な化学物質を、微生物による化学反応で作ろうとしているのかが分かるでしょう。――そのような微生物がいれば、製品を「天然」と称して、販売することができるのです。微生物には、人間がフラスコの中で起こすことができない化学反応を、いともたやすく進行させる力があり、「微生物を用いて化学合成する方法」を否定するつもりは、毛頭ありません。しかし、多くの企業が微生物を用いようとする背景に、このような事情があるということが、私は残念で仕様がありません。

 

(4)「化学物質」の「リスク」を考えるということ

(i)食品添加物は毎日摂取しても安全なのか

 「化学物質」の有害性を煽る類の本では、「物質○○を食べさせた動物に、××という症状が現れた」ということを、大きく書き立てます。しかし、実はこれは当たり前のことで、こうした化合物の安全性試験では、何か悪影響が出るまで投与量を上げないと、「一日摂取許容量」(Acceptable Daily IntakeADI)が決められないのです。

ADI」とは、食品に用いられたある特定の「化学物質」について、ヒトが一生涯に渡り毎日摂取し続けても、健康に影響が出ないと考えられる一日当たりの摂取量を、体重1 kg当たりで示した値(単位:mg/kg)のことです。例えば、ADI5 mg/kgの「化学物質」の場合、体重60 kgの人がこの「化学物質」を毎日300 mgずつ摂取し続けても安全ということになります。私たちの身の回りには、ありとあらゆるところに人工的な「化学物質」が用いられています。それ故に、これら「化学物質」の基準値は、食事などから体内に入ってしまうこれらの「化学物質」を一定水準以下に制限し、私たちの健康に影響を与えないように、極めて厳しい水準で決められています。

 「ADI」の具体的な算出方法としては、まず、マウスなどを用いた動物実験によって、基準値を決めたい化学物質の「無毒性量」を定めます。定め方としては、マウスに体重1 kg当たり10 mg20 mg40 mg80 mg・・・・・・といった具合に、量を段々と増やして投与していき、毎日繰り返し食べても、全く異常がでない最高の投与量を「無毒性量」とするのです。例えば、体重1 kg当たり80 mgで「毛並みが悪くなった」「体重増加が見られなくなった」などの異常が出た場合、40 mg/kgが「無毒性量」となります。本当は、60 mg/kg70 mg/kg投与しても大丈夫なのかもしれませんが、安全側に振って、40 mg/kgを基準値に定めるのです。

しかし、動物と人間では、身体の仕組みが違いますから、動物で安全な量が人間でも安全であるとは限りません。そこで、念には念を入れ、10倍の安全係数を掛けます。すなわち、動物で40 mg/kgの基準値となったら、念のため、人間では4 mg/kgまでに制限しようということです。また、同じ人間同士でも、体の大きさや人種、性別、体質などの差異がありますから、ここでも念のため、10倍の安全係数を掛けます。つまり、実験動物での無毒性量の100分の1の値である0.4 mg/kgまでなら、人間が摂ってもまず大丈夫だろうという考え方です。こうして算出した数値が、「ADI」になります。何だかややこしいようですが、要するに、私たちの口に入っても良いと決められた「化学物質」の量は、「実験動物が一生の間、毎日食べ続けても大丈夫であった数値の数百分の1のレベル」になっているのです。

 

.7  ADI」は実験動物での無毒性量の100分の1の数値である

 

このように、「ADI」は極めて厳しく定められてはいるものの、ほとんどの場合において、その値は全くのゼロではありません。食品添加物や農薬などの多くは、体に入れてもいいことは何もありませんから、摂取量をゼロにしてしまいたいのは人情です。しかし、これら「有害物質」の摂取量をゼロに持っていくことは難しいし、そうしても費用がかかるばかりで、安全の向上には、ほとんどつながらないのです。

 

(ii)「ゼロリスク」の幻想

例えば、ベンゼンは石油などの成分で、かつては溶剤として多量に使われていましたが、発ガン性があるとして、現在では使用が減っています。そして、清涼飲料水に含まれるベンゼンの割合は、10 ppb(0.000001%)以下と法律で規制されているのですが、2006年には、イギリスなどの諸外国で、この基準値を超えていたいくつかの清涼飲料水が回収されるという一件がありました。日本でも、厚生労働省医薬食品局食品安全部が市販の清涼飲料水を調査し、1つの製品で70 ppbを超える濃度が検出され、自主回収を要請しました。もちろん、それが健康に大きな影響がない量であったとしても、法規則を守っていなかったメーカーに対して、処罰がなされるのは当然のことです。

 

.8  ベンゼンには発ガン性がある

 

そこで、「子供や病人の方も飲むものにベンゼンが含まれるなど、あってはならないことだ。たとえ微量であったとしても、メーカーはもっとベンゼンを取り除く努力をするべきだ」という人がいます。これは、一見すると至極まっとうな意見のように思えます。しかし、「1 ppbのベンゼン含有」という場合、これは1 tの飲料に対して、耳かき1杯にもならない量のベンゼンが混じっているということになります。別の言い方をすれば、今の全世界人口のうちの67人、あるいは約32年のうちの1秒という割合が「1 ppb」です。これだけの微量成分を取り除くのが、いかに技術的に困難であるのか、またそれができたとしても、いかに高額なコストを要することになるが、想像に難くありません。そのコストは、当然価格上昇として反映されるのですが、それでも「1 ppbのベンゼンを取り除け」という人はいるのでしょうか。飲料のベンゼンを絶無にしたとしても、ベンゼンは空気中にも微量含まれているので、呼吸によって空気中からベンゼンを取り込んでしまい、発ガン性の「リスク」はほとんど下がらないのですが。

 こうした事情は、他の多くの「化学物質」や、あらゆる事象でも同様で、どんなものにも必ず「リスク」があります。例えば、都市ガスには爆発の危険性が、車には交通事故の危険性が、餅には窒息死する危険性が、スポーツには怪我や心臓発作などの危険性がある訳で、どれだけ気を付けていても、私たちの身の回りの「リスク」はゼロになりません。しかし、身の回りのものに「リスク」があるのと同様、それによってもたらされる「利益」も何かしらあるものです。本来、物事というのは、両面から見る必要があります。この両者のバランスをきちんと評価し、「利益」が「リスク」を十分に上回る場合にのみ、それを使う――というのが、本来の正しい「化学物質」との付き合い方だと思います。

特に日本では、「何が何でもリスクをゼロに」という、やや感情的な主張がまかり通りがちですが、実際には、どんなものであろうと、「ゼロリスク」ということはあり得ません。「ゼロリスク」を追い求めていると、「化学物質」による被害を受けたときに、「化学物質は危険だ」という考えを抱くようになってしまいます。しかし、「化学物質」による被害を受けたとしても、「化学物質」がそれよりも遥かに多くの「利益」をもたらしている事実にも、目を向ける必要があります。これを踏まえた上で、「化学物質による被害が現れたときにどのような対処をするか」を考えなければならないと思います。

ケンブリッジ大学の有機化学者であるジョン・エムズリーは、「1万分の1以下のリスクなら、受け入れるのが現代人の姿勢だろう」と述べています。これがどのくらいの確率かというと、母親が出産時に亡くなる確率、三つ子が産まれる確率が、いずれも1万分の1のレベルであることが知られています。身の回りに三つ子がいるかどうかを考えれば、この確率はある程度、誰でも受け入れられるものなのではないでしょうか。また、自動車事故で死亡する確率もほぼ1万分の1前後ですが、皆それを理解した上で、車に乗っています。つまり、我々は、すでに無意識的にこのレベルの「リスク」を許容して、この車社会に生きているともいえます。どんなものにも「リスク」があることを理解し、ある程度の「リスク」は許容するという姿勢が、現代人に求められていることだと思います。

 

.1  身の回りの様々な確率(数値には諸説あり)


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・参考文献

1) ジョーシュワルツ「シュワルツ博士の化学はこんなに面白い」主婦の友社(2002年発行)

2) 左巻健男「面白くて眠れなくなる化学」PHP研究所(2012年発行)

3) 佐藤健太郎「化学物質はなぜ嫌われるのか」技術評論社(2008年発行)

4) 船山信次「こわくない有機化合物超入門」技術評論社(2014年発行)

5) 佐藤健太郎『「ゼロリスク社会」の罠』光文社(2012年発行)